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給料が増えない真因は零細から大中企業へ供給された「低賃金労働力」
https://diamond.jp/articles/-/198124
2019.3.28 野口悠紀雄:早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 ダイヤモンド・オンライン
Photo:PIXTA
アベノミクスの6年間は企業規模によって売上高の伸びに格差があり、これが従業員の企業間移動をもたらしたと、前回(2019年3月21日付け)の本コラム「大企業の著しい利益増加は零細企業の惨状よ人件費抑制が原因だ」で述べた。
前回は資本金10億円以上の企業と2000万円未満の企業について、売上高や利益、人件費などを比較したのだが、今回は全体の状況を見よう。
それによると、「小企業」で売り上げが停滞ないしは減少し、人員削減が進められた。これによって、大中企業に低賃金労働力が供給されることになった。
この結果、大中企業で賃金上昇が抑えられ、それが利益増をもたらしたのだ。
これは、人手不足がいわれるなかで平均賃金が上昇しない理由でもある。
資本金5000万円を境にして
売り上げや利益、賃金の状況が異なる
図表1は、売り上げと利益が、第2次安倍政権がスタートした2012年10〜12月期と、18年10〜12月期の間にどのように変化したかを、全産業について企業規模別に示している。
この図から、資本金5000万円を境にして顕著な差があることが分かる。そこで、以下では、資本金5000万円以上の企業を「大中企業」、5000万円未満の企業を「小企業」と呼ぶことにする。
まず売上高の状況を見ると、「大中企業」では12年10〜12月期から18年10〜12月期の間に順調に増加した。
ところが、「小企業」の売り上げは、この期間に停滞ないしは減少している。
前回も述べたように、消費税率の引き上げを考えれば、これは実際には売り上げが減少したことを意味する。しかも、売上原価は増加している。
このため、「小企業」は極めて苦しい状況に直面したことになる。
人員や賃金、人件費も資本金5000万以上と以下で大きな違いがある(図表2)。
すなわち、「大中企業」では人員が増えているが、「小企業」では減少している。
賃金(人員1人当たりの人件費)は、2000万円以上5000万円未満で上昇したが、それ以外ではほぼ不変だ。
「小企業」で売り上げ伸びず、
人員が削減された
売り上げの状況と人員の状況は、以下のように密接に関連していたと考えられる。
(1)「小企業」では、売り上げが伸びず、他方で人手不足にも直面する。そこで、人員を削減して縮小均衡を図った。このために、従業員数が減少したのだ。
(2)「小企業」から放出された労働力は、「大中企業」に移動したと考えられる。
「大中企業」では売り上げが増大したので、従業員数を増やした。「小企業」から放出された労働力が、その供給源となった。
「大中企業」は、これ以外に、主婦のパート労働者や外国人労働も採用したと考えられる。
これによって、「大中企業」では、増大した売り上げに対応して事業を拡大できた。
ところが、低賃金労働が流入したので、従来から就業している労働者の賃金を下げなくても(あるいは上げても)、大企業の平均賃金は低く抑えられることになる。この結果、利益が増大した。
このように、利益は人件費圧迫で実現したのであり、イノベーションや新事業によってもたらされたのではない。
「大中企業」に
低賃金労働力が供給された
C欄に示すように、人員は「大中企業」で259万3053人増え(D欄に示すように、14.2%増)、「小企業」で135万5069人減った(同7.7%減)。この違いは、かなり大きい。
この結果、人員は、12年10〜12月に「大中企業」の1776万1126人と「小企業」の1767万6822人がほぼ同数だったが、18年10〜12月には「大中企業」の人員が2035万4179人に増え、「小企業」の1632万1753人のほぼ、1.25倍になった。
中でも増加が著しかったのは、1億円以上10億円未満の企業だ(同17.6%増)。これは、図表1で見たように、この規模の企業の売り上げ増加率が高かったからだ。
ここで、「『小企業』の労働力が『大中企業』に移ったときに、賃金が『小企業』にいたときと変わらない」という基本的な仮説を立てよう。
「小企業」で整理された労働者としては、「大中企業」で職が得られれば、賃金が上がらなくともそれを受け入れるだろう。だから、上の仮説は現実的なものと考えられる。
では、この仮定は、どのような効果を持つだろうか?
まず、賃金の状況を見ると、図表4に示すように、「小企業」の四半期ごとの平均の賃金(18年10〜12月期で1.072百万円)は、「大中企業」の平均賃金(1.473百万円)の約7割でしかない。これは、大きな差だ。
したがって、仮に「大中企業」の人員の1割にあたる労働者が流入すると、「大中企業」の平均賃金は約3%下がることになる。この場合には、仮に「大中企業」の従来からの従業員の賃金が3%上昇しても、平均賃金の伸びはほぼゼロに抑えられることになる(注)。
(注)2012年の人員をN、賃金をwとする。18年には、これに0.1N人が加わる。彼らの賃金は0.7w。したがって、従来からの従業員の賃金が不変の場合には、賃金総額は(Nw+0.1N×0.7w)となり、従業員数は1.1Nとなる。したがって、平均賃金は、0.973wとなり、約3%下がる。
従来からの従業員の賃金が0.3%上昇すれば、賃金総額は(1.03Nw+0.1N×0.7w)となるので、平均賃金はwで不変だ。
平均賃金は上がらないが、
誰も大きな不満を持たない
これに関して、シミュレーションをしてみよう。
図表5ケース1では、「大中企業」に2012年にすでにいた従業員(A)の12年から18年への賃金上昇率(a)を4.3%とし、「大中企業」が12年以降に採用した従業員で、12年に「小企業」にいて「大中企業」に移動した従業員(B)以外のもの(C)の賃金上昇率は2%であるものと仮定した。
この場合の「大中企業」の平均賃金上昇率を計算すると1.5%となり、実際の値(1.4%)と近い値になる。
つまり、(B)の従業員の賃金が「小企業」にいたときと変わらなければ、(C)の従業員にある程度の賃金上昇を認めても、なおかつ、「大中企業」に元からいた従業員(A)に対して、4%を上回る賃金上昇率が実現できるのである。
(C)の従業員の賃金上昇率を4%というかなり高い値にしても、(A)の賃金上昇率は4%を超えられる(ケース2)。
仮に(C)の賃金上昇率を0%に抑えられるなら、(A)の賃金上昇率は4.4%近くにまでできる(ケース3)。
上記のケースのいずれにおいても、どの階層の人も、賃金が下がったという感じを持たないだろう。つまり、誰もあまり大きな不満を持たないだろう。
しかし、平均賃金はあまり上昇しないのである。平均賃金が上昇しないから、消費不況から脱却できないのだ。
新しい「二重構造」を
統計が捉えていない
古典的な経済発展論によれば、農村に膨大な量の過剰労働力が存在し、工業化が進展するときには、そこから安価な労働力が供給される。
1950〜60年代の日本がそうだった。現代でも、ごく最近までの中国がそうだ。
この場合には、中心産業が農業から工業に転換するため、経済全体の生産性が上がり、経済が成長する。その意味では、農村から供給される労働力は、経済成長の原動力になったと言える。
現在の日本で起きているのは、それとは似ているが異なるものだ。
まず、供給源は農村ではなく、小企業・零細企業になっている。
ここに低賃金の労働力が存在している。売り上げ減少に直面した企業が減量経営を行なうことによって、これらの労働力は過剰労働力となって放出される。それが「大中企業」に吸収される。
こうしたメカニズムが働くので、人手不足であるにもかかわらず、賃金の上昇が抑えられる。
こうした小・零細企業から供給される労働力と、女性のパート労働や外国人労働力がどのような関係になっているのかは明らかでないが、こうしたメカニズムが現在の日本の賃金構造の根底にあることは間違いない。
なお、法人企業統計で把握されている従業員数は経済全体の就業者の半分程度でしかない。残りの半分程度は、ここで見ている小企業や零細企業と同じか、あるいはそれ以下の状況にあるものと推察される。
それを考えれば、日本経済の低賃金労働力の供給源は、まだまだ大きいことが分かる。
ところで、現在の日本の賃金統計や労働統計は、ここで書いてきたような労働力の移動を、直接には捉えていない。
労働者が実際にどのように移動したか、そして賃金がどうなったかは、統計では直接には分からない。それを確かめるには、ここで行なったように、仮説を立ててデータと矛盾しないかどうかをチェックするしかない。
ここで示した基本的命題、すなわち、「小・零細企業が低賃金労働者を供給し、それによって誰もが満足し、しかも賃金が大きく上昇しない状況がもたらされた」ということは、大いにあり得ることである。
また、そう仮定しても現実のデータと矛盾しないというだけのことであって、実際にそうしたことが起きていることをデータが直接に捉えているわけではない。
したがって、現在の統計を表面的に見ても、労働市場で生じている変化を的確に捉えることはできない。
有効求人倍率や失業率に現れているのは、小・零細企業の状況である。ここでは確かに人手不足が生じている。
ただし、大企業などでは、ここで描いたような状況が正しいとすれば、それほど深刻な人手不足が生じていない可能性がある(現実、事務系職員については、人が余っている)。
ところが、こうした状況は、有効求人倍率や失業率には、あまりはっきりとは現れない。
現在、国会などで議論されている毎月勤労統計調査の不正問題は、確かに大きな問題だ。ただし、問題はそれだけではない。
統計の取り方を社会の要請に合わせて変えていく努力もなされなければならない。それにもかかわらず、こうした議論はまったく行われていない。
(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄)
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