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自由という言葉からは、しなやかさを連想します。ですが最近「表現の自由」は縮こまっているように感じます。こわばりをほどく方法を考えました。
戦後七十年の二〇一五年、本紙の取材班は一人の男性の戦後を追いました。信州大学教授だった故島田美成さん。息子にも語らなかった戦中の過去がありました。
生活をありのままに描く指導法が「共産主義を広める」として、北海道の旭川中学の教員や教え子など二十人以上が治安維持法違反容疑で逮捕された生活図画事件。東京美術学校(現東京芸大)を卒業し、徴兵されていた同中学出身の島田さんもその一人でした。
事件について調べている東京芸大講師の川嶋均さんが昨秋、遺族の家から一冊のノートを発掘しました。当時の取材ではつかむことのできなかった島田さんの胸の内がつづられていました。
「汚穢(おわい)船」と題された随筆は、昭和十三年ごろ、隅田川で糞尿を運搬する船を見た思い出話で始まります。「人間が喰べるものと出すもののための労働である」。当時、二十代だった島田青年は、そんな感想を抱きながら、川べりで船を眺めていたのです。石炭も船で運搬されていました。陸地へは人がかごにいれて運んでいたのが、やがて機械が導入されたことに触れ「だんだん労働から人間を必要としなくなる時代の始めのような感じがした」と記しています。
美校時代に描いたそれらの船や千葉・松戸の農民、水戸の海岸の漁民のスケッチはすべて「軍法会議(裁判)で没収されてしまった」とあります。「法律というものはいつでも国家のものであって、庶民のものでないと強く思うのである」
ノートに記された日付によれば、随筆が書かれたのは一九九〇年代後半。半世紀たっても残る悔しさが生々しく伝わります。
今夏、名古屋市で開かれていた企画展「表現の不自由展・その後」が開催から数日で打ち切りとなりました。旧日本軍の慰安婦を象徴した少女像の展示などに抗議が殺到し、その中には脅迫と思われるものも含まれていました。
近年、憲法や戦争などにまつわる展示や講演会に、行政が「政治的中立性」を理由に後援しなかったり、作品の撤去を要請したりする事例も相次ぎます。戦前の治安維持法とは違い、一種の「空気」によって、意見の分かれる問題について考えたり議論したりする場が縮まっていきかねない風潮に懸念を覚えます。民主主義の足腰の強さにかかわります。
第二次世界大戦が終わった一九四五年、英国人作家ジョージ・オーウェルは「ナショナリズム覚え書き」という随筆で、異論を認めぬような心のこわばりの根源を見つめようとしています。
オーウェルは、すべての人間の活動が監視され、日記を付けることも禁止された全体主義社会を描いた小説「1984」で知られますが、行動の人でもありました。
下級官吏の家に生まれ、名門イートン校を卒業後、英国統治下のインドの一部だったビルマで警官となります。帝国主義に幻滅して職を辞した後は、ロンドンやパリのスラム地区で暮らし、最底辺で生きる人々の苦境をルポルタージュに記しました。スペイン内戦には民兵として身を投じます。
このスペイン内戦でオーウェルは、戦争の記憶はそれぞれの立場で都合良くとらえられ、歴史が改ざんされる危うさを感じます。
「私たちみんなの心にあって」「その思考を誤らせるいくつかの傾向」の正体を突き止めることを目的に随筆は書かれました。ここではナショナリズムの意味は自国を愛することにとどまりません。自国を嫌うことも、他の特定の国に入れ込むことも、さらには平和主義も含まれます。当時、平和主義者を名乗っていた人たちは、必ずしも分け隔てなく暴力に非難を向けているわけではなく、特定の大国に批判を向けていると、オーウェルの目には映っていました。
共通するのは、「個人よりも巨大な何かに仕えているという意識」によって生み出される、「自分が正しい側にいるという揺るぎない信念」です。「巨大な何か」を国家に限らなければ、大きな物語に寄り掛かって安心しようとする心のありようは程度の差こそあれ、多くの人が経験しているのではないでしょうか。
「自由」にしなやかさを取り戻す一歩は、大きな物語の居心地よさになるべく寄り掛からず、小さな物語を自ら紡ぎ出す営みかもしれません。それは例えば隅田川でスケッチしたり、日記に思いを刻んだりするような。
中日/東京新聞社説 週のはじめに考える 2019年9月22日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019092202000130.html
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019092202000104.html
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