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「警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ」続編(2)
警察記者クラブへの疑問と記者への期待(上)
原田宏二 警察ジャーナリスト 元北海道警察警視長
論座 2019年08月17日
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道警ヤジ排除問題について、北海道議会総務委員会で答弁する山岸直人・道警本部長=2019年8月6日、札幌市
■「選挙の公正さを守るため報道を控えた」は言い訳だ
安倍晋三首相が札幌市内で選挙演説した際にヤジを飛ばした市民が北海道警に排除された問題を受けて、前回記事『警察署長を務めた私にも見えない公安警察の素顔』http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/317.htmlでは、排除にあたったとみられる警備・公安警察の実態を論じた。
今回は警察権力をチェックするべき立場にあるマスコミについて考察し、警察記者クラブの機能不全が「警察の横暴」の大きな要因であることを示したい。
警察を監視する機関としては公安委員会や議会、監査委員などがある。それ以上に警察を日常的に近くで見ているのがマスコミだ。
新聞やテレビで犯罪に関する報道が流れない日は滅多にない。犯罪記事の情報の多くは、警察記者クラブ加盟のマスコミに提供される。記事の多くは「警察によると」とか「○○署への取材で」で始まるのはそのためだ。
報道の自由、言論の自由を含む政府からの表現の自由は民主主義の根幹であり、近代憲法の中で共通の原理として保障されている。その主要な役割には「権力の監視」があるとされ、報道のルールを業界で自主的に策定している。
新聞は「新聞倫理綱領」、公共放送NHK(日本放送協会)は「国内番組基準」、民間放送は「日本民間放送連盟放送基準」がある。出版業界でも「出版倫理綱領」がある。
公職選挙法は報道の自由について、こう定めている。148条(新聞紙、雑誌の報道及び論評の自由)には「この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定は、新聞紙又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載する自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」。
テレビやラジオについては151条の3(選挙放送の番組編集の自由)「この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定は、日本放送協会又は基幹放送事業者が行なう選挙に関する報道又は評論について放送法の規定に従い放送番組を編集する自由を妨げるものではない。ただし、虚偽の事項を放送し又は事実をゆがめて放送する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」だ。
今回の安倍演説ヤジ排除問題を最初に報じたのは朝日新聞だった。今ではテレビ局も地元北海道新聞の報道も盛り上がりを見せているが、最初は朝日新聞に後れを取った。NHKや読売新聞は当初は一切報じなかった。
安倍首相演説ヤジ排除問題を報じることが公選法148条・151条の3但し書きにある選挙の公正を害することにあたるとマスコミ各社が判断したのなら全くおかしい。それは記者たちの目の前で起きた事実であり、虚偽でも歪曲でもなかったからだ。
選挙の公正さを守るために報道を控えたというのは単なる言い訳に過ぎない。今回の安倍首相演説ヤジ排除問題でドジったのは表面上は道警だ。
しかし、そのバックには、警察庁がいて、我が国の最高権力者総理大臣がいる。
果たして、それぞれの新聞やテレビは「権力の監視」の役割を果たしたのか。報道の自由を守ったのか。
今回の問題でマスコミがどんな報道をしたのか確認してみよう。
■最初はツイッター、出足遅かったテレビ、NHKは報道せず
私が安倍首相の街頭演説を知ったのは、7月15日の夕食時のNHKのニュースだった。
安倍首相が宣伝カーの上で、新千歳空港の発着枠をピーク時に2割増しに拡大するという演説をしていた場面だった。これは公選法が禁じる利益誘導ではないのかと思ったが、このときのニュースではヤジった市民らが警察官に排除されたとの言及はなかった。
私がこの問題を知ったのはこの後だ。
ツイッターで【安倍首相の演説中に「安倍やめろ」との野次、地元警察が強制排除】(午後9:40・2019年7月15日)なる写真入りの投稿を読んだからだ。その写真は女性が黒っぽいスーツ姿の女性と男性ら5人に両脇を抱えられながら連行されているものだった。
私は2019年7月16日午前11:26 に「形だけからは、明らかに強制連行だな……」、さらに午後2:48 に「私は捜査2課長の経験者」「警察庁長官の人事は内閣総理大臣が握る。 道警が忖度するのは当然。警察は政治的に中立は幻想。」と投稿した。数千のリツイートがあった。反響の大きさに驚いた。
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この問題を最初に報じたのは、朝日新聞社のニュースサイト「朝日新聞デジタル」(7月16日22時3分)の「ヤジの市民を道警が排除 安倍首相の街頭演説中」というタイトルの記事だった。記事には写真や当事者のコメントはないが、松宮孝明立命館大法科大学教授の「警察の政治的中立を疑われても仕方がない」とのコメントがあった。
16日は新聞休刊日だった。朝日新聞はこれと内容が同じ記事を「『首相帰れ』ヤジ 警察いきなり排除」というタイトルで7月17日の朝刊全国版で報じた。
17日には共同通信が「首相演説中にヤジ 北海道警が聴衆を排除」(17:32) 、時事通信が「『安倍辞めろ』ヤジ、排除= 北海道警、街頭演説中」(19:22)のタイトルの記事をネットに配信した。共同通信の記事(18:43)では「道警は『トラブル防止や犯罪の予防のための措置で、対応は適切』と説明」となっている。
産経新聞は「首相演説に『安倍辞めろ』とやじ 北海道警、聴衆を排除」(7月17日23:43)と続いた。しかし、その内容は「近くで『安倍辞めろ』『増税反対』などと叫んだ人たちを警察官が現場から引き離した。(中略)首相の演説にはやじや妨害行為が相次いでおり、騒ぐ聴衆にスマートフォンを壊される被害なども発生している」と朝日新聞の報道とはややニュアンスは違う。産経新聞は札幌の演説の前の7月13日に「首相演説で妨害相次ぐ 聴衆に被害 公選法に抵触も」と7月7日東京・JR中野駅前での首相演説の状況を伝えている。
毎日新聞も「『安倍辞めろ』のヤジ飛ばした男女を道警排除 首相街頭演説中」(7月17日19時55分 最終更新20時23分)のタイトルで伝えている。
地元を代表する北海道新聞がこの問題を本格的に報道したのは7月18日朝刊だった。1面で「首相にヤジ 道警が聴衆排除 札幌 専門家『表現の自由侵害』」、社会面で「首相演説ヤジを排除 突然囲まれて『恐怖』 男女証言 市民団体『異様だった』」のタイトルの記事を報じた。
北海道新聞によると、これらの記事は、ほぼそのままの内容でどうしん電子版に掲載されたという。1面の記事は会員向けが18日7時59分に、非会員向けは18日17時35分に、社会面の記事は、会員向けが18日7時31分、非会員向けは20日8時00分に掲載されたという。いずれも、朝日新聞デジタルや各社に後れを取っている。
読売新聞は20日に「参院選 首相演説にヤジ 強制排除に抗議 弁護士団体、道警に」と報じた。東京本社読者センターでこれがはじめの記事と確認した。
テレビは、HTB(北海道テレビ テレビ朝日系列)が7月17日の昼のニュースで「総理にヤジを“排除”道警『トラブル防ぐため』」のタイトルで当時の映像付きで報じたのが最初だ。
内容は札幌駅前での安倍首相演説に対する聴衆のヤジ、警察官がヤジを飛ばした男女を排除する様子、プラカードを掲げようとして警察官に阻まれた女性の話のほか、7日の東京・中野で行われた街頭演説の映像も放映、中野では警視庁の警察官に移動させられたりすることはなかったと伝えた。さらに、この問題に関する西村康稔官房副長官の型どおりの内容の談話、警察の対応には問題があるとの弁護士や大学教授の話を伝え、あわせて道警の「対応としては問題なく適切だったと考えている」とするコメントも伝えている。
私が地元テレビ局の関係者に聞いたところでは、この日のHTB報道に続いて、翌18日にはHBC(北海道放送 TBS系列)、UHB(北海道文化放送 フジテレビ系列)が報じ、STV(札幌テレビ放送 日本テレビ系列)も続いた。
UHBは地下歩行空間を練り歩く総理に男性が背後から「安倍辞めろ」などと声をかけて警察官に肩を掴まれ、人だかりから引き離される場面を放映している。TVh(テレビ北海道 テレビ東京系列)は弁護士有志が道警に抗議したと伝えた。
NHKは見当たらず、8月9日に私がNHKに確認したところ、全国及びローカルでも「安倍首相演説ヤジ排除問題は放送していない」とのことだった。
こうした新聞やテレビの報道を見ると3つの疑問がわいた。
一つ目は、ブロック紙で北海道最多の発行部数を誇る北海道新聞の報道がなぜ7月18日朝刊まで遅れたのか。
二つ目、問題のあった15日の翌日16日朝刊は休刊だった。にもかかわらず、テレビ局の中で最も早かったHTBが報じたのは17日の昼だった。なぜ、テレビ各局は朝日新聞に先んじて15日あるいは16日に報じなかったのか、
三つ目は公共放送NHKが報道しなかった理由は何か。
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安倍首相の演説時にヤジを飛ばし、北海道警に排除される女性=2019年7月15日、札幌市中央区のJR札幌駅前、北海道テレビ放送(HTB)提供
■警察広報課の最大の任務は記者クラブのコントロール
その理由を探る前に、警察と警察記者クラブとの関係について、私の体験を通じて話してみたい。
警察の広報を所管するのは総務部広報課だ。広報課は記者クラブ室と同じフロアにある。課長は警視で将来性のある優秀な人物を配し、幹部は次席(警視)、情報発信室長(警視)、報道調査官(警視)4〜5人の統括官(警部)の構成だ。
広報課の最大の任務は記者クラブの監視とコントロールだ。広報課は各社の記者の個人情報(学歴、職歴、犯罪歴、学生運動歴、趣味趣向等々)を把握していた。警察予算には「記者接待費」などはないから、記者との飲食、転勤のときの餞別などは裏金で賄われていたはずだ。北海道警察裏金問題では、組織ぐるみで裏金作りが行われ、広報課が旅費などで裏金を作っていたことが内部調査で判明している。
私は警察署長や捜査第2課長などの捜査担当課長として、警察記者クラブの記者たちの取材に応じてきた。ちなみに、方面本部長を務めていたときのマスコミ対応は着任時の取材と退任時の取材くらいだった。時折、北海道新聞の記者が公宅に飲みに来たことがあるが、仕事の話はしない。この記者から退任時に取材申し込みがあったが、私は裏金問題など警察が抱える様々な問題を解決しないままに退職することに忸怩たる思いがあり、「何も言うことはない」と頑なに断った。
私の新聞記者対応の基本は、嘘を言わない、ミスリードをしない、特ダネ潰しをしない、だった。年齢も若く経験不足の記者も多かったが、それなりの敬意を払って接してきた。彼らは“特ダネ”を狙って警察本部や警察署内をほぼ自由に取材していた。彼らが出入りできないのは、警備関係各課、それに、特捜班の部屋ぐらいだった。
特ダネと言っても「今日、強制捜査に着手か」といった予告記事が多かった。私から言えば何の意味もないものだったが、彼らにとっては、内容はともかく、他社より1分でも1秒でも先に書くことに意味があるようだった。
それでも、私は暇なときは課長室や署長室はオープンにしていた。夜討ち、朝駆けと称する自宅への取材にも、まるで、禅問答のようなやり取りで応じていた。たまには、“特落ち”の記者に「こんなところにいていいの」くらいのヒントを与えたことはあるが、記者に「書くな」と言ったことはない。
当時は、現在ほどではなかったが、時折、警察官の交通事故や不祥事が起きていた。警察幹部にとって頭が痛いのは、こうした不祥事を記者の眼からどう隠すかであった。不祥事はマスコミにばれてはじめて不祥事になるという考え方さえあった。
いったんばれてしまった不祥事は、いかにしてマスコミに小さく報道させるかが問題となる。特に、不祥事の背景にある組織的要因や幹部の責任を隠すことも重要だった。
■道警に跪いた北海道新聞
北海道では、2003年以降、道警の裏金問題のキャンペーン報道で北海道新聞取材班が日本新聞協会賞など大きな賞を総なめにした。しかし、北海道新聞は道警の前に跪くことになる。このことについては拙書「警察捜査の正体」http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000210838第10章「警察マスコミの罪」で詳しく述べている。
道警銃器対策課による莫大な覚せい剤等の密輸見逃し事件報道では、道新は道警本部広報課長に恫喝されてお詫び記事を掲載した。
道警元総務部長が道新などを提訴した民事訴訟では、当時の道新編集局長が裁判所に提出した陳述書で「道警との極めて厳しい関係が続いており、道内各地の警察取材を担当する現場では、事実上の取材拒否に遭うなど苦戦を余儀なくされていました。(中略)道警との不正常な関係を長く引きずることは、取材現場の精神的な負担を重くし、日常の紙面にも悪影響を及ぼすことから懸念を抱いておりました」と述べ、訴訟を避けるため元総務部長と密かに交渉し、謝罪文を書いた理由を説明している。
訴訟は北海道新聞などが敗訴した。道警記者クラブの代表格ともいえる北海道新聞 が道警の前に跪いたことは加盟各社にも大きな影響を与えた。
私は現在でも札幌在住の記者やジャーナリストらから最近の警察記者クラブの様子を聞く機会がある。それによると、道警による記者クラブ加盟各社に対する対応は極めて厳しいようだ。
警察からの情報提供は各課、各署の広報担当幹部(副署長、次席)からの報道メモで行われる。日常の直接取材の窓口は広報担当の副署長、課なら次席に厳しく限定、その対応も廊下だ。各課内への出入りは禁止、幹部の自宅などへの取材には応じない。道警の意に反する報道があれば、道警本部の広報課から記者が説明を求められる。ときには書くなと言われる。それを無視すれば「出入り禁止」(名指しした社の記者に警察署内などの立ち入りを禁じること)が言い渡される。
警察官の不祥事の取材でテレビカメラの撮影や録音を拒否される事例があったことも聞いている。ある記者の話では、道警が発表していない問題を記事にするときには事前に広報課に通知することになっており、通知をしなかったり、その際の道警の意向を無視したりすると出入り禁止になるという。
事実なら、これは憲法が禁止する検閲ではないのか。
私の現職中は、朝出勤すると副署長席の前の応接セットには必ずと言っていいほど新聞記者が座っていた。今ではそんな光景もないようだ。
最近は公務員や政治家の汚職、警察の組織的な不祥事などのいわゆるスクープ記事にあまりお目にかからなくなったように思うがどうだろうか。
政治家の汚職などは捜査第2課の捜査力が落ち事件が検挙できないというなら仕方がないが、不祥事の多くを警察が隠ぺいし、それを暴けないなら問題ではないか。いわゆる調査報道なる記事もあまりお目にかからない。
■北海道警は道警記者クラブ加盟社以外の取材に応じない
記者の皆さんと話していて感じるのは、警察官の仕事に関する知識、例えば、刑事手続きに関する知識も不足しているということだ。知らなければ違法捜査かどうかを見極めることができない。
重大事件の被疑者(容疑者)逮捕の記者会見では、逮捕手続きに問題がないかを取材する必要がある。冤罪事件や誤認逮捕は相変わらず多いのだ。
私は警察の発表を鵜のみにして記事を書くことはとても危険だと思う。捜査の初期段階での警察捜査がかなり危うい部分があることを知っているからだ。ときには、被疑者の氏名さえ誤っていたことがある。警察発表が誤っていたのだから取材側には責任がないということではなかろう。書く責任は記者側にある。
各社の道警記者クラブ加盟社の所属記者を「サツ廻り」と呼ぶ。その数は社によって異なる。圧倒的に多いのは北海道新聞だった。
各社には経験豊富なキャップがいて記者たちをまとめている。警察側との交渉や本社のデスクへの報告も基本的にはキャップがやる。本社の機構は社によって異なるが、社長の下に編集局、報道本部、報道本部に次長やデスクがいる。現場の記者たちが書いた記事はデスクに送られる。
現場の記者の取材が記事として紙面に掲載されるか、どんな内容になるのかは上司のデスクら幹部次第。その日の紙面は最終的には編集会議で決まる。
広報課との窓口になるのがキャップだ。先の覚せい剤等の密輸見逃し事件報道で広報課長が記事の取り消しを求めて北海道新聞を恫喝した際の相手もキャップだった。元道警総務部長との裏交渉でメッセンジャーボーイの役割を演じたのもキャップだった。
ついでだが、道警は道警記者クラブ加盟各社の記者以外の取材には応じない。月刊誌・週刊誌の記者、フリーの記者などの記者には報道メモの提供は拒否、記者会見への出席も認められない。
こうして記者クラブ加盟各社は事件・事故の情報を独占する。報道の自由競争から保護されるわけだ。
そうなれば、記者クラブは“仲良しクラブ”、横並び意識が生まれ、不祥事を暴こう、権力を監視しようという意識は希薄になる。中には道警広報課にすり寄る記者も出てくる。
こうして道警は漁夫の利とばかり記者を思うままに操る。現在の記者クラブの記者に聞いてみると「そうですね。確かに警察の圧力に対する抵抗力が弱くなっています」という答えが返ってきた。
最近、知り合ったばかりの志のある若い記者らが次々とジャーナリストの世界から去っていくのを見る。おそらく、入社前に予想していた報道の現場と実際の姿の違いに絶望したからだろう。
現場の記者からも新人記者が次々と辞めていき取材現場が人手不足になっていると聞く。道警裏金報道で賞を総なめにした取材班を指揮したデスクや中心となった記者は北海道新聞を離れ、残った記者は取材の現場から追われている。
■「はじめに報じる社は警察に叩かれる」
そこで、こうした広報課と警察記者クラブの現状を頭に置きながら、今回の安倍首相ヤジ排除問題の新聞やテレビの報道の3つの疑問について考えてみよう。
まず、北海道新聞の報道がなぜ18日朝刊まで遅れたのか。
北海道新聞読者センターにメールで問い合わせてみた。間もなく担当者から電話で「この問題は7月16日の夕刊の『問う2019参院選』なるサイド記事で報じている」旨の回答があった。(説明では同じ内容の記事が、道新電子版に会員向けは16日18時56分、非会員向けは17日20時25分掲載)
記事を確認すると、タイトルは「首相来札 迷う1票」で、その内容は15日に札幌駅前と三越前で安倍晋三首相が演説し、買い物客や旅行客らが次々と足を止めたとあり、演説を聴いた有権者の感想が書かれていた。最後に「演説中には数人が『増税反対』などと声を上げ、警察官らに制される一幕も。『安倍首相を支持します』とのプラカードは何枚も掲げられたが、市民団体が『年金100年 安心プランどうなった?』と記したプラカードを掲げようとしたところ、警察官に制されたという。制止された女性(69)は『演説をさえぎることもしていないのに、掲げる自由すらないなんて異常だ』と話した」とあり、「札幌三越前で安倍晋三首相の演説に足を止める聴衆」の写真がある。
しかし、この記事は警察官の職務執行についての問題点を伝えているだろうか。私にはそうは思えない。
写真も静かに演説を聴いている聴衆と聴衆の中に立っている女性警察官、道路側に宣伝カーに背を向け聴衆を監視しているスーツ姿の警察官らしい男性が写っている。一方で、北海道新聞の18日朝刊の報道では「増税反対」と叫んだ直後、警察官らにつかまれ、排除される女性の写真が掲載されている。
なぜ、そのスクープ写真をはじめの記事で使わなかったのか。
そして、道新は19日朝刊になって「道警のヤジ排除 選挙ゆがめる過剰警備」というタイトルで社説を掲載した。その社説の結びには「自由な言論空間は最大限に確保されるべきであり、警察がむやみに介入するのは不適切である。道警は公選法違反の有無や、プラカード掲示制止の理由について調査中としている。市民が抱く疑念の重大性を認識し、早期に説明責任を果たしてほしい。警察の政治的中立の欠如は民主主義の根幹に関わる。真相究明は首相はじめ政治の責任でもある」とある。全く当たり前の話だ。
問題はそんな当たり前の話を18日の朝刊でしか報じられなかったのはなぜかということだ。新聞は読者に1分1秒でも早く正しく事実を伝える義務があったのではないか。16日夕刊の記事とあまりにも違う。
私の問い合わせに対する北海道新聞のメールでの回答は以下のとおりだ。
「15日の時点で記者も取材部門の幹部も、当初から一貫して問題意識を共有していました。特にネットでの拡散により、内容の裏どりに時間がかかったようです。いずれにしても結果的には、18日朝刊まで時間がかかり一見すると朝日の後追いのようになりましたが、時間をかけて取材をし、満を持して掲載したということです。時間がかかった理由としては、当日、排除された人間の特定と取材なども含みと思われますが、取材源に深く関係があるので詳細は私には不明です。
いずれにしても決して手綱を緩めたり、官邸や道警への忖度があったということではなく、物が物だけに隙のないしっかりした取材をして公にしたということです。原田様もお感じになったように結果として深い原稿になったと思います」
現在の北海道新聞の取材体制がどの程度なのかは知らないが、私の道警在職中の知識では、道警記者クラブの北海道新聞の記者数はテレビ局や道外各紙の記者をしのいでいた。
16日夕刊の記事の署名を見ると少なくとも3人の記者が街頭演説の場で取材している。カメラマンもいた。市民を排除する警察官の写真もばっちり撮れている。であれば、直ちに排除された人たちの取材に取り掛かることも可能だった。遅くとも、朝日と同じ17日には朝日が伝える内容より深い記事を掲載できたはずだ。
私は、北海道新聞16日夕刊の記事は「この問題を報じましたよ」というアリバイ作りだったのではないかと疑っている。北海道新聞夕刊の部数は30万、朝刊はその3倍はあるだろう。問題意識があるなら、遅くとも17日朝刊で報じなければならない。
この点について、知り合いの新聞記者に聞いてみた。
「記者が現場を見ていれば、あとは道警コメント、識者コメントで記事にできます。道新の回答は言い訳に見えます。警察に批判的な記事を書くとその後捜査情報をもらえなくなるので、現場にとっても幹部にとっても怖く、覚悟がいることです。特にはじめに書く1社は道警に叩かれます。1社が報じ、ほかの社も続いたことで、道新だけが道警に叩かれることがないとして報道に踏み切ったとも言われかねないと思います」
■北海道新聞のトラウマ
北海道新聞の現場の記者たちは現場で目にした警察官の異常な行動を目にして、こんなことは絶対許せないと考え、本気で写真を撮り記事を書き本社のデスクに送っていると思う。彼らは新聞記者魂を失っていたわけでなかった。これは私が確認したことだ。
しかし、本社はNOと言い、16日夕刊の記事だけで、この問題の続報はしない方針だったに違いない。朝日新聞が16日夜にデジタル版で報じたのを知って、17日になってあわてて排除された男女の取材を開始し18日になって朝刊で報じたのが真相だと思う。
この点について排除された大杉雅栄さんに聞いた。朝日新聞デジタルが報じた翌朝の17日午前8時くらいに北海道新聞の記者から電話で詳しい話を聞かれたそうだ。女性も同じ日に取材を受けたとのことだった。本社の幹部も問題意識を共有しているなら15日中に取材を開始したはずだ。
なぜ、それができなかったのか。
それは、北海道新聞の幹部の頭の中には、道警の裏金問題キャンペーン報道等で道警から受けた厳しい仕打ちがトラウマになっているからではないのか。
北海道新聞は1987年5月から9月にかけ「市民と警察」というタイトルで53回にわたって警察のあり方に関する報道をしたことがある。「人権は守られたか」「道警おもてうら」「捜査の谷間で」などだ。さすがに裏金疑惑には触れてはいないが、道警にとっては厳しい内容だった。
当時、私は刑事部機動捜査隊長を務めていた。日常の勤務場所が本部庁舎から離れていたこともあって、本部や警察署で記者らが道警からどんな対応を受けていたかは承知していないが、道警内で北海道新聞の不買運動があったことが記憶にある。
最近、そんな北海道新聞の毅然とした姿勢が見られないのは残念なことだ。(続く)
https://webronza.asahi.com/national/articles/2019081300002.html
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