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地獄みた男の逆襲 中村喜四郎氏、いま野党勝利の黒衣に
https://digital.asahi.com/articles/ASM8Z6G4QM8ZUTFK01H.html
2019年9月9日06時00分 フロントライン 朝日新聞
四半世紀前、自民党に首相候補として将来を嘱望された一人の政治家がいた。中村喜四郎衆院議員。2003年にゼネコン汚職事件で実刑が確定し失職、無所属になった後も選挙戦無敗を誇り、現在当選14回。永田町で「選挙の達人」とも評される70歳の保守政治家がいま、意外にも「強い野党」づくりに心血を注いでいる。
野党系の大野元裕氏が、事前の予想を覆して自民系を破った8月25日の埼玉県知事選。中村氏は水面下で動いていた。
8月中旬に大野陣営を仕切る当時の上田清司・埼玉県知事の携帯電話の番号を知人から聞き、直談判した。「選挙戦の後半は野党幹部を入れたらどうですか。方針を転換して、与野党対決を前面に出しませんか」
「県民党」を掲げ、政党色を薄める戦術をとっていた上田氏だが、同月17日のJR大宮駅前での街頭演説では、立憲民主党の枝野幸男、国民民主党の玉木雄一郎の両代表によるそろい踏みが実現した。2人の演説後、中村氏は促されてマイクを握ると、こう演説をぶった。「かつての自民党は権力を動かすことに抑制的で自浄能力もあったが、今は謙虚な姿が全くない」
埼玉県知事選で大野元裕氏の応援演説をする中村喜四郎衆院議員(中央)と、応援に駆けつけた立憲民主党の枝野幸男代表(左)、国民民主党の玉木雄一郎代表=8月17日、さいたま市
中村氏は埼玉県知事選を政局の潮目を変えるカギとみていた。主要野党が伸び悩んだ参院選の後、周囲に語った。「埼玉で勝てば流れは一発で変わる」
与野党対決色を前面に出すという作戦は功を奏した格好で、地元の野党議員は「勢いが出た」「野党共闘の枠組みをつくってくれた」。岡田克也・元民進党代表も「喜四郎さんの突進力、突破力はすごい」と感心する。
「将来の首相候補」から一転、逮捕・失職
中村氏は茨城県生まれ。両親とも参院議員で、田中角栄元首相の秘書を経て、亡父の名前の「喜四郎」を襲名した。1976年に27歳で衆院議員に。自民党竹下派(経世会)に所属し、40歳で科学技術庁長官として初入閣、その後に建設相なども歴任。「経世会のプリンス」「将来の首相候補」とも称された。
衆院選で当選し、初登院した中村喜四郎氏(左)と鳩山邦夫氏=1976年
人生の転機は94年、ゼネコン汚職事件のあっせん収賄容疑での逮捕だった。取り調べでは完全黙秘を貫き、最高裁まで争ったが、2003年に実刑が確定。衆院議員を失職した。
戦後生まれで初入閣、宇野内閣で科学技術庁長官に就任した中村喜四郎氏(左)=1989年、首相官邸
05年衆院選に無所属で立候補し、国政に復帰。その後、自民党側から誘われても復党はしなかったが、森喜朗元首相や古賀誠元幹事長ら自民党重鎮らが「個人的関係」として中村氏の応援に駆けつけたこともあった。
その中村氏が安倍政権下で野党陣営に軸足を移した。17年の衆院選では旧民進系の候補者を支援。昨年1月には岡田氏に誘われ民進系衆院議員がつくった衆院会派「無所属の会」に入会した。いまは無所属議員ながら国会では岡田氏とともに立憲会派に身を置く。
岡田氏も自民党経世会の出身。中村氏を「経世会の先輩で、私の選挙指南をしてくれた」と言う。岡田氏が自民公認で初当選した90年衆院選では、中村氏が選挙応援に入った。疎遠な時期も長かったが、5年ほど前、岡田氏が茨城の選挙事情について相談をしたのを機に交友が復活した。
「頼まれてもないのにどんどん支援するのは昔の自民党の動き方。野党にはない」。中村氏は自らの行動を周囲にこう解説する。埼玉県知事選以前からも、野党共闘を支える黒衣として存在感を増しつつあった。
立憲と国民の「橋渡し役」に奔走した参院選
2018年の新潟県知事選では、脱原発を訴える小泉純一郎元首相の新潟での講演に合わせて現地入り。旧交がある小泉氏に頼み込み、野党系の立候補予定者と現地で引き合わせた。政界に距離を置く小泉氏を引っ張り出したことで、マスコミが報道。野党候補は僅差(きんさ)で敗れたが、中村氏の選挙巧者ぶりを改めて印象づけた。
今年7月の参院選では、野党同士で主導権争いを続けていた立憲と国民民主党の「橋渡し役」として奔走した。
その一例が、立憲と国民の双方が候補者の擁立を決めていた京都選挙区(改選数2)。4月中旬、国民の前原誠司・元民進代表と会食し、「無条件で候補者を下ろすべきだ」と迫った。前原氏の地元、京都は立憲の福山哲郎幹事長のおひざ元でもある。国民と立憲に分かれた両者の対立が続けば、京都は「共倒れ」に終わる懸念があった。4月27日、前原氏は擁立断念を表明した。
中村氏はその後、前原氏と福山氏を誘って3人で会食。前原氏を連れて支援労組を回り、立憲候補の支援を呼びかけるなど細やかな選挙戦を展開した。共産現職に追いつくことはできなかったが、立憲と国民の「決裂」を防ぐことに一役買った。
参院選京都選挙区の立憲民主党公認候補の応援演説をする(左から)中村喜四郎衆院議員と、演説に聴き入る立憲民主党の福山哲郎幹事長、国民民主党の前原誠司衆院議員=7月10日、京都市
いまなぜ野党の結集を後押しするのか。
野党幹部からも「よく分からない人」と真意をいぶかる声が漏れる中で、中村氏はその理由に、強くなりすぎた政権や、国民の「政治離れ」への懸念を挙げる。「野党が強くならないと、国民の政治への関心は戻ってこない。野党があと50議席増やせば、政治に緊張を取り戻せる」
また、周囲にはこんな言葉を語ったこともある。
「自分は国家権力に翻弄(ほんろう)された。だから権力側には回らない」
「首相候補」と「逮捕」という政治家としての天国と地獄を見た中村氏。一度は永田町で「終わった人」とささやかれた男が繰り出す一手はいま、多弱の野党をたぐり寄せ、前へと動かし始めている。(寺本大蔵)
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— 朝日新聞名古屋編集局 (@asahi_nagoya) 2019年9月9日
四半世紀前、自民党に首相候補として将来を嘱望された一人の政治家がいた。中村喜四郎衆院議員。ゼネコン汚職事件で実刑が確定し失職、無所属になった後も選挙戦無敗を誇り、現在当選14回。
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— kaっちゃん/🍆\ (@katsmos) 2019年9月9日
>「野党が強くならないと、国民の政治への関心は戻ってこない。野党があと50議席増やせば、政治に緊張を取り戻せる」
また、周囲にはこんな言葉を語ったこともある。
「自分は国家権力に翻弄(ほんろう)された。だから権力側には回らない」
12年の衆院選で中村喜四郎さんの茨城7区を担当。与党候補側から、力に陰りが、といわれながら、公明の協力を得て、森喜朗元総理が個人的に応援に駆けつけ、自民候補を破った。30分超の演説はカンペなし、数字も諳じる。今なお影響力を持ってるのがわかって面白い記事ですhttps://t.co/cqzW5Hy6Oq
— 斉藤佑介 (@ysaito_asahi) 2019年9月9日
「かつての自民党は権力を動かすことに抑制的で自浄能力もあったが、今は謙虚な姿が全くない」
— ねこタクシー (@jopapanda) 2019年9月9日
これなんですよ。私が自民党政治を許せない理由は。中村喜四郎氏、注目していきたい! https://t.co/wJaoi1xjkI
選挙のプロが動くと何かが起きる。健全な野党の設立により有権者に選択肢を!
— チャンネルくらら (@chanelcrara) 2019年9月9日
〉野党系の大野元裕氏が、事前の予想を覆して自民系を破った8月25日の埼玉県知事選。中村氏は水面下で動いていた。 https://t.co/1G336y9Ycl
「野党が強くならないと、国民の政治への関心は戻ってこない。野党があと50議席増やせば、政治に緊張を取り戻せる」中村喜四郎氏コメント
— おのっち(小野 忠昭) (@ono_tadaaki) 2019年9月9日
地獄みた男の逆襲 中村喜四郎氏、いま野党勝利の黒衣に:朝日新聞デジタル https://t.co/NjPOMvspo2 #フロントライン
地獄みた男の逆襲 中村喜四郎氏、いま野党勝利の黒衣にhttps://t.co/29PLBqXySw #フロントライン
— 鰯(不屈のスイミー) (@sardinian1979) 2019年9月9日
“…中村氏は埼玉県知事選を政局の潮目を変えるカギとみていた。主要野党が伸び悩んだ参院選の後、周囲に語った。「埼玉で勝てば流れは一発で変わる」”
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