(回答先: 検査の限界浮き彫り S&Pが見解 (共同通信) 投稿者 sanetomi 日時 2002 年 4 月 14 日 08:49:54)
スタンダード&プアーズは本日、金融庁が発表した大手邦銀に対するいわゆる「特別検査」の結果を受けて、銀行格付け上、一定の評価はするものの、低下している邦銀の信認をこれだけで回復するのは困難であるとの見解を発表した。今回の特別検査の結果、大手行行の2002年3月期の不良債権処理額は、2001年9月中間期決算発表時の予想を1.9兆円増加した。
スタンダード&プアーズは今回の特別検査について、大手銀行が「負の遺産」の処理を進める上で必要な一歩として、格付け上、一定の評価をしている。しかし一方で、今回の特別検査による不良債権増加額は、スタンダード&プアーズの予想を下回っており、またアプローチとしての限界が浮き彫りになるなど、銀行の信認回復に向けて多くの課題を残すこととなった。政府が今回の検査結果に基づいて銀行業界の構造的な問題の解決に向けた認識をトーンダウンさせるようなことがあった場合、格付け上は大きなマイナス要因となる。現在の経済環境下、新規の不良債権発生による銀行財務への圧力は依然として大きい。その一方で、大手行が自力でそれを吸収できるだけの財務基盤の充実を図るのは、当面難しいとみられ、スタンダード&プアーズでは、大手銀行へのアウトルックを引き続き「ネガティブ」とみる。
足元の業績予想修正は格付けに影響せず
今回金融庁が大手行に対して行った特別検査の結果、大手行の2002年3月期の不良債権処理費用は中間決算発表時点から1.9兆円の増加となった模様である。この結果、自己資本比率も当初計画よりもわずかながら低下したものと見られる。
このように、特別検査などの結果増加した不良債権処理費用により、大手行の足元の財務状況は悪化している。しかし、これらの影響はすでに弊社の格付けには織り込み済みであり、スタンダード&プアーズは各大手行の業績予想修正を受けて、直ちに格付けを変更することは考えていない。スタンダード&プアーズでは、2002年2月に大手行の格付けを見直し、その中の数行について格下げを行うと同時にアウトルックを「ネガティブ」に変更した。この段階で、すでに今回判明した規模の損失と資産の質への圧力は織り込んでいた。
「特別検査」後の課題
スタンダード&プアーズは、今回の特別検査について、より実態に近い不良債権額を明らかにし、不良債権処理促進の一助として、銀行格付け分析上、一定の評価をしている。一方で、以下に挙げるような問題をはじめ、特別検査の限界も浮き彫りになった。「特別検査」の本来の趣旨からやむを得ない側面もあるものの、今後に向けて、大きな課題を残したと考える。
* 処理金額の水準の問題
スタンダード&プアーズでは、格付けが「シングルB」以下でかつ過剰債務を抱える企業については、悪化する経済環境や資産価値の低下に鑑みると、より踏み込んだ処理が必要なケースがあると見ている。その観点から、スタンダード&プアーズでは、公表された処理額を50%程度は上回る金額を想定しており、今般の検査がどこまで踏み込んだ指摘を行ったか不透明であると考えている。
* 検査対象の範囲の問題
今回の検査は、与信額100億円以上の大口先149社が対象とされている。大口先の破綻は確かに業績へのインパクトが大きいが、大手行の融資総額の6割以上を占める中小企業の取引先の影響も無視できない。中小企業は長引く景気の低迷により大手企業以上に打撃を受けており、借入負担も増加している。したがってスタンダード&プアーズでは今後、大企業以上に、中小企業からの不良債権処理が増加してくる可能性があると見ている。また、中小企業融資に関する金融検査マニュアルについては、大企業のリスクを判断する場合との相違点を明らかにすることは意味があるものの、恣意性の介入余地もあると考えられるため、適正な運用ができるかどうかがポイントとなろう。
* リストラ計画の今後の進捗
今回の検査により業績不振企業の抜本的な再建計画策定を促されるとの見方もあるが、銀行がバランスシートの改善を進める上で、業績不振先の再建案策定だけでは不十分である。今年3月までに新たに策定されたリストラ計画の中には、経営責任の明確化がなされていないなど、昨年公表された私的整理の指針に沿わない債権放棄も多く、時間的制約を優先して実効性の検討が十分でないまま策定された感が拭えないものもある。業界によっては今後も厳しい経営環境が続くとみられ、計画通りに再建を進めるのが困難な企業も少なくないと考えられる。銀行のさらなる支援なしには経営が立ち行かなくなる企業が出てくる可能性が高い。これらの企業が、メーンバンクを中心にさらなる支援を求めてくれば、結果として銀行に新たな処理費用をもたらすことになる。
* 対策が打ち出されていない与信集中リスク
今回の特別検査は、個別の企業の査定にとどまっており、大手行の与信ポートフォリオ全体の問題には触れていない。スタンダード&プアーズでは、個別企業の引き当ての増額だけではなく、企業、あるいは特定グループへの与信の集中リスクを削減しなくては、本当の意味での邦銀の資産の健全化は困難であると考えている。日本の大手銀行の中には、大口20社に対する与信額が、自己資本額(Tier I)を超えている先も多く、米国の大手銀行の20−30%に対しいてかなり高水準になっている。しかし、今回の検査では、これらのうち業績不振先に対しての引当金積み増しは行ったものの、集中リスクの是正については触れられていない。
顕著な例としては、自己資本の2割を超える与信が1つのグループ向けとなっている大手行もある。日本の銀行には、破綻した場合の収益へのインパクトがあまりにも大きいために、大口取引先に対して貸出規律を厳しくしにくいといった状況が見られる。 特に、大手邦銀は総じて収益性が低く、自己資本も脆弱であるため、これらの企業をとりあえず延命させておく方にインセンティブが働きやすい。破綻した企業に対して、その主要取引行が、破綻直前まで社債償還資金や他行肩代わり分などの融資を増やしていた例にも表われている。大口先を有すること自体のリスクへの対処も大手邦銀にとっての課題の1つであると考える。
銀行格付け上、今後の政府の銀行の構造的問題への取り組み方針に注目する
スタンダード&プアーズは、今回の検査結果によって政府が銀行業界全体の構造改革に取り組むタイミングを失う可能性を懸念している。大手行の自己資本は総じて脆弱であるため、適切な時点で必要な対応を取ることが、大手行の抱える深刻な経営課題への取り組みにおいて極めて重要である。
現在、大手銀行に対するスタンダード&プアーズの長期格付けは、平均で「トリプルB」レベルとなっている。この格付けには、政府による銀行へのサポートが織り込まれており、政府がこれまでデフレ対策などで示してきた金融危機回避に対する強い意志を前提としている。このため、今回の検査結果を受けて政府が銀行業界の構造改革の手綱を緩めるようなことがあれば、大手行に対する格付けに、マイナスとなる可能性もある。
今回金融庁は、破綻懸念先以下の債権についての処理に、具体的な期限目標を課した。このことは、銀行の不良債権処理を促す一助となろうが、一方で銀行が破綻懸念以下に区分を落とさないようにするインセンティブが働くリスクもある。また、これらの債権は問題のある債権全体から見ればごく一部にとどまる。スタンダード&プアーズとしては、現在の環境下、これらの問題債権の質の悪化を懸念しているが、今回の内容にはこの問題への解決は直接的には含まれていない。
アウトルックは引き続き「ネガティブ」
スタンダード&プアーズは、現在、邦銀大手行に対するアウトルックを「ネガティブ」としている。スタンダード&プアーズでは、銀行の不良債権処理費用は今回の処理を経てもなお、当面高止まるとみている。今回の検査では未だ過去の不良債権の処理が完了したとは言い難く、また、景気低迷が長期化し資産デフレが深刻化すれば新たな不良債権が発生することになる。これらの点を勘案すると、大手行の不良債権処理額が本業収益の太宗を食ってしまう状況が当面は続くだろう。一方で、処理費用の増加にも十分耐えうるような、収益基盤の改善はなかなか進まないだろう。自己資本も、依然として国際的にみて脆弱であるが、収益や増資により増強するのは困難な情勢にある。