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河井前法相夫妻の逮捕許諾請求へ 官邸vs.検察“仁義なき戦い”
https://news.yahoo.co.jp/articles/d5df4c3c3eab10c3e7fe5c6b2cdecfe5a0592437
AERA dot. 5/20(水) 11:00配信 週刊朝日 2020年5月29日号に加筆
河井克行前法務相(左)と妻の案里参院議員(c)朝日新聞社
検察庁法改正案に反対を表明した小泉今日子さん(c)朝日新聞社
官邸と検察の水面下の対立が、全面戦争に発展した。検察庁法の改正で人事に関与しようとする官邸に対し、検察側は河井克行前法務相らへの捜査で牽制。芸能人も続々と法案への反対を表明し、批判の矢面に立った安倍政権は今国会の成立を見送らざるをえなくなった。しかし、仁義なき権力闘争は今でも続いている。その行方は──。
* * *
コロナ禍での検察庁法改正案の審議の是非をめぐり、国会が大揺れだ。自民党幹部がこう話す。
「党内からは正直、コロナに専念すべきだとの声が多い。連立を組む公明党も国会議員に弁護士が多いから、問題視する声が上がっている。その上、支持母体の創価学会も反発している」
アベノマスクや芸能人とのコラボ動画など、安倍首相が“動く”とすべてが裏目に出る。
「そもそもコロナ対策が遅れたのは、習近平国家主席訪日、東京五輪が理由だった。今もコロナ対策に専念しなければならないのに、検察庁法改正。安倍政権はちぐはぐなんだ。検察から河井氏と妻の案里参院議員の逮捕許諾請求でプレッシャーがあるのかもしれないが、動くと逆効果だ」(前出の自民党幹部)
与党が検察庁法の改正案を衆院内閣委員会で強行採決しようとした5月15日には、松尾邦弘・元検事総長ら元検事が、改正案に反対する「意見書」を森雅子法相あてに提出した。その内容は怒りに満ちていた。
安倍首相を、フランス絶対王制を確立したルイ14世にたとえ、法案が成立すれば「近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない」と批判。政治思想家ジョン・ロックの「法が終わるところ、暴政が始まる」という言葉も引用している。検察の元幹部が、政権をここまで強く批判するのは、異例だ。意見書を提出した松尾元検事総長は過去、田中角栄元首相らを逮捕・起訴した戦後最大の疑獄とも言われる「ロッキード事件」の捜査に関わった。それだけに今回の件を重く見ているのだ。
問題が表面化したのは、法案に反対する人がツイッターに「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグ(#)をつけて投稿したことだった。抗議に関する投稿は、芸能人らを含め1千万件を超えた。小泉今日子さんは、同法案について「強行採決は自殺行為」と表明した自民党の泉田裕彦衆院議員が内閣委員を外されたことに対し、「もうなんか、怖い」と記し、「#泉田裕彦議員を応援します」「国会中継見てます」などとツイートを更新した。
世論の広がりに押され、与党からも異論の声が上がる。
船田元・衆院議員は言う。
「検察は内閣の不正を追及する権限がある。検察の人事に政治が介入できると、三権分立のバランスが崩れてしまう。法案は慎重に審議すべきだ」
改正案は、自民党内では一部の議員が問題にしただけ。「定年延長が内閣の権限になるなんて特例は知らなかった」と今になって驚く議員も多い。
改正案がここまでの騒ぎになるのは、検察の独立性を根本からひっくり返す危険性を秘めているからだ。
政界の汚職事件などを捜査する検察は、政治との距離を保たなければならない。そのため、政治は検察官の人事に介入しないことが慣例だ。今回の改正案は、(1)検察官の定年を現行の63歳から65歳に引き上げる、(2)検事総長を除いて、63歳に達した次長検事や検事長ら幹部は役職から退く、といった内容だ。他の国家公務員と同様に定年を65歳に引き上げることには野党も反対していない。
指摘されているのは、そこに「特例」があることだ。時の政権が認めれば、幹部が63歳以降も留任できる。検事総長にいたっては、最長で68歳まで延ばすことができるのだ。
法案を成立させたい官邸と、阻止したい検察の“暗闘”が繰り広げられる中、注目の人となったのが黒川弘務・東京高検検事長だ。黒川氏は官邸からの信頼が厚い。直接の指示を下しているかは定かではないが、安倍政権下では森友学園の公文書改ざん問題など、次々と不起訴になっており、野党から「官邸の守護神」と呼ばれた。元検察幹部も、黒川氏の検事総長就任を警戒している。
「法改正は黒川氏の定年延長と次期検事総長就任にお墨付きを与える。政治にすりよる検察官が出世できるという、とんでもない前例になってしまう」
官邸と検察の闘いの始まりは、昨年末にさかのぼる。それも、黒川氏の処遇がきっかけだった。このころ、官邸と法務省の間で、次期検事総長の人選について調整が進められていた。現在の稲田伸夫検事総長は、慣例に従い約2年の任期を迎える今年7月で退任すると思われていた。元検事長の弁護士は言う。
「検察では、検事総長が後任を決めてから辞めるのが不文律。稲田氏は、名古屋高検検事長の林真琴氏を後任に考えていた。ところが、官邸が黒川氏の就任にこだわった。これで検察のメンツが潰されてしまった」
ただ、黒川氏の検事総長就任には一つの問題があった。現行の検察庁法では、検事長の定年は63歳。黒川氏は今年2月8日が63歳の誕生日で、稲田氏の退任前に定年を迎えてしまう。そこで法務省は、稲田氏に昨年末で検事総長を退任するよう説得したが、稲田氏は拒否したという。
年が明けた1月15日、官邸と検察の対立は決定的となった。昨年7月の参院選で違法な報酬を支払ったとして、自民党の河井前法相夫妻の事務所などを、広島地検が家宅捜索したのだ。
官邸も応戦する。1月末には国家公務員法を特別公務員の検察官に当てはめるという強引な解釈で、誕生日前に黒川氏の半年間の定年延長を閣議決定したのだ。
安倍政権は、各省庁の幹部人事に介入し、官邸への忠誠心を高めてきた。政権の意向に沿わない者は冷遇し、従順な者を重用する。森友学園問題で公文書改ざんに関わった財務省職員が、その後出世したことが象徴的な例だ。官邸は、この状況をどう見ているのか。
「黒川さんを検事総長にしたいのは、菅義偉官房長官の考えだった。守護神として政権を支えたことに報いたいのでしょう。安倍首相は『黒川さんのことはあまり知らないんだよ』と自分は関係ないとアピールしている」(内閣官房関係者)
今国会での成立が見送られた今、次の焦点は検察が河井夫妻の捜査にどこまで踏み込むかだ。
「河井夫妻からカネをもらったと認めた広島の県議や市議は10人以上おり、捜査は着々と進んでいる。国会開会中の逮捕許諾請求もあり得る」(捜査関係者)
前法相が刑事責任を問われるとなると、政権への打撃も避けられない。
検察次第で捜査は河井夫妻以外に及ぶ可能性もある。広島の政界関係者や選挙運動員に配られた選挙資金の原資1億5千万円は、自民党から支出されているからだ。ある広島県議は言う。
「家宅捜索で、政治家から多額の現金が出たという話もある。河井夫妻は、選挙活動でのチラシ配布などでもかなりのカネを使っている。今後のポイントは、安倍首相が党本部を通じて出したとされる1億5千万円に、検察が切り込むかだ」
二つの権力の衝突は、現在でも着地点が見えないままだ。前出の検事長経験がある弁護士は言う。
「検察と官邸の暗闘は、まだ続くだろう」
(本誌・西岡千史/今西憲之)
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