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2019/08/16
大内裕和(中京大学国際教養学部教授)
2019年5月10日に、「大学等における修学の支援に関する法律」
が国会で成立。新聞やテレビなどのマスコミでは「高等教育無償化」
と報道されています。2020年4月施行、というこれら報道を見て、
「来年から大学の授業料がタダになる!」と思う人は多いでしょう。
授業料、入学金を経済的な障壁と感じ、進学を諦めていた学生やそ
の家族には朗報に聞こえます。ところが、この法律の中身を知れば、
「無償化」とはとても言えないものであることが分かります。奨学
金問題などに詳しい大内裕和・中京大学教授に、問題点や打開策に
ついて解説していただきました。
■「無償」になるのは誰か?
「大学等における修学の支援に関する法律」は、住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯出身の学生に対する大学等の授業料・入学金の減免と給付型奨学金の拡大を内容としている。分かりやすく言えば、経済的にかなり困窮している家庭の学生のみが支援対象になるということである。
授業料・入学金の減免額は次のように予定されている。
国公立大学の場合、文部科学省令で定められた国立大学の授業料及び入学金の標準額を上限として、出身世帯の経済状態に応じて支払いが免除あるいは減額される。私立大学については、入学金は私立大学の平均額を上限とし、授業料は、国立の標準額に、私立の授業料の平均額と国立の標準額との差額の2分の1を加算した額が上限となる。短期大学、専修学校専門課程(専門学校)、高等専門学校についてもこれと同様である。
給付型奨学金は国公立大の自宅生が年間35万円、自宅外から通う学生(自宅外生)が年間80万円、私立大の自宅生が年間46万円、自宅外生は年間91万円を支給される。短期大学、専修学校専門課程(専門学校)についてもこれと同様、高等専門学校については学生生活費の実態に応じて、大学生の5割〜7割程度の額を支給する措置となっている。
授業料の減免措置は、国公私立の大学・短期大学・専門学校・高等専門学校(4年生以上)をひとしく対象とした点では、これまでになかった制度である。また給付型奨学金についても、特に自宅外生についてはこれまでに比べて大幅な増額が行われている。
しかし、この「大学等における修学の支援に関する法律」には多くの問題点がある。第一に、この法案は、マスコミが報道する「高等教育無償化」とは程遠い内容となっているという点である。
法案では、支援対象である学生に対して、極めて限定的な経済的要件を課している。その結果、授業料減免や給付型奨学金を受けられる学生がとても限定されている。全額免除となるのは住民税非課税世帯のみである。目安として、4人家族(両親・本人・中学生)の場合、年収270万円未満の世帯が該当する。4人家族で年収300万円未満の世帯は3分の2免除、4人家族で年収300万円以上380万円未満の世帯は3分の1免除となっている(要件を満たす世帯年収は家族構成により異なる)。
支援する対象の学生がこのように限定されているのだから、この法案は「住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯出身の、ごく少数の学生のみを対象とした学費負担軽減法」であり、「高等教育無償化」と呼ぶのは明らかに誇大であり誤りである。政府がこの法案を「高等教育無償化」と説明するのは多くの人々に誤解を引き起こすものであり、「高等教育無償化」とのマスコミ報道も適切ではない。
■大多数の世帯には恩恵ゼロ
第二に、年収380万円以上(4人家族の場合)の低・中位所得層への支援が全く行われず、近年の高等教育における学費問題の中心的課題に対応していないという点である。近年、奨学金が大きな社会問題となった背景には、1990年代後半以降の奨学金利用者の急増がある。4年制大学における奨学金利用者の割合は、1996年の21.6%から2014年には51.3%へと急増した。急増の理由は学費の高騰に加えて、この時期に親・保護者の所得が減少したことが挙げられる。全世帯の平均所得は、1996年の661万2000円から2014年には541万9000円に減少している(厚労省「国民生活基礎調査」)。世帯の平均所得の減少と奨学金利用率の上昇の時期が、ぴったりと重なっている。しかし、反比例するように、大学の学費は上昇。国立大学授業料は44万7600円(1996年)から53万5800円(2014年)、私立大学は平均で74万4733円(1996年)から86万4384円(2014年)と、高騰を続けている。
これらのデータは、かつては大学学費を負担することが可能だった多くの「中間層」世帯が、学費を支払うことが困難となったことを表している。
しかし、今回の法案はこうした事態に対応するどころか、むしろ悪化させている。これまで国立大学の授業料・入学金減免の選考基準に基づいて、各国立大学が実施してきた減免措置の対象には、年収380万円以上(4人家族の場合)の世帯も含まれていた。ところが、今回の法案によって、これまで減免措置を受けていた学生の何割かが新しい減免制度の対象外になる可能性がある。
大学生のほぼ2人に1人が奨学金を利用しているという実態からは、低所得層のみならず、中間層も高等教育費の高さに苦しんでいることが明らかである。今回の法案がこの層への対策を講じていないことは大きな問題である。
■支援を受ける教育機関にも数々の条件が
第三に、支援の対象となる学校に「機関要件」が定められていることである。
大学等が機関要件を満たす「確認大学等」と認められなければ、学生は授業料・入学金の減免を受けることができない。
「機関要件」を定める理由としては、「支援を受けた学生が大学等でしっかりと学んだ上で、社会で自立し、活躍できるようになるという、今回の支援措置の目的を踏まえ、対象を学問追究と実践的教育のバランスが取れている大学等とするため」ということが挙げられている。つまり、支援を受けた学生が実社会で通用するようになるのが目的なので、アカデミズムのみではなく、実学と両立させている大学でなければ支援対象とはしないと言っているに等しい。
具体的には、2018 年 12 月 28 日に閣議決定された「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」(以下「方針」と略)では、(1)「実務経験のある教員」による授業科目が標準単位数の1割以上配置されていること、(2)学校法人の「理事」に産業界等の外部人材を複数任命していること、(3)シラバスの作成、GPA (Grade Point Averageの略。学期ごとの成績平均を算出する制度)などの成績評価の客観的指標の設定、厳格かつ適正な成績管理の実施・公表、(4)財務情報、定員充足状況や進学・就職の状況等の開示、を示している。
「方針」の(1)(2)では、実務経験のある教員(「実務」とは何かについては、具体的に示されていない)や理事の選任についての条件が提示されている。しかし、教員や理事に誰を選任するかは大学の運営の根幹に関わる事項であり、個々の大学の実情に照らし、それぞれの現場で民主的プロセスの中で判断されるべきことである。それにもかかわらず、政策誘導的な基準が設けられている。
このことによって、人文社会科学系のアカデミックな教育研究を主とする大学は「実務経験のある教員による授業科目」を1割以上開設するという機関要件を満たさず、支援の対象にならない可能性がある。それは、支援を受ける学生が、自分が学びたい大学や学問を選択する機会を狭められることにもなる。もう一方で、「実務経験のある教員」の授業科目を無理やり増加させれば、学問研究の水準が下がったり、カリキュラムが歪んだりする大学が出てくる危険性があるだろう。
また、学校法人の理事に産業界等の外部人材を導入する政策は、産業界や政府による大学自治への介入をもたらすとともに、政府の経済政策に合致した大学や学問分野のみが優遇されることにつながり、「学問の自由」を脅かすこととなるだろう。
■多方面で教育格差が拡大
「方針」はさらに、「教育の質が確保されておらず、大幅な定員割れとなり、経営に問題がある大学等について、高等教育の負担軽減により、実質的に救済がなされることがないよう」 にするためとし、経営基盤が弱体であったり、直近3カ年で連続して在籍学生数が収容定員の8割を下回っている大学は支援対象としないとしている。「定員割れ」=「教育の質が確保されていない大学」という判断は、余りにも表層的である。定員割れに苦しむ経営困難大学の多くは、人口減や基幹産業の衰退に悩む地方の中小規模大学である。「定員割れ」によって選別を行うこうした政策は、地方大学の淘汰を促進し、大都市圏と地方との教育格差を一層拡大させることになる。
第四の問題点は、支援のための財源が消費税(10%増税時の増税分)と決められていることである。消費税は低所得者に負担の重い逆進性の強い税である。たとえ住民税非課税世帯への支援が行われても、その世帯も消費増税による負担が増すことに変わりはない。
今回支援の対象から外れる380万円以上(4人家族の場合)の低・中位所得世帯に至っては、消費税の負担増のみが重くのしかかることとなる。現在でも年収400万円以上600万円未満世帯の学生の4年制大学進学率は、1000万円超世帯の7割に留まっている(財政制度等審議会配布資料)が、こうした負担増は教育格差を助長するだろう。
今回の法案は「住民税非課税世帯・それに準ずる世帯」と「それ以外の世帯」との教育格差是正には有効に働くかもしれないが、「年収600万円未満世帯」と「それ以上の世帯」との格差は、むしろ拡大する危険性が高い。これでは「無償化」の目的である「教育の機会均等」は実現しない。
以上のように、今回の「大学等における修学の支援に関する法律」には数多くの問題点がある。
望まれる方向は、民主党政権(当時)が2012年9月に国際公約した「中等・高等教育の無償教育の漸進的導入」の理念に立ち返ることである。「無償教育の漸進的導入」は、国際人権規約社会権規約(A規約)13条2項(b)(c)に根拠を置くものであり、権利としての高等教育へのアクセスを無償教育によって実現する、という考え方に立脚している。
しかし、今回の「大学等における修学の支援に関する法律」は支援対象を世帯年収380万円未満に制限した上で、支援内容も授業料等の減免と給付型奨学金の「拡充」の範囲に留めている。そのことが引き起こす様々な問題に加えて、無償化と局限的な「支援」とは原理的に一致しないという点が重要である。無償化の方向を目指すのであれば、授業料減免の対象や要件を細かく設定してはならない。
■奨学金問題が最優先!
何よりも優先されなければならないのは、貸与型奨学金が多額の「借金」となって多くの人々を苦しめている現状を一刻も早く改善することだ。1990年代初頭のバブル経済崩壊以降、大学等の高等教育機関を卒業した後、就職難や雇用の不安定に苦しんできた人々は、社会や時代の犠牲者である。彼らの多くが高等教育機関在学中に利用した奨学金の返済に苦しんでいる。奨学金の返済に苦しむ人々を放置したまま、これから進学する学生のみの支援を進めることは新たな「分断」を引き起こす恐れがある。
奨学金を返済することが困難な人々の救済制度の充実に加えて、「氷河期世代」や「貧困世代」と呼ばれるほど困難な状態に置かれている人々を救済する措置として、「債務帳消し」を含めて奨学金返済負担の抜本的軽減策を構想すべきだ。奨学金返済負担の軽減は返済困難に苦しむ人々を救うばかりでなく、結婚や出産を躊躇している多くの若者のライフコースにおける選択肢を拡大し、未婚化や少子化などの社会問題を改善する可能性が高い。
■財源はある!
高等教育費用の軽減策としては、一部の低所得者に支援を限定する「選別主義」を取るのではなく、すべての学生の高等教育アクセスを可能とする「普遍主義」を取るべきだ。重要なのは、あらゆる学生を対象とする高等教育機関の学費軽減と給付型奨学金の抜本拡充である。
高等教育費軽減や給付型奨学金の拡充は、「生まれた家庭の経済状況による教育格差」を是正し、「教育の機会均等」を実現するために行われるものである。そのための財源は、富裕層や利益を上げている企業への課税強化といった「応能負担」税制であることが重要である。
たとえば富裕層課税を具体的に考えてみよう。図1と表1は野村総合研究所が2018年12月18日に発表したデータである。表1から超富裕層と富裕層の純金融資産を合計してみると、2000年の171兆円から2017年には299兆円まで128兆円も増加している。
ひるがえって、現在、高等教育機関全体の学費負担年間総額は約4兆円(貸与型奨学金の年間総額約1兆円[2019年度]+国立大学86校の年間学生納付金総額約3400億円+私立大学約600校の授業料等年間総額約2兆6320億円[文部科学省「我が国の教育行財政について」2014年度])。前述した富裕層・超富裕層の金融資産299兆円のわずか1.3%であることを考えれば、高等教育の無償化は富裕層への課税強化によって十分に実現可能である。
「大学等における修学の支援に関する法律」が唱える「高等教育無償化」のウソに騙されることなく、奨学金返済負担の軽減、給付型奨学金の拡充、そして高等教育の学費負担軽減を、富裕層課税をはじめとする「応能負担」税制によって進めることが、「高等教育無償化」への望ましい筋道だと言えるだろう。
https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-187-19-08-g600
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