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高山明 演出家
論座 2019年09月30日
愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」に対する文化庁からの補助金の全額(約7800万円)を交付しないと、萩生田光一文部科学相が9月26日発表した。いったん採択が決まった補助金を「不交付」とする異例の事態だ。
芸術祭の一部である「表現の不自由展・その後」が、電話による激しい攻撃にさらされて展示中止となったことを受けての対応で、文化庁は次のような内容の文書を発表した。
● 愛知県は会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な
事実を認識していたのに、それを申告せずに、採択され、補助金交
付を申請した。
● その後の審査段階でも、文化庁から問合せを受けるまでそれらの
事実を申告しなかった。
● よって、文化庁は、@実現可能な内容になっているか、A事業の
継続が見込まれるか、の2点を適正に審査できなかった。これは
補助事業の申請手続において不適当な行為だと評価した。
● 全事業は一体のものなので、(展示中止になった企画の分だけで
なく)全額を不採択とする。
文科省・文化庁は「愛知県の手続きの不備」を理由にしているが、この決定に対し、芸術関係者や多くの市民が「実質は表現内容への圧力」「萎縮を生む」と反発や怒りの声を上げている。補助金を止めることで活動しにくいようにし、表現を押さえ込むのは一種の「国家による検閲」だと受け止めて、撤回を求める運動も広がっている。
この問題について、日本とドイツを行き来しながら、演劇と社会とを結ぶ創作活動をしている演出家の高山明さんに話を聞いた。高山さんは、「あいちトリエンナーレ」のパフォーミングアーツ部門の参加者のひとり。新たなプロジェクトを打ち出しながら、あいちトリエンナーレ実行委員会などに対して、現在閉鎖されている全ての展示の再開を働きかけ、「表現の自由」を世界に訴える国内外のアーティストたちの運動「ReFreedom_Aichi」に加わっている。 (構成 山口宏子)
■■ありえないこと。ここまで来たのか、日本は■■
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日本外国特派員協会(東京)で会見する「ReFreedom_Aichi」の参加アーティストたち。(右から)卯城竜太さん、大橋藍さん、小泉明郎さん、ホンマエリさん、高山明さん=2019年9月10日
補助金不交付と聞いて、絶句しました。
ありえないことが起きている。ここまで来たのか、日本は――それが第一印象です。何としてでも撤回させなくてはと、「文化庁は文化を殺すな」の署名運動を始めました。
僕は1993年にドイツに留学し、そのまま、向こうの劇場で活動を始めました。98年に帰国しましたが、2011年以降は再び、ドイツと行き来しながら創作をしています。
日本とドイツ、両方の現場に身を置く者として、「公共の場における文化」をどう考えるか。両国の間にある大きな違いを、今回のことで改めて、実感しています。
日本では、税金を使う文化事業では、「多くの人が感動する」「みんなに喜ばれる」といった「マジョリティー(多数派)」の感情に寄り添った内容が歓迎されます。逆に、少しでも「不快だ」といった声が上がると、それが問題のある表現であるかのように見られてしまいます。
その延長に、多数派を代表している形の時の政権が認める文化、好む表現は公的助成が受けやすく、逆に、政権にとって気に入らない「少数派」の文化は排除されてもいい、という流れが出来ます。
でも、それは税金の使い方として正しいでしょうか。税金を納めている人の中には、政権と異なる意見の人もたくさんいるのですから。
■■小さな声こそ、公的に支えるドイツ■■
税金を使うなら多数派の気に入るように。そう考えられがちな日本とは反対に、ドイツでは、多数派とは異なる意見を発表することや、小さな声を尊重するために公金を使うべきだという考え方が、社会で共有されています。
ドイツは、検閲や弾圧によって徹底的に異論を排除したナチスの独裁がどんな結果を引き起こしたか、歴史から学びました。あの悲劇を二度と繰り返さないために、戦後は、異論を尊重する社会を作ろうとしてきました。
少数派の、たとえそれが多数派にとって愉快でないものであっても、様々な考えや表現を発表する自由を公的なお金で支えることによって、社会の健全さを保とうと考えてきたのです。その方が社会という「身体」にとってよい。だから公金を使えるわけです。
同じころ、日本も軍部独裁下にあったことを、僕らは忘れてはならないと思います。人々は、政治的な思想はもちろん、日常の身ぶりや言葉までコントロールされた。社会が一つの考え方に流れてゆくと、それは独裁を生み、ファシズムになる。そして一挙に解体するのが全体主義国家の常です。みんなが不幸になる。やはり、多数派とは違う声を上げることは重要ではないでしょうか。
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難民申請をするクルド人の視点で東京を見つめる企画『新・東京修学旅行プロジェクト:クルド編』の準備のため、食料品店を訪れた高山明さん(右)=2018年、埼玉県川口市
■■芸術の現場で「反対」の声とどう向き合うか■■
僕は、2017年にドイツ・フランクルトの公共劇場のプロデュースで『マクドナルドラジオ大学』という演劇を実施しました。
舞台はファストフード「マクドナルド」の店内。来場者はそこで、ラジオのイヤホンから流れる講義を聴くというものです。ラジオで話すのは、シリアやアフガンなどからドイツに来た難民たち。彼らは「教授」として、自分自身の体験をもとに、哲学、スポーツ、音楽、建築など多くの「科目」で、知見や思想を語りました。
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高山明さんがフランクフルトで開催したプロジェクト『マクドナルドラジオ大学』。参加者はマクドナルドの店内で、難民の講義をラジオのイヤホンで聴く=2017年、photo: Masahiro Hasunuma
象徴的なグローバル企業であるマクドナルドという場で、当時爆発的に増えていた難民の話を聴くことで、世界や社会を考えてもらうプロジェクトですが、参加者からクレームもありました。劇場に通うリベラルな人たちの中には、商業主義的だとして「マクドナルド」を嫌う人が少なくない。「そんな場所で演劇を、しかも難民問題と結びつけるなんてアートの自殺だ」という激しい拒否反応もありました。
もちろん、そうした意見に僕らは耳を傾けます。でも、苦情があったからといって企画を変更することはありません。お互い、異論もあって当然と認め合うのです。
最近、こんな例があったと聞きました。
公共劇場の主催で、建築家グループがフランクフルトの古い建物をめぐる町歩きツアーを企画しました。歴史的建造物がどのようにリノベーションされ、活用されているかを見学するのですが、対象となった建物はどれも、ナチス時代を思わせる「伝統的ドイツ様式」に改築されたもの。復古的な風潮が広がっていることを批判する視点で組まれたツアーだったのです。
それに、地元議会の右翼政党の議員が抗議しました。ドイツの伝統を守る立場から、「そんなツアーはけしからん」というわけです。
劇場はもちろん、予定通り4時間のツアーを実施しました。その上で、劇場を4時間開放して、このツアーについてのシンポジウムを開き、反対する議員や一般市民が賛否両論をぶつけ合ったのだそうです。その場で結論は出ませんが、劇場のような文化施設は多くの人の多様な声が響き合う「公共の場所」であるということが、よく分かる例だと思います。
■■「世間」が法律より力を持つ危うさ■■
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劇場を「ストリート」にしてラップ合戦を繰り広げ、芸術や祝祭の意味を問いかけた高山明構成・演出『ワーグナー・プロジェクト』=2017年、横浜市の神奈川芸術劇場
劇場に議員が直接乗り込んでくるような「物議をかもす」企画の実現を支えているのは、「法律」です。
ドイツの公共劇場では劇場長(責任者)と弁護士が緊密に連絡を取り合い、「いかに警察に介入されないですむか」と考えて、様々な事前準備をします。表現の自由を、法律で守っている。どんなに多数派や政治家が気に入らない表現でも、法律に違反しない限り、守るべきは守る、という姿勢です。
それに比べて、日本では、根拠のはっきりしない「世間の声」が法律より上にあるように感じます。声の大きな人たちが「自分たちが多数派だ」「これが世間の常識だ」と主張して、異なる意見を封じこめようとする。政治権力がそれと一体化している。
今回の「あいち」の補助金不交付では、文化庁がそういう「多数派」に寄り添う決断をしてしまった。
政権が「世間の声」を利用し、そこに乗っかる方向で、まともに説明のできない「超法規的な判断」を押しつけてくる。「表現の自由」という憲法の中でも特に重要な項目にかかわる問題なのに、それを飛び越えて、「多数派」の声が力を持つ。これは極めて危険な状況です。
こうした検閲の先にあるのは、一つの方向に統合され、多様な考えが許容されない社会、異なる意見や小さな声が排除される社会です。
日本がそんな不自由な社会になってゆくことを危惧し、今回の「不交付」の決定に抗議します。僕の危惧は決して、考え過ぎではありません。現実に世界中に、そういう国はいくつもあるのですから。
https://webronza.asahi.com/culture/articles/2019092800003.html
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