この記事は「隠れ金融危機の悪化」の続きです。
前回の記事に書いたように、世界経済は今後いずれ巨大な金融バブルが崩壊し、リーマン危機より深刻な金融危機と大恐慌になっていく。現在は巨大なバブルが崩壊する前の膨張した状態だが、マスコミも金融界も崩壊寸前のバブルのことをほとんど語らないので、多くの人がそれを知らない。バブルがいつ崩壊するか不明だが、来年(2020年)から金融危機や大不況になるという予測が以前から出回っている。トランプ米大統領は、来秋の大統領選まで株価の高値を持たせて好景気を演出し、再選につなげようとしているので、来秋までは全力でバブルを維持するだろうが、その後で金融危機になる可能性があり、それが2020年崩壊説につながっているのかもしれない。前回の記事に書いたように、バブル崩壊はすでに9月から米銀行界のレポ市場(短期融資市場)の凍結のかたちで表れており、今後崩壊感が払拭される可能性は低く、いずれ崩壊が債券市場へと拡大し、本格的な金融危機になっていく可能性が高い。 (BofA: We Are "Irrationally" Bullish On 2019, But A Liquidity Crisis Is Coming In 2020) (How & When Will The Next Financial Crisis Happen? 26 Experts Weigh In)
今後いずれ金融バブルが崩壊すると、世界の中央銀行や政府に事態を延命・蘇生する余力がない(すでにリーマン後の延命策で使い果たしている)ので、金融システムの崩壊と実体経済の不況が世界的にずっと続く。崩壊や不況は10−20年続くかもしれない。最近チリやエクアドル、アルゼンチンといった、経済の民営化を徹底して進めてきた中南米の諸国で、経済社会の崩壊や反政府デモ、暴動などがひどくなっているが、これは米国中心の世界の経済金融システムの崩壊の始まりとして、システムの周縁にある対米従属的な新興市場諸国が先に崩れているものだ。この傾向はずっと続く。新興市場諸国でも、非米的な諸国は比較的崩壊していない(レバノンやイラクなど中東諸国での反政府デモの拡大は、米国からイランなどへの覇権意向と関連しており、中南米と事情が違う)。 (Burn, Neoliberalism, Burn - Pepe Escobar) (多極化の目的は世界の安定化と経済成長)
世界不況が20年も続くのは信じられないかもしれない。だがよく考えると、たとえば日本は90年代のバブル崩壊から30年蘇生せず、超低成長が続いている。マイナス成長を粉飾してプラス成長に見せかけるのは難しくない。日本は事実上30年間の不況である。くそな専門家たちがそう言わず、人々が専門家を軽信しているだけだ。20年間の世界不況が起きても、人々がそう感じるかどうかは疑問だ。人類の不感症をよそに、20−30年間の世界不況がこれから起こりうる。 (米金融覇権の粉飾と限界) (ひどくなる経済粉飾)
IMF世銀は先日の年次総会で、これから全世界が同時に不況になっていくという予測を発表した。リーマン危機後のような不況になるという。ナショナル・ジオグラフィックは、これからの30年間で世界的に食糧難がひどくなり、最大で50億人の人々が、十分な食料と水を得られない状況になるという予測を発表している。IMF世銀もナショナル・ジオグラフィックも、エスタブ系の勢力だ。「陰謀論者や左翼のたわごと」ではない。(最近はエスタブ系の方が「たわごと」ばかり発しているが) (IMF Forecasts "Synchronized Global Slowdown" - Weakest Growth 'Since Lehman') (National Geographic Warns Billions "Face Shortages Of Food And Clean Water" Over Next 30 Years)
金融資産の多くを持っているのは大金持ちの層だが、これからの金融崩壊で最も打撃を受けるのは、金持ちでなく貧乏人だ。金融崩壊は政府の財政破綻や企業の倒産を引き起こす。社会福祉や公的年金の機構がつぶれ、それに頼って生きてきた人々の生活が破綻する。企業の連鎖倒産によって失業が急増し、中産階級の人々も生活難に陥って貧困層に転落する。賢い大金持ちは金融崩壊をうまくヘッジするだろうから、世の中の貧富格差はどの国でも今よりさらに急拡大していく。そんな状態が何年も、何十年も続く。 (Goodbye Middle Class: The Percentage Of Wealth Owned By The Top 10% Just Got Even BIGGER)
貧富格差の増大によって、現時点ですでに米国では4千万人が、十分な食べ物を得られない貧困生活を送っている。現在、米国はまだ「不況入り」しておらず、金融バブルによって不況を隠せる状態だ。それなのに4千万人が飢えている。今後、不況がもっと顕在化するころには、さらに大変な事態になる。先進国のはずの米国ですら、こんな「第三世界」みたいな状態だ。世界的に、人類の未来はとても暗い。 (40 Million Americans Already Don't Have Enough Food To Eat... And It's About To Get A Lot Worse) (America’s First Third-World State)
共和党系の右派シンクタンクであるナショナルインテレストも、20年後には米国の失業率が50%になるという予測を出している。この話は目くらましを伴っている。失業急増の原因は「金融バブルの大崩壊」でなく「AIや自動化の普及によって」ということになっている。AIが世界の多くの人の仕事を奪っていく、という未来像はすでに普及しており、もはや「常識」だろうが、私から見るとこの話には金融バブル大崩壊が近いことを隠す目くらましの要素が入っている。90年代以降、パソコンが普及してオフィス作業の効率化や自動化が進んだ時も、世界的に失業の増加が予測されていたが、人類は何とか対応して仕事を作った。AI化よりもバブル大崩壊の方が、世界の雇用市場への打撃が大きい。 (The Technology Trap: More Than Automation Is Driving Inequality)
最近は「地球温暖化のせいで、失業や貧困が急増する」という目くらましも盛んに行われている。英国の中央銀行は最近「地球温暖化のせいで突然の金融崩壊が起こりうる」という「警告」を発した。きたるべき金融崩壊は、中央銀行群が引き起こした金融バブルの大膨張が原因だ。地球温暖化と何の関係もないことは、英中銀自身が一番よく知っているはずだ。こんな馬鹿げた話に騙される人が意外と多いのだろう。いずれ書くつもりだが、温暖化人為説は正しくない可能性が高いことがすでに結論づけられている。インチキな話を軽信すべきでない。 (Bank of England Warns of an ‘Abrupt’ Financial Collapse Due To Climate Emergency) (Von Greyerz: The Problem Is The Economy, Stupid! Not The Climate) (500 Scientists Write U.N.: ‘There Is No Climate Emergency’)
AIや温暖化、英中銀の「警告」など、これから起きる世界経済の長く厳しい不況を金融バブル崩壊のせいにしたくない目くらましが次々と出されてくるのは、従来の世界の覇権運営をしてきた米国の上層部(軍産、金融界)が「世界の金融システムが巨大なバブル状態で、これから崩壊していく」という現実を、人々に知られたくないからだろう。すでに、大金融バブルの存在も、その崩壊開始も人々に知られないまま、米レポ市場の崩壊に象徴される「隠れ金融危機」が悪化している。隠していた金融危機が顕在化すると危機がひどくなるので、米上層部はできるだけ金融危機を隠したままにしておきたい。 (金融危機を無視する金融界)
世界不況が起きて世界の庶民の生活水準が劇的に低下し、飢餓や暴動や秩序崩壊が発生するという見方は、最近初めて発せられたものでない。昨夏には米国の大学MITが、コンピューターモデルによる予測と称して、2020年に世界不況が起こり、その後2040年ごろにかけて事態の悪化が進んで「文明の終わり」の状態になるという予測を発した。「コンピューターモデルによる予測」が、客観的に見せかけたモデル製作者による恣意的なものであることは、地球温暖化問題を見れば明白だ。リーマン危機後、米連銀などがバブル延命のQEを開始した09年ごろの段階で、すでに米上層部には、バブルが延命し切れなくなった時点で厳しく長い世界不況になることが見えていたはずだ。 (MIT Computer Model Predicts Dramatic Drop In Quality Of Life To 2020, "End Of Civilization" By 2040)
きたるべき世界不況は「完全雇用」を目標にしてきた従来の世界経済のモデルの維持を不可能にする。戦後の世界経済は、大量生産と大量消費を前提とし、大量生産する鉱工業やサービス業が人々を完全雇用に近い形で雇用し、人々は、雇用主から支払われる賃金で消費して大量消費を可能にし、生産と消費で経済成長を持続するシステムになっていた。仕事を見つけられない少数の人々は、失業保険や生活保護などの形でお金を政府からもらうが、失業者や生活保護受給者は、いずれ仕事を見つけて働くことを目標にすることを義務づけられ、完全雇用が社会の目標になってきた。 (AMERICA 2050: Inequality Crisis, Automation Threat, Debt Shock)
このような完全雇用を目標とした経済システムは、きたるべき長く厳しい世界不況の到来とともに達成不能になる。世界の多くの企業は従来、大量生産・大量消費のシステムに不可欠な完全雇用を目標とする体制に貢献するため、多くの従業員を雇用していた。80年代からの米英金融自由化によって債券金融システムが急拡大する中で、この30年間、米国中心の世界各国の企業は低金利で資金調達し、従業員を多めに雇っても利益が出る状態を続けた。だが、金融危機を伴った長い世界不況になると、商品の売れ行きが悪化した状態が続くとともに、調達金利が上がって多くの企業が利益を出せなくなる。この30年間、企業も政府も金融バブル膨張の恩恵にあずかって儲けを出し、財政赤字をあまり増やさずに政府を運営してきた。今後の決定的なバブル崩壊は、これらの恩恵の恒久的な喪失となり、企業も政府も経済破綻した状態になる。 (When Corporations Changed Their Social Role—and Upended Our Politics) (How Much Longer Will The Middle-Class Politely Tolerate Its Own Destruction?)
先進諸国でも失業率が30−50%の状態が続き、完全雇用の目標達成はどう見ても不可能になる。失業者が多いと十分な消費ができない。近年、先進諸国の経済は60−70%が国民の消費で成り立ってきた。今後、失業者が急増するとマイナス成長が定着し、大量生産・大量消費のシステムが破綻する。この悪循環を防ぐには、これまでの完全雇用を目標とした体制をあきらめて別のものに替えるしかない。その「別のもの」として考案されている選択肢の一つが、近年話題にされている「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」だろう。UBIは、月に5百ドルとか千ドルといった定額のお金を、国民の全世帯ないし全員に配って生活費を支援する所得保障制度だ。生活保護のように、収入の少ない世帯のみに配る制度とは違う。 (Universal Basic Income + Automation + Plutocracy = Dystopia)
生活保護の受給者は、役所から生活の立て直しを求められ続ける。失業保険の受給者は、再雇用への努力を求められ続ける。それらは戦後世界の「完全雇用・大量生産・大量消費」の経済システムに合わせて作られた制度だった。UBIは、そういった完全雇用との結びつきが取り払われている。UBIのアイデアは大昔からあったが、近年急に世界的に取りざたされ、欧州などで実験的に実施されている。UBIが近年急に再登場したのは、AIや自動化の進展で今後失業率が大幅に上がり、完全雇用の目標達成が不可能になり、貧困層が急拡大すると予測されているからだ。UBIは米欧で財界人たちにも支持されているが、それは彼らが博愛の精神だからでなく、いずれ世界不況で完全雇用できなくなり、大量消費の体制を維持するために制度の改革が必要だからだ。 (Universal Basic Income Is a Pandora’s Box)
UBIに必要な資金は、政府の支出になる。米国での試算では、成人の全国民に毎月千ドルずつ配る場合、連邦政府の現在の歳出総額の73%にあたる3兆ドルが毎年必要になる。これは米政府の防衛・医療・教育の歳出を全部合わせた額より大きい。米国のGDPの14%に当たる額だ。こんな巨額の支出の財源を、どこから持ってくるのか。 (The Hidden Costs Of A Universal Basic Income)
それに対する回答の試みは、すでにいくつか出されている。一つは、さいきん流行っている「経済理論」(のふりをした詐欺)である「MMT」だ。これは「政府が国債を発行しすぎると超インフレが起きて財政破綻するという従来の考えは間違いだ。政府はいくら財政赤字を増やしても破綻しない。だから政府は無限に国債を発行して良い」という「財政赤字ノススメ」みたいな説である。このMMTをUBIとつなげると「政府が財政赤字(国債発行)を急増させて巨額資金を作り、それをUBIで国民にばらまき、消費を下支えして経済発展を維持するのがよい」という主張になる。 (MMT - Not Modern, Not About Money, & Not Really Much Of A Theory)
これから世界的に国債の金利がゼロやマイナスになっていきそうだが、その状態が何年(何十年)も続けられるなら、MMTは政府にとって魅力的な政策になる。国債金利がゼロ以下なら、政府が無限に国債を発行しても利払いはゼロだからだ。これはすでに日本で実践されている。 (Hedge Fund CIO: "In The Next Recession Rates Will Quickly Fall 100bps. Then Go To Zero. Then We Do MMT") (世界中がゼロ金利に)
だが、私から見るとMMTは「トンデモ理論」の一つだ。財政赤字(国債発行)を増やし続けると、やがて国債(など債券)に対する信用が失墜するバブル崩壊が起こり、ゼロだったはずの金利が高騰するか、もしくは債券の買い手がつかなくなる。米日など先進諸国はすでに国債など債券を発行しすぎており、MMTをやらなくても「隠れ金融危機」が起きている。MMTの理論を信じて国債の巨額発行を開始すると、数年内に債券危機が顕在化して金融システムが破綻する。すでに起きている金融危機をうまいこと隠し続けられれば、MMTをやっても10年ぐらい持たせることはできるかもしれない。だがどちらにせよ、MMTは財政破綻にしかつながらず、UBIの恒久的な財源になれない。 (Could Modern Monetary Theory (MMT) Actually Save Us?)
MMTを喧伝する米民主党左派の人々がもう一つさかんに主張しているのが「米政府が大金持ちの資産に課税し、その税収でUBIを実施する」ということだ。米大統領選で民主党の現在の最有力候補であるエリザベス・ウォーレンらが、大金持ちへの資産課税を公約として掲げている。税金を取られる大金持ちの中からも、資産課税に賛成する動きがある。大金持ちが資産課税に賛成する理由は博愛主義からでなく、何らかの方法で大量消費を維持しないと経済が維持できず、自分たちと子孫が今後儲けられなくなるからだ。 (What’s a Wealth Tax Worth?) (Elizabeth Warren's Wealth Confiscation Tax Would "Redistribute" 2.75 Trillion Dollars Over 10 Years)
大金持ちから資産を没収して貧乏人に分配するのは、ソ連など社会主義が好んだやり方だ。米国の風土は自由な経済体制を好む。資産課税は米国的でない。UBIの所得保障も社会主義的な考え方だ。MMTも「大きな政府」の推進なので米国(共和党)的でない。それなのに米国で資産課税やUBIやMMTが堂々と語られているのは、それを検討対象に入れないと、米国が戦後、世界的に作った大量生産・大量消費の経済システムを維持できないからだ。UBIやMMTは、きたるべき巨大なバブル崩壊後の「人類の暗い未来」に対する対策として考えられている。これらは今後しだいに顕著になっていくテーマになる。今回の記事はまだ試論だ。 (Canadians Demonstrate Rare Show of Unity: 98% Vote for Bigger Government, Higher Taxes, More Debt)