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(回答先: 「ヒトラーと同格にするな」と怒った東条英機の短絡的考え 保阪正康 日本史縦横無尽(日刊ゲンダイ) 投稿者 赤かぶ 日時 2019 年 4 月 18 日 23:01:05)
↑連載13日目でいささかお疲れか、保坂氏
この連載「日本史縦横無尽」も13回目を迎え、保坂氏もいささか疲れてきたのだろうか。今回のこの記事は切れが悪い。
まず残念なのは
> すると東條は「あんな伍長上がりの指導者と同格にしないでくれ」と怒った。自分は大将であり、ヒトラーより能力が優れているというのだ。こうした短絡的な考え方が、東條に代表される軍事指導者の発想法であった。
のあたり。東條の考え方を「短絡的」と片づけてしまったことだ。
「短絡的」というのは、思慮が浅いところにはどこでも使える言葉であり、この世の中には何百億通りもの「短絡」があり得る。
つまり本質を突いた言葉ではないのだ。これでは何も言ってないに等しい。
ここでの東條の言葉が意味している「(当時快進撃を続けていた)ヒトラーなんかと比べるな。俺はもっと優秀なんだ」の背景にある考え方は、詰まるところは「大日本帝国は優秀」「大和民族は優秀」、だからその一員でありトップである「俺も優秀」ということだろう。
これは、今の日本に蔓延している「ニッポンすごい!」にもつながるというか同じ考え方であり、その「すごいニッポン」に自分を同化させてエラくなったつもりで威張り腐っている連中(例えば安倍)にも共通のものだろう。
だからここから現代日本論に話を持っていくこともできたわけだが、そこまで掘り下げなくとも、膨らませなくとも、せめて「尊大な考え方」ぐらいは書いてほしかった。
もう1カ所、分析が甘いと感じるのは、最後の方でルーズベルトら欧米の指導者と日本の指導者を比べている部分。
> しかしそのほかの指導者は国を代表し、戦争指導に確固たる思想を持っていた。アメリカのルーズベルト〜
> 日本の指導者はそのことを知らなかった。ひたすら戦争に勝てばいいとだけ考える「軍事の鬼」だったのである
この部分は戦争哲学とかそんなにレベルの高い話ではなくて、
ルーズベルト以下の欧米の指導者が「どうすれば戦争に勝てるか」を冷静に考え実行する能力を持っていた(ムッソリーニは疑問だが)のに対して、日本の指導者は「勝てばいい」どころか、それ以前の「戦争に勝ちたい、勝ちたい、勝たねばならぬ」だけで、「ではどうすれば勝てるか」という冷静な思考が全くなかった、という違いではないだろうか。
“ひたすら戦争に勝てばいいとだけ考える「軍事の鬼」”という表現が想像させるのは、
「とにかく勝つためには手段を選ばず、時にはまさに鬼となって冷徹な決断を下す」というイメージだと思うが
そこに、現実に数々の勝利を収めたという事実が伴わなければ、なんともむなしい言葉になってしまう。
そして歴史はそんな事実はなかったことを教えている。
実際にあったのは、「想像力の足りない頭の中だけで考えた、補給や兵站といった視点を全く欠いた無謀な作戦」の数々であり、そうした作戦がもたらした「おびただしい餓死者と戦死者たち」ではなかったか。
要するに、“ひたすら戦争に勝てばいいとだけ考える「軍事の鬼」”などという表現は全く見当外れだと言わざるを得ないのである。
タイトルと冒頭には、保坂氏がいささか疲れているのではないか、と書いた。
だが考えてみれば保坂氏はこのような話題をそれこそ何十回も書いたりしゃべったりしてきたはずで、いくら手を抜いたとしてもこれはないだろう、という思いを禁じ得ない。
最後に、もうこの連載について書く機会もないかもしれないのでつけたしておくと
「令和」について書いたこの連載の最初の方では、
保坂氏が「安倍晋三の言葉」を額面通りに、かなり好意的に解釈しているのが感じられた。
つまり安倍の言葉を、それなりの知性を持った人間が発したものとして解釈している様子なのだ。
そこから、保坂氏は、安倍が国会でしゃべっている生の言葉には全く触れたことがないに違いないと確信した。
せいぜいNHKあたりが安倍に都合よく編集したものしか知らないのだろうと。
そういう解釈の甘さというか目の曇りが、ごく狭い範囲だけで生じているものであることを願う。
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