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恥じ入るどころか「先生」と呼ばせてふんぞり返る輩たち!
https://85280384.at.webry.info/201905/article_178.html
2019/05/18 21:46 半歩前へ ▼恥じ入るどころか「先生」と呼ばせてふんぞり返る輩たち! 久しぶりに西村昭彦さんが登場。713人いる与野党の衆参議員の中で「果たして信頼に足る議員が何人いるか?」と迫った。そして「山本太郎こそが日本の次代を委ねる要だ」と強く訴えた。 ************************** 省庁や行政の施設を「ministry」と呼ぶ。財務省のことを英語表記では「Ministry of Finance」と書く。このことは記憶にとどめて次へと進んで欲しい。 日本よりも行政体制が早くから整っていたヨーロッパでは、ministryとは「自分より上位にある権威」に対して責任を負う奉仕者、または従者が行なう仕事や奉仕全般のことや、そうした者たちが所属する組織を指していた。 そしてヘブライ語やギリシャ語で書かれた聖書の中でもministryやministerについては言及されている。つまり1世紀当時ではministerとは神に仕える者、聖職者の意味として使われていた。 現代の「聖職者」は金銭欲や利権に血眼になる者も多く何かと物議をかもしているようだが、1世紀当時は文字通り聖職者、奉仕者を指していた。 しかしそのministerの語源を調べてみると、ministerとは「埃にまみれて仕える者」という意味がある。 そしてここが一番大事なところだが、ministryで働く者たちのことをministerと言う。ministerを現代の官僚や政治家と考えた場合、自分より上位にある者、つまりministerとは国民に対して責任を負う奉仕者のことを指している。 日本の官僚や政治家にこのような意味が当てはまる者が何人いるだろうか。 官僚たちの給料は国民の血税で賄われているのに、エリート意識が強く奉仕の精神など微塵にも感じられない。自分たちのお蔭で国民は生活できているのだという意識が言葉の端々にのぞく。 政治家は選挙の時だけ平身低頭にしているが、日ごろは自分のことを「先生」と呼ばせてふんぞり返っていることこそ、偽善者、欺瞞者としての真の姿である。 「首相とその不愉快な仲間たちは官房機密費を使って、マスメディアを籠絡し、世論操作することも、内閣人事局を通じて官僚を丸め込むことも、首相権限を振りかざして警察や司法に圧力をかけること」も厭わない。 713人いる衆参国会議員全体を見渡して私たちが政権を委ねたいという議員が何人いるだろうか。政治理念や個人としての人格、自己犠牲的心情、温和さ、熱意、抗弁力などを考慮してみると残念ながら見当たらない。 欺瞞さが微塵も感じられない山本太郎こそ真のministerと言えるのではないだろうか。 山本太郎こそが日本の次代を委ねて要(かなめ)となり得るministerだと言える。 彼の下には彼と同じような志をもった志士たちが、国家の大義に機を待たずして全国から集うような気がしてならない。 |
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