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非正規就業が増えても世帯収入が増えるとは限らない理由
https://diamond.jp/articles/-/200935
2019.4.25 野口悠紀雄:早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 ダイヤモンド・オンライン
写真はイメージです Photo:PIXTA
非正規就業者が増えている。これは、一見したところ、世帯の収入を増やすように思われる。
なぜなら、世帯主の収入に非世帯主の収入が追加されるように思われるからだ。
しかし、それは、世帯主が正規就業者であり続けると仮定した場合のことだ。
実際には、以下で見るように、世帯主が非正規就業者である場合もあるし、正規就業者であった者が非正規就業者になる場合もある。
そうした場合には、非正規就業者の増加は、世帯収入の増加を意味するとは限らない。むしろ、減らす場合もあるのだ。
これは、平均値だけを見ていては分からない日本経済の実態である。
非正規就業の状況を
推計する
このことを確かめるために、以下では、つぎの3つの比率a、b、cを推計することにしよう。
全世帯数をNとし、世帯主のうちaN人は正規就業者となり、(1−a)N人は非正規就業者になるとしよう(すなわち、世帯主の就業率は100%であると仮定する)。
そして、世帯主の配偶者のうちbN人が正規就業者になり、cN人が非正規就業者になるものとする。
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ところで、統計ではつぎの数字が分かっている。
以下では、これらを「現実値」と呼ぶこととし、以下に示すモデルの計算値がこれらに近くなるようなa、b、cの値を求める。なお、これらの現実値は、現実経済の姿を平均値で示したものだ。以下の作業は、これらの平均値では分からない現実経済の姿をa、b、cというパラメータで表し、それらの値を求めることである。
(1)毎月勤労統計調査(2019年2月)によれば、パートタイム労働者の比率(事業所規模5人以上)は、19年2月で31.5%である。したがって、一般労働者(パート以外の労働者)の比率は68.5%だ(この値を以下ではdで表わす)。
(2)毎月勤労統計調査(19年2月)によると、調査産業計で、現金給与総額を年額にすると、一般労働者で411万円だが、パートは114万円だ。つまり、パート給与は一般労働者の27.7%だ(この値を以下ではeで表わす)。
これに加えて、つぎのことが分かっている。
(3)家計調査によれば、2人以上の世帯のうち、勤労者世帯の1ヵ月当たりの世帯員全員を合わせた定期的に入る現金収入(経常収入)は、18年に55.0万円(年間660.0万円)だ。
そのうち世帯主の収入は42.6万円(年間511.2万円)、世帯主配偶者の収が7.3万円(年間87.5万円)である。
世帯主の配偶者の収入は世帯主の収入のf=17.1%だ。
世帯主の中にも
非正規就業者がいる
以上の体系では異なる統計を合わせて用いているので、a、b、cについて現実的な値の解が得られるとは限らない。
そこで、(2)のeの値(27.7%)を所与として与えた場合に、(1)と(3)が満たされるためには、a、b、cはいかなる値である必要があるかを、数値計算で見ることにする。
上の体系で、変数が満たすべき条件を書くと、補論に示す(イ)式(全就業者のうちの正規就業者の比率)と、(ロ)式(世帯主収入に対する配偶者の収入の比率)が得られる。
まず、a=1、b=0、c=0.5の場合(世帯主は全員正規就業者で、配偶者の半分が非正規になる場合)を考える。
このときは、d=0.67となって、上の(1)で述べた値(d=68.5%)に近い値になる。しかし、f=0.14となって、上記(3)の現実値(f=17.1%)より低くなってしまう。
そこで、配偶者の収入の比率を高めるようにa、b、cを調整する必要がある。ところがcが0.5より高いと考えると、経済全体としての正規就業者の比率dが現実の値より低くなりすぎてしまう。
したがって、bが0より大きいと考えざるを得ない。つまり、配偶者が正規就業者である場合もあると考えざるを得ない。
この場合に、経済全体としての正規就業者の比率dが現実の値より高すぎないようにするには、世帯主にも非正規がいると考えざるを得ない。
つまり、aの値は、1より小さいと考えざるを得ないのである。
例えば、つぎのような組み合わせを考える。
a=0.9、b=0.1、c=0.3
この場合には、d=0.71、f=0.20となって、現実に近い値が得られる。
以上の分析で重要なのは、dやfに関する統計の値を前提とする限り、「世帯主の中にも非正規労働者がいると考えざるを得ない」ということである。
このことは、以下で述べるように重要な意味合いを持つ。
配偶者の就業率が高まっていることは、世帯としての収入を増やしていると考えられるかもしれない。
確かに、後で見るように平均では世帯収入は増加している。
しかし、個々のケースを見れば、そうではない場合もあり得るのだ。
なぜなら、非正規就業者は世帯主の配偶者とは限らず、世帯主自身が非正規就業者になっている場合があるからだ。
従来は正規従業者だった世帯主が非正規になった場合には、世帯の収入はむしろ減ることになる(実際、後で述べるように、世帯主の収入の伸び率は低い)。
なお、世帯主も配偶者も正規という世帯もあるだろう。そのような世帯の収入は多い。
しかし、他方で、世帯主も配偶者も非正規という世帯もあるのだ。そうした世帯の収入は少ない。
これが現実の姿であるとすれば、世帯間の収入格差は、平均値で見る正規・非正規の収入の差より大きいわけだ。
世帯主の収入が伸びないので
配偶者が働く
家計調査によれば、2人以上の世帯のうち、勤労者世帯の1ヵ月当たりの経常収入は、第二次安倍政権が始まった2012年から18年の間に7.8%増加したが、世帯主の収入は3.8%増加したにすぎない。
それに対して、世帯主の配偶者の収入は、22.2%増加した。
このことは、上で述べたような姿(世帯主にも非正規がいる)が現実的であることを示唆している。
世帯主の収入の伸びが3%程度しかないので、主婦がパートで働く。しかし、低賃金だから、貯蓄が増えるだけで消費は増えず。したがって、小売業や飲食サービス業に減量経営を強いることになる。
こうして放出された労働者が、他の企業に低賃金労働を提供することになり、結局のところ、企業の利益を増やすだけの結果になっている。
なお、非正規労働者の場合には、1人が複数の事業所で短時間ずつ働いているケースも多いと言われる。その場合には、1人当たりの収入は、ここで見たよりは多くなるだろう。
しかし、仮にそうしたケースが多いとすれば、cの値はかなり高くなるはずだ。ところが、上で見たように、c=0.3という比較的低い値で現実の統計値が説明できる。
これから考えると、同一労働者が複数の事業所で働いているという効果は、それほど大きくないと言える。
統計は、日本社会が直面する問題に
情報を与えていない
以上で書いたことは、仮説にすぎない。それが現実に観測されるデータと矛盾しないということである。実際の姿がこうなっているという保証はない。
本来は、以上で検討したa、b、cなどに関するデータが収集され、公表されていることが必要である。
そうした情報は、高齢者の定年延長や女性の就業、あるいは外国人労働力の受け入れ問題を考える際に不可欠のものだ。
だが現実の統計は、こうした問題を考える上で不十分だと言わざるを得ない。
また、現在、公表されている統計も、正規労働者の定義が統計によって異なるなどの問題がある。これらは統一すべきだ。
統計の問題は不正調査の問題だけではない。現代社会の要請に合うものになっているかどうかを議論する必要がある。
<補論>
本文中で定義した変数を用いると、就業者総数はN+(b+c)N人、正規就業者の総数は(a+b)N人である。
したがって、全就業者のうちの正規就業者の比率をdとすれば、
(a+b)÷[1+(b+c)]=d (イ)
となる。
つぎに、正規就業者の1人当たり給与をYとする。非正規就業者の1人当たり給与は、毎月勤労統計調査の結果を参照して、正規就業者のe=27.7%であるものとする。
世帯主の総収入は、[a+e(1−a)]NY、世帯主の配偶者の総収入は、(b+ec)である。他方、家計調査によれば、世帯主の配偶者の収入は、世帯主の収入のf=17.1%だ。したがって、
(b+ec)÷[a+e(1−a)]=f (ロ)
となる。
(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄)
#非正規 就業者の増加は、#家計の収入 を増やすと考えられている。しかし、実際には、#世帯主 が非正規である場合や、それまで正規だったのが非正規になる場合もある。その場合には、非正規の増加は家計の収入を増やすとは限らない。https://t.co/wkFQaUSphs
— 野口悠紀雄 (@yukionoguchi10) 2019年4月24日
野口悠紀雄
— よーま/富樫賢一 (@yoma_kenichi) 2019年4月24日
>確かに、後で見るように平均では世帯収入は増加している。
しかし、個々のケースを見れば、そうではない場合もあり得るのだ。なぜなら、非正規就業者は世帯主の配偶者とは限らず、世帯主自身が非正規就業者になっている場合があるからだ。 https://t.co/lXVabwiO31
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