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世界潮流を読む 岡崎研究所論評集
強まる在韓米軍撤退論への対応は?
2019/10/15
岡崎研究所
米国では、このところ在韓米軍撤収論が強まっているようである。米国のシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)のハムレ所長(元国防副長官)は、9月24日の講演および中央日報とのインタビューで、「トランプ米大統領が北朝鮮とのさらなる首脳会談の後、在韓米軍を撤収させるのではないか心配だ」と述べるとともに、米議会と外交関係者の間でも在韓米軍撤収の声が高まっているとして「多くの議員が、在韓米軍撤収は可能という声を出しており、その数はこの数年間に増えている。しかし、北朝鮮問題さえ解決すれば米軍は朝鮮半島から離れてもかまわないという考えは根本的に誤りだ」と述べたという。
leremy/bananajazz/iStock / Getty Images Plus
これを受けて、韓国の保守系の中央日報は9月26日付けの社説‘A rush to insecurity’(原題:「尋常でない在韓米軍撤収論」)で、強い懸念を表明している。同社説の主要点を紹介すると、次の通りである。
・我々が自分自身を守るべきだということは否定できない。在韓米軍も将来いつかは撤収すべきだ。
・しかし、撤収は北の核の脅威が完全に除去された後でなければならない。北の核は20年以上にわたり解決されていない。今でも北の核兵器は確実に増えている。
・北はこれまで米国による体制保証を要求してきた。同時に北は、北の安全保障の脅威となる在韓米軍を撤退させたい。米韓がこの北のロジックに同意すれば、北の核脅威が残ったまま在韓米軍が撤退することに向かいかねない。これは最悪のシナリオだ。
・文在寅大統領は9月24日の国連総会演説で、非武装地帯を国際平和地帯にすることを提案した。非武装地帯にある百万個以上の地雷を除去し、そこに国連機関を誘致することによって軍事衝突を予防したい、とのことだが、地雷除去も国連機関設立も時間をかけて行えばよい。緊急を要するのは北の核脅威の除去だ。「制裁を通じる非核化」という現行政策を維持していくことが最善だ。
この社説の議論はもっともなもので、完全な非核化の前に在韓米軍が撤退することへの懸念はよく分かる。また、非武装地帯を国際平和地帯にするとの国連総会における文在寅の提案について、社説が異論を唱えている点もよく理解できる。南北関係を先行させるのではないかということは、文在寅政権発足当初から懸念されたことである。文在寅の提案は、社説のいう通り、順序が違い、現実を無視した希望論に過ぎない。今は制裁を通じて完全な非核化を粘り強く継続すべきである、との考え方には同意できる。
在韓米軍をめぐる韓国国内の議論はどうなるか。おそらく、国を分断する議論になるだろう。上記の中央日報社説でさえ国内の左派を気にしてか、将来何時かの時点で撤収せねばならない、とまで言っている。
在韓米軍撤退論については、我が国としても我が国の安全保障、北東アジアの安全保障等への影響について、よく考えておくべきであろう。目下の北の意図に完全非核化があるとは思えず、少なくとも既存の核の保持が目下の戦略であることは間違いない。それを崩すために最後の大交渉をするとすれば在韓米軍の撤退を避けて通ることは出来ないように思われる。その代案は、北の核との共存ということになりかねない。従って、厳しい判断が求められる。朝鮮半島を緩衝地帯としておくことが戦略的利益にかなうという、所謂「バッファー論」は今でも適切なのか。米軍のアジア太平洋のプレゼンスはどうなるのか。これらの諸点についてシナリオをよく研究しておく必要がある。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17567
「北の核」の真実を衝いたボルトン発言の重み
2019/10/15
斎藤 彰 (ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)
(iStock.com/flySnow/Purestock)
「北は核放棄しない」―米大統領補佐官解任後、初めて北朝鮮の核問題の核心に触れたジョン・ボルトン氏の発言が大きな波紋を広げている。金正恩最高指導者との個人的関係に重きを置く“トランプ外交”を一刀両断切り捨てたかたちだ。
ボルトン氏は在任中、大統領が北朝鮮の金正恩労働党委員長と行った3回の首脳会談についても終始、冷ややかな態度をとって来たことで知られる。ただ、立場上、表立った批判は控えてきた。
しかし、去る9月10日、解任されたことで自由の身となり、政権の内情暴露も時間の問題とみられていた。
そしてホワイトハウスを去って1か月もたたない同月30日、ボルトン氏はワシントンの有力シンクタンク「ジョージタウン戦略国際問題研究所」(CSIS)に招かれ、初めて公開の場で自らの持論を展開した。
9月30日、解任後初めて公の場で講演したボルトン氏(AP/AFLO)
「本日は北朝鮮がもたらす核の脅威について、包み隠さず(in unvarnished terms)語りたい」――と、わざわざ断った上で話し始めたスピーチは内容の濃い、力のこもったものだった。
その中で核心に迫る重大な指摘は、以下の諸点だ:
「北朝鮮はこれまで、核放棄の戦略的決断を下したことはない。金正恩が終始とってきた戦略的決断は、核兵器運搬能力を維持し、それをさらに発展、向上させるために全力を挙げるというものだ。彼はいかなる状況下であれ、核兵器を率先して放棄するつもりは断じてない」
「大統領が金正恩に手を差し伸べてきたこと自体、一方的に北朝鮮側に利するものであり、また大統領は、金正恩とのディールを外交政策面の最優先課題としてきたにもかかわらず、これまでのところ得たものは何らなかった」
「われわれの最大関心事は、朝鮮半島における核拡散の阻止であり、次回首脳会談が開催できるかどうか、といったことではない。実務者協議で北朝鮮側から何らかのコミットメントを引き出そうとしても、彼らはそれらを順守することなどありえないのだ」
「私は、北の核兵器を放棄させることについて急がないとしてきた大統領の立場には同意できない。時間は、核拡散に反対する者にとって不利に働いており、時間に寛大な態度はそれ自体、北朝鮮やイランのような国々を利することになる」
「トランプ政権は非核化の取引を模索する過程で、北朝鮮による国連安保理経済制裁の違反行為を見て見ぬふりして来た。最初は制裁決議採択のために動いてきたアメリカが、違反にもの言わなくなるとすれば、他の国々も北朝鮮に制裁を順守させることなどどうでもいいという結論を導き出すことになる」
「米韓両国がこれまで実施してきた大規模な合同軍事演習に関し、『米軍による将来の対北侵攻訓練の場だ』といった北朝鮮の非難を受けて中止したことは間違いだ。もし両国が軍事訓練を怠るならば、有事の際の共同戦闘能力を次第に低下させていくことになる」
上記のようなボルトン氏の“爆弾発言”をめぐり、ホワイトハウスは直接論評を避ける一方、元政府関係者間での反応はさまざまだ。
ジョージ・ブッシュ政権下で「朝鮮問題六カ国協議」の米側代表を務めたクリストファー・ヒル氏は、「ボルトン氏は以前にも公職から身を引いた後、物騒な発言をした前歴の持ち主だ。今回の場合も(大統領に)時間的猶予をあたえるべきであり、今一人で警鐘を鳴らすことは賢明とは言えない」と批判した。
これに対し、同じブッシュ政権下で国務副長官を務めた穏健派のリチャード・アーミテージ氏は「彼は北朝鮮問題に関しては総じて、道理にかなった政策を進めてきた。金正恩が核放棄する意図はない点についても、トランプそして文在寅(韓国大統領)を除くすべての人たちと同様によく理解している」として、発言を支持している。
決定的に重要な意味
しかし、行為そのものについての是非論はともかく、今回のボルトン発言には、決定的に重要な意味が込められている点を見過ごすべきではない。
まず、第一に留意しなければならないのは、ボルトン氏はつい最近まで大統領補佐官として、米政府の国家安全保障・外交政策に関する最高決定機関である「国家安全保障会議」(NSC)事務局長を務め、大統領が目を通すあらゆる機密情報(インテリジェンス)を管理する立場にあったという事実だ。
アメリカの場合、機密情報はその重要度順に「classified」(取り扱い注意)、「confidential」(部外秘)、「secret」(秘密)、「top secret」(極秘)に分類されており、「top secret」よりさらに重大な内容を含む場合の範疇として「eyes only」(目読のみ=最高機密)がある。そして「eyes only」のスタンプが押される機密文書は性格上、その数も限定され、閲覧者は大統領とNSC事務局長以外はごく少数の当事者のみだ。案件によっては、閣僚といえども目を通すことを許されない場合もある。
この点、ボルトン氏は在任期間中、「top secret」のみならず、つねに「eyes only」の機密情報にも接していたことになる。
第二に、「eyes only」の文書は大統領が重要決定を下す際のカギとなる性質をもつだけに、作成に当たっては、NSC事務局長はCIA(中央情報局)、NSA(国家安全保障局)、DIA(国防情報局)などあらゆる情報機関から精度の高い情報を汲み上げた上で、最終的に“完成品”とする立場にある点だ。
そして当然のことながら、このような“完成品”の中には、スパイ衛星、通信傍受技術などを駆使した相手国の兵器開発状況、兵力規模、部隊展開などに関する機密情報のみならず、その国の最高指導者の「意図」「真意」などに関する高度の分析結果も含まれる。
第三に、ボルトン氏は北朝鮮の核問題について、今回のスピーチの冒頭、「包み隠さずin unvarnished terms」と異例の前置きをしたのは、これらの最高機密情報を踏まえた上での発言とみられる点だ。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストはじめ、ボルトン演説を報じた多くの米メディアも、こぞって「in unvarnished terms」という表現を記事の書き出しでとくに重視して紹介したこと自体、同氏の発言が最高度の機密に触れる内容だったことを示唆している。
このような背景を前提に、ボルトン氏が吐露した発言の中で、最も注目されるのは言うまでもなく、「北朝鮮はこれまで、核放棄の戦略的決断を下したことはなく、金正恩はいかなる状況下であれ、核を放棄するつもりはない」と断じたことだ。そしてこの重大な指摘は、たんに個人的見解とか推測ではなく、金正恩氏の「意図と真意」について、独裁政権の内部にも踏み込んだあらゆる最高機密情報に立脚した判断であることは間違いない。
加えてこの「金正恩、核放棄せず」の判断は、「国家安全保障会議」事務局長のみならず、国務省、国防総省、CIA、DIAなどの各情報機関でも共有されていると見るのが自然だろう。
ボルトン氏の「裁断」の正しさ
実際に、第1回米朝首脳会談がシンガポールで開催された昨年6月以来、「非核化」協議における北朝鮮の姿勢を見る限り、ボルトン氏の「裁断」の正しさを立証している。すなわち北側は「朝鮮半島の非核化」を約束したものの、すでに保有している数十発とみられる核兵器については、具体的な廃棄どころか削減の方針さえ何ら示していない。
さらに最近では、本格的な潜水艦発射ミサイル(SLBM)開発に成功するなど、逆に核兵器を含む戦力強化に乗り出してきている。その一方で、米側に対しては、「体制保証」や「平和条約締結」など、北側の一貫した要求は以前と何ら変わっていない。
北朝鮮は最近では去る5日、ストックホルムで開催された米側との実務者協議においても「最終的に決裂した」として、協議を半日だけで打ち切った。今後の協議再開のめどは立っていない。
今回の協議で何ら進展が得られなかったことについて、トランプ大統領は今のところ珍しく直接コメントを避けているが、依然として金正恩氏との第4回首脳会談に望みをつないでいると伝えられる。
しかし、ボルトン氏が明らかにしたように、米政府の当局者たちのほとんどが、北朝鮮の「非核化」に悲観的な見方をしているとすれば、奇妙にも大統領だけが個人取引による“ビッグ・ディール”を依然として信じ込み、一人相撲を演じていることになる。
大統領は今後、ウクライナ疑惑をめぐる米議会追及が厳しさを増していく中で、米国民の関心をそらすために北朝鮮問題で起死回生をねらう公算も大きく、それが逆に北朝鮮側に足元を見られ、理不尽な要求と妥協を迫られる結果にもなりかねない。
まさに今、トランプ「個人外交」の限界が露呈しつつあるといえよう。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17618
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