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私は、このところの北朝鮮から帰還した拉致被害者に関する報道を見ていて、家族やメディアの中に大きな誤解があるのではないかと思い、気になっている。
拉致被害者たち(曽我ひとみさんを除く)は、飛行機から姿を現すやいなや、実にリラックスしていて、晴れがましく感激に満ちた顔をしていた。多くの家族や彼らの友人たちも一様に、「思ってたより元気そうで、明るくて、落ち着いていてほっとした」というようなコメントを出していた。
これを見て「意外だ」と思った人は、家族や知人のみならず、メディアや、視聴者の中にも大勢いたようである。
しかし、あることを考慮すれば、これは決して意外なことではないのである。
しかし、実は意外なことの裏にこそ多くの重要なヒントや恐るべきことへのメッセージが含まれていることが多々あると思われるので、注意して見た方が良いと思われる。
まず、私は「洗脳」という言葉が多くの人に、「ロボトミー手術や電気ショックや薬物投与などで、本人の元の人格や記憶を破壊して新しい情報体系を植えつける」というような、誤ったイメージを持たれる恐れがあるため、使用するのを避けたい。「マインドコントロール」という言葉も同様に誤解されやすい面があるため、極力避けたい。
(しかし、私も個人に対するものとは別に、集団に対する操作に対しては、「情報操作」「大衆心理操作」「マスコントロール」という言葉はよく使う)。
代わりに、もっと一般的に用いられている「教育(思想教育)」「条件付け」という言葉を使って説明したいと思う。
多くの人は、北朝鮮の「教育」に対する認識がかなり甘いのではないかと思われる。
まず、条件付けと言ったとき連想されるのは、「パブロフの犬」や、「アメとムチ」というようなことであろう。
どうも、多くの人は、拉致被害者に対して北朝鮮は、アメとムチのうちの、ムチを多用してきていると思い込んでいるようである。確かに、北朝鮮の多くの国民は不自由を強いられており、煉獄の如き強制収容所などの実態は、恐らく「ムチ」のみの世界と言っても言い過ぎではないものなのだろうが、「大義名分」や「目的」を持って海外から拉致してきた者に対しては、そんな世界とは無縁と言っても良い程の、至れり尽くせりの待遇が待っていたに違いない。
「いや、待ってくれ、拉致そのものは立派な「ムチ」だし、地獄じゃないか」
という意見は当然あるだろう。そして、それは全くその通りである。しかし、であるからこそ、その後の「アメ」作戦は、より一層功を奏することになるのだ。
そしてこれは、若い時分に同じことをされれば、恐らくここを見ている読者全員、勿論私自身も、間違いなくたちまちのうちに彼らに100%懐柔されてしまうであろう(とは言え、ある程度年齢がいっていて、既に北朝鮮の現状について様々な情報を知ってしまっていれば、余程ずるく自己中心的でなければ簡単には飼い慣らされないだろうが)。
まず、アメとして使われるものは、「衣食住(基本的生存条件)」と、「愛情(心遣い、絆、信頼関係)」、そして「プライド(誇り、役割、使命感)」の3つが最も典型であろう。
まず、想像できるパターンの一つを小説風にシミュレートしてみるが、例えばこういう手順である。
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まず、彼らをいきなり拉致する(恐らく、アベックなら、まずはそれぞれを別々に連れ去る)。声を上げないように、怖い声で脅すか、クロロフォルムを嗅がせたりするかも知れない。袋をかぶせられたり、目隠しされたような状態で、船に
乗せられ、出航する。その状況に気付いた時には、彼らはこの上ない不安と恐怖と絶望感に駆られだすだろう。自分たちがどこに連れていかれるかも分からない(アベックの場合、相手が近くにいる気配もない)、もしかすると、このまま海の中に放り捨てられるのではないか・・・。どうして自分が?別の誰かと間違われたのだろうか?(アベックの場合、相手はどうなってしまったんだろうか?)
そういった恐怖に身を震わせているうちに、船はかの地にたどり着き、車に乗せられてどこかにつくと、こんどは先ほどと打って変わったようにやさしく拘束や目隠しを解かれ、目に飛び込んできた光景は、素晴らしい調度品やご馳走に溢れた、暖かい部屋と、優しく暖かい笑みを浮かべた、いかにも幸福そうな人々・・・。
[そう、一転して天国のような情景である。このあと(アベックで連れてこられた人は相手と引き合わされて)やがて慣れてくるうちにやってくる安堵感が、先ほどの不安感に対する大きなコントラストをもってくるので、はっきりしたありがたみや幸福感を感じるようになる。砂漠を旅した人が、オアシスで水や食事にありついて、「生きていてよかった。なんて美味しいんだろう」と普段の何倍も有り難味を感じるように・・・。]
(以下、アベックで連れてこられたケース)
そしてそのうちの1人の上品で美しい女性が(恐らく占領時代に覚えたであろう)日本語で、
「よく、ここまでいらしててくれました。長い旅、本当にご苦労様でした。恐らく、ここに来るまでの間、とても不安だったと思います。これから、少しづつ、何故あなたがここに連れてこられたのかをお話致します。まずは、ゆっくりくつろいで下さいな」
あまりのことに動転し、怪訝な表情で拉致被害者が周囲を見回しながら、恐る恐る
「ここは、一体どこなんですか?」
と聞くと、女性は
「そうですね。とても驚かれたでしょう。ここは、実はあなたの故郷の国から海を隔てた―、そう、あの偉大にして寛大なる将軍様の統治される、朝鮮民主主義共和国なのです。あなたの伝え聞いていたこの国のイメージとは、きっと全く違うでしょうね」
「どうして、自分がここへ・・・。そして自分のパートナーは一体どうなってしまったのか?」
「どうして連れてこられたのかは、これからお話します。そして、あなたのお連れ様は、無事です。今は、別の場所であなたと同じように歓迎を受けています。」
「信じられない。本当なら今すぐ、会わせてくれないか」
「今すぐは、出来ません。でも、幾つかのお約束を守っていただけるなら、必ず近いうちにお引き合わせします。」
「約束って・・・。」
「まず、あなたにこの国の大学で教育を受けていただき、重要な任務に就いていただきたいのです。それは、大変重要で高度な任務なので、全ての人に勤められるようなものではありません。偉大なる将軍様に選ばれた、余程の素質が見込まれた方でないと・・・。そう、あなたがたがここに連れてこられたのも、私たちが極秘で調査を進めた結果、あなたがたにその任務に就くのにふさわしい能力と可能性が秘められていることが確認されたため、将軍様から是非ともこの国の役にたってもらうため、招待してほしい、との仰せがあったからなのです。そう、あなた方は、選ばれたのです。」[プライドの充足]
「でも、それが本当だとしても、何故あんな手荒で強引な形で連れてこられたんだ。これのどこが招待だ?それに、その約束を守ったとして、いつかは日本の家族のもとに返してもらえるのか?」
拉致被害者が不審そうに尋ねると、女性は少し憐憫の表情を浮かべ、
「あんな手荒な連れて来かたをして、本当に申し訳ありませんでした。本当は私達もあんな風にはしたくなかったのですが、もし、私どもが派遣した調査員があなたがたに突然声をかけて、『あなたがたは特別に我が国の将軍様に適任とのお墨付きをもらったので、是非とも我が国にいらして働いていただけませんか?』と話したとしても、あなたがたはきっと信じてはくれず、警戒して逃げてしまわれるか、『親に相談してから』と言って親御さんに話し、その結果最悪の場合我が調査員が不審者と誤解されて警察に通報されてしまうかも知れません。私達にも任務がありますので、そのようなリスクは回避する以外選択の余地がなかったのです。
それから、もし、あなたがたが立派に任務を果たしてくれさえすれば、《将軍様は大変寛大で嘘はつかないお方ですから、いつかはきっと故郷のご家族のもとを訪ねることもできるようになるでしょう》。これはどうしても、近いうちに、とはいかないでしょうが・・・。
はっきり言って、あなたがたの祖国の政府は、戦争中には我が国を侵略し、多くのわが国の人民を連れ去って虐殺したばかりか、あなたの祖国の国民をも平等に扱わず、とても悪いものだと思っていますが、普通の人民は決して私達の敵ではありません。むしろ、我々の政府の恩恵に浴するだけの権利があるとすら思っています。
恐らく、《あなた方のご両親も、きっとあなた方に将来人民の役に立つ、できれば人の上に立つような立派な仕事をし安定した地位に就いて欲しいと願っていらっしゃるはずですよ》。あなた方がそのような姿に成長していれば、あなたがたのご両親も、どんなに喜ぶことか・・・。」
「うーん、そうかも知れないけど・・・。本当に仕事を保証してくれるのか。生活はどうなるのか。」
「勿論、約束を守っていただける限りは責任もって保証いたします。あなたがたに住んでいただく場所は、これからご案内しますが、いまいるここの応接間に勝るとも劣らない大きな部屋もある、立派で快適な家になるでしょう。
しかし、これも約束していただきますが、将軍様の許可がない限り、決して祖国の家族などに、手紙などで連絡をとらないこと。もし約束を破れば、より劣悪な環境に住んでもらわなければならなくなることも、覚悟しておいて下さい。
勿論、家賃や食費の心配はありません。しばらく、ここで朝鮮語のレッスンを施しますが、慣れてきて大学に通えるようになっても、学費はこちらで保証しますので心配はいりません。また、大学を出て、実際の任務に就けるようになった暁には、相応の地位や高い配当も、あなたならきっと得られるようになると思いますので、何ら心配はありません。安心して、私達と共にこの国の繁栄を支えていきましょう。」
その後しばらく、どの道もう当分は帰れないのだろう、というあきらめと、意外とこれからの暮らしはこの女性が言うようにいいものになるかも知れない、という期待の入り混じった気持ちで言うとおりに振舞っていたが、やがて案内された家は、女性が言ったとおりの、《日本でも一般庶民なら滅多に足を踏み入れることすらないような豪邸、そして間もなく、離れていたパートナーとも感激の再会を果たし、向こうも同じ立場にあったことを確認した》。また、そこが実は日本人村のようなところで、同じような境遇(拉致されて連れて来られた)の別の日本人が何人もいることを知り、お互い自分ひとりじゃないんだということで励まし合っているうちに連帯感も芽生えてきて、すっかりここでの生活に根を下ろすようになっていた。大学にも通うようになり、一緒に連れて来られた愛するパートナーとも、立派な結婚式も挙げてもらい、お互い支えあって暮らすようになり、子供にも恵まれた。そして、それぞれ卒業後は、高い地位の工作員や日本語の教師を勤めるようになり、より安定した生活を手に入れ、金正日総書記の暖かい庇護のもとという認識で、やがては日本での生活や残してきた家族のことも、普段は忘れてしまう程までに充実した日々を送るようになっていた・・・。
[以上、多少オーバーな表現もあるかも知れないが、様々な筋からの情報や、表情から察せられるものを元に、これくらいの待遇はあっただろうという想像で、書いてみた。もちろん、いっぺんに上のような会話を交わして納得したわけでもなく、何日も掛けてほぐしていくうちに、徐々に納得できるようになったケースの方が多いだろうと思っている。]
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上の文中の《》囲みの部分に特に注意。彼らが、ここにあるようなことを言われていたりされていた可能性は大である。であるとすれば、彼らの日本到着時の、晴れ晴れとして明るく、かつ落ち着いた表情や態度の説明がつく。つまり、それは、ただ故郷に凱旋し、肉親に会えたことに対する喜びの表現ではなく(もしそれだけなら、変化に対する不安や苦労の末やっと故郷に帰れたという思いから、もう少しおどおどした態度でタラップを降りてきただろうし、肉親と会っても崩れ落ちて号泣したり、笑顔を浮かべることさえも精一杯なものになっただろうからだ。中国残留孤児などの、ほとんどの生き別れになって再会したケースはこのパターンだし、恐らく多くの人はこのパターンの再会シーンを期待したに違いない)、むしろ、
”金正日総書記は、これまでも私達に裕福で恵まれた環境を提供してくれて優しい人だとは思っていたが、本当に最後まで嘘をつかず、約束を果たしてくれた。感無量だ。これまで彼を信じて頑張って任務を果たしてきて本当に良かった、このような偉大な人のもとで働くことができて自分たちはなんて幸せなんだろう、この喜びと、北朝鮮と金総書記のもつ素晴らしさを是非祖国の肉親にも伝えたい!それこそがこれまで心配していたであろう両親に報いてあげることであり、親孝行にもなる。”
というような気持ちが、彼らのあのような表情や態度になって表れたのだろうと思う。
つまり、もっぱらアメを与え、滅多にムチを与えない(拉致された時点のムチが後にも先にも最大級)ことで、より完璧な思想教育、適応(いわゆる刷り込み、マインドコントロール)がなされてしまうのである。多少は催眠誘導的な方法を用いてはいるが、ロボトミーや薬物や、ムチを使った方法とは違って、基本的な性格や記憶はほぼそのままに保たれることにはなるし、人間的な表情や感情が失われることもまずない。表情や感情のエネルギーを失ってしまうような状態とは、虐待を受け続けたり、脅かされ続けたり、食べる物に窮して体力を失ったりと、継続的にムチのもとに置かれるような環境に置かれた時である。ロボトミー手術(というか人体実験)、電気ショック、薬物療法なども、当然そういったムチの範疇に入るだろうが、そんなことをすれば表情を失うばかりか、やがて何の役にも立たない廃人になってしまうのがオチだろう。わざわざ教育の為に連れてきた、貴重な人材を只の人体実験の道具にしてしまうテはない。そんな人体実験をしたかったら、ずっと簡単で安上がりな、強制収容所に収容されている、彼らの言うところの「政治犯」で賄えば事足りるのである。
多くの日本国民は、彼ら拉致被害者が厳しい「洗脳」を受けていて、人間的な表情を失っているのではないかというイメージを持っていたようである。RENKの李英和氏すら「彼らの表情は思いのほか生き生きしているので、洗脳の心配はないでしょう」というような発言をしていた(まあ、彼は北の強制収容所や、郊外の食糧不足などで苦しんでいる地域の人々など―彼らはムチでコントロールされていると言えるだろうが―の、人権侵害によって表情が失われた方の姿をより多く見ていると思われるので、こういう発言になったのだろうが)。
また、拉致被害者の中でも、元工作員の安明進氏が大学の日本人工作員の中で目撃していたという、蓮池薫氏は、とても中枢的な部署で重要ポストに就いている工作員であり、またその任務をはっきりと兼ねて来日している、グループのリーダー的存在である(日本で言えば、外務省などの高級官僚クラスの地位だろう)可能性が高いだろう。
他のメンバーも、横田めぐみさん関連の口裏合わせなど、それぞれある程度の任務を兼ねているとは思うが、蓮池氏は他にくらべて、家族と会った時のリアクションがわざとらしくより演出じみて見え、他よりも固く暗めな表情に見える一方で(彼らは特別この日の為に滅多に着ない一張羅を着ているのではなく、女性の化粧や着こなしを見ても、普段から割りと着なれた恰好をしていると見受けたが)、特に彼はスーツをパリッと着こなしており、ピシッと胸を張っている姿は、余程の自信をもったエリートであることを感じさせる風格があった。
又、彼の兄の語っていた、「バスの中で、自分が報道されている姿をじっと見つめていた」という話も、彼が特別の視察報告義務を帯びていることを暗示している気がする。
逆に、曽我ひとみさんだけは、ある意味拉致されたという境遇として自然に感じられる程、始終孤独そうな、悲しげな顔をしていたと思う。
彼女の場合は、母親と一緒に拉致されたが、それなりの待遇も受けたではあろうが、母親と再会することは出来ず(拉致の時顔を見られたので一緒に連れ去ったが、歳を食いすぎていて役に立たないと見なされたため、本当に船から海に突き落とすなどして消されてしまった可能性もあると思う)、恐らくお見合いのような形で元米軍兵士と引き合わされ、それなりにいい人だと思って結婚したりもしたのだろうが、他の2組と違って最初から好きだった人と結婚した訳でもなく、拉致の傷跡がより深いと察せられることから、ああいう表情になっていたのだろうと思う。
とにかく、彼らは主に、「衣食住」「愛情」「プライド」を満たすという「アメ」を使われてきてしまっている為、「教育効果(マインドコントロール)」を解くことは、日本の終戦時のように、金王朝という北の体制が崩壊し、国民が裏切られるような形にならない限りは、恐らく不可能に近いと思った方が良いと思う。
より、「日本もやっぱり悪くないなあ、自由に行き来出来るようになったら、理想的だなあ」と思ってもらうことくらいは可能かも知れないが、こちらに完全に帰国してきたところで良い職業に就けるという保証もなく、それほど特権的で裕福な暮らしが出来るとも思えないだろうし(実際に提供できないだろうし)、そういう意味でも北での生活の方が早晩恋しくなってしまうだろう。
日本では、親子の心の絆より固いものはない、という信仰が根強いようだが、めぐみさんのように少女のうちに連れ去られたのならいざ知らず、今回帰って来た、特にアベック組みは、連れ去られた当時とっくに成人していて、これから就職したり自分たちで家庭を築こうとすらしていた人々である。親はいつかは、自分たちより早く死ぬものとして割り切れるようにもなっているし、親を恋しがる心情というものもあまり切実なものではなくなっていた筈だ(その点でも中国残留孤児などとは立場が違う)。
だが、彼らにとって、今回益々もって約束を果たしてくれた金正日こそは、親をも飛び越えているどころか、自分の全ての肉親すら包み込んでくれる筈の、言わば神サマ仏サマのような存在になってしまっていると思われるのである。