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長周新聞 2019年5月2日
1972年生まれの著者は、米国在住のジャーナリストであり、テキサス大学教授でエコノミストであるとともに、WTO(世界貿易機関)に反対する市民の抗議行動を組織するなど、新自由主義的なグローバル化に抗う運動組織者の1人である。
マクドナルドの「ビッグ・マック」は、日本で390円、スイスでは728円、エジプトでは195円で販売されているが、実は環境保全や社会的コストを加えると原価だけでも2万円をこえるという試算がある。加えて、ハンバーガーの牛肉はトウモロコシを飼料とする牛の肉だが、トウモロコシは米国でもっとも助成金が投入されている農作物だ。さらにフルタイムで働くファストフードの非正規労働者の多くは貧困ラインにあり、メディケア(公的医療保険)や食料配給券、子どもの栄養プログラムなどを政府から補助されている。
「無料」をエサに市場を拡大する商法も多い。乳児の栄養摂取には母乳より優れたものはないという研究は数多いが、ネスレなどベビーフード会社は発展途上国でウソの情報を流して、母乳のかわりに乳幼児用の粉ミルクを無料で配布した。粉ミルクを与える母親は母乳をやらなくなり、そうすると母乳が出なくなり、粉ミルクに頼らざるをえなくなるという戦略だった。だがその結果、質の悪い粉ミルクの影響で多数の乳児の死者まで出す一方、企業は莫大な利益を上げた。
衣食住などの物質的な富の生産より、株や土地などへの投機という、それ自体何らの価値も生み出さないマネーゲームが最大の価値を持つかのように見なされる。その商品が持つ社会的有用性(価値)が消費者に選ばれる基準であるはずが、社会的有用性は顧みられなくなり、グローバル企業は手段を選ばず最大限利潤を追求し、国家はさまざまな規制緩和でこれを支援する。著者は、値段と価値の乖離(かいり)がこうした今の時代を象徴している、という問題提起を本書でおこなっている。
その矛盾が露呈したのが2008年のリーマン・ショックだった。FRB議長だったグリーンスパンは翌年末、米国議会の証言台に立ち、「デリバティブ金融商品の拡大モデルが発見され、ノーベル賞が贈られたが、根拠となるデータはわずか20年間の好景気だけしか網羅していなかった」とのべた。そもそも景気拡大策のデータがインチキだったのだ。
ところがその結果、貧困層は家も職も失う一方、政府は大銀行や大企業を救済し、金持ちたちはそのツケを全世界に支払わせた。ゴールドマン・サックスがこの年に支給した賞与は、同社140年の歴史で最高額だった。投資家ジョージ・ソロスは「危機さまさまだ」と豪語した。危機を乗り切ると称したオバマ政府のメンバーは、「ウォールストリート出身者が乗っ取った」といわれたほどだった。
資本主義の「自由市場」は経済をみずから合理的、効率的に調整するという理論は都合のいいウソだった。だがこの理論は、現在まで続く略奪経済を支えている。
本書の後半では、この新自由主義を規制する国境をこえた新しい運動が起こっていることを伝えている。
■国境こえた闘いの息吹
一つの例が国際的な農民運動ビア・カンペシーナである。メンバーはすべて、みずから食料を生産したいと考える小作農、農民、農場労働者、土地のない人人だ。1993年に結成され、今では69カ国、148の農民組織、2億5000万人のメンバーを抱える。
発起人の一人はボリビア大統領エボ・モラレスで、米国やEUの不介入や土地、水、種苗、文化などの「食の主権」を掲げ、ボリビアやマリ、ネパールなどで政府の政策に影響を与えている。
背景には1980年代以降、世界銀行が発展途上国に新自由主義を持ち込もうとし、それまで何世代にもわたってその国の小作農が育ててきた種苗の遺伝子情報を、多国籍企業がカネのなる木になると奪い去ろうとしたことにあるという。これに対抗して各国で暴動や抗議行動が続発したが、それがビア・カンペシーナに結実した。2008年、彼らは途上国の飢餓の原因を、何世紀も続いてきた欧米の支配と搾取にあると宣言し、食料の生産者と取次業者、消費者の団結を訴えている。
その運動の一環に、米国のフロリダ州のトマト農民たちによる「奴隷解放のたたかい」がある。
フロリダ州では、米国で冬に消費されるトマトの90%を生産しており、その労働はメキシコやハイチ、グアテマラからの移民労働者が担っている。しかしその生活は、同州イカモリーの農業労働者を見ても、ホームレスのシェルターから連れてこられ、低賃金のうえに不衛生なトレーラーに押し込められて半ば奴隷のようなものだった。
その後、彼らはイカモリー労働連合(CIW)を結成し、ハンガーストライキやデモをやり、農業労働者の搾取に加担するマクドナルドやタコ・ベルなどの企業をボイコットするなどして、正当な報酬や団結権を認めさせている。上院議員のバーニー・サンダースに働きかけ、全国的な問題にもしていった。
CIWのメンバーたちが、本書のなかで語る言葉−−「私たちは労働者だ。先生方に指導してもらう必要はない」「私たちが求めているのは、最高経営責任者と同じ報酬じゃない。人間としての尊厳だ」−−は、自身の祖国での経験もふまえ、人間をモノ扱いして奴隷労働を強いる新自由主義に対して、生産者が国籍をこえて団結し反撃を開始していることを伺わせる。
本書のなかでは何度も「アントン症候群」という言葉が出てくる。それは、脳卒中などで目が見えなくなるのだが、本人は目が見えていると思い込んでいる病気のことだ。読者が「アントン症候群」から脱して、新自由主義、金融資本主義がもたらす狂気をありのままに直視することを訴えている。
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(作品社発行、B6判・254ページ、定価2600円+税)
https://www.chosyu-journal.jp/review/11615
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