現在地 HOME > 掲示板 ★阿修羅♪ |
|
たくさん書くと論理が混乱してしまうので一言主です。ずいぶん下のほうに行ってしまった下記の3項についてのレスです。(また、Tdogさん、先日は指摘を受け入れてくださってうれしいです)。
「敗戦責任」と天皇[その1](あっしらさん)
(http://www.asyura.com/2003/dispute5/msg/110.html)
「敗戦責任」と天皇−インターミッション−[その2](あっしらさん)
(http://12.158.188.14/2003/dispute5/msg/194.html)
天皇制とこれからの日本(たこですさん)
(http://www.asyura.com/2003/dispute5/msg/197.html)
あっしらさんの「民族派Vs進歩派」の対立を解消する鍵が「敗戦責任論」にあるという考えには、意表を突かれました。同時に賛成です。
ただ、あっしらさんのいう「責任」や「責任の取り方」の主体には、どうも一神教の神に向き合う「近代西欧型の個人主体」を良しとする価値観がまとわりついているように思えてなりません。それだったら「あれこれいうけど、結局はサヨクと同じやなあ」ということになりかねない。
その意味で、たこですさんのつぎのような意見に賛成です。
>国情と経緯に鑑み、形式的最高責任者である天皇には累をおよぼすべきではなく・・
>この議論の答えは、日本国憲法と一連の戦後民主改革ということになるでしょう。
>天皇に責任を被せ、責任を取らせる事で事足れりとする発想はむしろ問題の隠蔽に繋がると思います。
江戸時代の武士の切腹も、個人が主体的決定をしたから個人責任を取るのではない。集団は、その良しあしは別として、山本七平氏のいう空気(半ば無意識的な合意)によって道を選ぶ。もし道が誤っていたら、責任を負う役割の人が「引き受ける」か「引き受けさせられる」。A級戦犯を靖国神社に祀り、悼むのも「引き受けさせられた人」というイメージがあるからではないでしょうか。
つまり「責任の取り方」の文化が、西欧とは違う、あるいはもともと違っていた。
そして国民の大多数は、天皇に「西欧型」の個的な責任の引き受け方ではなく、戦後も国民統合の象徴でありつづけることを望んだのだと思います。