http://www.asyura2.com/19/hasan133/msg/388.html
Tweet |
再来した大リストラ時代と「雇用流動化」礼賛の幻想
河合 薫
健康社会学者(Ph.D.)
2019年10月15日
3 80%
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00044/?SS=imgview&FD=-1040850507
全5807文字
(写真:Shutterstock)
「もうね、会社としてはできるだけ65歳まで雇いたくないんです。なのに今度は70歳まで雇えって言ってるでしょ。その結果、何が起こってると思います? 強烈な肩たたきです。
うちの会社では48歳になると希望退職制度を利用できるんですが、雇い続けたい人からやめてしまうんです。だからターゲットを絞って、圧迫面接を繰り返す。あの手この手でじわじわ追い詰めるんです。特にメンタルを低下させてる社員は狙われます。50代になってメンタルやってる人って、やっぱり色々と問題がありますからね。
ただ、あまりやりすぎるとパワハラになってしまうから気をつけなきゃなんですけど、会社側もわりと強気で。多分、以前より転職しやすくなったとか、日本型雇用はもたないっていう意見が増えてるからだと思います。
僕は圧力をかける方なんで、正直しんどいですよ。
圧力かければかけるほど相手は意固地になる。根比べです。人事には数値目標が与えられるので仕事なんだと自分に言い聞かせてますけど、俺何やってんだろうと思うことは正直あります」
これは半年ほど前にインタビューしたある執行役員の男性が話してくれたこと。
すでに大リストラ時代が再来している
彼の話を聞いたときには「まぁ、そうなるだろうね。だって会社は50歳以上は戦力外としか見てないんだもん」とやるせない気分に陥っただけだったが、今は絶望的な気分に襲われている。
先日東京商工リサーチが公表した「希望・早期退職」者数の合計によると、なんと今年1〜9月までの上場企業が募った「希望・早期退職」者数の合計が1万342人で、6年ぶりに年間1万人超えが確定したというのである。
問題はその理由だ。これまでは「景気が悪くなる→希望退職者を増やす」が定説だったが、業績の良い企業でも将来を見込んで続々と「お引き取りください!」攻勢に出ているというのだからたまったもんじゃない。
「バブル期に大量入社した社員の過剰感を是正し、人員削減で浮いた金を若手や外部人材に回す。今後もこの動きは続く可能性は高い」(東京商工リサーチ関係者談)
具体的には、最も多かったのが富士通の2850人で、ルネサスエレクトロニクス(約1500人)、ジャパンディスプレイ(約1200人)、東芝(1060人)、コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス(950人)、アステラス製薬(約700人)、アルペン(355人)、協和キリン(296人)、中外製薬(172人)、カシオ計算機(156人)と続いていた。
既に一年前から、東芝はグループで7000人削減、富士通はグループで5000人を配置転換、NECは3000人削減、三菱UFJフィナンシャル・グループは9500人分、三井住友フィナンシャルグループは4000人分、みずほフィナンシャルグループは1万9000人分の「業務量」削減……などなど、50代のバブル世代に「リストラの嵐」が吹き荒れていたけど、「将来」を見越して、“おじさん・おばさん社員”が切られている。「将来」っていったいいつ? その「将来」に切りまくっている経営陣は会社にいるのか?
次ページ「日本は解雇のハードルが高い」は間違い
私はこれまで何度も、「追い出し部屋もやむなし。だって、日本ではクビにしたくてもできない」「日本の正社員ほど守られてる会社員はいない」という意見を耳にしてきた。
そして、二言目には「終身雇用が悪い」「解雇規制が厳しすぎる」「流動性がない」とのたまい、解雇規制を緩和すべし、流動性を高めるのが先決、そうしないと経済成長はない!と鼻息を荒くする人たちに何度も会った。
解雇規制が厳しい、解雇のハードルが高い、といわれる国で、これだけの人たちが「希望退職」という美しい言葉の名のもとに仕事を打ち切られている。しかも、それが景気や企業の業績に関係なく進められているのだ。
そこで今回は、
「解雇のハードルが高い」は本当か?
雇用の流動性は本当に低いのか?
流動性が高まれば経済成長するのか?
という点を様々なデータから整理した上で、「リストラの先」にあるものについて考えてみる。これらの“当たり前”とされていることの真偽を確かめることで、隠されている本当の問題に向き合おうと思っている次第だ。
「日本は解雇のハードルが高い」は間違い
まず、解雇のハードルの高さについて、経済協力開発機構(OECD)で使われるEPL指標(Employment Protection Legislation Indicators)で、欧米諸国と比べてみよう。EPL 指標は、雇用保護法制の強さを指数化したもので、指数が高ければ高いほど、規制が厳しいことを意味する。
欧州、特にオランダ、デンマーク、スウェーデンなどでは、1970年代から流動的な労働市場政策を進めてきた。一方、ドイツは欧州の中でも比較的解雇規制が厳しいとされている。なので、ここではこれら4つの国に米国を加えて比較してみる(OECD Employment Outlook2013より)。
正規雇用の場合、日本のEPLは2.09。これはOECDの平均2.29を下回り、雇用保護が低い=解雇しやすいグループに入る。一方、米国は1.17とかなり低い。
一方、デンマーク2.32、スウェーデン2.52、オランダ2.94といった国々では、いずれも日本を上回り、解雇規制が厳しいドイツ2.98とさほど差はない。
では、非正規雇用ではどうか。
OECD平均が2.08なのに対し、日本は1.25。スウェーデン1.17 、オランダ1.17、ドイツ1.75、デンマーク1.79、米国0.33だ。
つまり、「日本は終身雇用制度があるから、クビにできないから追い出し部屋やむなし」「解雇規制が厳しいから希望退職で圧力をかけるしかない」というのは間違い。EPLで比較する限り、正規雇用・非正規雇用とも日本はどちらかといえば解雇しやすい国に分類される。解雇への制約の存在を「日本型雇用システムの最大の特徴」と捉えるのは適切とはいえないのである。
次ページ日本の雇用流動性は必ずしも低いわけではない
また、雇用の流動性が高いというイメージのある米国も、近年は転職率が低下しているという指摘がある。企業側が長期雇用の利点を生かそうとしている動きに加え、IT技術の進歩が速いために転職する場合に「今のスキルが陳腐化している」という現実があり、働く人にとっても転職の利点が激減しているのだ。
そもそも欧州の国々では「労働者の人権を守る」哲学が浸透しているので、解雇するには正当な理由をかなり厳しく要求する法制が細かく決められている。さらに、こちら(「正社員「逆ギレ」も、非正規の待遇格差が招く荒れる職場」)でも書いた通り、欧州は原則的に有期雇用は禁止だ。
有期雇用にできる場合の制約を詳細に決めていて、期間も限られている。日本のように、非正規で何年も雇い続けることができない上に、非正規は「企業が必要な時だけ雇用できる」というメリットを企業に与えているとの認識から、非正規雇用には不安定雇用手当があり、正社員より1割程度高い賃金を支払うのが“常識”である。
OECDが日本に改善を求めているのも、実はこの点である。日本では「正社員は保護されすぎ」という意見が一般的だが、そうではなく非正規を都合よく使っていることを問題視しているのだ。
日本の雇用流動性は必ずしも低いわけではない
では、次に雇用の流動性についてみてみよう。雇用の流動性が高ければ、次の職場に簡単に移動できるため失業期間が短くなるはずである。ところがここでも驚く結果が得られている(『データブック国際労働比較2018』独立行政法人 労働政策研究・研修機構)。
(出典:『データブック国際労働比較2018』独立行政法人 労働政策研究・研修機構)
[画像のクリックで拡大表示]
ご覧の通り、OECDのデータでは6カ月以上1年未満でほとんど差がない。この傾向はその他の失業率を示したデータでも同様に認められている。一方、1年以上の長期失業率は日本39.5%に対し、デンマーク22.5%、オランダ42.7%、スウェーデン16.8%、米国13.3%となっている。
「ほらね! やっぱり日本は流動性が低いから長期失業の人が多い!」と解釈するのは短絡的だ。失業期間や失業者の定義は国によって違うし、景気動向や年齢構成によっても異なる。日本では女性が育児のために一時的に労働市場から離れる割合が高いのと、高齢化の影響もある。日本の高齢者が欧米に比べ70歳まで働きたい、働かざるを得ない状況にあることは、周知の事実だ。
もちろん失業率のデータだけで一概に結論づけることはできないけど、少なくとも日本の流動性が低いと言い切れる数字ではなく、欧州の国々と比較しても、日本の労働市場のパフォーマンスは必ずしも悪くないのである。
次ページリストラは残った社員にも悪影響を与えている
次に、流動化を進めれば経済成長するのかということを、賃金の変化から見てみよう。転職には、自分のキャリアアップのためにする自主的な場合と、希望退職も含めて会社都合の解雇があるが、ここでは後者にスポットを当てる。
流動性の高い米国ではこの手の調査が蓄積されていて、全体的には「転職で賃金が減る」という結果の方が圧倒的に多い。割合にすると15%程度の減額で、その状態は5年以上続き、回復したとしても2〜3%程度とされている。特に景気が悪い時に解雇されると、20年近くも低賃金の状態が持続するという実証研究もある。
デンマークの場合も同様で、解雇された年は12〜15%程度下がる。ただ、3年目以降は徐々に回復するとされている。
つまり、「流動性が高くなる→スキルが活かせる→賃金が上がる」という方程式は必ずしも成立しないのだ。
特に日本の場合、どんなに流動性が高まってもいったん「正社員」の座を離れると「非正規」として雇用されるケースが圧倒的に多く、特に50代では正社員雇用を望むのはまず無理。
実際、「雇用動向調査」でも、20〜30代では転職後に賃金が増加する人の割合が高いが、特に男性は40代後半以降、減少する人の方が多く、これが「将来」的に改善するとは到底思えない。
さらに、大企業では50歳以上でリストラした人を子会社や関連会社に押し付けるケースも散見され、その人の賃金を払うために他の従業員の賃金が抑制されるという不都合な真実も存在する。
つまるところ、雇用流動化論を強く主張する人たちが想定しているような、「生産性の低い産業や企業から生産性の高い産業や企業に人々が移れば、経済全体の成長率も高まる」という都合のいい現象は起きていない。
逆に、生産性の低い産業に、低賃金で、不安定な状態で雇用されるパターンが実態に近いので、「流動性を高めることで生産性を高める」という理論は妄想に近いかもしれないのだ。
リストラは残った社員にも悪影響を与えている
最後に、解雇が労働者に与える影響、すなわち「リストラの先」にあるものについて、得られている知見を紹介する。
基本的な理解として、リストラや失業が、体の健康や精神健康と関連が深いことは、以前から指摘されてきた。たとえば、失業している男女は、超過死亡(予想される死亡数に対しての増加分)の頻度が高いほか、主観的健康度も低いというのが研究者の一致した見解だった。
そんな中、リストラという“イベント”そのものが健康に悪影響を及ぼすのか、それとも失業しているという“状態”が悪いのかを検討するために、1990年代、イギリスで大規模な調査が行われた。
その結果、リストラ直後にほとんどの人の精神健康が悪化したのに対し、失業期間との関連は認められなかった。また、周りが次々とリストラされ、「自分もリストラされるかもしれない」との不安を感じた人は、リストラされた人と同じくらい精神的健康度の低下が認められたのだ。
つまり、リストラというイベントは当人だけでなく、周りの社員にも「自分もいつか……」という恐怖を与え、会社からすれば「わが社の社員として頑張ってほしい!」と期待している人のメンタルにまで悪影響を及ぼしかねない「悪行」なのだ。
また、米国の実証研究では、リストラで平均余命が1年から1年半ほど短くなるとの結果もある。同様の結果は、ノルウェーでも認められていて死亡率は14%上昇する。
さらに、リストラの影響は「次世代」にも影響する。
カナダで行われた調査では、父親のリストラがその子どもが大人になったときの年収を9%下げることが分かった。父親のリストラで収入が下がるため、子供の教育費用を減少させたり、父親が不健康になることが子どもの成長に悪影響を与えるのだ。
これらの結果から言えるのは、リストラが社会に及ぼす影響は広範囲にわたるってこと。本当に「未来を見据える」のであれば、安易にリストラに手を出すのは本末転倒。「今いる社員」が仕事への意欲を高められるような施策を講じることが先だ。
実際、日本が「世界」の代表と仰ぎみる米国では、社員を長期雇用する企業が増えており、長期雇用におけるプラス面の研究が近年急速に広がっている。
念のため断っておくが、私は転職したい人のスキルが生かせるような流動性は必要だと考えている。だが、ただ流動性さえ高まれば万事うまくいくみたいな幻想は危険だし、捨てた方がいい。
どんなに希望退職や早期退職というオブラートに包んだ表現を使っても、その実質はリストラであり、それは1人の人間の人生を大きく翻弄する“刃(やいば)”であり、周りにも悪影響を及ぼす最悪の「経営手段」だ。
こうした意識が薄らいでいるのは、その凶器に対して鈍感な人が増えてしまったのか、あるいは「自分には関係ない」と思っている人たちの発言力が増しているからなのか。そして、きっと「だから50代はコストが高いわりに働きが悪いことが問題なんだよ!」と、年齢の問題にされてしまうのでしょうね、きっと。
[画像のクリックで別ページへ]
『他人の足を引っぱる男たち』(日本経済新聞出版社)
権力者による不祥事、職場にあふれるメンタル問題、
日本男性の孤独――すべては「会社員という病」が
原因だった?“ジジイの壁”第2弾。
・自分の仕事より、他人を落とすことばかりに熱心
・上司の顔色には敏感だが、部下の顔色には鈍感
・でも、なんでそういうヤカラが出世していくの?
そこに潜むのは、会社員の組織への過剰適応だった。
“会社員消滅時代”をあなたはどう生きる?
•
リストラの対象になったときの対処法
•
河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学
相次ぐ脱終身雇用宣言、信頼と責任築く経営哲学いずこに?
令和に激変!企業と個人のオープンなカンケイ
終身雇用の崩壊で、若手社員の給与アップってホント!?
データから“真実”を読み解くスキル
世界で始まった新“失業率”統計。日本は貢献できるか
河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学
「無職の専業主婦」呼ばわりと低賃金容認社会の闇
ハーバード流 起業マネジメント講座
「流動性のなさ」はチャンス/ハーバード教授に聞く#04
お悩み相談~上田準二の“元気”のレシピ
「どんな仕事もまじめにできる」は最高の才能だ
河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学
海外からも揶揄される貧しき長寿国ニッポン
コメント4件
47
会社が絶対に倒産しないという前提で考えていませんか。倒産しない会社は公務員ぐらいだと思いますよ。いくら大手であっても、民間企業であれば倒産リスクはあるので、企業を継続するためには、リストラでシュリンクする手法は当然にあると思います。民間企業は、非正規社員ならぬ、いわば非正規企業なので、リストラせずに頑張れるだけ頑張って、いよいよになったら会社をたたむのが良いという考え方であれば、それはそれでスジは通っています。いっその事、リストラなどせずに、一度会社を解散して、全員クビにした後、再雇用したほうがスッキリするかもしれません。その時、再雇用されない人は、リストラ候補であったと考えるのが自然であり、結果は、同じになると思います。わざわざ会社を解散して再度立ち上げるより、合理的で経済的であるので、リストラするだけであり、給料が天から降ってくるような感覚の人には永遠に理解できないように思います。
2019/10/15 05:46:511返信いいね!
•
codeblueline
本文の最初の方に出てくる「執行役員の男性」って、いわゆる会社経営の決定権を持たない管理職ってことなんでしょうが、この人達にはどういうスキルがあるんですかね?
ワタシは大企業とは縁の無い人生送ってきたんでよく知らないんですけど、こういうデカイ企業のマネジメント担当している人には、どういう研修がなされてきたのか?「新人研修」はよく聞くけど、「管理職研修」ってやってるんですか? おおよそ、本文の感じからはやってるようには見えないと言いますか、解雇される人より、この人のほうが大丈夫なんだろうか?って感じなんですがw
会社も国も、実際には経済成長なんて信じてなくて、ただ社内に居る低パフォーマンスな人達を一掃したいというのがあるんじゃないか。自分は、それはそれでしょーがないんじゃないかと思ってるんです。要はその人個人がどれだけ稼げる力を持ってるか、スキルもそうだけど、営業力とか含めての稼ぐ力があれば、たとえ追い出されたところでこういう事態は然程気にならない。
気にはならないんだけど、雇用流動化のもう一つ先、解雇規制を解除しましょうみたいな話になった時に、では解雇する側、マネジメント側の人達は、本当に人を管理したり、解雇するだけのスキルを持っているのか?っていう、そこは厳しく問われると思いますが。
2019/10/15 07:25:38返信いいね!
•
プレリタイア
働き盛りをリストラする前に、70歳役員定年の促進だね。日本の企業、団体には過去の栄光だけで高給で処遇されているやからが多過ぎる。そこも切り込んでくださいな。
2019/10/15 07:32:41返信いいね!
•
寺子屋
日本において解雇規制は非正規社員には関係なく、正規社員でも零細企業や中小企業には関係ないから、規制が厳しいというのは厳密には中堅〜大企業の正社員のみにあてはまるのが実態でしょう。日本全体では雇用をもっと守られるべき弱者が多い一方、大企業で機能せずに足を引っ張る中高年も一定数いるのだから、彼らを足して割った平均値で話をするのはあまり意味がないと思います。
2019/10/15 08:02:301
正社員「逆ギレ」も、非正規の待遇格差が招く荒れる職場
河合 薫
健康社会学者(Ph.D.)
2019年9月10日
105 84%
印刷
クリップ
全5454文字
(写真:shutterstock)
「非正規と呼ぶな!」と指示したメールが厚生労働省内に出回ったらしい。先週あちこちで批判されていたので、ご存じの方も多いと思うけれど簡単に振り返っておく。
問題のメールは今年4月に同省の雇用環境・均等局の担当者名で省内の全部局に「『非正規雇用労働者』の呼称について(周知)」という件名で通知されたもので、国会答弁などでは「パートタイム労働者」「有期雇用労働者」「派遣労働者」などの呼称を使うことを指示。「非正規」のみや「非正規労働者」という言葉は用いないよう注意を促すものだった。
また、「『非正規雇用』のネーミングについては、これらの働き方には前向きなものがあるにもかかわらず、ネガティブなイメージがあるとの大臣の御指摘があったことも踏まえ、当局で検討していた」と記載され、「大臣了」という表現もあったという。
報道を受け根本匠厚生労働相はメールの指示や関与を否定。また、厚労省は内容が不正確だとし、文書やメールを撤回している。
厚労省は、2010年版の「労働経済の分析」(労働経済白書)で、1997年と2007年の年収分布を比較し、10年間で年収が100万〜200万円台半ばの低所得者の割合が高まり、労働者の収入格差が広がったのは、「労働者派遣事業の規制緩和が後押しした」と自ら国の責任を認めていたのに……。この期に及んで言葉狩りに加担するとは実に残念である。
「非正規」の言葉を避ける“空気”が醸成されている
いったい何度、発覚、否定、撤回、が繰り返されていくのだろうか。
今回の問題を、役所の知人など複数名に確認したところ、かねてから永田町では「非 正規という言葉はイメージが悪い」「希望して非正規になっている人も多い」という意見があったそうだ。
「老後資金年金2000万円問題」が浮上し野党が行ったヒアリングでも(6月19日)、年金課長が「根本厚労相から『非正規と言うな』と言われている」と発言し、21日に根本厚労相が記者会見で課長の発言を否定したこともあった。
要するに、メールを撤回しようと何だろうと、「非正規という言葉はなくそうぜ!」という“空気”が出来上がっていたのだろう。
次ページ「非正規雇用」vs「正社員」という構造が生まれた
いずれにせよ、大抵こういった悪意なき無自覚の「言葉狩り」が起こるときは、決まって知識不足、認識不足、無知が存在する。
実際、3日の記者会見で、根本厚労相は以下のようにコメントしており、私はこのコメントの方がむしろ問題だと考えている(抜粋要約)。
「正社員に就けずにパートなどの働き方を余儀なくされている方や、積極的にパートなどの働き方を選択している方など、多様な働き方が進んでいる。単に『正規』『非正規』という切り分け方だけでよいのか、それぞれの課題に応じた施策を講ずるべきではないか、と思っている。
パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者に寄り添った政策を展開して、同一労働同一賃金の実現に向けて全力で取り組んでいく、これが私の姿勢であり、基本的な考え方です」
……ふむ。「それぞれの課題」「同一労働同一賃金」という言葉を大臣が使っているので、一見問題があるとは思えない発言だし、ご本人からはいっさい悪意は感じられない
だが、「働き方」と「働かせ方」は全くの別物である。これを混同していることにこそ、大きな問題がある。
働き方の主語は「働く人」。働かせ方の主語は「会社」だ。
「非正規雇用」vs「正社員」という構造が生まれた
パートタイムだろうと、有期雇用だろうと、派遣だろうと、はたまた正社員だろうと「働く」ということに全く違いはない。にもかかわらず、企業が非正規と正規という単なる雇用形態の違いで、
賃金が低い
残業代が出ない
産休や育休、有休が取れない
時短労働ができない
社内教育の機会がない
昇進や昇給の機会がない
雇用保険に入れない
簡単に「雇い止め」にあう、etc.etc.…
と「働かせ方」を区別したのだ。
労働基準法や男女雇用均等法で禁止されていることを企業側が理解していない場合も多く、非正規雇用者は権利があるのに行使できない。
しかも、非正規社員が雇用契約している相手は「企業」だ。ところが企業による「待遇格差」が慣例化したことで、まるで「正社員さま」と契約しているかのような事態も発生している。
「私たちが、誰のために働かされているか分かります? 正社員のためですよ。何もしない正社員のために、契約社員は必死で働かされているんです」
ある会社で非正規社員として働く女性が、こう漏らしたことがある。
次ページバカにされたくない“正社員”が契約社員を責める
彼女の職場は転勤が多かったため、出産を機に退職。その後は育児に専念していたが、転勤問題が取り上げられるようになり、人事部のかつての同僚から「もし働く気があれば、契約社員として同じ部署で働けるけど?」と誘われ、昨年、会社に復帰した。正社員だった時と比べると、年収は4割ほど下がったという。
「以前は自分の仕事が終わればさっさと帰ってしまう契約社員たちを『楽でいいよなぁ』と、腹立たしく思ったことも正直ありました。でも、いざ自分が逆の立場になってみると、契約社員の方が真面目に働いていることに気づきました。
契約を更新してもらうためには、数字で成果を出さなければならない。残業代も出ませんし、限られた時間の中で効率よく仕事をこなさなければなりません。
正社員だった時の方が楽だったようにさえ思います。とりあえずは毎月の給料は出るし、ある程度結果を出せば、昇給も昇進もありますから」
「自分が契約社員になったら、正社員の怠慢と横柄な態度も目に付くようになってしまって。例えば、契約社員が事務書類の提出が遅れると、『意識が低い』だの『モチベーションが低い』だのマイナスの評価を受けます。ところが正社員だと『ちょっと忙しくて』という言い訳が通る。上司もそれを容認するんです。
それにね。正社員ってある程度までは横並びで昇進し、仕事も任されるようになるけど、契約社員は採用される時点で会社が求めるレベルに達しているので、その意味では契約社員の方が仕事ができます。おそらくそのことを正社員も肌で感じているのでしょう。特に私のように出戻りだと、年下の正社員はなめられたくないのか、ものすごい上から目線で対応してきます。
20代の正社員が顧客にてこずっていたのでアドバイスしたら、『正社員をなめるなよ!』と言われて驚きました。同期からは『非正規は気楽でいいよな?』と言われることもあります。給料が下がっても仕事が好きで、仕事をしたくて復帰したのに……。正社員ってそんなに偉いんでしょうか」
バカにされたくない“正社員”が契約社員を責める
この女性はインタビューに協力してくれた半年後に退職。メンタル不全に陥り、「やめる」という選択肢しかなかったという。
“正社員”から冒涜(ぼうとく)された経験を持つのは、この女性に限ったことではない。
「『パートなんていつだってクビにできるんだぞ』といつも言われるんです」と嘆く30代のパート社員もいたし、上司に意見したら『契約の身分で偉そうなこと言うな!』と恫喝(どうかつ)された40代の契約社員もいた。
人は自分が満たされないとき、他人に刃(やいば)を向けることがある。自分がバカにされたくないから、他人をバカにする。そんなとき、非正規という会社との契約形態が、かっこうのターゲットになることだってある。会社が待遇格差をつけたことで、正社員が妙な優越感を持つようになり、本来の性格までゆがめてしまったのだ。
揚げ句の果てに、何か事件が起こると「非正規」だの「契約社員」だのといった雇用形態の違いに原因があるかのように利用されるようになった。
繰り返すが、その“身分格差”を生んだのは、「非正規」という言葉ではなく、企業による待遇格差だ。働かせ方の問題である。「それぞれの課題に応じた施策を講ずるべきだ」(by 根本厚労相)などとまどろっこしいことを言っている場合ではないのではないか。
これまで、政府は基本的に「待遇格差」を禁じ、「正社員化」を進める法律を制定してきたのだから、法の抜け穴を巧妙に利用し、差別をしている企業を根こそぎ罰すればいい。それだけである程度非正規の問題は解決されるはずだ。
次ページ非正規社員が正社員より給与が高い国も
実はこの“身分格差”問題は、日本の労働史を振り返ると「男社会」により生まれたことが分かる。
さかのぼること半世紀前。1960年代に増加した「臨時工」に関して、今の「非正規」と同様の問題が起き社会問題となった。
当時、企業は正規雇用である「本工(正社員)」とは異なる雇用形態で、賃金が安く不安定な臨時工を増やし、生産性を向上させた。
そこで政府は1966年に「不安定な雇用状態の是正を図るために、雇用形態の改善等を推進するために必要な施策を充実すること」を基本方針に掲げ、1967年に策定された雇用対策基本計画で「不安定な雇用者を減らす」「賃金等の処遇で差別をなくす」ことをその後10年程度の政策目標に設定する。
ところが時代は高度成長期に突入し、日本中の企業が人手不足解消に臨時工を常用工として登用するようになった。その結果、臨時工問題は自然消滅。その一方で、労働力を女性に求め、主婦を「パート」として安い賃金で雇う企業が増えた。
実際には現場を支えていたのは多くのパート従業員だったにもかかわらず、パートの担い手が主婦だったことで「パート(=非正規雇用)は補助的な存在」「男性正社員とは身分が違う」「賃金が低くて当たり前」「待遇が悪くても仕方がない」という常識が定着してしまったのだ。
非正規社員が正社員より給与が高い国も
それだけではない。
「なぜ、何年働いてもパートの賃金は上がらないんだ!」という不満が出るたびに、企業は「能力の違い」という常套句(じょうとうく)を用いた。正社員の賃金が職務給や年功制で上がっていくことを正当化するために、パートで働いている人の学歴、労働経験などを用い、能力のなさを論証することで、賃金格差を問題視する視点そのものを消滅させたのである。
私は今の非正規雇用の待遇の悪さは、こうしたパートさん誕生の歴史が根っこにあると考えている。それゆえ、とりわけ女性の非正規の賃金は低い。さらに「正社員を卒業」したシニア社員が非正規で雇われるようになり、ますます非正規雇用の全体の賃金も抑えられるようになってしまったのだ(参考記事:「他人ごとではない老後破綻、60過ぎたら最低賃金に」)。
だいたい雇用問題では、常に「世界と戦うには……」という枕詞が使われるけど、欧州諸国では「非正規社員の賃金は正社員よりも高くて当たり前」が常識である。
フランスでは派遣労働者や有期労働者は、「企業が必要な時だけ雇用できる」というメリットを企業に与えているとの認識から、非正規雇用には不安定雇用手当があり、正社員より1割程度高い賃金が支払われている。イタリア、デンマーク、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどでも、非正規労働者の賃金の方が正社員よりも高い。「解雇によるリスク」を補うために賃金にプラスαを加えるのだ。
1
2
3
4
5
シェア
シェア
URLコピー
クリップ
#マネジメント
あなたにおすすめ
河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学
他人ごとではない老後破綻、60過ぎたら最低賃金に
お悩み相談~上田準二の“元気”のレシピ
スーパーのパートは強い。パワハラ上司に今すぐ反撃せよ
Views
カネカ続報、「即転勤」認める社長メールを入手
河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学
「無職の専業主婦」呼ばわりと低賃金容認社会の闇
お悩み相談~上田準二の“元気”のレシピ
「どんな仕事もまじめにできる」は最高の才能だ
もう一度読みたい
専門用語、業界用語を平気で使っているメールは本当に迷惑
河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学
“エリート”も転落する「61万人中高年ひきこもり社会」
令和に激変!企業と個人のオープンなカンケイ
経営者必読!残業時間を減らしたって社員の士気は上がらない
コメント105件
もっと見る
MSCI KOKUSAI連動が最高!
この著者の言説には一応注目している。ただこの記事は俗論。
社会学者は労働法に無知なのが多い。
正規と非正規の待遇格差は能力に基づくものではない。
それは「契約」に基づく。
能力の高い人間を高く処遇しなければならないという法律が存在し...続きを読む
2019/09/15 15:15:032返信いいね!
アラフィフさん
正規や非正規の立場でこの問題を擁護する人も、逆の立場を経験すると考えが変わると思います。
国も企業も「働き方の多様性」を言い訳に責任を放棄して、力のない労働者にしわ寄せがきています。
正社員の流動性を高めれば、ぼろ儲けで大きくなり過ぎた派遣...続きを読む
2019/09/17 11:21:071返信いいね!
kojaro
正社員が非正規社員を、「非正規社員である」ことを理由に攻撃する場面って、お目にかかったことがないのですが、本当にあるのでしょうか?
本当に仕事ができて、協調性もある人間を馬鹿にすることは、普通の良識ある人間はしません。その正社員個人の頭がお...続きを読む
2019/09/18 09:16:161返信いいね!
3件の返信を表示
テラ2007
「同一労働、同一賃金」という考え方が間違っているのだからどうしようもない。
インテルとサムスン電子で働いている事務員は、同じ作業をしても給与に違いが出る。これが会社の力の差であって、この差を産み出しているのが正社員の力だと思います。
正社員...続きを読む
2019/09/21 09:24:26返信いいね!
1件の返信を表示
定年君
独立会社長
いつもながら河合先生のご意見に、新しい気づきをいただいています。
働き方と働かせ方は違うという視点の違い。
差別される側とする側の視点の違い。
私も定年後に会社を立ち上げ、契約で仕事を請け負っています。
一時は消費税を払うまでになりましたが...続きを読む
2019/09/23 12:44:18
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00039/
▲上へ ★阿修羅♪ > 経世済民133掲示板 次へ 前へ
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
▲上へ ★阿修羅♪ > 経世済民133掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。