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眼鏡着用NG、妊娠したら無給休職…ANA、CAの心身を蝕む“過度な容姿のキレイさ要求”
https://biz-journal.jp/2021/04/post_218596.html
2021.04.08 06:00 文=松岡久蔵/ジャーナリスト Business Journal
ANA本社が入居する汐留シティセンター(「Wikipedia」より)
「お客様! おやめください! どうか、おやめください」――。2017年5月1日、搭乗した客室乗務員(CA)が全員女性だったANA(全日本空輸)の羽田発ロサンゼルス便で、乗客同士の殴り合いのトラブルが発生したが、CAはこう大声で注意するだけで十分な対応ができなかった。ANAのCAはほぼ全員が女性であり、乗客がこうした問題行動を起こした場合、保安要員として十分な抑止力を行使できない可能性がある。
このようなジェンダーバランスの欠如は、欧米などの航空会社との最大の違いの一つだが、背景には日本の航空業界に根付く男尊女卑の発想がある。
■ANAが男性CAの採⽤を開始したのは、たった2年前
CAはサービス要員としての性格も持つが、基本的には乗客の安全を守る保安要員である。ANAは2年前の2019年4月の新卒採用で初めて日本人男性CAを4人採用したが、同期約700人からすれば、微々たるもの。19年のCAは計約8200人だったが、99%が女性で、これまでパイロット以外の男性で搭乗したのは、総合職の3年間の経験乗務者と、ロンドンベースなど外地採用社員のみだったという。この点では国内競合のJALも同じような状況だ。
■ANAはCAに「サービス要員」の要素ばかりを要求
しかし、普通に考えて保安要員として働くことを求められる職業で、ほとんど女性しかいないのは異常である。海外の航空会社を見てみると、仏エールフランスなどは男性CAの比率が約4割程度で、国際的にみても3〜4割が標準だ。なぜ、ANAはこのような現状になったのか。
まず考えられるのは、そもそも日本が男性中心社会であることだ。ANAが主戦場としている国内線では、コロナ禍前までは出張族の男性会社員の利用が大半を占めており、「癒やし」としての接客を求めたことが考えられる。つまり、日本社会にとってCAとは保安要員というよりは、「サービス要員=きれいどころ」の要素ばかりを要求されてきたということだ。実際、欧州、米国、中東、南米、中国、モンゴル、タイなど海外の客室乗務員は「保安要員」としての国家ライセンスが付与されているところが多いが、日本の総務省における職業分類では「サービス業」となっていることも、これを示している。以下はANAのCAのOGの弁。
「ANAで働いていると、キレイなメイクなどを求められすぎて、それに対する負担が大きいんです。女性にこうあってほしいという規範を押しつけられすぎるような印象を持ちます。また、女性CAは眼鏡の着用が基本的には認められず、コンタクトレンズが体質的に合わない場合は職場にとどまるのは難しい。海外の航空会社では若いCAも眼鏡の着用が普通で、眼鏡だとダメだと会社側が言った場合、人権問題になるにもかかわらず、です。私の先輩で『目が悪くなっても眼鏡がかけられないから』という理由で退職した人が何人もいました。結局、容姿だけが重視される職場だということです。それはANAの制服にパンツがなくスカートだけしかないことに象徴されます。
私は現役時代、先輩から『女優になりなさい』と言われていました。 嫌なことがあっても、不満があっても決して顔に出してはいけないと。確かにサービス要員としてはそうかもしれませんが、国内線1日4便などの過酷な労働を強いておいて“常に笑っていろ”というのは、肉体だけでなく精神も蝕んでいきます」。
この連載の第1回で紹介したANAのCAの評価制度には「お客様の心に残る笑顔の発揮」という項目があることからも、CAは過度な感情労働を要求されている。上司から常に「笑顔が出ているか」をチェックされるような職場など、居心地が悪くて仕方ないだろう。なお、JALの制服はパンツルックもあり、メガネもOKだという。
■ANAの女性取締役は15人中、たった1人
さらに、経営的な観点からすると、「ANAのCA=女性」の給料が「総合職=男性」より安いことが指摘されている。ANAのホームページによると、総合職にあたる「グローバルスタッフ職」(事務)は大卒の新卒で月額21万8557円なのに比べ、CAは大卒で月額18万319円、短大・高専・専門卒では月額17万2417円と4万円程度低い。
連載第2回で書いた通り、CAの平均勤続年数約6年半のため、「20代で寿退社か転職する前提の人事制度設計としか思えない」(20代現役CA)。50代となると基本給だけで15万円程度、男性総合職と差があるという証言もあり、生涯年収は億単位の差が出てもおかしくない。日本社会では現在でも幹部候補生たる総合職は男性、事務業務のみを担う一般職は女性というような区分けがなされている企業が多く、ANAはその典型といえるだろう。こういう会社の特徴として「女性は若さだけあればいい」というオッサン目線の人事制度設計が組まれており、経営幹部には女性がゼロかほとんどいない。
ANAもご多分に漏れず取締役にはCAの生え抜きの女性が15人中1人のみ。執⾏役員も23人中、女性がわずか4⼈でCAの生え抜きは2人のみ。管理職のレベルでも、ANAが公表している人事関連データによれば、2020年の上級管理職は男性が676人なのに対し、女性は45人と1割以下。つまり、女性が総合職にあたるグローバルスタッフ職(事務)で入社しても経営の実権を握るような取締役につくことは非常に難しいということだ。
■「CAの管理職に実質権限はない」
さらに、CAの管理職のほとんどは客室センターというCAの統括部署に所属しているが、実質的な権限はほとんどないという。それがよくわかるエピソードを紹介しよう。以下は、ANAのベテランCAの証言。
「米国のある都市への初の就航フライトで、行きに乗務するCAのほかに、帰りの便にフライトする予定のCAが乗客の席で移動したため、現地で宿泊するCAの人数が2倍になった時がありました。ところが、会社の連絡ミスで、その人数分の部屋が予約できてなく、半数のCAが泊まれなかったんです。予約していたホテルはその日は満室だったので、結局、半数のCAはホテルのロビーで一夜を過ごすはめになりました。
その時、 CAの管理職が同乗していたのですが、別のホテルを手配するなどの措置をしてくれませんでした。結局、管理職といっても何の権限もないんだなと思いました」
この管理職が特別に機転が利かないということも考えられるが、さすがに多くのCAが現地で困っていたため、現場では不満や別のホテル確保の要求は出ただろう。それでも宿泊予算の追加手配などができない時点で、十分な権限がないか、少なくとも権限を自分の判断で行使する管理職としての訓練がまったくなされていないことがわかる。
■ごく一部の「名誉女性」以外の敗者はブラック労働のまま
ANAのCA生え抜きの女性の取締役、執行役員のインタビューをみると、世間の華やかなCAのイメージそのものである。厳しい業務もきっちりとこなし、いつも笑顔。彼女たち個人の人生ということだけでいえば、非常に立派で、尊敬する。
しかし、現場のCAの過酷な労働環境が長らく改善されていないところからみて、彼女たちは「ANAのブラック労働体質に染まっている上、仮に会社の方針に疑問を持っても改善する権限がない」といういびつな現実が垣間見える。
また、ANAのような男性優位の企業の場合、こうした「名誉女性」的なモデル社員は、経営陣から“労働環境を改善する努力をしないでいい口実”として利用されているのが常だ。経営陣からすれば「CAは総合職よりも給料が安く労働環境も厳しいかもしれないが、こうして適応して頑張って結果を出している人もいる」と主張できるため、「文句を言うヤツは努力が足りない」といったような現場への責任転嫁を可能にする。
■妊娠したら無給休職しか選べないという時代遅れの差別的感覚
本来、経営とはごく⼀部のデキる社員を褒めそやすことではなく、ボリュームゾーンの社員が⼒を発揮できる環境を整えることだろう。社員の半数以上を占める⼥性 CAがたったの約6年半で辞めていく現状は、経営陣の怠惰以外の何物でもない。
その怠惰の代表例が、妊娠したCAに対する制度である。なんと、すぐに会社に報告し無給休職を取得する選択肢しかないという。妊娠したから仕事をさせない、給料を払わないというのは、時代遅れを通り越して⾮⼈道的であり、労働基準法や男女雇用機会均等法に違反する可能性もある。米国など海外ではマタニティ⽤の制服で勤務可能な企業もあり、JALでは無給休職の他に地上勤務も選べるというから、ANAには現場の⼥性CAの⽬線が致命的に⽋如していることは明らかだ。
筆者は多くの現役の20代CAから「こんなに⼦育てと仕事が両⽴できない職場だと未来が⾒えない」という絶望のこもった声を聞いたが、それも当然だろう。
■ANAもJALも、CAを男女半々にする努力を
これまでの取材の際、情報提供者に必ず「なぜこんな過酷な労働に堪え忍んでまでANAのCAを続けるんですか」と質問してきた。答えに共通しているのは「いろいろな人に会えて楽しい」「華やかで憧れだったから」といったものだ。憧れは現実とは違うものとはいえ、モチベーションはある以上、育児と両立できるなど制度設計やスケジュールの改善ができれば、状況はかなり変わるのではないかと感じている。
さらに、現役のANAやJALのCAやOGに男性CAの増加について意見を求めたところ、
「荷物を上げるときに男手があると助かる」
「やはり男性が一人でも乗っていると、変な乗客がいても安心感がある」
「女だけの職場に特有な、細かすぎることや陰口などの悪い傾向が緩まる」
「女性はどうしても真面目になりがちなので、おおざっぱな男の人がいると考え方のバランスがよくなる」
などの声が聞かれ、男性CAの増加に肯定的だった。
今回のジェンダーバランスの問題は給与面も含めて、JALも違いはほとんどない。保安体制をしっかり整える意味でも、男性中心主義の企業体質を改善する意味でも、ANAとJALはCAの男女比率を半々に近づける努力をすべきだろう。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)
●松岡 久蔵(まつおか きゅうぞう)
Kyuzo Matsuoka
ジャーナリスト
マスコミの経営問題や雇用、農林水産業など幅広い分野をカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや文春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。ツイッターアカウントは@kyuzo_matsuoka
ホームページはhttp://kyuzo-matsuoka.com/
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