2018年10月3日 第四次「アーミテージ・ナイ」報告書 とは ● 2030年までの課題 報告書の目的は、「現在から2030年までの間における、野心的だが達成可能なアジェンダを提示することで、米日同盟を強化するのに役立つこと」と冒頭に示されている。 そして、日米両国が直面する課題として4点を列挙する。 ※ 日米が築いてきた国際秩序が危機に面している。権威主義的資本主義が統治モデルとして広がり、米国のリーダーも同盟や既存の国際秩序の価値に疑問を抱いている。 ※ トランプ政権が諸同盟国へ商取引的な対応をし、また、他の権威主義的な指導者たちとの関与を持っていることから、人権や民主主義、自由貿易や法の支配といった価値を米国が支えていくという見方を危うくしている。 ※ 中国等の国々が不公正な経済活動を行い、トランプ政権も保護主義を助長している。 ※ 中国等の競争国が、米国及びその同盟国の軍事的優位性を脅かす存在となっている。 ● これらの難問に抗するための「野心的なアジェンダ」として、「日米の経済的結びつきの強化」「(日米の)軍事作戦の調整の深化」「(防衛産業の)共同技術開発の推進」「地域のパートナーとの協力拡大」 ※ @開かれた貿易と投資に再び積極的に取り組め TPPの推進、および、日米からCEOや政府高官の参加する「企業・政府ダイアローグ」の設置が勧告されている。 今回の報告書は経済分野の記述が多い。それは、トランプ政権のTPP離脱などの保護主義的な姿勢や、同政権が貿易分野で日本との対立を露わにする姿勢を取っていること等への知日派の懸念から生まれた。報告書は、日米が関税について議論している間に地域の脅威(特に中国と北朝鮮)が増大している、と皮肉り、経済面での競争関係があっても日本は重要なパートナーであって敵対すべきでない、とする。 また、TPP離脱は誤りと繰り返し、「短期的には米政府が賛成しなくとも」日本が地域の秩序づくりのリーダーとなるべきだ、とする。 ※ A軍の運用を合同の基地で行え 自衛隊と米軍の一体化の具体的勧告の一つ目として、日米の基地共同使用を勧告している。別個の基地運用には制約が大きく、バラバラに基地を使っているような余裕はない、とその理由を述べ、まずは、どのように法的制約や運用面の問題を乗り越えるか研究すべきだとする。最終的にはすべての在日米軍は日本の基地から作戦を行うべきとも述べ、民間の港湾や飛行場へのアクセスも認められるべきとする。 基地の合同使用は、既定路線ではあるが、法的な制約などによりなかなか進んでいない事態を憂慮して書かれたものである。 ※ B日米合同の任務部隊を創設せよ 自衛隊と米軍の一体化を進めるための第二の勧告は、有事の際に日米が効率よく活動できるよう、西太平洋に日米合同任務部隊(combined joint task force)を創設する、というものである。台湾海峡有事や南シナ海・東シナ海の紛争に備えるものであり、その部隊は日本だけでなく、アメリカの主要同盟国や友好国との調整も行うべきであり、また、常時自衛隊からも人をおき、日常的に訓練・演習を行うべきとする。 常設の統合任務部隊の創設は、この報告書が日米政府を先取りする形でかなり踏み込んだものといえるであろう。基地の共同使用とあわせ、高度の日米一体化を指向する提起である。 ※ C自衛隊に合同作戦司令部(joint operations command)を作れ 自衛隊では現在、統合幕僚長が首相や防衛大臣に対する軍事的専門的な助言を行うとともに、陸・海・空自衛隊の統合作戦の指揮をを行うことになっているが、この任務を分割して作戦指揮の権限を下位の指揮官に与え、統合作戦部隊を中将が率いるオーストラリアのような形に変え、米軍とより緊密に連携が取れるようにすべきだと提言している。 米軍との連携が行いやすいよう陸自・海自・空自の一元化を進めた上で、米インド太平洋軍との連携を強化するという内容である。軍の一体化が進む米豪間と同様の姿を目指すべきだという勧告ともいえる。自衛隊の統合運用の促進は、昨年末の防衛大綱でも大きな柱となっている。 ※ D有事に向けた合同計画を作成せよ 有事に緊急対応するための日米合同計画の立案が必要とする。共同計画の策定は有事の際のレスポンス速度を上げるだけでなく、その存在自体が抑止力となると説明する。 また、安保条約第五条の「武力攻撃」に至らない場面、いわゆるグレーゾーンと言われる事態においても米軍が関与すべきと述べる。さらには、日米協力を進めるため、自衛隊の幹部を米インド太平洋軍の計画立案等の部署に送り出し、その一員として任務を行う(embed)よう求めている。 共同計画の策定は、2015年の日米ガイドラインでも謳われているがほとんど進んでいない。この勧告は、2000年頃から徐々に拡大されてきた日米協力が2015年の安保法制で法的な整備をほぼ終えたために、これから本格的に作戦作りを行うとの姿勢によるものである。もっとも、日米は軍隊の目的も大きく異なり、日本には憲法や法律の様々な縛りがあり、共同計画の策定は簡単ではない。 すでに米インド太平洋軍の司令部には自衛隊から連絡員が送られているが、連絡というレベルに留まらず、一員として任務を遂行することを求めているのも日米一体化の促進のためである。西太平洋全域を作戦領域として対中国有事に即応できる司令部と部隊を常備するという方向性であろう。 ※ E防衛装備を共同開発せよ 柱の三つ目として、本報告書は、防衛装備の日米共同開発も強く勧告している。近年の弾道ミサイル迎撃ミサイル(SM-3ブロックUA)のような共同開発をさらに進めることを求め、今後、共同して開発すべき防衛装備品を列挙している。これらが、政府のみならず日米の防衛産業の緊密さを示すことになるとする。 ※ Fハイテク分野における協力を拡大せよ また、ハイテク分野での協力も勧告しており、機密情報の共有、サイバー、宇宙、人工知能についての協力を促し、日米協力がなされなければ日本が遅れを取るリスクがあるとする。長期的には、米英豪加ニュージーランドの5カ国からなる機密情報共有ネットワーク「ファイブ・アイズ」に日本を入れるべきであるとし、それを実現するために日本は情報保護の強化を図らねばならないとする。サイバーセキュリティーについての強化も求めている。 昨年12月に出された防衛大綱は、日本だけでは対中優位になれないためアメリカに協力する、という姿勢が徹頭徹尾貫かれているが、その中で宇宙・サイバー・電磁波などの領域での対応を強化する旨が繰り返し謳われている。 米国においても、中国との比較優位が侵食され危機意識が高まる中、軍事はもちろんのこと、宇宙、AI、サイバーといった分野を強化して中国に対抗していくことが目指されている。その中で同盟国にも役割分担を求め、共同で対処をしようとしている姿勢が本報告書にも表れている。 ※ G日米韓三カ国協力の再活性化 勧告の最後の柱は、地域のパートナーとの協力関係を拡大せよというものである。 その冒頭に、日韓の協力関係を挙げる。日韓の防衛協力は情報共有の改善と軍事装備の整備・供与に焦点を当て、三カ国による対北朝鮮の軍事演習を拡大すべきとする。 また、北朝鮮との交渉が進んだとしても日米韓三カ国の関係は崩さず、演習や軍隊のプレゼンス、ミサイル防衛などを交渉材料にしてはならないとする。 日韓協力が求められている。これは中国・北朝鮮と対峙する米国の一貫した政策であるが、日韓関係は現在、徴用工裁判やレーダー照射問題で国交回復以後最悪といわれるまでになっている。報告書の執筆陣は、この事態を苦々しく見ているだろう。 トランプ大統領は昨年6月の米朝首脳会談後の記者会見で米韓合同軍事演習の中止に言及したが、米国内での調整を行っておらず、ペンタゴンや議会とから反発が出たとされる。インド太平洋地域における既存の勢力関係構造の維持を重視する知日派からすれば、軍事演習の中止は極めて問題、ということになる。 ※ H地域インフラ基金を立ち上げよ 地域の最大の難題として、中国の政治的・経済的な影響力の増大をあげ、ビジネスの競争は、開かれ、ルールに基づいたものでなければならないとしている。また、中国が一帯一路などで他国に多くの投資を行っているが、日米同盟はそれに代わる魅力的な代替案を提示すべきで、日米の投資は、借金や腐敗等をともなわず、高い基準の投資や国内労働者の雇用、投資に見合った確実な利益の確保等、他国にも魅力があるものであるはず、と主張する。また、豪、韓、印、ニュージーランド等も巻き込んで、インフラ整備とキャパシティ・ビルディングのための新しい地域基金を立ち上げよ、とする。 インド太平洋地域における経済戦略は、経済力をつけ、地域覇権的な要素を持ち始めているかのような中国にいかにして対抗するか、というものである。 ※ I広域の地域経済戦略を編み出せ 広範な地域経済戦略の立案を求めている。その多くは、自由貿易圏を維持・拡大し、中国との貿易不均衡を是正し、地域における中国の経済的影響に対峙するという内容である。いくつもの具体的勧告がなされているが、例を挙げれば、市場アクセスの問題が安全保障の問題に置き換えられてはならないこと、経験を生かした強力な投資と金融制度を通じて地域開発を支援すること、貿易の障害を取り除くこと、また中国のテレコミュニケーションの独占排外的なインフラ支配等に対して、開かれたインド太平洋地域を維持する戦略を整備すること、といったものがある。
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