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昨日(9月8日)の東京新聞社説の表題は、「桐生悠々と言論の覚悟」である。桐生悠々を論じつつ、言論人としての自らの覚悟を語って格調が高い。その覚悟に敬意を表したい。それにしても、である。いつの間にやら、言論に覚悟を必要とする時代が再来してごとくの不気味さが感じられる。
その全文は、下記URLで読むことができる。
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019090802000112.html
桐生悠々は、1933年8月に信濃毎日新聞の論説主幹として「関東防空大演習を嗤ふ」を執筆し、これが軍部の逆鱗に触れて同社を追われる。しかし彼は、その後も名古屋に拠点を移し、個人誌「他山の石」に拠って軍部や政権を厳しく批判する言論活動を続けたという。東京新聞社説はその「他山の石」に、悠々はこう書いていると紹介している。
悠々は「他山の石」に「言いたいこと」と「言わねばならないこと」
は区別すべきだとして「言いたいことを言うのは、権利の行使」だが
「言わねばならないことを言うのは、義務の履行」であり、「義務の履
行は、多くの場合、犠牲を伴う」と書き残しています。
悠々にとって一連の言論は、犠牲も覚悟の上で、言うべきことを言う
義務の履行だったのです。
正宗(白鳥)が言う「いかに生くべきか、いかに死すべきかを、身を
以つて考慮した」悠々の命懸けの言論は戦争への流れの中では顧みら
れることはありませんでしたが、戦後再評価され、今では私たち言論、
報道活動に携わる者にとって進むべき方向を指し示す、極北に輝く星
のような存在です。
<蟋蟀(こおろぎ)は鳴き続けたり嵐の夜>
悠々のこの句作が世に出た35(昭和10)年は、31(昭和6)年
の満州事変、32年の五・一五事件、33年の国際連盟脱退と続く、
きなくさい時代の真っただ中です。翌36年には二・二六事件が起き、
破滅的な戦争への道を突き進みます。
もし今が再び<嵐の夜>であるならば、私たちの新聞は<蟋蟀>のよ
うに鳴き続けなければなりません。それは新聞にとって権利の行使で
はなく、義務の履行です。
来る10日は悠々の没後78年の命日です。大先輩を偲ぶとともに、
業績や遺訓を思い起こし、私たち新聞のなすべきことを考え続けたい
と思います。
その言や大いに良し。権力や権威への無難な忖度か、弱い立場のものをあげつらって批判する論調溢れる中で、東京新聞はこう自らを戒めている。「私たちの新聞は嵐の中でも蟋蟀のように鳴き続けなければなりません」「それは新聞にとって権利の行使ではなく、義務の履行なのです」「大先輩を偲ぶとともに、業績や遺訓を思い起こし、私たち新聞のなすべきことを考え続けたいと思います」と。つまりは、「多くの場合犠牲を伴う」ことを覚悟した言論人の義務履行の決意を述べているのだ。
言うまでもなく、言論の自由とは、権力や強者や社会の多数派を批判する言論が抑制されることなく自由であることを意味する。権力や強者や社会の多数派に耳の痛い、内容の言論である。その表現が、権力や強者や社会の多数派から疎まれ憎まれる類の言論。「多くの場合犠牲を伴う」ことになる言論である。悠々の言葉を借りるなら、このような「言わねばならぬこと」「多くの場合犠牲を伴う」ことを、犠牲の心配なく、躊躇も萎縮もなく、言えることの保障が必要なのだ。嵐の夜に鳴き続ける蟋蟀は貴重な存在である。いかなる嵐が吹こうとも、いかに小さな蟋蟀であろうとも、その鳴き声を途絶えさせてはならない。
悠々には、正宗白鳥をして、「彼(悠々)はいかに生くべきか、いかに死すべきかを、身を以つて考慮した世に稀れな人のやうに、私には感銘された。」と言わしめた覚悟のほどがあった。嵐の夜に鳴き続けた蟋蟀として、その生涯を貫いた悠々の姿勢は尊敬に値する。
しかし、今大切なのは、一人の大悠々ではなく、無数のミニ悠々ではないだろうか。何としても嵐を防止しなければならない。一匹の蟋蟀では無理でも、無数の蟋蟀の大きな鳴き声は嵐を押し返すことができるのではないか。私も、悠々ほどの覚悟はないにせよ、ミニ悠々の一人になりたい。
また、どんなときにも萎縮することなく、セミもマツムシも蟋蟀も鳴き続けることのできる社会を作ることはできないだろうか。誰もが、自分なりの音色で鳴き続けることを当然とし、認め合う社会。それは、すだく虫の音色を止める嵐のない,居心地のよい社会なのだと思う。
(2019年9月9日)
http://article9.jp/wordpress/?p=13309
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