【米大統領選】日本なら一晩で終わる開票作業 なぜそんなに時間がかかったのか 2020年11月8日掲載 https://www.dailyshincho.jp/article/2020/11081340/?all=1 やっと、当確──。アメリカ大統領選でCNNやABCなどは11月8日、日本時間の午前1時すぎ、民主党候補のジョー・バイデン前副大統領(77)が当選確実と速報した。
*** 思えば長い道のりだった。11月6日に放送された「NHKニュース7」(毎日・19:00)の冒頭、瀧川剛史アナ(39)は「まだ、勝者は決まりません」と切り出した。 投票日は11月3日。しかしながら日本時間の7日午後18時になっても、ペンシルベニア、ノースカロライナ、ジョージア、ネバダ、アリゾナ、アラスカの6州で大勢が決していなかった。 なぜ、これほど時間がかかるのか──SNS上では疑問の声が相次いだ。Twitterからご紹介しよう。 《日本だったら、遅くとも寝て起きたら全部開票終わってるのに、アメリカは遅いなー》 《アメリカ大統領選において、「開票速報」はないよな。どんだけ遅いんだよ》 《「アメリカの開票が遅い」のではなく、「日本の開票システムが優秀」だという話》 Twitterでは《現地の開票作業員が遅い時間だから帰宅した》という出典不明の解説が拡散した。真偽を調べてみると、これは事実だった。 CNN(日本語電子版)は11月4日、「殺到する郵便投票、勝敗のカギ握る4州で集計遅れる 訴訟も開始」の記事を配信した。(全角英数を半角に改めるなど、デイリー新潮の表記法に合わせた、以下同) “生産性”と逆の結果 文中には、《いくつかの州は夜通しの作業を中止して翌朝の再開を決めた》との記述が確かに存在する。日本では参議院選の開票作業が遅くなることが多く、特に比例選で未明までの作業が続くのとは極めて対照的だ。おそらく、一晩徹夜したくらいでは作業が終わらないのだろう。 ビジネス記事に目を通す人なら、「アメリカのほうが日本より生産性が高い」との報道が多いことをご存知だろう。最近ではNHKが9月18日、「“デジタル技術を活用し 低い労働生産性の向上を” 日本生産性本部が初の白書」との記事を配信している。 日本生産性本部が《日本の1時間あたりの労働生産性が主要7か国の中で最も低い》という白書を公表したという内容だ。 《白書では、労働者がどれだけ効率的に利益を生み出したかを示す日本の労働生産性は、2018年は1時間あたり、4744円で、アメリカの60%あまりの水準》 生産性の低い日本は、国政選挙でも深夜までに大勢が判明するスピードを誇る。一方、生産性が高いはずのアメリカでは、大統領選の投票から3日間が経過しても、いまだに開票作業が続く州が存在する。 日本の選管は勤勉? これでは理屈に合わない。実は日本のほうが生産性は高いのではないか、と考えたくなるが、ここで1つのことに思い至る。GAFAを代表とするIT、航空、金融といった産業では世界をリードするアメリカも、サービス業のレベルは極めて低いという事実だ。 アメリカで生活したことのある日本人がブログなどで、以下のようなリアルな体験談を披露している。 「引っ越し業者の仕事があまりに雑で呆れた」 「家にいたのに宅配業者が、なぜか不在と判断して持って帰るのはしょっちゅう」 「カスタマーサービスの担当者が『折り返しの電話をします』と言って、電話がかかってきたためしがない」 どうやらアメリカ人はサービスや事務作業が苦手らしい。「日本人は出張のため航空券の手配を2日で済ませたが、アメリカ人は1か月かかった」とのエピソードを披露しているサイトもあった。 日本における宅配便のサービス内容は、世界でもトップクラスと言われる。煩雑な事務作業もこなしてしまう。そして全国の選挙管理委員会も、サービス業に匹敵するような努力を重ねている。朝日新聞(電子版)は2010年7月、「開票作業『早く』そして『安く』 知恵絞る各地の選管」の記事を配信した。 26分で終わった開票も なぜ選管が開票作業の迅速化に力を入れるのか、記事は次のように解説した。 《参院選で、各地の選挙管理委員会が開票作業のスピードアップに取り組む。結果を早く有権者に知らせるとともに、経費を減らす狙いだ》 具体的な成果を報じたのが読売新聞の埼玉県版だ。2013年7月、「参院選 市町村選管 開票迅速化に工夫 選挙区、深夜に大勢判明」の記事を掲載した。 《行田市は3年前の前回選でわずか1時間40分で開票作業を終えた。選管担当者は「改善を積み重ねた結果だ」と話す》 《開票作業で時間がかかるのはだれに投票したかわからない疑問票の確認であるため、開票前に立会人を集めて疑問票を判定する職員の作業手順を説明している。イチゴパックを持った職員が候補者別に投票用紙を集めるという地道な作業も奏功している》 《長瀞町では(略)2年前の知事選から開票作業をビデオカメラで撮影。机の配置や職員の動きに無駄がないかも調べている。6月の町長選では、票の「読み取り分類機」を導入したことから、開票はわずか26分で終了した》 数千万の日本人が渡米したら? ムダをなくし業務効率を改善する「トヨタ式カイゼン」は有名だが、全国の選管も同じことを行っているのだ。ワシントンに25年間滞在したジャーナリストの堀田佳男氏は「あくまで冗談ですが」と前置きして言う。 「アメリカの人口は約3億2800万人ですが、事務作業に優れた日本人が数千万人単位で渡米し、大統領選の開票作業を担当すれば、その日の夜に大勢が決したかもしれません(笑)」 堀田氏もアメリカではサービス業のレベルが低いことに悩まされたという。 「スーパーで買い物をするだけでも、信じられないくらいレジは遅く、たちまち行列ができます。アメリカで生活していて最もイライラするのが、サービス業の仕事ぶりと言っても過言ではありません」 どうやら日本とアメリカでは、開票における“常識”からして違うことが分かる。NHKのニュースサイトNHK NEWSWEBは11月3日、「アメリカ大統領選挙 投票者数は?」との記事を配信した。 アメリカはいい加減? この記事には日本人にとって信じられないことが書かれている。例えば、大統領選における投票総数は不明なのだという。 何しろアメリカでは、州における勝者が決まった段階で、開票作業は事実上、終わってしまうという。残った票は数えず、適当に振り分けてしまう。日本では、どれほど大差がついても、最後の1票まで集計する。また、だからこそアメリカでは、「数え直し」を求める訴訟が起きるのだ。 更にアメリカでは、有権者の総数も不明という。戸籍や住民票が存在しないことが大きい。しかも、投票したい場合は有権者登録を行う必要があり、一応は国勢調査局が登録総数を発表する。だが、州によって制度も違うことなどから、正確な数字ではないという。 報道では、推計値が使われている。朝日新聞(電子版)は11月4日、「激戦州、大接戦続く 投票率『100年で最高』の予測も」の記事を配信したが、フロリダ大の推計として《約1億6千万人が投票し、投票率は67%と、過去100年で最も高くなる》と紹介している。 日本の場合を見ると、2017年10月22日に投開票が行われた衆院選では、投票総数は小選挙区と比例が共に約5500万票ずつで、合計すると約1億1000万票だった。 “日本並み”の州も 日本経済新聞(電子版)は同年10月21日、「衆院選、深夜にも大勢判明 35%の投票所で時間短縮」の記事を配信。全国の選管は午後9時45分までに開票を開始し、最も遅いところで、小選挙区は東京都の23日午前3時、比例代表は三重県で午前3時半に判明する予定と報じた。 つまり日本は約1億1000万票を、遅くとも約8時間で集計を終える。ならばアメリカ大統領選の1億6000万票の開票作業を、日本人が朝までに終わらせることも可能なはずだ。 これに対して堀田氏は「アメリカの名誉のため、いくつかの反論をさせてください」と言う。 「まず日本の自治体並みの優等生だった州もありました。カリフォルニア州やフロリダ州は有権者数が多く、作業は大変だったはずですが、投票日の翌日である4日朝ごろには大勢が判明しました。 これは投票率の上昇や、新型コロナの感染拡大で郵便投票や期日前投票が増えることを予測し、開票作業の前倒しを行ったからです。郵便投票の署名チェックを40日前から行ったり、期日前投票の開票を22日前から行ったりした成果でした」 意外な理由で遅い州も 一方、ペンシルベニア州は郵便投票で「本人確認などの開封・集計前作業を投開票当日まで行わない」ことが州法などで定められている。 「郵便投票が爆発的に増えることが事前に分かっていても、州法を改正する時間はありません。更に、郵便投票は手作業で開封する必要があり、本人確認はサインまで徹底して行います。どうしても時間がかかってしまうのです」(同・堀田氏) また、ネバダ州の場合は“トランプ対策”のため開票が遅れた可能性があるという。 「ネバダ州は、意図的に遅らせていると思います。激戦区になることは明らかでしたから、選挙の結果によってはトランプ大統領が訴訟を起こす可能性が高いわけです。裁判に耐えられるよう、極めて慎重に作業を行っているのでしょう」 結局は「アメリカ合衆国」というだけあり、大統領選の開票作業でも50州の独自性が認められている。そのために足並みが揃わないということらしい。 日本のSNS上では「4年後に備えて、様々な改善策を講じるべき」との意見が根強いが、堀田氏によるとそう簡単にはいかないという。 改善は困難? 「最もドラスティックな改革は、大統領選の全面的な電子投票化でしょう。実現すれば、それこそボタンを押せばコンマ何秒で集計は終了です。しかし、システムのハッキングなどの危険性がある以上、現実性に乏しいと思います」 トランプ大統領は特に郵便投票の不正を訴えているが、実際に調査してみると不正は全体の1%以下だったというレポートも存在するという。 「日本人にとって、大統領選の投票と開票作業は欠点だらけに見えるでしょう。実際に欠点もありますが、とにかく国土が広いのです。 人口の少ない地区は投票所に行くのも大変で、郵便投票が頼みの綱です。開票に時間がかかるからといって廃止するわけにはいきません。 不正防止という観点1つとっても、なかなか現行のシステムを上回るものは存在しません。やはり4年後も同じ方法で投票し、開票するのではないでしょうか」(同) 週刊新潮WEB取材班
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