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独首相、基金創設の決断 [FT]
チーフ・エコノミクス・コメンテーター マーティン・ウルフ
欧州連合(EU)は破局から生まれ、危機を通じて発展してきた。だが今、多くの脅威に直面している。これらの試練に対処できなければ、EUは崩壊することさえあり得る。
幸いにもドイツのメルケル首相はそのことを理解し、欧州に不可欠な国の信頼できる指導者であり続けている。同氏は5月18日、フランスのマクロン大統領と画期的な復興基金設立で合意し、欧州の可能性を大きく変えた。
欧州を率いる2人の政治家が「できることは何でもする」(編集注、2012年のユーロ危機の際に欧州中央銀行=ECB=総裁がユーロを守るべくこう発言した)姿勢を見せたことで、独仏はEUを潰させはしないという決意を示した。独仏の有権者が米国や英国の有権者がしたようにエリート層を見捨てない限りは、との条件付きだ。だが歴史は独仏の国民に、独仏が米英のような子どもじみた政治を許す余裕はないことを教えている。
EUの歴史を思い出してほしい。欧州石炭鉄鋼共同体と欧州経済共同体は、第2次世界大戦への反省から創設された。単一市場は1970年代に悪化した経済への対応策だった。通貨同盟はドイツ再統一への対応として91年に合意された。欧州安定メカニズム(ESM)の創設とECBの近代的中央銀行化は、ユーロ危機の帰結だった。
そして現在、欧州経済は新型コロナウイルス禍に見舞われている。今年の経済成長は未曽有の急落が予想され、今後の回復への道も険しい。だが、それ以上の脅威が今のEUを襲っている。国家主義的な発想をするようになった米国は、EU統合という考え方に反対している。英国は欧州と米国の間をさまよっている。中国とロシアは、諸外国を分断させることで影響力を拡大しようとしている。恐らく最も重要なのは、EUがユーロ危機への対応を誤ったために加盟国間に亀裂を生んだことだ。特にイタリアは今や欧州懐疑主義に傾いており、ある調査では「EU離脱(Italexit)」の賛否を問う国民投票を今実施すれば、42%のイタリア国民が離脱を支持するという。
新型コロナによる打撃は、死者数も予想される経済的影響も加盟国により異なる。今年、イタリアの国内総生産(GDP)は、ドイツのマイナス7%に対し11%も落ち込むと広く予想されている。だが状況はもっと悪くなりそうだ。ECBは対応策として、一部の加盟国の国債への上乗せ金利が適度な範囲にとどまるよう手を打つ意思を固めている。ところがドイツ連邦憲法裁判所は5月5日、EUの法的秩序に反するような驚くべき動きを見せ、ECBへの信頼性を傷付けた(編集注、同裁判所はECBによる加盟国の国債購入を一部違憲とした)。
こうした背景を理解しないと、メルケル氏とマクロン氏がなぜ5000億ユーロ(約60兆円)の基金創設を提案したか理解できない。欧州委員会は5月27日、この基金を7500億ユーロに拡大し、「次世代のEU」と名付けた。
同基金は、目下の危機への決定的解決策にはならないかもしれない。だがEUの将来を長期的に見ると、この提案はよくいわれるように「ハミルトン的」瞬間ではないにしても、象徴的にも現実的にも、今後のEUを大いに変える可能性がある。メルケル氏とマクロン氏は、EU存続のためにできることは何でもするつもりなのだ。繰り返すが、EUはそれで存続できるだろう。
政治的な意思が制度となり組織となったのがEUだ。筆者は2012年に米金融界にユーロ圏が存続するか懸念が広がった際、19世紀の仏政治思想家トクビルの指摘を引いて反論した。トクビルは1830年代に、米国は各州が連邦政府から独立したら存続できるか疑わしいと予想した。だが、その後の南北戦争で北部諸州は、合衆国を維持するのに必要な意思と力を示した。同様に、EUという存在がその中核国にとって持つ意味を部外者は過小評価しがちだ。今回の独仏首脳による合意は、中核メンバーにとってEUがいかに重要かを再認識させた。
今の経済危機への対応は当面は、主に加盟各国がそれぞれ財政策を打つことになる。それを裏で支えるのがECBだ。独仏提案は今や欧州委員会の復興基金創設に姿を変えたが、同基金はECBの強化も図るべきだ。「倹約4カ国」(オランダ、オーストリア、デンマーク、スウェーデン)は復興基金創設を阻止しようとするだろうが、それは恐らく失敗する。
欧州委員会が計画した新基金は4400億ユーロの補助金(これが最重要部分)、600億ユーロの融資保証枠、2500億ユーロの融資からなる。補助金の3分の2は「リカバリー・アンド・レジリエンス・ファシリティー」という仕組みを通じて提供する。基金の資金は21〜24年の間に資本市場から調達し、数年かけて分配する。7500億ユーロがどれほどの規模かというと、EUの3年分のGDPの約1.5%だ。
香港の調査会社ギャブカル・リサーチの共同会長で経済学者のアナトール・カレツキー氏は、独仏提案が持つ意味は、こうした比較的抑え気味の数字が示唆するよりはるかに大きいと指摘する。そこには2つの革新的な要素があるという。一つは欧州委員会が自ら資本市場から資金を調達し、新たなタイプのEU債を発行する点だ。もう一つは、その返済にはEU全域で導入する炭素排出税や金融取引税、デジタル課税による税収を充てる点だ。
EUは新たな税収をてこに、極めて巨額の借り入れが可能になったのだ。例えば、EUが1%の利回り(これは控えめな想定だ)の永久公債を発行したとしよう。その場合、年に10億ユーロの税収があって、それを利払いに回せば、1000億ユーロを永久に借りることさえ可能になる。これは、すごいことだ。
しかし、今回の基金創設が「ハミルトン的」瞬間かと言えば、そうとは言えない。米初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンは連邦政府の力を使い、独立戦争で各州が負った債務を連邦政府に移管した。EUの基金創設は、各国の債務をEUが引き受けるわけではない。加えて決定的なのは、EUは連邦的な政治的手順を持たない。予算の決定には全加盟国の同意が必要だ。
それでも、連帯を示した点で大きな一歩だ。特にEUが税収を財源に、新たな財政策を打つ余地を作り出した点は大きい。
その意味で、メルケル氏が決断した瞬間として評価できる。慎重を常とする同氏がまたしても極めて重要な決断を下したのだ。EUは内外に火種を抱える。今回の基金創設で、それらの圧力に打ち勝てるだろうか。そうであることを筆者は願う。欧州統合という理念は、国家主義という破壊的な動きを阻止するのが狙いだ。その理念は今後も大事にしなければならない。
(3日付)
[日経新聞6月5日朝刊P.6]
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