「プーチン大統領は謝罪すべき」ロシアの大物退役軍人がウクライナ侵攻で異例の批判 プーチン大統領がウクライナへ侵攻する直前の今年2月、退役軍人で作る「全ロシア将校の会」が、侵攻を止める様プーチン大統領に直訴した事は大きな反響を呼んだ。 これまでプーチン大統領を支持して来た「全ロシア将校の会」の会長、レオニード・イワショフ退役大将(78)がプーチン大統領の辞任までも訴えたからだ。 その声明は、もし「対ウクライナ戦争が起きれば、ロシアの国家的存立に疑問符が付き、ロシアとウクライナは永遠に絶対的な敵となってしまう。両国で、千人単位、万単位の若者が死ぬ」と、3カ月後の現状を見通したかの様な切迫感溢れた内容だった。 警告が現実となってしまう中で、そのイワショフ退役大将が、ロシアの書店協会のウェブサイトKnizhnyMirのインタビューに答え(5月4日)、改めてプーチン大統領に「知恵と経験ある者の意見に耳を傾ける」よう訴えている。 このインタビューはイワショフ将軍の新著『人類−−世界の戦争と疫病』を紹介する番組だが、ほぼ全編がウクライナへ侵攻したロシア軍の批判にあてられている。 イワショフ退役大将は、現役時代は国防省の要職を務め、NATOの東方拡大への強硬な批判者として知られており、その保守的論調から現在も現役将校に強い影響力を持っている。 その実績と影響力ゆえか、「戦争批判」を行ったイワショフ退役大将には「フェイク」報道の容疑も掛けられていない。 インタビューにはソ連時代、軍の高級将校だったイワショフ氏の歴史観が色濃く表れているが、強い報道規制が掛るロシアでは極めて稀な政権批判と言えよう。 (以下はイワショフ氏のインタビュー。なお、内容の重複や順序など、筆者が若干整理した) ANN元モスクワ支局長 武隈喜一(テレビ朝日) ◆ 歴史上「経験したことのない」危機的状況 軍事行動というものは、個々の戦闘を組み立てる「戦術」の面では、現場の部隊が見事な働きをして成功を収めることもありうる。 しかし、上層部で大局的な「戦略」を立てる時、間違った決定が下されると、どんなに現場が奮闘しようが、作戦は失敗し兵士の勇敢な戦いも無に帰してしまう。 戦争全体の勝利を最終目標とした正しい戦略が用いられれば、部隊が戦闘で負けても、全体として破局的な敗北に至ることはない。 英米や中国では、そうした「戦略」の研究が行われているのだが、ロシアの上層部ではおろそかにされている。 大局的な戦略というものは、対立する他国との関係のなかで自国の最大限の利害を探る「地政学」的に、どんな結果をもたらすかを精査したうえで決定されなければならないのだが、ロシア軍ではその研究が行われていない。スペシャリストはいるが、軍に登用されることはない。 今回の特別軍事作戦では、初期の段階で戦略的な間違いがあったため、兵士は良く戦っているが、作戦は滞っている。ウクライナ領土の幾ばくかは獲得出来るかも知れ無いが、地政学的には既に敗北を喫した。 我々が直面しているのは、ロシアの歴史上、これまで経験した事の無い危機的な状況なのだ。 ◆ 欧米の長年の“夢”を実現させてしまった「特別軍事作戦」 地政学的に間違った選択をすると、戦略も間違える事になり失敗する。そうなると現場でのせっかくの成果もゼロになる。これが戦争の本質だ。 アメリカや欧州各国は、NATOの元で団結し、「1つの拳」となってロシアを叩きのめす事を長い間、望んでいた。EUもロシアの石炭産業を締め出したかったのだが、結局今回、貿易そのものを止める事になった。 以前アメリカは、ドイツとそれに続いて幾つかの国がロシアと軍事協力体制を組む事を何よりも恐れていた。 私が現役だった1990年代、ユーゴ空爆の1998年迄は、ロシア軍とドイツ軍との間には62の合同イベントがあり、合同軍事演習も行われ、軍事装備の協力もあった。米軍との合同イベントは8つだけだった。 アメリカの軍人は私に不平を言ったが、「ロシアとドイツは地理的にも近く、合同イベントは対テロ対策で必要だ。アメリカは遠い」と言い返したものだ。ドイツのコール首相やシュレーダー首相の頃、アメリカは気が気で無かった筈だ。 それが今やアメリカと欧州の対立は解消され、アメリカは自らの原理原則の元に、経済制裁だけで無く、反ロシア、ウクライナ支持という旗の下に、全ての欧州の国々を結集させてしまった。 アメリカがやりたかった事は、19世紀のドイツ帝国宰相ビスマルクが望んだ様に、ウクライナをロシアから切り離しさえすれば、ロシアに勝てる、と言う事だった。 1948年8月にアメリカの安全保障会議が纏めた「米国の対ソ戦略」の中で、軍事戦略と並んで中央アジアやコーカサス、バルト3国に対する対応が書かれているが、ウクライナについては特に重点が置かれている。 そこには、ウクライナ人とロシア人を分けることは困難だ、彼らは一つの民族である、それゆえに亀裂を作り出す必要がある、さらにこの亀裂を政治的対立や軍事紛争にまで拡大する必要がある――と書かれていた。 まさに今、このアメリカの思惑が実現している。 ジェルジンスキー(※ソ連秘密警察の創始者)が言っていた様に、「ロシアはウクライナがあって初めて世界の大国であり、ウクライナを欠いたロシアはただのアジアの一国家にすぎない」のだ。 英米両国にとっては、中央アジアもコーカサスもロシアからもぎ離し、ロシアを孤立させる、と言うのが19世紀末以来の構想だった。 こうした長年の夢を今回の「特別軍事作戦」は実現させてしまった。 ◆スターリンの時代にもなかった「歴史的孤立」 例えキエフ(キーウ)を奪取しても、我々は世界で孤立している。 国連で誰がロシアに賛成票を投じてくれると言うのか。中国さえ棄権している。CIS諸国(旧ソ連の国々)も、反ロシアの経済制裁に加わって行くだろう。残るのはベラルーシだけだ。 ロシアがこんなに孤立した事は無かった。 スターリンが第二次大戦直前にやった事を思い返して見ればわかる。 戦争の匂いを嗅ぎ取ったスターリンは、英米と言うアングロサクソンの大国をさえソ連の側に引き寄せた。 日本との関係には問題があった。しかし1941年春、日本の外務大臣(松岡洋右)がモスクワを訪問した時、スターリンは自ら4度も会い、出発の際には、未曾有な事だが、スターリンが駅頭で見送ったのだ。外務大臣をスターリン自身が見送りにきた唯一の例だ。そして日本と中立条約を結んだ。 つまり東と西で安全保障環境を整えた訳だ。 1941年6月、ナチスドイツが電撃作戦を開始した当初は困難な立場に置かれたが、スターリンは英米がソ連支持を表明する事を確信していた。日本も動かなかった。その間、ソ連は日本に対する軍備を整え、蒋介石の国民党にも中国共産党にも援助をして日本をがんじがらめにした。 ところが現在、我々は裸のままだ。 ◆ロシアは情報戦争でも「完全に敗北した」 我々は何をすべきだろうか。どんな戦争でも勝利するのは知性だ。 ハリコフを取ろうが、たとえ沿ドニエストル地方を奪って戦闘に勝利しようが、対立する他国との関係の中で自国の最大の利害を探ると言う「地政学的な」戦争では敗北した。 現代の世界には不正や暴力が溢れているが、しかしロシアはこの酷い世界の中でも最悪の状態に置かれる事になるだろう。 この70年でロシアは、特に技術と社会状態は最悪の状態に落ちる。1937年の大粛清の様な抑圧が有る。「勝利勝利!」と叫ばされ、「戦争反対」と言っただけで投獄される様な法律はスターリンの時代にもニコライ二世の時代にも無かった。 大統領は知恵と経験のある者達を集めて虚心に意見を聞くべきだ。 地政学的な俯瞰図を描き、民衆の心理を示し、社会の極端な階層化、矛盾について論じる必要がある。経済の状況と見通し、安全保障の現状等の客観的分析が必要だ。 そして第二に、この状況からどう脱出するかという具体的プランを立てる事だ。 色々な意見が出るだろう。その中から指導者がプランを決め、そのプランに基づいてプロフェッショナルを集める。ふん反り返って大声を出すだけで何の役にも立たない者では無く、役に立つ専門家を集めて、世界に於けるロシアの位置を話し合う。 ロシア大統領に電話しようと言う指導者がこの世界の何処にもいない状況だ。大統領は謝罪し、処罰すべき者を罷免し、政府のトップには「特別軍事作戦」に反対する者を据える事だ。 大統領も詫びるのだ。 いま世界中の国でロシア人は大変困難な立場に置かれている。ロシア語を話しただけで虐められたり殴られたりしている。 我々は情報戦争に完全に負けたのだ。 ウクライナではロシア軍は花束を持って歓迎されるとか、儀礼用の軍服をした兵が出迎えてくれる、等と言う誤った情報が上層部まで届いていたのだから。ロシアの戦車は最強だなどと言って敵を侮って過小評価するのは最悪だ。 ◆ ショイグ国防相は軍事の素人…「プロが必要だ」 ウクライナ軍はこの20年、ことに2014年以降、プロの軍人に率いられて来た。国防相が文官の場合でも、参謀総長には優れた将軍が抜擢されて来た。 ロシアではこの20年間プロの国防相は一人もいない。 欧米諸国では国防相に文民が就いていると言うが、西側とロシアとでは全く事情が異なる。西欧諸国では選挙で勝った与党から国防相が出る事が多いが、これはシビリアンコントロールで、軍機構の再編や国防予算の獲得などに奔走する。 だがロシアでは国防相は最高司令官だ。軍の戦闘準備態勢も決める。素人がその職に就いて、自己PRとしか思えない演習実施を命令する様な国はロシアくらいだ。 ショイグ国防相は軍事には素人だ。国防第一次官のルスラン・ツァリコフも軍務の素人なのに階級は将軍だ。 しかも参謀総長には一流とはほど遠い軍人が就いている(2012年からワレリー・ゲラシモフ)。アメリカの統合参謀本部議長は実質的な軍のトップだ。しかし現在のロシアは参謀本部もプロを遠避けている。 今ロシアにはプロフェッショナリズムが必要なのだ。最高の愛国主義者は、テレビでプーチンの腰巾着振りを見せる者では無く、プロの軍人だ。軍人と言う職業を愛し、民衆を思う者こそが最高の愛国者だ。 今日ロシアに必要なのはそう言う人間だ。 https://www.msn.com/ja-jp/news/world/%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%B3%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E3%81%AF%E8%AC%9D%E7%BD%AA%E3%81%99%E3%81%B9%E3%81%8D-%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%A4%A7%E7%89%A9%E9%80%80%E5%BD%B9%E8%BB%8D%E4%BA%BA%E3%81%8C%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E4%BE%B5%E6%94%BB%E3%81%A7%E7%95%B0%E4%BE%8B%E3%81%AE%E6%89%B9%E5%88%A4/ar-AAXEa9l?ocid=EMMX&cvid=e28ac445c90a4bf68863de75a48060ce
|