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「ゼロ金利下なら財政再建は不要」は正しいのか?財政再建目標をPB黒字化に変更した弊害
https://biz-journal.jp/2021/09/post_249820.html
2021.09.14 05:50 文=小黒一正/法政大学教授 Business Journal
財務省(「gettyimages」より)
デルタ株による感染拡大でコロナ禍が継続し、財政赤字が一層拡大するなか、それが今後の財政やマクロ経済に及ぼす影響も気になるのが当然だろう。しかしながら、日銀による大規模な金融政策は継続しており、長期金利が概ねゼロ近傍で推移している。このため、巨額の国債残高を抱えていても、国債の利払い費を抑制できており、財政規律に対する認識は弱まっている。
その関係で整理が必要なのは、金利と成長率の大小関係に関する論争である。財政の持続可能性を評価する場合、国債残高を含む政府債務が経済規模の何倍なのかという、「債務(対GDP)」の推移で検証するのが一般的である。
分母のGDPは「経済成長率」(名目GDP成長率)で拡大する一方、分子の債務は「金利」で膨張する。このため、債務(対GDP)の先行きを支配する大きな要因は、金利と成長率の大小関係である。
まず、「金利>成長率」ならば、債務(対GDP)は時間の経過に伴って増加していくため、財政赤字の削減が必要であり、一定の財政再建が求められる。また、「金利<成長率」ならば、債務(対GDP)は時間の経過に伴って縮小していくため、財政再建が不要になる可能性がある。
この2ケースのうち、現在は長期金利が概ねゼロ近傍で推移し、わずかだが一定の正の成長率は存在しているため、「金利<成長率」のケースに該当し、財政再建が不要になるという認識がネットで広がっているが、これは間違いである。
このような誤った認識が広がった背景としては、2000年代から、従来の目標であった財政赤字の縮小に代わり、国と地方を合わせた基礎的財政収支(PB)の黒字化を財政再建の目標にしてしまったことが大きく影響しているように思われる。
PB黒字化の目標が急速に普及したのは、財政赤字の縮小よりもPB赤字の縮小のほうが財政再建に向けた努力が若干楽なためである。一般的に「財政赤字=PB赤字+債務の利払い費」のため、金利コスト分(債務の利払い費)だけ、PB赤字のほうが財政赤字よりも小さい。このため、よりハードルが高い財政赤字の縮減は財政再建に向けた次の段階の目標とし、PB黒字化という目標を定め、まずはPB均衡を目指せばいいという議論が高まったわけである。
■ドーマーの命題
この議論は確かに正しいが、PB赤字が残る段階では、「金利<成長率」のケースでも財政破綻する可能性が存在する。
今期末の債務は今期の財政赤字と前期末の債務の合計に一致するが、経済成長すれば財政赤字も債務もGDP比で成長分だけ縮小するため、GDP比では、「今期末の債務(対GDP)=<今期の財政赤字(対GDP)+前期末の債務(対GDP)>÷(1+成長率)」(※)という関係が成立する。この式に「財政赤字=PB赤字+債務の利払い費」という関係を代入して、一定の近似を施すと、「債務(対GDP)の増加=PB赤字(対GDP)+(金利−成長率)×前期末の債務(対GDP)」(※※)という関係式が成立する。
この関係式(※※)で、PBが均衡し、「金利<成長率」ならば、債務(対GDP)の増加はマイナスの値になるので、債務(対GDP)は縮小する。しかしながら、PB赤字が「(成長率―金利)×前期末の債務(対GDP)」よりも大きい場合は、債務(対GDP)の増加はプラスの値になり、このような状況が継続すれば財政が破綻する可能性がある。
冷静に考えれば、「金利<成長率」でも、一定のPB赤字が存在すれば、債務(対GDP)が時間の経過で雪だるま式に増加してしまう可能性があるのは直感的にも自然であろう。
しかしながら、「現在は『金利<成長率』のケースに該当し、財政再建が不要になる」という誤った認識が広がってしまった原因は、財政再建の目標をPBに変更し、金利と成長率の大小関係で、財政の持続可能性を議論するようになってしまったためである。
しかしながら、財政赤字で議論する場合、このような問題は発生しない。長期金利が概ねゼロ近傍で推移しており、当分の間、財政規律を緩めても問題ないという意見は出てこない。既述の関係式(※)「今期末の債務(対GDP)=〔今期の財政赤字(対GDP)+前期末の債務(対GDP)〕÷(1+成長率)」から、成長率=nと財政赤字(対GDP)=δが一定のとき、簡単な計算により、債務(対GDP)は一定値(δ÷n)に収束する(向かって膨張していく)ことが証明でき、これをドーマーの命題という。
では、成長率=nや、財政赤字(対GDP)=δとして、どのような数値を利用すればいいのか。まず、財政赤字(対GDP)として参考になるのは、先般(2021年7月21日)、内閣府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」の数値であろう。この試算によると、2030年度頃の名目GDP成長率が1.1%のベースライン・ケースにおいて、国・地方合計の財政赤字(対GDP)は2021年度で8.1%であるが、2029年度で1.7%、2030年度には1.8%に大幅に縮小する。また、1995年度から2019年度における平均的な経済成長率は約0.4%であるので、n=0.4%とし、中長期試算の財政赤字(対GDP)からδ=1.8%として計算すると、δ÷n=4.5であり、公債等残高(対GDP)は450%に向かって膨張する可能性を示唆する。
しかも、ドーマー命題が重要なのは、財政赤字の一部には債務の利払い費が含まれているが、金利ゼロで利払い費がゼロでも、財政赤字が一定の範囲を超えて存在すれば、債務(対GDP)の膨張が継続する可能性があることである。金利や成長率の大小関係とは無関係であり、ドーマー命題から、成長率が0.4%程度のとき、債務(対GDP)を現行水準に留めるには財政赤字(対GDP)を1%程度に縮小する必要があることもわかる。
(文=小黒一正/法政大学教授)
●小黒一正/法政大学経済学部教授
法政大学経済学部教授。1974年生まれ。
京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。
1997年 大蔵省(現財務省)入省後、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー。会計検査院特別調査職。日本財政学会理事、鹿島平和研究所理事、新時代戦略研究所理事、キャノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は公共経済学。
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