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景気判断が"まわりくどい文章"になる理由
butやhoweverの多用で機械を欺く
マネー 2019.2.18 #投資・金融商品 #プログラム売買
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第一生命経済研究所 主任エコノミスト 藤代 宏一
• PRESIDENT Online
各国の中央銀行が出す「景気判断」は、文章に留保条件が多く、まわりくどい。それはなぜか。ひとつは、当局が自らの情報発信が市場の混乱を招くことを恐れているからだ。最近では、記者会見で発表されるキーワードで自動発注するケースが増えており、当局は神経を尖らせている。なかでも厄介なのは急激な市場変動を引き起こすとされる「プログラム売買」への対応だ。一体なにが起きているのか――。
プログラム売買の“暴走”が引き起こすもの
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Luka Banda)
年末年始の株価下落、為替の大幅な変動には肝を冷やした。特に衝撃的だったのは日本が正月休みの真っ最中の1月3日に起きたドル円のフラッシュクラッシュ。わずか数分の間に109円近傍から104円台まで円高が進行するという異常事態に見舞われた。為替は1日で1%変動すれば大きい方なので瞬時に4%も下落するのは、文字通り瞬間的に相場が壊れるという状況である。FX投資家等のトレーダーからすれば“落ちるナイフを掴む”ような感覚だっただろう。
こうしたフラッシュクラッシュは、かつては大量注文の誤発注にその原因を求めることが多かったが、最近はコンピューターを駆使したプログラム売買(機械取引とも言う、類義語は自動売買、システム売買など)の“暴走”が原因であるとの指摘が多い。またフラッシュクラッシュに限らず、株価や為替の不可解な変動にもこうした取引が背景にあるとされている。
株価がこれまでの経験則で説明のつかないほど割安な水準に下落したり、テクニカル分析において重要な節目をあっさりと突破したりする背景には、コンピューターによる無機質な売買の存在が指摘されている。そこで本稿では、どういった種類のプログラム売買が存在するかを整理し、またそれらが“暴走”する引き金を探す。
多岐にわたる「プログラム売買」の手法
まず一口に「プログラム売買」と言っても、その手法は多岐にわたる。最も身近なのはFX取引で一般的に用いられている「ロスカット」だ。強制的に損切り決済(反対売買)を執行する値段をあらかじめ設定し、そこに到達した瞬間にコンピューターが自動的に売買注文を出すというシンプルなプログラム。主として実現損が小さいうちに取引を終了させる目的で使われ、FX等の証拠金取引では、証拠金が枯渇する寸前の水準で、決済注文が発動されるよう設計されている。
これの応用版が「トレンドフォロー」や「モメンタム」と呼ばれる類の取引。実現損を抑えるロスカットとは異なり、機会損失を最小限に抑える目的で使われることが多い。機会損失とは、端的に言えば「買い逃しによるもうけ損ない」である。たとえば、ある株式が業績の上方修正などで上昇が勢いづいた場合、その波に乗り遅れないよう、そのトレンドに従って買い注文を入れる。
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1月3日の「フラッシュクラッシュ」の一因
1月3日の「フラッシュクラッシュ」の一因
こうした取引は、しばしば相場急変動の「主犯格」となる。ロスカットはFX取引で多く用いられていることから、1月3日のフラッシュクラッシュの一因であることは間違いない。100、105など区切りの良い水準(5の倍数)を跨いだりすると、その値段に設定されていた損切り注文が次々に執行され、ドミノ倒し的に値が崩れる。
また、たった数日のうちに株価が30%も上昇するようなケースでは、「トレンドフォロー」や「モメンタム」による売買が関係している可能性が濃厚だろう。これら相場追従的な売買は、買いが買いを呼ぶ展開に発展しやすく、相場を一方的に押し上げる傾向がある。もちろん、トレンドフォローは売りのタイミングを逃さない目的でも使われる。そのため、下落に拍車をかけることも多い。
ここからは少し専門的になるが、「リスクパリティ」と呼ばれる戦略が相場変動を増幅しているとの指摘も多い。ここでいうリスクとは変動率(正確には標準偏差)を指す。国内外の株式、国債、社債などの、各アセットのリスク量を合計した「総リスク量」が一定となるようコントロールすることで、運用資産の大幅な変動を回避する運用手法だ。年金やバランスファンドなどが活用しているという。
そうした運用は、株価のボラティリティ(=リスク、標準偏差)が高まると、株式のウェイトを落とす(同時に債券等のウェイトを上げる)ことで、ポートフォリオ全体のリスク量を一定に保つよう設計されている。そのため、多くの投資家が似たような戦略を採用すると、ボラティリティ上昇と株価下落が相互連鎖的に勢いづくことになる。
米国株のボラティリティを示すVIX指数(恐怖指数)が、安定・不安定の節目である20を越える局面で株価が下落する傾向にあるのは、まさに株価の変動を嫌って株式から資金流出が起きていることを物語っている(図表1。日経平均もほぼ同様の関係)。
(画像=藤代宏一)
記者会見の発言をコンピュータに聞き取らせて売買
コンピュータを駆使した戦略としては「イベント・ドリブン」と呼ばれるものがある。これは中央銀行が発表する声明文(政策要旨)を瞬時に読み取るなどして、それらが発表された瞬間に売買注文を出したりするもの。例えば、日銀が発表する声明文では“政策金利”“引き下げ”といったキーワードを読み取り「利下げ」を解読し、その瞬間に円を売ったり、債券を買ったりする。また、低金利が業績圧迫要因になる銀行株を売ると同時に、金利低下の追い風を受ける不動産株を買ったりするケースもある。
文字だけではなく、FRB議長の記者会見などの要人発言をコンピューターに聞き取らせて売買注文を出す投資家もいる。かつてはグリーンスパンFRB議長(1987年〜2006年)の書類ケースの厚さから政策変更を読み取ろう(分厚いのは政策変更を説明するための書類がたくさん入ってる説)というクラシックな手法もあったが、現在はコンピューターによる音声認識が使われている。
直近では1月4日にパウエル議長が「patient」という言葉を使った瞬間に株価が上昇する場面があった。この「patient」は、投資家とFRBの間でのみ通じる一種の合言葉のような存在で、FRBが金融引き締めを急がずに辛抱強く待つという含意がある。「patient=株買い注文」となる訳だ。
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「but」と「however」を多用した文書
「but」と「however」を多用した文書
一方、こうしたコンピュータによる音声や文字の自動認識の存在は、金融当局にとっては厄介な存在だろう。自らの情報発信が市場変動を増幅してしまう恐れがあるためだ。少し前の話になるが、量的緩和第3弾の縮小時期を模索していた2013年9月のFOMC声明は、FRBがそうした“誤解”を恐れていたのではないかと勘繰りたくなるような文章があった。普段は分かりやすさを重視する景気判断の文書で、たった2パラグラフに逆説の「but」と「however」が6回も登場したことがあった。
その数カ月前の2013年5月にバーナンキFRB議長が「Tapering」という単語を発した途端に金融市場が大荒れとなった経緯があるので、断定的な表現を極力避けたかったのだろう。この頃の金融市場では「量的緩和終了=株価下落」という思考パターンが少なからずあったため、それを示唆するような単語の並びになっていれば、声明文発表と同時に株価が大幅に下落することが十分に考えられた。FRBがそうした市場の反応を警戒していた可能性があるだろう。
現在、FRBは金融引き締めの終了時期を巡って、金融市場と神経質な会話をしている。1月FOMCから得られた情報から判断すると、6月頃までは利上げが休止されそうだが、今後、利上げ再開を模索する局面がもし訪れるなら、その際は(FRBが市場の急変動を恐れ)コンピュータが混乱するような“まわりくどい文章”や“留保条件”だらけの文章になる可能性がある。直近の声明文に逆説のbutは多用されていないが、FRBが“恐る恐る”利上げに踏み切る時、再びbutが登場するかもしれない。
市場の構造を劇的に変えたとは言い切れない
こうしたプログラム売買の席巻によって「最近は機械が支配したせいで、乱高下が大きくなってしまった」「もはや生身の人間は相場の混乱に飲み込まれてしまう」という嘆き声もある。しかしながら、金融市場の分析において思い込みは禁物だ。
たしかに相場の不可解な変動が増えた印象はあるが、意外なことに日本株の変動がここ数年で大きくなった証左はない。日経平均株価が1日に3%以上の変動を記録した日は2018年に7日あったが、これは2010‐12年平均の3.7日より多いものの、2016年の20日よりは大幅に少なく、2017年に至ってはゼロであった。データをみる限り、プログラム売買が日本株市場の構造を劇的に変えたとは言い切れない(図表2)。
(画像=藤代宏一)
藤代 宏一(ふじしろ・こういち)
第一生命経済研究所 主任エコノミスト
2005年、第一生命保険入社。2008年、みずほ証券出向。2010年、第一生命経済研究所出向を経て、内閣府経済財政分析担当へ出向。2年間経済財政白書の執筆、月例経済報告の作成を担当。2012年、副主任エコノミストを経て、後第一生命保険より転籍。2018年、参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。担当は、金融市場全般。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。
(写真=iStock.com)
https://president.jp/articles/-/27635?page=3
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