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鉄の女サッチャーとは程遠い、氷の首相メイの罪と罰
https://www.newsweekjapan.jp/glenn/2019/04/post-22.php
2019年04月05日(金)17時10分 CIAが視る世界 グレン・カール ニューズウィーク
EU離脱に突き進むメイの冷静さはイギリスの現状にそぐわない Jonathan Brady-Pool/REUTERS
<ブレグジットを漂流させた最大の戦犯はテリーザ・メイ――今からでも「残留」に舵を切るべきだ>
本人は嫌がっているが、テリーザ・メイ英首相は「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャー元首相とよく比較される。
女性でイギリスの首相になったのはこの2人だけだ。いずれも保守党の党首だが、野党からも変革と近代化の担い手と目されていて、共にオックスフォード大学の出身。移行期間もEUとの合意もない「ハードブレグジット」の可能性が高まるなか、メイが驚異の粘り腰を見せているのも、たぶんサッチャー並みに鉄壁の頑固さを持ち合わせているからだろう。
しかし2人には違いもある。サッチャーが強いイギリスの復活について明確なビジョンと目標を持ち、鉄のように固い決意で突き進んだのに対し、メイは政治家の役割を「何かをすることであり、何者かであることではない」と考える。だが16世紀フランスの哲学者モンテーニュの言葉を借りるなら、かつて世界の海を制した偉大な国の指導者たる者は、「行く先の定まらぬ船にはどんな風も役に立たぬ」ことを知るべきだ。
ところが今はメイ政権の閣僚でさえ、首相自身がどこに行き先を定めているのか分からずにいる。だから国民は互いに矛盾する幾多の願望(主権の回復、国境の開放、入国管理の強化、自由貿易、移民の排除、大国の地位、等々)が渦巻く海を漂うのみで、イギリスという船は困窮と影響力の低下へとまっしぐらに進んでいる。
歴史を振り返れば、回避できるのに自滅の道を選んだ国は皆無に等しい。稀有な例は、例えば1861年のアメリカだろう。当時の大統領は、国が2つに引き裂かれていくのを手をこまねいて見つめるのみで、流れを変えるための行動を起こさなかった。結果としてこの年に南北戦争が起こり、国は分断された。
■「民意」に引きずられるな
メイも確かに国を導こうと努めた(ただし不合理な民意にクギを刺すことはなかった)が、EU離脱が現実になればイギリスは空中分解しかねない。スコットランドやウェールズ、さらには北アイルランドがEU残留を望み、連合王国を去る可能性がある。いずれにせよ、時間がない。このまま期限が過ぎて合意なき離脱となれば、この国の影響力は低下し、国民は貧しくなる。代わりに得られるものは......偽りのプライドのみだ。
16年の国民投票では、確かに国民の52%がEU離脱を選んだ。しかし国民の大半は、どんな離脱のシナリオでも避け難い経済成長の鈍化を望んでいない(あるいは「避け難い」という事実から目を背けている)。それでもメイは民主主義の原則に忠実で、国民投票で民意が示された以上、その意思に従うべきであり、そうでなければ民主主義が失われると考えている。
国民投票の段階で、メイはEU離脱に反対していた。しかし国民投票で離脱派が勝ち、その20日後に首相に推されてからの彼女は一貫して「ソフトブレグジット」なるものを目指してきた。EU市場との良好な関係を維持し、EUの定めた各種規制もある程度は受け入れるという立場だ。そしてどうにか政権を維持してきた。
しかし彼女の行動は真の「指導者」にふさわしいものではなかった。一国の指導者たる者は、とりわけ危機的な状況で政策や法制などの複雑な問題の判断を迫られたとき、民意に引きずられてはならない。
国民投票のような直接民主主義で効果的な統治はできない。国民は互いに相いれない主張や願望を星の数ほども掲げるのみで、直面する問題の全容や個々の政策に関する決定の複雑な部分までは理解できない。
ところがメイ首相は、国民投票で示された民意を実行するだけの技術者と化している。船長が進むべき方角を指し示せないようでは、イギリスという船は漂うのみ。残された選択肢は少なく、どれを取っても国の、そして民主主義の衰退につながるだろう。
18世紀のフランスの思想家モンテスキューは、原則重視も度が過ぎれば失政につながると教えてくれた。アメリカ屈指の偉大な大統領だったエイブラハム・リンカーンは、個々の法律や原則を守るために国全体が滅びることがあってはならないと言った。
保守主義、とりわけイギリス的保守主義の伝統にも学ぶべき教訓がある。約250年前、保守主義の偉大な思想家であったエドマンド・バークは、選挙で選ばれた人物が単に多数意見を実現するためだけに行動すれば国民の信頼と自らの責務を裏切ることになると警告している。
「諸君(国民)を代表する人物には、勤勉さだけでなく判断力が求められる」。バークはそう言っている。「もしも彼があなた方の意見のために自分の判断を曲げることがあれば、彼はあなた方のために働いたのではなく、あなた方を裏切ったことになる」
■管理者ではなく指導者たれ
つまりこういうことだ。メイは投票で示された民意を実行することが民主主義の原則に従うことだと信じているが、それこそが彼女の目指す民主主義の凋落を招き、国民の意思を裏切ることになるのだ。
今のイギリスはブレグジットをめぐって真っ二つに、絶望的なほどに分断されている。極めて難しい状態だ。この状況に、メイの官僚的な冷静さはふさわしくない。惨敗必至と思われるなら、指導者はゲームのルールを変えなければならない。
彼女はイギリスのEU残留を強く主張すべきだった。国民に対して、自分は国民の一貫性がなく自滅型の衝動を統括するのではなく、公共の利益のために自らの決断力と指導力を行使すると告げるべきだった。そしてEU離脱の是非をめぐる2度目の国民投票の実施を呼び掛けるべきだった。
自分の意見を控えることは指導力ではない。民主主義において求められるのは、一貫性を欠き破壊的な国民の願望に指導者が従うことではなく、国民の生活にとって重要な問題について明確な決断を下すことだ。
メイの個人としての政治的目標の欠如、技術的な凡庸さ、問題を過度に単純化した(つまりばかげた)国民投票の結果への固執は、彼女が「鉄の女」とは程遠いことを示している。
危機、それも国の存続に関わる危機の際、指導者は進むべき方向を選び、混乱と矛盾に満ちた国民の気まぐれを拒絶しなければならない。単なる管理運営者にとどまることを拒み、国民を率いなければならない。
それができれば、メイはイギリスを救うことができるはずだ。それが彼女個人の政治的な破滅を意味するとしても構わないではないか。彼女は偉大な連合王国の素晴らしい遺産に沿った行動を取ることになるのだから。たとえその偉大な国が、今は未熟な国民投票で示された社会的・経済的なストレスのせいで今にも分裂しそうな状態にあるとしても。
<本誌2019年04月02日号掲載>
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