牧田寛
2019.02.28
このシリーズは、原子力PAを主題に、その第一弾として2/6に八幡浜市保内町で開催された八幡浜市主催の「使用済燃料乾式貯蔵施設に関わる講演会」について執筆しています。(参照:”ミカンと原子力の街、愛媛県八幡浜市で行われた「使用済み核燃料貯蔵施設」のPA講演会”–HBOL) シリーズ3回目となる今回は、前回ご紹介した、長沢啓行博士による反対派の立場からの講演に続き、奈良林直(ならばやし ただし)博士、東京工業大学特任教授による、賛成の立場からの講演について執筆します。
福島原発事故後も精力的にPA活動をしてきた学者
奈良林氏は、東芝の原子力部門にて長年安全解析に携わり、北海道大学で教授、退職後東工大で現職です。研究、委員会活動、教育の傍ら原子力PAにも精力的に携わっており、原子力PAではかなり有名な人物です。その中ではプルトニウムは食塩より食べても安全、32g食べても大丈夫という典型的な詭弁も指摘されており、「原子力ムラの御用学者」という激しい非難を浴びてきたことも事実です。
にもかかわらず、福島核災害後に原子力業界の学者と専門家が片端から逃げ出して、職業PA師だらけになってしまったあとも罵声を浴びながらも精力的にPA活動を続けており、こういう人物が何を考えているかにたいへんに強い興味を持ってきました。
原子力PAで食い扶持や小遣いを稼いでいる元官僚や文化人、メディア人士、学者、いわゆる職業PA師は星の数ほどいますが、奈良林氏は奨学寄付金や委任経理金はともかく、個人的なお金が目当てで原子力PAをやる必要は無く、「御用学者」というラベリングについては、自省を込めて慎重である必要があります。
典型事例は、石川迪夫(いしかわみちお)博士(日本原子力技術協会最高顧問)で、私は尊敬しています。ただしこの方のために最高顧問という役職が作られるなど、すごく面白い方です。会議をすると会議が永遠に終わらなくなるので、覚悟がいると、原子力屋の知人は口をそろえて恐れています。石川氏は、福島核災害後も反論PA活動に精力的に関われており、脱原子力陣営からはかなり胡散臭く見られていますが、電気新聞への緊急寄稿記事で2011年3月18日には、福島第一で炉心溶融が起きていることを報道からの断片的な情報にもかかわらず断言していました。
「賛成」の立場で語った奈良林直博士
さて、それでは賛成の立場から語った奈良林博士の講演を紹介していきましょう。なお、前回同様、用語は、筆者が通常使うPWR系用語に統一しています。また、括弧内は筆者による補足説明となります。
既述のように奈良林氏は、昭和53年に東工大・院で原子核工学修士課程修了の後、東芝入社、原子力事業本部原子力技術研究所にて安全解析に携わっていたようです。これは日本人が極めて苦手とする原子力安全論ではなく、プラントの健全性などの評価、解析が主であって、日本が得意とするものです。
また昭和53年入社ですので、日本の原子力業界は導入期の苦しみを克服しつつあり国産化次いで第一次改良標準化計画に邁進していた時期です。その後第二次改良標準化、第三次改良標準化、高経年化BWRの大修理の時代に東芝で活躍されており、日本原子力界の黄金期を過ごした方であるといえます。その後、斜陽化しつつある原子力産業に原子力ルネッサンスという希望の光が見える直前に北海道大学に移られており、アカデミックとしては原子力ルネッサンスの勃興期から破綻までを過ごされ、今に至っています。
特に1985年以降日本のBWRは初期の不良、欠陥を品質・材料・工程管理によって克服し、その後17年間一部の例外年を除き極めて優秀な設備利用率を誇っていました。また80年代は原則としてBWRとPWR各炉型につき毎年最低1基運開することで工程在庫量を維持するという国策によってフランスと並んで世界でも最も活発な新炉建設を維持していました。90年代には第三次改良標準化炉として世界初の3G炉であるABWRを実用化し、まさに絶頂期でした。
しかし、すでにこの頃に電事連はFBR(高速増殖炉)実証炉計画からの離脱と大間ATR(新型転換炉: CANDU-Bの大幅簡易化炉)※1 の引き受け拒否を決めており、陽は陰りつつあったといえます。
奇しくも奈良林氏が北大に移った2001年を最後に日本のBWR陣営は過去数十年にわたる重大な事故隠し、欠陥隠しが次々と露見し、設備利用率は事業維持が危ぶまれるほど長期低迷し、福島核災害に至っています。2002年以降、まさに品質保証・品質管理・文書管理で日本のBWRが破滅してしまったのは皮肉なものです。
※1:ATRは、FBR失敗の保険として動力炉・核燃料開発事業団で開発された炉で、廃炉中のふげんが原型炉に相当する。重水減速軽水冷却沸騰水型炉であるが、カナダの重水減速重水冷却沸騰水型炉:CANDU-Bの低価格運用化簡易設計炉と考えられる。本来ならば、きわめて優れた商用炉であるCANDU-A(PHWR: 加圧重水炉)をそのまま導入すれば良かったのだが、原研黎明期からCANDU論争に至る骨肉の争いともいえる原子業界内の対立により、CANDU派は事実上粛清されてしまった経緯がある。また、CANDU系はATRも含め核拡散耐性※2 が原理的に低いという難点がある。なお、BHWR(沸騰重水炉)のCANDU-Bは、経済性の悪さから失敗作であり、廃炉された。CANDU-Bのジェンティリー1号炉は、1972年運開、77年運転終了、現在安全貯蔵中で、2061年に遅延解体終了の計画である。廃止措置期間は84年であり、英国の世代間廃止とともに長期間での廃止を目指している。
※2:核拡散耐性とは、核物質などの核兵器開発への転用されにくさを意味する。黒鉛炉は核兵器用プルトニウム製造に適する=核拡散耐性が著しく低いために保有は核疑惑に直結する。商用大型軽水炉は、核拡散耐性が高くIAEAによる査察のもと、核兵器開発転用は、不可能では無いものの極めて困難と考えられている。重水炉は、天然ウランを燃焼出来るために使用済核燃料の放射能が弱く、核拡散耐性が低い。また、CANDU系は、運転中に随時燃料交換が出来るために低燃焼度の使用済み核燃料を随意に製造出来る。結果、純度の高い239Puの製造が容易であり、核拡散耐性はおおきく下がることとなる。事実、インドは核開発にCANDUを用いたとされ、カナダに大きな衝撃を与えた。もちろん、IAEAの査察による保障措置によって核拡散耐性は人為的に維持されている。
奈良林氏の講演資料は、配布されたもので64面です。図絵が非常に多く文字が少ない色鮮やかな資料です。ただ、出典表示に抜けや無いものが多く、本稿執筆の際には原典確認に苦労しています。
今回の講演では、「脱・原発と使用済燃料乾式貯蔵施設の意義」と題して次の順で講演が行われています。
1) 再生エネの限界と原子力発電の必要性
2) 原子燃料サイクルと使用済燃料の乾式貯蔵の役割
3) 地球温暖化のリスク
4) 原発を止めているリスク
5) 世界の脱・脱原発と中国のエネルギー政策
6) 深地層処分と長半減期核種の消滅処理
7) まとめ
上記1)〜7)となります。経験上、これだけの内容ですと大学の共通教育で90分一コマでは時間が足りませんが、時間が限られており仕方ありません。ここでは、奈良林氏の講演内容を非常に短く要約してご紹介します。
再エネの限界と原子力発電の必要性
【0)講演冒頭】
冒頭、ご自身の職歴、研究業績について世界を股にかけたご活躍をかなりの時間をとって述べられました。また、御用学者との非難がなされ、マスコミでも「朝生」で発言を遮られるなどのメディア偏向を批判されていました。
さらに、日本の原子力労働者の被曝量が世界でもっとも多いことを批判し、氏が安全解析とくに予兆検知を専門とすることから、日本が従前通り行っている徹底した分解点検を取りやめ、予兆検知システムの活用などにより大幅な省力化と低被曝化を進めるべきと提唱されました。(日本での原子力労働者の被曝量が世界で最も高い事は長年の事実で、これは定検周期が未だに13ヶ月周期であることが主因である。諸外国は24ヶ月周期に移行しており、これだけで定検回数=被曝量が半減する)
その次に原電東海研修旅行の参加者に挙手を求めていましたが、「市民代表者」(あらかじめ選ばれた市民)の大部分が挙手していました。これは市民の関心の高さを示す一方で原子力PAとして双方の事業が一体として運営されており、従前の原子力PAの手法を相変わらず踏襲していることがよく分かります。
シリーズ第1回で示したように、総額にして約330万円の補正予算が一連のPA事業に一般財源から支出されています。
以後、講演要約です。先述したように、括弧内は前回同様、筆者による補足説明となります。
【1)再生エネの限界と原子力発電の必要性(資料面数14/64面)】
日独は、再生エネ敗戦国という論を中心に、太陽光の電源としての質の低さ、ゼロエミッション安定エネルギーとして原子力を組み込んだうえでのフランスの炭酸ガス排出国としての優秀性・日独の劣位性を強く前面に押し出すとともに、我が国における再生エネ買い取り費用の激増を厳しく糾弾している。
(日本における太陽光の金融商品化問題は極めて深刻であるが、これは先行するドイツ、国内での風発バブル破綻の教訓を完全に無視した経産省による欠陥制度設計が原因である。まさに官製バブルの付けを市民に押しつけている状況である。制度は菅・野田内閣で作られ、安倍内閣がほとんどの期間実行している。これは官製エネルギー大災害といえる)
なお、優秀なゼロエミッション安定エネルギーとして水力と原子力を挙げ、変動再生エネルギーとして太陽光と風力を挙げているが、講演を通して風力への言及はほとんど無かった。(原子力をゼロエミッションとする考えは、すでにこの25年で廃れている)
日本は、世界第二位の太陽光パネル大国であるが、一週間の蓄電による電源としての完全な安定化には蓄電池に600~1000兆円を有すると厳しく批判している。(再生可能エネルギーの普及に伴い、系統安定化のための鉛蓄電池などを用いた大規模蓄電制御の実験、実用化が日本を含め全世界で進められているが、奈良林氏が主張するような太陽光の完全安定化のための極超大規模蓄電設備の構想は存在しない)
炭酸ガス増加による地球温暖化の危機を徹底して強調しており、そのために石炭火力の使用を厳しく批判している。また、電力の質と価格という点から太陽光を厳しく批判している。さらに、石油については当然のこととして論外扱いしている。(一方で、再生可能エネ革命の主力である風力、新・化石資源革命の主役である天然ガス火力、日本が世界に誇る石炭ガス化複合発電=IGCCについては言及していない)
ドイツは石炭火力大国であると厳しく批判している。(正確には褐炭による山元発電が非常に多く、残余の原子力とそれに倍ちかくある褐炭発電でドイツはベースロード発電している。褐炭発電は極めて安いが、炭酸ガス排出が極めて多く大規模な露天掘りで自然破壊も著しい)
近年日本では、火発が発電量の85%を占めるようになり、石炭火力も増加しつつある。炭酸ガス排出を増やす愚行であると批判している。
この節の論旨は、炭酸ガス増加による地球温暖化と電力の質と量、価格という点で、原子力と水力の他に選択肢はなく、水力は資源量が枯渇しているために原子力しか選択肢がないというものである。
一貫してオーソドックスな原子力推進主張
【2)原子燃料サイクルと使用済燃料の乾式貯蔵の役割(資料面数16/64面)】
核燃料サイクル概念図の新しいものと、電事連の広報資料、電事連による耐久性試験広報アニメのダイジェスト上映と解説がその前半であった。
講演中にダイジェストが上映された電事連の広報アニメ四本を紹介する。(1970年代からの原子力PA映画の手法を完全に踏襲しており、全く変化がない)
“使用済燃料の貯蔵方法(湿式と乾式) – YouTube”
“使用済燃料の貯蔵能力拡大とその具体例 – YouTube”
“キャスクの安全確保と運用 – YouTube”
“使用済燃料貯蔵対策の取り組み | 電気事業連合会”
乾式キャスクの性能、機能については、奈良林氏の講演は、電事連の広報に基づいているので、次のHPを見ると良い。
“対策の強化と貯蔵方法 − 使用済燃料の貯蔵対策 | 電気事業連合会” “実績と研究開発 − 使用済燃料の貯蔵対策 | 電気事業連合会”
伊方発電所への乾式貯蔵キャスク貯蔵所設置については、四国電力の広報資料に基づいた講演となっている。
“使用済燃料対策|四国電力”
伊方発電所において乾式キャスク貯蔵所は標高24mの場所に設置され、津波の影響を受けない。また、火災対策として、周辺の山林はすべて切り払い、コンクリートで固め防火帯とする。敷地外への放射線の影響は50uGy/y以下と設計する。
キャスクは二重構造の頑丈なものであり、Sクラス以上の耐震性で製造され、架台、建屋ともSクラス以上となる。遮蔽体はCクラスの規制だが、Sクラスで建設される。
図絵28〜30面を見れば分かるように、使用済み核燃料の崩壊熱は、取り出し後急速に減衰し、両対数表示では一般の人にはわかりにくいだろうが、両実数表示すると10年経てばほとんど無くなっていることが分かる。(Log-Logプロット:両対数表示”図面28”は、両軸の物理量変化が極めておおきいときに使われるものである。具体的には使用済み核燃料の放射能と熱量の経時変化を示す際には必須である。これをSemi-Logプロット:片対数表示”図面29”にする場合は例えば時間の切り取りが目的である。図面30のような両実数表示はグラフ化の意味が無く、錯誤行為または悪質な欺し図として理工学ではやってはいけないことと厳しく教育されるのが普通である。)
この節の論旨は、伊方発電所における乾式貯蔵施設設置は、万全な安全を保証されていると言うものである。
「地球規模」で語られた脱原子力のリスク
【3)地球温暖化のリスク(資料面数12/64面)】
この節では、一貫して化石燃料の使用によって地球温暖化が生じ、1000年後には地球の気温は68℃に達して生物は死滅し、地球は滅びる。それを避ける責任からも原子力は大々的に推進すべきというものである。
陸上だけでなく海も水温上昇で砂漠化し、漁業は破滅しつつある。温暖化によってハリケーン(台風など強い熱帯性の低気圧)は強大化し、莫大な損害と死傷者が発生しつつある。ニューヨークマンハッタンでも多くの人がホームレスになり、20%の子供が飢えに直面した。
「チェルノブイリ事故」と温暖化による死者の数を比較すれば、「チェルノブイリ事故」など数桁小さなもので、二酸化炭素は大量殺戮ガスである。化石燃料を使うことをやめて原子力を使わねばならない。
地球のためにも原子力は必須である。
【4)原発を止めているリスク(資料面数7/64面)】
原発(ママ)を止めていると、いざという時に大停電が起きて莫大な人命が失われる危険がある。経済損失も莫大である。北海道電力泊原発(ママ)は、すぐにでも動かせる状況なのに原子力規制委が審査を止めている。
北海道胆振地震が示すように、原発(ママ)を止めていると命と財産を失う危機となる。
東日本大震災では、柏崎・刈羽から送電したから致命的大停電は避けられた。3.11で首都圏を大停電から救ったのは、柏崎刈羽原発(ママ)からの電源供給である。
2003年北米大停電でも甚大な影響と損害があった。(このことは、送電網の設計と運用の問題であって原子力発電所の有無はあまり関係ない。むしろ大停電が起きた合衆国東海岸からカナダにかけては原子力発電所集中地帯である。北米大停電は、小規模電力事業体の集合体である合衆国の電力事業体にとってたいへんな教訓となった。この教訓によって米欧の広域送電技術は分散型電源に対応して飛躍的に発展し、日本は大きく取り残されることとなっている。)
原発(ママ)を止めていると、再生可能エネ賦課金で90兆円/20年間を超える負担に苦しみ、災害時などに大停電で死ぬことになる。
だから、原発(ママ)はどんどん動かさなければならない。 (先の北海道大地震・北海道大停電と泊発電所の関係は、昨年9月に連載したとおりである。このとき、元経産官僚の宇佐美氏が筆者に誹謗中傷型PAで「かみつく」攻撃をしてきた結果、逆に粉になるまで「かみくだく」逆襲を受けて去って行ったが、宇佐美氏の自信満々PAの原点は奈良林氏にあったものと思われる)
(筆者の世代を含め原子力屋は「原発(げんぱつ)」という言葉をたいへんに嫌い避ける傾向が強い。奈良林氏が「原発」という言葉を多用することにはたいへんに驚かされた。)
【5)世界の脱・脱原発と中国のエネルギー政策(資料面数9/64面)】
世界は、おおきく脱・脱原発に動いており、韓国の文大統領は脱原発政策で国民に批判され、台湾の蔡総統も厳しく批判されている。フランスも政策見直しを始めており、中国は将来原発200基に増やすことにした。さらに中国はAP-200(AP-1000の縮小炉)というSMR(Small Modular Reactor)によって143地点(都市)で、石炭によるセントラルヒーティングを置き換えることになっている。
世界は原子力時代へと進んでいる。このままでは日本は取り残されてしまう。
(中国原子炉200基計画は、昔からあるポンチ絵の段階にすぎないが、近い将来、世界第二〜三位の原子力大国になることは間違いない)
(AP-200という炉はこの世に書類すら存在しない。 SMR構想発祥の地である合衆国では、SMR開発は実用化失敗に終わり、店じまいの最終段階にある。一方でロシアでは浮体型小型熱電供給炉でのリプレイスがシベリアの北極海沿岸奥地で進んでいる)
(中国は粗悪で高コスト且つ労働者に犠牲を多く出している小規模炭鉱の閉山を進めている。そのためにも石炭に変わる代替エネルギーを求めている。また、急速な経済発展を支えるための大規模な電源開発に尽力している。結果、風力、太陽光、天然ガス、水力、原子力開発を並行して大規模に推し進めている)
【6)深地層処分と長半減期核種の消滅処理】
消滅処理、ガラス固化体と言った、HLWの最終処分に向けた開発を着実に進めている。
(「消滅処理」は、景気が良いために著者も好んで使う用語だが、原子力学会は「核変換」への言い換えを長年進めている。消滅処理としてはフェニックス・オメガ計画があったが、20世紀末に失敗に終わり、3.11直後に資料を請求された文科省は書類が残っていないと返答している)
【7)まとめ(資料面数1/64面)】
時間を大幅に超過したため、投影のみとなった。
博士と住民の噛み合わぬ議論
奈良林氏の講演でも質疑が活発に行われました。市議会議員からの質問もいくつかありましたが、地球規模・大所高所からの奈良林氏の視点と地元の将来という市会議員の視点には齟齬があり、あまり質疑応答がかみ合っていないように見受けられました。
また、長年原子力推進の立場であったと自ら述べる市民代表者からは、自分の正しさを裏付けられたという熱い声援が送られ、かなり長い質疑が行われていました。
筆者は、原子炉安全解析の専門家に話が聞けると機会とあっては逃せないので、具体的なキャスクのサイズ、遮蔽体の厚み、遮蔽体の耐久性、キャスクの価格などについて具体的な質問をしましたが、「私は大学側の人間なので、そういった具体的なことは分かりません」という答えでした。
「地球規模」の視点で原子力の必要性を訴えた講演
この講演は、原子力の必要性を地球環境という大所高所から述べるというもので、資料も平易であって市民向けの講演としてはよく作られています。講演での主張は次のようなものでした。
1)化石燃料を使い続けると地球温暖化によって地球は破滅する。太陽光は、最悪の代物で、日独と言った世界で破綻しつつあり、国民にたいへん重い負担を押しつけている。
2)原発の停止は、社会に大停電のリスクを押しつけており、人命と経済に大打撃を与える。
3)原発は安全であるからどんどん再稼働させねばならない。
4)世界は脱・脱原発に向かっている。中国は将来200基に世界は1000基に原子力発電を増やそうとしている。日本は乗り遅れて良いのか。
5)伊方発電所の使用済燃料乾式貯蔵施設は安全だ。
一般向けPA講演に接して驚愕した
私は、原子力発電所立地自治体とは無縁でしたので、このような推進派とされるかたの一般向けPA講演は初めて聴講しました。業界内部向けとかなり異なり驚いています。
奈良林氏は、日本の原子力業界の絶頂期に貢献され、退潮期には大学に移られていますので、現状への歯がゆさは理解出来ます。おそらく原子炉が好きで好きでそれ以外無いのだと推察されます。
巷で批判されるような食い扶持稼ぎや小遣い稼ぎで原子力PAをやっている有象無象のPA師では無いのでしょう。
しかし講演を聴講して感じたのは、立地自治体市民が知りたいことについてはほとんど言及が無かったことです。耐震性などについては原子力規制委員会(NRA)の審査が正常であるならば、それほど問題にはなりません。
八幡浜市民は、なぜ今乾式貯蔵施設なのか、それはいつまで中間貯蔵されるのか、期限が来れば必ず撤去されるのかを知りたいのですが、答えはありませんでした。
また、典型的な恫喝型PAに錯誤型PAがサンドイッチされているPA講演が、いまだに通用するのかは大いに疑問があります。
市民代表として実業界から参加された方からも、こんな講演で賛成が集まるものかという厳しい意見が聞かれました。顔見知りの一般参加の市民は、「あの先生は全然分かっていないよ」と怒りのこもった感想を述べていましたが、そう思われても仕方ありません。
奈良林氏には悪意など無いと思いますが、今回の様な講演は、私には面白くてもPAとしてはもはや通用しなくなっていると言うほかありません。 奈良林氏の講演は、私にとってはたいへんに面白く有意義なものではありましたが、使用済燃料乾式貯蔵施設設置のPA活動としてはとても成功とは言いがたいものと考えます。これは奈良林氏の問題では無く、八幡浜市、愛媛県、四国電力、電事連、経産省の考え違いによるものです。
次回は、長沢氏、奈良林氏の両講演を通して日本における使用済み核燃料乾式貯蔵そのものについて論じます。
『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』第4シリーズPA編−−3
<取材・文/牧田寛 Twitter ID:@BB45_Colorado 写真/Mugu-shisai via Wikimedia Commons CC BY-SA 2.5> まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中