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2019年2月14日 野口悠紀雄 :早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問
「総雇用者所得が増えた」のは女性や非正規の就労数が増えたから。賃金は低下した
毎月勤労統計の不正調査発覚を機に、国会で、実質賃金を巡る議論が続いている。
野党は、「実質賃金の伸びはマイナスだから、アベノミクスは失敗した」としている。
それに対して、安倍晋三首相は、「総雇用者所得が増えているから、アベノミクスは効果を上げている」と主張している。
総雇用者所得が2018年に急に増えたのは事実だ。しかし、それは女性の非正規就業者数が増えたからだ。それによって平均賃金が押し下げられた。
だから、総雇用者所得の増加は、望ましい結果をもたらさなかったことになる。
なおこれは、配偶者特別控除が拡大されたことの影響と考えられる。したがって、1回限りの効果だ。
総雇用者所得は
2018年に確かに増えた
安倍首相が言っている「総雇用者所得」とは、「毎月勤労統計調査」の1人当たり名目賃金(現金給与総額)に、総務省「労働力調査」の非農林業雇用者数を乗じたものだ。(「(参考)毎月勤労統計の従来の公表値に基づく総雇用者所得」備考)。
この指標は、政府が毎月の景気情勢を分析している月例経済報告で用いられている。
この推移を示すと、図表1、図表2に示すとおりだ。
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図のように総雇用者所得が、2018年に急に増えたのは、事実だ。名目で増えただけでなく、実質でも増えた。
だだし、言うまでもないことだが、賃金と、それに雇用者数を乗じた総雇用者所得とは別の指標だ。
野党は「実質賃金の下落が問題だ」と言っているのだから、それに対して「雇用者総所得を見れば増えている」と言っても、答えたことにはならない。議論はすれ違っている。
これは、「プラトンはさておき、ソクラテスは」と言われる論法である(試験で「プラトンについて述べよ」という問題が出たが、ソクラテスのことしか勉強しなかった学生がこう言ってソクラテスについて述べたという話)。
問題は、18年に起きた現象をどのように解釈するかだ。
以下で見るように、問題の本質は、女性や高齢者が増えているために賃金が下がることなのである。
これは、後で見るように困窮度の高まりと解釈できる。したがって、望ましいことではない。事実、18年の実質消費はほとんど増えていない。
増えたのは女性と高齢者であり
非正規雇用だ
総雇用者所得が増加している主たる原因は、就業者数が増加していることである。
この状況を労働力調査で見ると、以下のとおりだ。
まず、図表3に示すとおり、就業者数の対前年伸び率が2018年に急に上昇した。
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また図表4に示すとおり、65歳以上はもともと伸び率が高かった。
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18年に大きな変化が見られたのは、図表5に示す女性だ。それまで対前年比1.5〜2%の増加だったのが、2%を超える高い伸びになった。
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これが、18年に雇用者総所得の伸び率が急に高まった原因である。
就業者数の伸び率が高まったことで、賃金にどのような影響を与えるかを見るために、正規・非正規の区別で見てみよう。
図表6に示されているように、就業者数が増えたのは、非正規である。
正規と非正規で15年以降、伸び率に傾向的な差は見られなかったが、18年には、非正規の就業率が顕著に上回った。
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このように、18年は、他の年に比べて、女性の就業者と非正規就業者が急に増えたのである(これらは重さなっている。つまり、女性の非正規就業者が増えたのだ)。
ところが、この賃金は、平均より低い。したがって、平均賃金が下落したのである。
女性の就業が急に増えたのは
配偶者特別控除の拡充のため
女性の就業者が2018年に急に増えたのはなぜだろうか?
これは、配偶者特別控除の改正によると考えられる。
所得税において、配偶者の収入が103万円以下の場合は「配偶者控除」が適用され、103万〜150万円の場合は「配偶者特別控除」が適用される。
「配偶者特別控除」は、配偶者控除が受けられる人と受けられない人の差が、103万円を境に急に生じてしてしまうことを補正するための控除だ。
「配偶者控除」は控除額が38万円だが、「配偶者特別控除」は、配偶者の収入が上がるほど控除額が減っていき、上限額を超えると控除額が0円になる(控除を受ける納税者の年収900万円以下の場合)。
18年分からは、控除を受けられる上限が年収201万円までに引き上げられ、「103万〜150万円」の範囲の「配偶者特別控除」の金額が、配偶者控除と同じ「38万円」になることとされた。
これまで「103万円の壁」と言われていたものが、「150万円の壁」になったのである。
この措置は、女性の雇用を促進したと考えられる。
ただし、38万円の特別控除が受けられるのは、年収が150万円までだし、年収201万円超は特別控除がゼロになるので、この措置が促進したのは、パートなどの非正規雇用だったと考えられる。
これが、上で見たように、女性就業率の上昇をもたらしたのだ。
そして、これは賃金の低い非正規雇用を増加させたために、平均賃金を押し下げたのである。
これが重要なことである。
なお、女性就業者伸び率の高まりは、今後、施策がさらに拡充されなければ、18年1回限りの現象であることに注意が必要である。
実質消費が増えないことこそが
アベノミクスの問題
賃金が上昇しなくとも、賃金所得の総額は増えたのだから、消費の総額は増えてしかるべきだ。ところが、GDP統計を見ると、そうはなっていない。
実質家計消費支出の対前年同期比を2018年について見ると、1〜3月期で0.33%の増、4〜6月期で0.0001%の減、7〜9月期で0.6%の増と、ほとんど前年と変わっていない。
実質家計消費の推移を中期的に見ると、図表7のとおりであり、14年4月の消費税増税の前に駆け込み需要で増え、増税後にその反動で減ったという変化があっただけで、ほとんど変わらない。
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それどころか、18年7〜9月期を13年の7〜9月期と比べると、0.43%の減少となっている。
問題は、このように実質消費がほとんど増えていない(あるいは減少している)ということなのだ。
なぜこうなるのか?
「この数年は賃金が上昇しないから、配偶者特別控除の引き上げに対応して、女性が働きに出た。しかし、やはり十分な所得が得られないので、消費を増やさず、貯蓄を増やした」ということが考えられる。
あるいは、将来に対する不安が増大しているのだろうか?
いずれにせよ、家計の状況は好転していないのだ。だから、消費が増加しないのである。
そして、このことこそが、日本経済の最大の問題であり、アベノミクスが効果をもたらしていないことの何よりの証拠だ。
この点をこそ、問題にすべきである。
なお、これまで書いてきた問題をより正確に検証するには、可処分所得の分析が必要だ。しかし、これについては、16年の値までしか公表されていない。
このような重要な指標の発表にかくも長い時間がかかるのは問題である。
さらに、GDP統計の所得面の正しいデータには、毎月勤労統計の正しいデータが不可欠である。
(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄)
https://diamond.jp/articles/-/193897
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