現在地 HOME > 掲示板 > 議論・雑談8 > 103.html ★阿修羅♪ |
|
平成15年1月25日
1月23、24日の二日間、かねて予定していた通り、『親日派のための弁明』の著者、金完燮氏と通訳を交えて11:00〜18:00の各7時間の対談を行った。27日にもう一度これを実施し、一冊の本にまとめて4月頃に刊行する予定である。(扶桑社刊、標題未定)
長時間討論の中で、聞いていてえっと驚くような主題や、あぁそうだったのかとあらためて納得するような内容が幾つかあった。1392年に高麗が滅亡して李氏朝鮮が成立した。それ以後の李王朝の実在は動かない。そして、歴史的に現在の韓国人とつながっているのが李王朝の国家と国民であることは疑いを容れない。しかしそれ以前の半島の歴史は正確にはなにも全くわかっていないのだ、と金完燮氏は言うのである。韓国人は、だから自らの民族のアイデンティティに大きな不安を抱いている、と。
通説としては、676年に新羅が半島を統一したというような話になっているが、そういう歴史的展開はぜんぶ現在の大陸東北部で起こった出来事であって、半島の歴史ではない、というのである。古代史に関する彼の大胆な「仮説」は、27日にあらためて聴くことになっている。ともかく、半島における高句麗、新羅、百済の三韓の葛藤劇もことごとく歴史的実在が疑わしい。要するに1392年より以前の半島の歴史で確実なことは何もわからないので、韓国人の歴史への自信喪失は根が深いのだという話である。
17世紀初頭、日本列島には3000万人の人口があった。同じ時期、あの広大な中国の人口はわずか6000万人であった。(確かに、中国の人口が一億を越えたのは17世紀後半の清王朝の成立より後のことである。)朝鮮半島の人口は、当時300万人程度であった。朝鮮人からみて日本列島はすでに当時から人口の多い「大陸」であり、一つの大きな「文明」であった。今のように島国の日本というイメージではなかった。朝鮮半島は二つの「大陸」にはさまれているという自己認識であった、と。
じつに面白い話である。今日と明日で私は朝鮮史の勉強を少しし直して、27日に彼にしっかりした質問をぶつけてみたいと思っている。いづれ古代史についても彼は一冊書く予定があるそうだが、「きわもの」と思われるような本だけは書かないよう祈りたい。(直かに彼にそう注意もしておこう。)
近現代史については、たしかに彼は李登輝の世代の親日派の台湾人と似たような観察を述べている。それは最初の本の読者にはよくわかっているだろう。韓国在住者にしては最初の発言者である。日帝時代を知る老世代の韓国人が日に日に少くなっている今、良識のある彼らの懐旧談を今のうちに聞き書きして、本にまとめて行きたいとも言っていた。彼のこうした事業はわれわれが日本で翻訳するなどして支援し、背後から扶けて行きたいものだと思う。
韓国人が日本人の罪をならし、日本人が自らの罪を韓国人に謝るという「日韓併合」の構図は、金完燮氏と私の間では完全に毀れた。韓国人が日本人に感謝し、「日韓併合」は韓国のために役立った事実、日本の進出が李王朝を倒壊せしめ、市民革命の役割を果たし、「併合」なくして半島の近代化は起こらなかった、というのが金完燮氏の立脚点である。『親日派のための弁明』を一読した読者にはこの点は自明であろう。
さて、本対談に対する私のスタンスは、これに反し「日韓併合」否定論である。日本人が罪を犯したという意味での否定論ではない。日本人はやる必要もないお人好し丸出しの「併合」をやって、財政上の莫大な欠損を背負いこんだ。1905年の保護国扱いのままにしておくべきだった。ヨーロッパ流の徹底した植民地政策でよかった。それなら期限がある。いつか終結することができる。「併合」ではそうはいかない。日本が韓国に影響を与えているうちはいいが、そのうち日本の内部に韓国が浸蝕し、「日本の韓国化」というブーメラン現象が起こるという事態に、100年前の日本人は気がついていなかった。対外進出にすれていない、うぶな日本人の、善意まるだしの「日韓同祖論」などを私は「愚行」として批判した。
この見地は、拙著『国民の歴史』の第32章「私はいま日韓問題をどう考えているか」、で恐らく最初に言い出されたものであろう。そして中川八洋氏の『歴史を偽造する韓国』が数字的に整理し、歴史的に正確に主張した。
金完燮氏に私は以上の見解をそのままに陳述した。彼がどういう反応を示すかに興味があった。すると、驚くべきことが起こった。彼は黙ってきいていて、何も言わない。「どう思いますか」と尋ねると、仰有る通りで全部正しいから、ご見解に賛成で、反論することばがない、というのである。内心は分らないが、表に出た態度に動ずる風はなかった。なかなかの人物だと思った。感心した。
端倪すべからざる人物という印象を私はもった。激しい気性を内に秘めている。しかしヒステリックではない。最近、彼の韓国での処女作『娼婦論』というのが日本で翻訳出版された。「私はまだもらっていないが」と言うと「先生にお贈りすると、こんな本を書いた人物とは対談できない、と言われはしないかと心配して、まだ送っていません。27日にもってきます。」「私はどんな内容の本にも驚きませんよ」と答えて、みんなで大笑いになった。
『親日派のための弁明』は日本では30万部を越えるベストセラーになったが、本国では2000部刷って1400部ほど実売されたという。彼は草思社から初夏に『親日派のための弁明』第二部を出すそうである。これの韓国語版を合本にして、韓国でもう一度同書を世に問う予定だそうである。
私との当対談本も日韓同時出版を考えているらしい。『国民の歴史』も翻訳して出したいというので、二巻本にした方がいいですよ、と答えておいた。通訳のお嬢さんと草稿作成者のご婦人と編集担当の吉田淳氏と金さんと私と五人で中華料理をいただいて、談笑した。老酒をいささか飲みすぎてしまった。
西尾幹二のインターネット目録
http://nitiroku.hp.infoseek.co.jp/