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奇妙な活気 クルド人
イラク、反政府の自治区は今…
産経新聞2003/02/05
米国のイラク攻撃の可能性がいよいよ高まる中、米軍の作戦に組み込まれるとの
見方が強いイラク北部のクルド人反政府組織。だが、クルド勢力と政府軍の緊張
を予想して訪れたクルド人自治区との境界地帯は野菜を積んだトラックや乗り合
いバスが頻繁に往来し、奇妙な活気にあふれていた。米国に協力する姿勢を示し
ながら、日常生活ではイラク側とのつながりも絶たない──。独立を渇望しなが
らも歴史に翻弄されてきた少数民族クルド人たちのしたたかさをかいま見た。
(イラク北部モスル、キルクーク村上大介、写真も)
したたかに生きるクルド人
油田地帯キルクークは緊張感漂う
モスルから東に車で約一時間。チグリス川の支流アッザーブ・アル・アクバル川
の向こうがイラク政府の支配の及ばないクルド人自治区だ。手前の小高い丘から
のぞむと橋の手前に検問所があり川の向こうにクルド人の町カルクがみえる。
自治区中心地の一つアルビルの町はその先わずか約三十キロだ。
「クルド人たちは米国に支配されるのを決して望んでいない」。イラク側検問所
の税関所長はこう力説した。確かにへ橋を行き来する車が絶えず、こちら側に
やってくる車はアルビルや、その北にあるドホークの町のナンバーだ。「軍事地
域」ということで写真撮影は許されなかったが、検問所の周囲のなだらかな丘陵
地帯にはイラク軍の戦車が待機している様子もみえない。
一九九一年の湾岸戦争後、フセイン政権に対して蜂起したクルド人勢力は、独立
には至らなかったものの、米英空軍機の保護を受けた自治区を確立。米国が支援
するイラク反体制六組織にも名を連ねるクルド民主党(KDP)とクルド愛国同
盟(PUK)が自治区を実効支配している。
米軍の特殊部隊がすでにクルド人自治区に潜入し、開戦に向けた準備を進めてい
ると報じられているが、イラク政府は「クルド人もイラク国民」との建前を崩し
ておらず、境界でチェックするのは武器などの持ち込みがないかだけだという。
イラク側のモスルから小型トラックいっぱいに野菜を仕入れてアルビルに向かう
という商人は「週に何回か買い付けにやってくる」という。また、モスル市内の
衣料品店で買い物をしていたドホーク出身の女性、カードリーヤさん(四二)は
周囲の耳を気にしてか、「クルド人の指導者たちは戦争になってもイラク側に攻
め込むことはしないと思う」と話した。
一方、イラク北部で焦点になるのは、大油田地帯キルクークの帰趨だ。クルド人
が住民の七割を占めるというキルクークだが、クルド民主党などクルド人組織は
反体制六派の協議の中で、「フセイン後」のイラク連邦制樹立とキルクークのク
ルド人自治区への編入を主張。イラクの富の源泉への〃野心〃をちらつかせてい
る。これに対し、クルド独立を嫌うトルコからは「イラク北部のクルド人が独立
の動きをみせるなら、キルクーク占領も辞さない」といった軍関係者の発言も流
れてくる。
その一方、フセイン大統領は敗北不可避の状況となれば、一九九一年の湾岸戦争
で敗走するイラク軍がクウェートの油田に火をつけたように、キルクークの油田
に火を放つのではないか、といった観測もある。素早い「キルクーク制圧」は米
軍にとっても、戦争計画の中で重要な位置を占めるはずだ。
モスルからクルド人自治区との教会沿いに南東のキルクークに向かう道には戦車
などの配備は見られなかったが、キルクークからクルド人自治区東部の中心地ス
レイマニヤに
つながる幹線道路を走ってみると、最初の検問所でイラクへイに追い返された。
往来する車には自治区ナンバーも多く、ここでも自治区とイラクへ側の人の往来
が続いている事が確認できたが、検問所の軍人の数は格段に多く、緊張感が漂っ
ていた。消息筋によると、キルクーク北部ではスレイマニヤに向かう幹線道路か
らもイラク軍の戦車や軍車両の集結や動きが見えるという。