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日本が中国を見下していた頃も中国はそれなりに凄かった
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190302-00000004-moneypost-bus_all
マネーポストWEB 3/2(土) 16:00配信
2005年当時の中国・大連のビーチ。まだフェイスマスクをしている人は見かけなかった
今では中国は世界2位の経済大国として大きな存在感を見せているが、少し前までは「人口だけはものすごく多い発展途上国」という印象を持っていた人も少なくないだろう。2000年代初頭の頃までは、ネットもマスコミも、中国を日本の“一段下”に見る風潮があった。では、当時の中国の実態はどんなものだったのか。2005年に中国・遼寧省の大連を取材したネットニュース編集者の中川淳一郎氏が当時の様子を振り返る。
* * *
昨今「日本は中国に追い抜かれた」的な言説もよく聞くようになりましたが、まぁ、そこまで自信を失わないでいいでしょう。しかし、2000年代初頭の中国の扱いについては、テレビのワイドショーを筆頭に「パクリ大国」的な扱いと不衛生の文脈のものばかりでした。ネットもマスコミも、中国を見下すべき対象として見ていたように思います。
では、当時の中国はそんなにヒドい国だったのでしょうか。私は2005年に大連に行ったのですが、正直、トイレを除き、完全に進んでいたと思います。バカにするレベルではありませんでした。そして人々は親切でしたし、向上心があり、特に「反日」の感じはありませんでした。まぁ、この頃はサッカーのアジア大会(2004年)で日本代表が大ブーイングをくらったりした後なので、こちらもビクビクしながら行ったのですが、嫌がらせを受けたりすることは一切ありませんでした。
この時は、PCメーカー・日本HPのコールセンターが大連にできたため、その取材に行ったのです。当時はDELLも大連にコールセンターを作り、増える日本のパソコン需要に応えようとしていました。
元々中国といえば、格闘ゲーム『ストリートファイターII』に出てくる風景のように、自転車がそこらへんを行き交っているというイメージがありました。或いは横並びになった自転車が大量に走りだしたり……。しかし、行ってみると案外欧州車は多いですし、日本車も多い。自転車だらけということもありませんでした。
当時、日本HPは人件費の安さと中国人労働者の優秀さから大連を選んだと言っていました。また、ITと中国語というこれから伸びる分野を学びたいと考える社員も獲得したいという意向があり、その実態を私は取材させてもらったのです。実際、当地を案内してくれた中国人の社員は実に丁寧で日本語も上手でした。そして、当地で働く日本人も、向学心を持った人々ばかりでした。
唯一トイレで感じた「まだまだ発展途上なんだな…」
格安の寮も完備されたこうした外資系企業に勤める人々は当地ではかなりの「エリート」だったということもあるのですが、当時「発展途上国」と感じることはほぼなかったです。当然パクリのDVDなどは売られていたものの、道は広くきれいに掃除されており、レクリエーション施設も整い、ビーチでは多くの人が海水浴を楽しんでいました。
数年前、中国のビーチでは、日焼けをしたくない女性が謎のマスクをかぶる映像が日本のテレビで話題となりましたが、当時はまだありませんでした。私も、アジアカップの大ブーイングがあったため、中国に対する呆れも多少あり、どこかで「日本よりも遅れた中国」を見つけようという意地悪な目で見ていたものの、それはあまりなかったです。
実際にHPのコールセンターの取材をしてみると、中国人従業員は日本語が堪能で、仕事場でも各人の机にはパーテーションがあり、PCと電話も各自ついている。私がかつて働いていた会社では、パーテーションがなく、さらには乱雑過ぎる机の人も多かっただけに、これだけでも「中国のオフィス、すげー!」と思いました。しかも、昨今のアメリカのIT企業に見られるように、広大なカフェテリアのビュッフェ方式で好きなだけ食事を摂ることができるのです。宿泊したホテルも5つ星のシャングリラホテルですから、快適そのもの。
外食も初日の高級羊鍋店は、横浜の中華街の高級店に行ったような感じで、清潔感もありました。ただ、翌日の飲み会で行った、地元の人しか来ない羊の串の店は若干様相が異なっていました。この時の様子を、当時一緒に行った雑誌『テレビブロス』の木下拓海編集者は次のように振り返っています(https://cakes.mu/posts/2710)。
〈木下 ちなみにその店のトイレは穴掘っただけのやつで、しかもその穴から山盛りになったウンコがはみ出してるんです。全人生で見たどのトイレよりも汚かった。その穴の周囲には鶏のケージが大量においてあったんですが、大酒飲み対決が終わった直後、中川さんがフラーっとトイレのほうに行ったと思ったら、トイレの方向から急に「バターン!」って大きな音と「コケコケッ!」っていう鶏の声が聞こえてきたんです。「まさか!」と思って見に行ったら、崩れたケージの山の中に、鳥フンと羽毛と人糞だらけになった中川さんが大の字になってぶっ倒れていたんです。〉
この時のトイレだけが、大連で感じた「あぁ、まだ発展途上なんだな……」という瞬間でした。
「無形のサービスの部分でまだまだだね」
あれから13年後、再び大連ではないものの中国に行ってみたら、決済システムも鉄道もかなり進んでいました。しかしながら、香港から深センに行くにあたり、高速鉄道のチケットを窓口で買おうとしたところ、4人分買うのに40分もかかってしまった! 担当者がクレジットカードを通す機械に慣れていなかったり、日本人の名前をローマ字入力するのに手間取っていたのです(それにしても遅すぎだが……)。
そこから手荷物検査等があるので指定の時間に間に合わないと思い、「次の列車にしないでもいいのか?」と聞いたら、「そのまま行け」と言われました。えっ? もしかしてあなたの不手際をこの先の担当に伝えてくれるの? なんて思ったのですが、これは大甘です……。
案の定、こちらを疑い過ぎる荷物検査と出国手続き(一応香港を出て本土に行く場合、外国人はその手続きをしなくてはならない)に手間取り乗車する予定だった列車には間に合いませんでした。
窓口担当者の「大丈夫」という言葉を信じたためにこうなってしまった……。次の列車に乗るための券に変更してもらおうとしたのですが、最初の窓口では「完全に新しいものを買え。これがルールだ」と譲らない。頭が固い人だと思い、別の窓口に行き「お前のところの従業員のせいでこうなった」と文句を言ったところ半額で次のチケットを売ってやる、と言う。これにも不満は大ありですが、前の窓口との落差には感謝し、この条件でチケットを買い、無事乗車できました。
同行の日本人男性が「いくら中国が発展しようが、無形のサービスの部分でまだまだだね」と言っていたのが印象的です。しかし、だからといって過度に十数年前の中国を見下す必要はなかったと思っています。あの時に大連に行った身からすると「あの時、中国をバカにしていた日本人、ゴーマン過ぎませんでしたか?」と思います。
日本が中国を見下していた頃も中国はそれなりに凄かった https://t.co/0hiVqZXamg#マネーポストWEB
— マネーポストWEB (@moneypostweb) 2019年3月2日
発展完了国は存在せず全ての国は
— arai_beta (@11point2km_s) 2019年3月2日
発展途上にある。
って考えれば、どこの国にも将来性はあるし、見下す側と見下された側が入れ代わることも、またある。
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パクリばかりと思ってても見た目とは分からない精巧な物を作る技術力は裏を返せば精巧な物を作れる技術力があるって事だからね。
— 寅年生まれのゆうじ (@1985_god_bass) 2019年3月2日
パクって昇華させられたらマジで太刀打ち出来なくなるわ。
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