(1)衝撃的なみずほ支店内部の光景
目の前に繰り広げられている光景が、本当に世界最大の銀行の姿なのかと、目を疑った――。
みずほホールディングスの前田晃伸社長が参院財政金融委員会でコンピュータ・システムの混乱について、
「今月いっぱいでほぼ正常化できると考えております」
そう何度目かの≪完全復旧宣言≫をしたのが4月16日のことだった。
その翌17日、都内のみずほ銀行有力支店には、預金解約の手続きを待つ客が押し黙ったまま列をなしていた。
個人の客は、口座に残った預金を全額払い戻して解約書類に判を押せば手続きは目の前ですぐに終わるが、企業口座は簡単にはいかない。過去の入出金を記録した証明書を用意し、ひとつひとつつき合わせてチェックしなければらない。手際のよい窓口の女性行員でも、1件の解約には早くて10数分、手間取ると30分以上もかかる。
普段は支店で最もすいているはずの「新規受付・解約」のコーナーを、3つに増やしたうえ、なお、フル稼働させているが、それでも30分以上、1時間待ちは珍しくない。
背を向けて立ち去る客に、行員は立ち上がって深々と頭を下げた。
「長らくのおつき合い、ありがとうございました。また、何かご縁がございましたら、当行をよろしくお願いいたします」
行員教育が行き届いていることがわかる対応だけに、マニュアル通りとはいえ、銀行の混乱を窓口で一身に背負う姿に痛々しささえ感じる。
こうして世界最大の銀行から、客も預金も、速いテンポで逃げ出している。
怒号こそないが、静かな取りつけ――あたかもそんな光景を印象づける。
みずほ危機は、第一勧業、富士、日本興業の3銀行が、個人や中小企業向け取引を中心とする「みずほ銀行」と、大企業相手の「みずほコーポレート銀行」に再編された4月1日から始まった。
午前8時の営業開始直後、全国7000台のATM(現金自動預け払い機)が一斉にトラブルを起こしたのを皮切りに、電気、ガス、水道の公共料金やクレジットカード代金の口座引き落としなど250万件の決済ができていないという重大事態が発生した。みずほ側は復旧作業の順調を強調したが、口座振替の未処理は次々と発覚した。
みずほで起きているのは、3080万もの口座を抱え、全国17万社の中小企業と、日本の全上場企業の7割と取引している巨大銀行で資金の流れがストップしたというまさに国家的危機に他ならない。
みずほ危機で被害を受けている外資系大手金融機関の幹部が率直な言い方をする。
「国の基幹銀行が決済不能に陥ったということは、一銀行の次元を超えて国の金融システムそのものへの信頼を失わせた。皮肉なことに銀行自らが金融不安を煽る結果を招いた。このまま資金が振り込まれずに企業間の決済が遅れれば倒産にもなりかねない。そうなると、みずほだけでは責任を負いきれなくなる。日本の銀行はこれまで国に保護されてきたから、経営姿勢が甘すぎる。みずほは日本それ自身の国際的信用を地に堕とした」
(2)カード引き落としは復旧のめどなし
みずほ側が「復旧のめどがついた」と発表している一連の問題は現在も何ら解決していないのである。
とりわけ、個人預金者にとって重大な被害が予想されるのがクレジットカード代金引き落としの未処理だ。前号で報じたように、本人は口座に十分な預金があると安心していても、銀行側の手続きが遅れて期日までに決済できていないと、滞納とみなされて≪ブラックリスト≫に登載され、その情報が全金融機関に流れることにもなりかねない。
本誌は大手カード会社に対し、4月17日時点のみずほ銀行での口座引き落としの実態を調査した。
まずは10日が決済日の大手4社だ。
「17日現在、みずほから何のデータも来ていない。問い合わせると、『もうそろそろです』という回答で、全体が把握できない」(会員数約800万人のA社)
「通常は引き落としから2日以内に銀行からデータが来るが、みずほからはそれがまだ来ない。17日段階でも一部はまだです」(アメリカン・エキスプレス)
「引き落としの確認が完了したという報告はまだない。みずほのトラブルの報道があったので、こういう場合のシミュレーションはしていた。利用者からの問い合わせには『大丈夫です』と答えるしかないが、正直、安心できない」(JCB)
「みずほ銀行の口座の利用者はごく少数で、さほど影響はないが、どのくらいの方に迷惑がかかっているか把握できていない」(三井住友カード)
大手カード会社の中では最も早い4月4日に決済日を迎え、約30万人の口座引き落としの未処理が発覚したクレディセゾンの場合、すべて完了したと報じられた。
だが、同社の説明ではかなり事情が違う。
「みずほ銀行からは決済が遅れていた約30万人分は8日に引き落としたという通知を9日朝に受けた。しかし、個別のデータがすべてそろっているわけではありません。引き落としたという連絡だけです」
要するに、みずほ側が「完了した」といっているだけで、カード会社には、どの利用者の分が決済できたのかの情報は来ていない。
ある大手カード会社の役員が明かす。
「振替口座を、みずほから他の銀行に変更する手続きが急増している。いつまで待っても引き落としが確認できず、顧客の方が見切りをつけてみずほから逃げ出している。この動きは5月に入ればさらに加速すると判断して、すでに担当職員を増員して顧客からの問い合わせや手続きに対応する体制を取った」
口座変更、つまり、みずほからの預金流出が今後、加速度的に増えるとみている。
(3)“単純な機械の故障”と露骨なマスコミ工作の実態
みずほの信用が失われて預金流出が止まらないと、それこそ17万社の中小企業や1万社の大企業に資金が回らなくなり、日本経済に最悪の事態が起きる危険性も視野に入れておかなければならない。
にもかかわらず、大新聞やテレビなど大メディアが事態の深刻さを掘り下げて伝えようとはせず、みずほ側の発表をうのみにして、≪単純な機械の故障≫と問題をことさら矮小化しようとしている姿勢は不可解すぎる。
実は、その背景にはみずほグループによる露骨なマスコミ工作がなされていたことがわかった――。
前田社長が参院財政金融委員会で≪完全復旧宣言≫をした4月16日、旧富士銀行頭取でみずほホールディングスの前最高経営責任者(CEO)の山本惠朗・全国銀行協会会長は記者会見でこう語った。
「私をはじめ3人の前CEOは統合の最終段階の責任者であり、責任を痛感している」
山本氏は同じく経営統合の責任者だった第一勧銀出身の杉田力之氏、興銀出身の西村正雄氏という前CEOとともに、みずほホールディングスの特別顧問を辞任する意向を示したと報じられた。
山本氏は一連のトラブル発生以来、初めての会見であり、なぜこうした問題が起きたのか、補償問題にどう対応するか、前田社長ら現経営陣の責任をどうするのかといった質問が集中するのが当然のはずだった。
ところが、会見を主催した日銀記者クラブの記者からは厳しい質問は一切出なかったのである。なぜか。
みずほ側は、まず日銀クラブ所属の大手紙記者に対しこう依頼した。
「今回は山本会長の最後の会見になる。そこを考慮していただきたい」
“全銀協会長を引退するのだから質問を手加減してくれ”という意味である。
さらに許せないことに、取材する新聞やテレビの記者たちに、ナント、タクシーチケットを配っていたのである。ある金融専門紙記者の証言を聞こう。
「都内の有力支店で顧客対応の実態を取材し、帰ろうとすると、副支店長が出てきて、『本日はご取材、ご足労さまでした』などと、気持ち悪いほど丁寧な対応で、『これをお使い下さい』といって、タクシーチケットを2枚、差し出した。私とカメラマンの分という意味でしょう。取材テーマがみずほ批判だけに、私は断わりましたが、後で記者仲間に聞くと、あちこちでやたらとチケットを配っていることがわかりました」
一方のテレビも似たりよったりの状況にある。
民放キー局のひとつで人気バラエティ番組を制作する中堅ディレクターがいう。
「うちの番組は、みずほグループ企業がスポンサーをしている。4月1日にATMトラブルが発生すると、すぐに担当者からチーフプロデューサーに連絡が入り、『こんなトラブルを起こしたので、スポンサーは自粛した方がいいかと話し合っている』と伝えてきた。プロデューサーは真っ青になり、すぐに報道局に駆け込んで、『みずほ問題はどのように報道するのか』『週末の報道特番でもやるのか』などと聞いていた。別の番組でも同じようなことがあり、四方八方から“何とかしてくれ”と泣きつかれて報道局は困っていた」
自粛といえば穏やかに聞こえるが、その一撃で各局のみずほ批判報道はすっかり影を潜めてしまった。
(4)コンピューターシステムの重大な欠陥
そもそも、みずほで起きているトラブルの正体は何か。
当初、みずほはATM障害については、「中継コンピュータのプログラムミスが原因」と発表した。さらに、その後起きた公共料金の二重引き落としなどは、「トラブル復旧のため手作業で進めた処理で人為的なミスが起きた」と説明している。
みずほでは独自に開発された旧一勧、旧富士、旧興銀のコンピュータ・システムを統合するにあたって、それぞれを3台の中継コンピュータで結ぶ方法をとった。
このシステム統合に携わった技術部門の幹部が初めて事故の原因を明かした。
「一勧と富士をつなぐ『RC1』という中継コンピュータが誤作動を起こした。そのため、旧3行の中で富士の支店のATMが孤立し、一勧や興銀のカードが使えないトラブルが起きた」
そう具体的に説明されれば預金者にも原因がわかる。
問題はもう一つの公共料金やカードの口座振替の遅れと、二重引き落としがなぜ起きたのか。
「公共料金などの口座振替の依頼はデータで転送されるか、磁気テープに記録されて持ち込まれます。システム統合にあたり、それらのデータを最初に受け取るための『ステップス』というコンピュータを設けました。ここで、旧3行のうち、どこの顧客の口座の取引かを瞬時に判別して自動的に振り分ける。その『ステップス』が引き落としのデータを処理不能として受けつけないケースが出てきた。原因は現在も不明です。仕方なく、手作業で引き落としをすることになった」
人為的なミスどころか、コンピュータ・システムの重大な欠陥だった。しかも、みずほは『ステップス』が故障した時の予備のコンピュータを準備していなかった。銀行のオンラインシステムに予備がないとは二重の失態である。
(5)人為的ミスが追い打ち
人為的ミスはその次に起きた。各支店の窓口では口座振替を手作業で行なうと同時に、データを修正して再びコンピュータにかけていった。
今度はステップスが正常に作動したが、手作業の分と合わせて、2回、口座から引き落とされるのは当然だった。銀行全体がパニックに陥っていることを示している。
深刻なのは、それ以外にもどのシステムが悪いのかさえつかめない原因不明のトラブルが相次いでいることだ。
「トラブルの中に『誤送金』というのがあるが、二重引き落としとは反対に、口座に二重に振り込みが記録されてしまった例を指している。これは、先の2つのコンピュータの異常では起き得ないトラブルで、どうやら他にもシステム上の問題があることがわかってきた」(技術部門幹部)
原因がわからずに復旧できるはずがない。
しかも、トラブルはみずほ銀行だけではなく、大企業との取引を担当するみずほコーポレート銀行にも広がっていた。大企業には複数の銀行との取引があるため、みずほ内部の重大事態発生はその企業のメーンバンクに緊急情報として伝えられた。
「みずほコーポレート銀行では、取引先の融資データが、融資額や期間、金利などの条件から返済状況までコンピュータから突然消える現象が起きた。データのバックアップは取っているが、最近の口座の動きは、法人担当者の資料から入力し直さなければならない。融資の返済日は月末に集中しており、それまでに完全復旧しないと、たいへんなスキャンダルになる」(別のメガバンク幹部)――。
(6)金融庁は昨年秋にシステム改善を命令
金融庁は早い段階から、みずほのコンピュータ・システムの統合に重大な欠陥があることを知りながら、最後まで放置した。
4月15日の自民党財務金融部会に出席した金融庁の五味廣文・検査局長は、今回のみずほのトラブルの危険性を全く気づかなかったのかと追及されると、重大な発言をした。
「昨年秋に行なった通常検査の際に、みずほに対し、『システム上の重大な問題があるので、年度内に必ず解決するように』と文書で示達しております」
昨年秋といえば、旧一勧、旧富士、旧興銀の3行がシステム統合の主導権をめぐって争い、ようやく方針が決まったばかりだった。金融庁も統合を半年後にひかえ、システム統合がとても間に合いそうにないという状況を十分に把握していた。
それなら、この巨大銀行がシステム統合に失敗すればどんな金融パニックを引き起こすかも、金融庁は十分に予見できていたはずである。
統合直前の3月末、みずほの技術部門では、システム統合前の最終テストで『ステップス』で引き落としデータが読み取れないといった障害が起きていたことから、首脳部に、「システム統合は5月の連休後に延期すべき」と進言していた。
その際、金融庁にも非公式にそうしたトラブルの情報も伝わっていた。検査官が常駐していたのだから、内部の緊迫、混乱と動揺している空気を読み取っていて当然である。しかし、みずほ首脳部も金融庁も見切り発車させた。
トラブル発生後も同じことを繰り返している。
(7)都庁給与を別格扱いの秘密指令
みずほ銀行首脳部が最も警戒していたのが、東京都庁の職員約17万人の給与振り込みが行なわれる4月15日を乗り切れるかどうかだった。
東京都の指定金融機関は旧富士銀行で、統合後はみずほ銀行が引き継いだものの、政府の金融行政に批判的な石原慎太郎都知事は、
「ペイオフ後に東京都が富士銀行と一緒に沈没するわけにはいかない」――などと大銀行への不信感をにじませる発言を繰り返していた。みずほ首脳部は、都庁職員の給与振り込みにトラブルが発生した場合、指定金融機関を外されることを恐れていた。
「たとえ他の預金者に支障が出ても、東京都にだけは迷惑をかけません」
みずほ首脳は金融庁に対してそう表明し、都庁職員の給与振り込みを最優先させ、金融庁もそれを認めた。
そのことが復旧作業の遅れに一段と拍車をかけたのだ。