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生活保護の現物支給を考える
2019/10/28
塚崎公義 (久留米大学商学部教授)
生活保護を現物支給にして、専門の福祉施設を作れば良い、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。
(VictorHuang/gettyimages)
生活保護には両サイドからの批判あり
健康で文化的な最低限度の生活を送る権利は、すべての国民に憲法が保証しています。したがって、生活保護の制度を政府が設けることは、当然の事です。しかし、この制度には両サイドからの批判があります。
一つは、受給者に甘すぎる、というものです。40年間国民年金保険料を払い続けて来た高齢者が受け取る老齢年金よりも、年金保険料を一度も払わなかった高齢者が受け取る生活保護の方が多いのは、明らかに不公平である、等々の批判です。
最低賃金で毎日しっかり働いている人よりも、生活保護を受けている人の方が良い生活をしている、という批判もあるようです。
一方で、申請者に対する認定が厳しすぎるため、本当に支援が必要なのに受けられていない人がいる、という批判もあるようです。
これは制度への批判ではないのでしょうが、制度の存在を知らない「情報弱者」を食い物にする「貧困ビジネス」の存在も問題とされています。ホームレスの生活保護申請を手伝ってやり、ホームレスに法外な家賃でボロ家を貸して儲ける、といったビジネスのようです。
刑務所に入りたい人がいる
ホームレスが、冬になるとわざと犯罪を犯して刑務所にはいり、冬の寒さを凌いでいる、という話を耳にします。家族がいれば「彼らを犯罪者の家族にしたくない」、ということで犯罪を自粛する人は多いでしょうが、身寄りのないホームレスにとっては、合理的な行動なのかもしれませんね。
しかし、これは政府にとってみれば大きなコストです。犯罪者を捕らえて裁判をし、刑務所を建て、看守を雇い、といったコストがかかるわけです。
それならばいっそのこと、刑務所の独房と同じ広さの公営住宅を建て、刑務所の食事と同じものを無料で提供すれば良いのです。そうすれば、彼らが犯罪を犯す必要がなくなり、冬の間はそこで暮らすようになるはずです。
その方が、政府にとっては遥かに安上がりです。警察官も裁判官も関与せずに済み、鉄格子も看守も不要なわけですから。
諸問題を一気に解決するのが「現物支給」
こうした問題を一気に解決する妙案として、筆者は「生活保護の現物支給」を提唱しています。「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するだけの狭い部屋と美味しくない食事を用意し、希望者に無料で提供するのです。
まず、不正受給がなくなります。金持ちにとっては、財産を隠して不正受給するインセンティブがないからです。広い家で美味しい食事をする金があるなら、わざわざ申し込まないでしょう。これは素晴らしいことです。
一方で、厳しすぎる認定によって支援されるべき人に支援が行き届かない、ということもなくなります。必要な人に必要な支援が行き渡るわけです。
貧困ビジネスも、成立しにくくなります。ホームレスには、貧困ビジネスが声をかけるより先に行政が声をかけて生活保護住宅に住まわせれば良いからです。
最低賃金でしっかり働いている人でも、希望すれば住めるわけですから、「働かずに生活保護を受けている人の方が良い生活をしている」ということにはなりません。
年金生活者も希望すれば住めるわけですから、「若い時に年金保険料を払わなかった人の方が良い生活をしている」ということにもなりません。
働いて得た賃金や受け取った年金は、時々美味しいものを食べたりする「ささやかな贅沢」に使えば良いのです。もちろん、孫への小遣いにしても良いでしょう。
誰でも希望者が住めるようにすると、生活保護の受給者が今より増えてしまい、財政が圧迫される可能性もあります。しかし、その多くは本来権利がある人が権利を行使していなかった分でしょうから、問題視すべきではないのかもしれません。
むしろ、それによって「満足に食事も食べられていない母子家庭の子が食事にありつける」「金がないので自殺したり犯罪に走ったりする人が減る」といったことが見込まれるのであれば、財政支出の用途としては望ましいものだと言えるのではないでしょうか。
以下は細かいことですが、わざわざ家を建てなくても、空き家が多くありますから、それを譲り受けて使えば良いでしょう。監獄を作って犯罪者を住まわせるわけではないので、周辺住民の抵抗も大きくないはずです。
国境付近の離島に生活保護住宅を建てて、日本がその島を実効支配しているということを国際社会にアピールする、という手もありますね。その場合は、「僻地手当」として、美味しい食事をドローンで配達する必要があるかもしれませんが。
ハローワーク等と連携して、住民には適当な仕事を紹介するようなシステムも設けると、一層良いですね。少子高齢化による労働力不足が深刻化して行けば、彼等も貴重な労働力として大事にされるようになるかもしれませんから。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17732
上野公園で出会った年金をもらうホームレス
年収160万円からの脱出、60歳からのハローワーク3
2019/07/12
風樹茂 (作家、国際コンサルタント)
年金に関する記事を目にする機会が多いが、新聞、雑誌、ネット記事のいずれも暗い内容のものが多い。夢のある記事はない。そんなときに思い出すのは、上野公園で出会った年金をもらうホームレスである。
(Irina Griskova/gettyimages)
上野公園の出会い
バブル崩壊後、今と同様に仕事のない私は取材もかねて、上野公園や代々木公園で野宿することがたびたびあった。若い人は知らないだろうが、当時、上野公園には600人を越えるホームレスが住み、ブルーテントがひしめいていた。
私は、東大大学院卒のホームレス、路上の哲学者、イラストレーター、元コンビニ経営者、大手化学企業の元エリート社員、自称修行僧など、多くのホームレスと親交を結んだが、その中でも悠々自適でバラ色のホームレス生活を送っていたのが、「年金」(あだ名)という北海道出身の元造林業者である。
私が公園で眠るときは、ダンボールの切れはしで風をよけるだけだったのに、「年金」は羨むべき新築の仮小屋を持っていた。それは、高さ1.5メートル、幅1.5メートル、長さ3メートルほどの木造一戸建。表面に青いビニールシートを被せている。最初に彼の家屋の特異性に気付いたのは、当時一緒にホームレス取材をしていた3歳の息子のほうだった。
「これ電車だよ。車輪がある」
底に目を這わせると、家の土台に4つの車輪がある。移動可能なホームレス住居!? ホームレスは皇室の方々が上野公園を訪れる度に目に触れないように家財道具を持って公園外に出る必要があった(山狩りと呼ばれる)。世帯主は元大工かと想像したが、そうではなかった。
その小屋の後で、ステテコ姿でバケツに水を入れて下着を洗っていたのが、その後「年金」と私があだ名をつけた家主だった。
「ご自分で作ったんですか」
「いや、違う。大工に作ってもらったんだよ。手間賃は5万円かな。材料費は3万円かかったよ。土台の台車が一番高かったな」
自慢の住居なのかもしれない。「年金」は客商売に慣れているのか、好奇心に駆られた私の目の色に気付いたのか、オモテナシの精神をいかんなく発揮し、愛想良く、
「部屋の中も見るかい」
おしげもなくベニヤ板の両開きの門をあけてくれる。息子と一緒に中を覗いた。
きちんと板でしきりがつくられ、寝る場所は一段高くなっている。その上の空間にひもを吊り、洗濯物が干されている。小屋の作りは、北海道で冬に子供たちが雪でつくる、雪合戦用の滞在可能な基地に似ている。まことに合理的なのである。
私はさりげなく聞いた。
「年金をもらっているの?」
ホームレス界の頂上に立つ、裕福な彼の噂は上野公園に鳴り響いていた。
「ああ、そうだよ」
今もってある意味羨ましい。私は築50年の家に住み、地震がくると危ういので、「はやく建て直せ」と家人に責められているが、月7万円の年金収入では実現不可能だ。それに公園ならば土地はロハだし、固定資産税もいらない。
だからといって羨ましいだけで非難するわけではない。
企業でまじめに働いてきた人間ほど、「公園に住むなどけしからん」とか、「生活保護をもらいやがって」などと怒るが、公園に永遠に住むわけではない。公園には避難所という機能があり、戦争、地震などの自然災害の時に利用される。だからその機能を果たしているに過ぎない。「年金」を含め、彼らはバブル崩壊後の経済難民だったのである。
北大卒からホームレスになったわけ
「年金」とは同郷ということがわかり、話が弾むことが多かった。彼は北海道の造林業者だった。造林とはあまり聞かない言葉なので彼に説明してもらうと、造林は土地を買って木を植え、それを販売することだという。
「バブルのときに造林に手を出して入札で2億円の山を買ったんだよ。でも木材が育つのは何10年と時間がかかるし、値段的に輸入材に勝てない。バブルが崩壊して土地の値段は下がるし、結局借金の金利が払えなくなった」
目論見が甘かったのである。銀行にも金を借りてくれとけしかけられたに違いない。
「ブルやダンプやユンボを全部売っぱらっても、借金返済には足りなくて、保証人には悪いことをした」
造林会社の社長だったわけだ。でもホームレスのいうことは眉つばも多い。そんな私の疑いの表情に気がついたのか、年金は別のホームレスにあずけてある1.5メートル長のセルロイド製の衣装ケースをわざわざ持って来させ、さっそくケースを開け、「これ、これ」といってその中の小箱を開けた。年金証書ほか重要な書類が入っている。
年金はまず、北海道大学の卒業名簿を見せ、次に植林関係の認定業者の目録をとって自分のかっての企業を「これがそうだよ」と指差し、次に筒に入った、賞状をうやうやしく披露した。賞状には農林大臣の文字がある。年金は誇らしげである。日付はそう遠い昔ではない。
「全国で10社ぐらいだよ。選ばれたのは。女房といっしょに上京して大臣に会って金杯までもらったんだ」
人は頂点から一気に転げ落ちる。
年金をもらえるわけ
住所がなければ生活保護ももらえないし、年金ももらえないはずだが。
「年金はね、あれさ、高田馬場のアパートの住民表を見せればこっちでも手続きできるのさ」
年金は東京に出て来て、4年ほど野村系のコンピュータ会社に勤務し、60歳で定年退職したのだという。職務はというと、
「会計とかいろいろな紙、スリップが出るだろう、その仕分けをやっていたんだ」
野村系ならば、少なくとも退職金が出たであろうし、失業保険ももらっていたわけだ。そして年金もある。今の私と違い、彼は60歳から国民年金を満額もらっていたに違いない。安定した収入のある生活が羨ましくなる。
「家族はここにいるのを知ってるの?」
「ああ、知ってるよ。女房と子供はね。孫は知らないけど」
なるほど、家族公認の元社長の年金ホームレス…
「年金」の年金哲学
ある日、「年金」といっしょに、専門家、有識者による自然保護に関する対談を聴きに銀座へ足を運んだ。植林実践者の「年金」は、彼らの話は現実離れした机上のおとぎ話でしかないと、不満げだった。帰路、なぜ公園に住むのか、年金の年金哲学を聞いてみた。
「年金っていってもたかがしれているよ。アパートを借りたら、安くても年50万ぐらいかかるだろう。もうそう長くはないんだから、年金で旅行をしたり、好きな競艇にでも行ったほうがいいよ。でも、まあ、戸田や江戸川に行って損ばかりしているけどな。時々、これならアパートに住んだほうがよかったかもって思うけど」
年金を博打で散財しているのである。そして幾分ズルがしそうな目を私に伸ばし、
「でも、もしアパートに住むならば、ちょっと働かなきゃねぇ」といい、付け加えた。
「こづかいでもいいからおれを使ってくれないかい? 給料はいらないんだよ。アパートさえ用意してくれれば。会計とか、会社設立とかはみんな分かるよ。でもパソコンはできないけどね」
当時、失業者でごった返していたハローワークに行った時、説明会で私を含めた求職者は係官に厳しくいわれたのである。
「35歳以上の人はここにきても仕事はありません!」
ならば、起業するしかない。そこで元社長の「年金」に私はあれこれ相談していた。だが、今のところただの失業者なのだから、「年金」のためにアパートを借りるような余裕はなかった。
そこで話題を変えた。
「北海道には帰らないの?」
「もうそろそろ帰えるさ。女房の年金が出たらね。年金事務所にいって調べたけど、あと数年たたなきゃもらえないんだよ。おれ一人の年金じゃろくな暮らしできないからな。それまでは帰れないよ。保証人は借金を返しただろうから、顔を合わせたくないけど」
夢のある年金生活の勧め
このところ日本の政府は「働け!」、「働け!」、国民も「働きたい」、「働きたい」、家人などは「死ぬ瞬間まで働け」と叱咤してくる。日本という国は、いつの間にか働くだけの国になったようだ。いや、「働かざる者食うべからず」と上野公園に住む托鉢で働く自称修業僧がいっていたのだから、昔からそうだったのかもしれない。
しかし、私は恥ずかしい。60歳を越えてあくせく働くなどというのは、ある意味人の道に反している。
だからこそ年金の年金哲学とその実施方法を、自分自身の状況にあてはめて活用するほうがいい。
“低い年金ならば、単身でそれなりの生活を行い、趣味に使える額を残す。そして妻が年金をもらったときに、再度いっしょに住む”
これは一般的でないが、私の場合は、妻が年金をもらうまで一人でフィリピンの奥地や南米の奥地で悠々自適の生活をし、そのうち帰国するということになる。これも一考だ。
一方、万人に活用できるのは、
“住宅費にお金をかけるよりも、好きな競艇にお金をつぎ込む”
人によっては競艇かと、あざける人もいるだろう。けれども年金を何に使おうが個人の自由。目くじら立てる必要はない。年金を生活費のたしにする話ばかりではまことにせちがらく、せこい。
競艇を自身の趣味に言い変えてみるとよい。海外旅行、全国自転車旅行、孫へのプレゼント、妻へのプレゼント、再入学した大学の授業費、書籍購入費、天体望遠鏡の購入費、株式への投資(ずぶの素人には勧めない!)、愛人への貢物― それぞれ趣味や趣向がある。年金はそのためのお金と思えば夢が広がる。
私が前倒しで年金をもらい始めたのも、夢の実現のためでもある。今のところ生活費にあてるのがやっとだが、良いバイトや仕事が決まれば、年金80万円をまるまる自分の好きなことに使える。実は次のカタールでのワールドカップ観戦の資金に充てる思惑があってのことでもある。
ブラジルワールドカップは訪れる余裕があったが、ロシアワールドカップは日本にいてそんな余裕はなかった。もともとカタールではワールドカップのための電力増強のために汗水たらして働いたのである。そんな因縁さえある。
年金の夢のある活用のためにも、いい仕事なりバイトなりを見つけ、生活費は別に稼ぐ必要がある。でも、ああ、やっぱり働くのか!(続く)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/16759
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