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中国発の量子コンピューターショックに世界は耐えられるか?
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/10/post-13275.php
2019年10月28日(月)19時10分 フレッド・グタール(サイエンス担当) ニューズウィーク
グーグルの量子コンピューターの一部とスンダー・ピチャイCEO(左) Google/REUTERS
<量子コンピューターは既存の暗号化技術をすべて陳腐化し機密も丸裸にしてしまうので、国家間の開発競争がますます激しくなっている>
先ごろグーグルは、既存のスーパーコンピューターなら1万年かかる計算を200秒でこなす量子コンピューターを開発したとする論文を発表した。まさに驚くべき偉業だ。だが、量子コンピューターの性能が従来型コンピューターを超えるという重要な節目にたどり着いたとするグーグルの主張には、反論の声も上がっている。
ネイチャー誌に掲載されたこの論文のタイトルは「プログラム可能な超伝導プロセッサを利用した量子超越性」。「量子超越性」とは2012年にクァンタ誌のジョン・プレスキルが使い始めた言葉で、量子コンピューターの性能が従来型を凌駕することを指す。
だが量子コンピューター開発のライバルであるIBMの技術者からは、グーグルがこの言葉を使うことに異論が出されている。IBMの研究者らはブログで、グーグルの論文で取り上げられている実験は現実世界での応用につながるものではなく、量子超越性の段階に達したとは言い切れないと指摘した。
IBM側の言い分が正しいことを祈ろう。量子コンピューターには、データとインターネットに依存したこの世界にとって脅威となるような信じがたい能力を発揮する可能性があるからだ。
<参考記事>グーグルは本当に量子コンピューターの開発に成功したのか?
<参考記事>量子コンピューターでの偉業達成を誇るGoogle、それを認めないIBM
■アメリカの機密が中国に流出?
専門家の多くは、今後10年かそこらは量子コンピューターがまともに使える日は来ないとみている。だがそれは単なる推測に過ぎない。量子超越性が本当に実現すれば、既存の暗号化の仕組みは時代遅れになる。量子コンピューターがあらゆる暗号を読み解いて国家機密を暴く力を手にするのはいつか、それを最初になし遂げるのは誰かなど、誰にも分からない。その潜在的な能力の大きさゆえに量子コンピューターの開発競争は過熱しており、どの国も一歩先んじようと必死だ。
アメリカの安全保障から見た悪夢のシナリオは、中国が実用に耐えうる量子コンピューターを手の内を見せることなく開発してしまうことだ。そうなれば中国は暗号通信を好き勝手に解読したり、アメリカの機密データにアクセスしたりできるようになるかも知れない。
「中国は秘密裏にかつ予想より早い時期に量子コンピューターの開発に成功する可能性がある」と、シンクタンクの新米国安全保障センターの報告書は指摘する。「そしてアメリカを出し抜いたり戦略の裏をかくために、機密通信に対してそれを使うかも知れない。そうした『量子ショック』の到来を評価・判断するのは難しいかも知れず、アメリカの情報機関の分析を攪乱することもできるかも知れない」
量子コンピューターが持つ破壊力は非常に大きなものになるはずだ。現在使われている暗号化の仕組みは1970年代に開発されたもので、数学的な複雑さに依存して解読を防止している。暗号化されたデータを復号するには、送り手と受け手のみが持つ「鍵」(桁の大きな数字)を使う。鍵がない場合、暗号の解読には大規模な計算が必要になるが、これには世界トップクラスのコンピューターであっても永遠に近い時間がかかる。
だが量子コンピューターの前では、現行の暗号化技術は過去の遺物になってしまうだろう。0か1かのビット単位で計算する従来型コンピューターと異なり、量子コンピューターで利用されるのは、1と0が同時に存在できるという量子の奇妙な性質だ。物理学者のエルビン・シュレーディンガーはこの「重ね合わせ状態」を、「同時に死んでも生きてもいるネコ」になぞらえたことで知られる。
例えば光の粒子(光子という)は、0と1を一度に表すような状態で存在することができる。量子コンピューターはこうした粒子を操作して多くの計算を同時に行う。暗号の解読のような複雑な問題を解くスピードも大幅に速くなる。
■量子コンピューターだけは自前で
中国は量子コンピューターを戦略的な重要課題と位置づけている。過去には他国の技術を盗んだと非難されることもままあった中国だが、量子コンピューター研究に関しては自前であり、レベルも高い。安徽省の新しい研究施設には4億ドルもの資金が投じられたと伝えられている。
量子コンピューターを開発しているのは中国だけではなく、アメリカでも欧州でも、日本でも開発プロジェクトが進行中だ。米国家安全保障局(NSA)の開発プロジェクトの予算は8000万ドルで、エドワード・スノーデンの内部告発によってその存在が明らかになった。
Quantum Computing 2019 Update
量子コンピューターのパイオニア企業
国家機密を守るため、各国とも量子コンピューターでも破られない暗号化通信技術の開発に着手している。数字の鍵の代わりに光子のような粒子を使う暗号だ。
2017年に中国が行った実験では、1200キロ離れた2つの地上ステーションに向けて人工衛星から光子を発射。すると、一方の地上ステーションに送られた光子はもう1カ所に送られた光子と「量子もつれ」の状態になった。量子もつれとは量子力学におけるもう1つの奇妙な性質で、2つの粒子が何らかの形で相関を持つ状態を言う。アルバート・アインシュタインはこれを「不気味な遠隔作用」と呼んだ。量子もつれの状態にある粒子は、暗号化通信においてハッキング不可能な鍵として利用できる可能性がある。
この実験で使われたのは、中国の量子通信ネットワークを支えるために計画された衛星群の第一弾だ。中国はまた、北京と上海をつなぐ2000キロに及ぶ量子通信ネットワークの幹線の建設や、ネットワークの全土への拡大を計画している。
標準化機関はすでに、量子コンピューターでも解読が困難な新たな暗号プロトコルの策定を計画中だ。もっとも、桁数の大きな数字の鍵に依存しない新しい暗号化の仕組みに移行するには、データ通信インフラの大規模な更新が必要となる。
アメリカは第5世代(5G)移動通信システムの分野で、気がつかないうちに中国に追いつかれていたという苦い経験を持つ。だからアメリカの当局者や政治家は量子コンピューターの分野で同じ轍を踏むことを懸念し、ある種の産業政策が必要だと訴える。「アメリカには非常に強いテクノロジー企業がいくつもある」と、米国務省高官としてサイバーセキュリティ分野を担当していたクリストファー・ペインターは言う。「だがもしアメリカの強みを失いたくなければ、この分野を戦略的レベルで重大なものとして扱う必要がある」
(翻訳:村井裕美)
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