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INF条約破棄が非核三原則見直しを日本に迫る?
インタビュー
冷戦期の最前線に置かれたドイツとの相似
2018年10月26日(金)
森 永輔
ドナルド・トランプ米大統領が10月20日、INF(中距離核戦力)廃棄条約を破棄する意向を明らかにした。米国と旧ソ連が1987年に調印した、初めての核軍縮条約だ。しかし、核戦略に詳しい川上高司・拓殖大学教授は「米国の真の狙いは中国への対抗にある」と見る。その先には、日本が、非核三原則の見直しを迫られる可能性が浮上する。
(聞き手 森 永輔)
トランプ大統領は、先人が築いた平和の礎を破棄する意向を表明した。写真左はソ連トップのゴルバチョフ氏、右は米大統領のレーガン氏(写真:AP/アフロ)
トランプ大統領が、米国がロシアと交わしているINF(中距離核戦力)廃棄条約を廃棄する意向を示しました。狙いはどこにあるのでしょうか。
川上 高司(かわかみ・たかし)氏
拓殖大学教授
1955年熊本県生まれ。大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。(写真:大槻純一)
川上:この条約は、米国とロシアがともに、核弾頭の搭載が可能な射程500〜5500km(中距離)の陸上配備型弾道ミサイルおよび同巡航ミサイルを開発、発射実験、生産、保有しないと約束したものです。しかし、米国の真の狙いは中国との軍事バランスを米国優位で保つことにあるとみています。
中国は、米軍が中国沿岸に近づくのを阻止すべくA2AD*と呼ぶ戦略を推進しています。これは1996年の台湾海峡危機で得た教訓から導かれた戦略。台湾総統選挙に中国がミサイル演習で介入した際、米国は空母2隻を派遣し、これを抑え込みました。
*:Anti-Access, Area Denial(接近阻止・領域拒否)の略。中国にとって「聖域」である第2列島線内の海域に空母を中心とする米軍をアクセスさせないようにする戦略。これを実現すべく、弾道ミサイルや巡航ミサイル、潜水艦、爆撃機の能力を向上させている。第1列島線は東シナ海から台湾を経て南シナ海にかかるライン。第2列島線は、伊豆諸島からグアムを経てパプアニューギニアに至るラインを指す。
A2ADの一環として中国は、弾道ミサイルを東シナ海や南シナ海に向けて1400〜1800発配備しています。このため、米軍の空母が東シナ海で活動しづらくなる可能性が高まっているのです。
米国は、中国が配備するこれらのミサイル群とのバランスを保つため、中距離の核戦力を東アジアに展開したい。しかしINF廃棄条約があるため、これがかないませんでした。
「ツキディデスの罠」が現実化
なぜこのタイミングなのでしょう。
川上:中国の経済成長は著しく、そのGDP(国内総生産)は遠からず米国を追い抜くと予想されています。それが軍事費にも反映される。今を逃したら、米国の軍事的優位性が維持できなくなると考えたのだと思います。
トランプ政権においてこの2〜3カ月の間に対中強硬派が発言力を増しています。マイク・ペンス副大統領が10月8日に講演し、「中国が(世界中で)政治・経済・軍事的な手段を総動員して影響力を拡大しようとしている」と発言したのはその象徴です。軍事に関しては「(編集注:中国は)海洋や宇宙などで米軍の優位性を揺るがすための軍事力増強を最優先している」と主張しました。
かつて中国の専門家が「ペンスが大統領になるよりトランプの方がまし」と語っていたのを思い出します。
国家安全保障問題担当の大統領補佐官を務めるジョン・ボルトン氏も対中強硬派の一人です。今年3月、H.R.マクマスター氏に代わって就任しました。
オバマ政権の末期に国防総省が応用科学研究所に委託して、金融市場を舞台にした“戦争”のシミュレーションを行いました。現在進行中の対中貿易戦争はこれを実行に移したものとみられます。米国は新たな覇権国を目指す中国を、経済・金融を総動員して抑え込む考え。そして、当然、軍事力でも抑え込む意向です。INF廃棄条約の破棄はその一環だと考えられます。“ハイブリッド型”の戦争が米中間で始まったと見るべきでしょう。
「ツキディデスの罠」がまさに進行しているのですね。古代ギリシャの歴史家ツキディデスがペロポネソス戦争を描く中で、新興国が台頭し強力になると、既存の覇権国の不安が増し、戦争が起こる、と記しました。
川上:おっしゃるとおりです。
タイミングについては、中間選挙が近づき、トランプ大統領がロシアに対して強硬な姿勢を示したかったという事情もあるでしょう。ロシアゲート疑惑の捜査が依然として続いています。
ロシアの方がINF廃棄条約の順守に消極的だった
米国は、ロシアが同条約に違反していることを破棄の理由に挙げています。違反は何を指すのですか。
川上:ロシアが地上発射型巡航ミサイル「SSC8」を実戦配備したことです。米国は2014年7月に、これの実験がINF廃棄条約違反であると指摘。2017年3月にはトランプ政権が実戦配備を公式に批判しました。これが欧米にとって脅威になっているのです。
ロシアが核兵器に依存する傾向が前から目につきます。ロシアが2014年にクリミアに侵攻した際、欧米諸国による制裁強化に対抗する手段として短距離核ミサイルを配備する強硬論がロシア内で浮上しました。この時、イワノフ大統領府長官(当時)らはINF廃棄条約から離脱し、中距離核戦力を強化するよう主張した。
川上:さらにさかのぼって2007年、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が米ロの2+2(外務防衛閣僚会議)の場で、INF廃棄条約から脱退する可能性を示したことがあります。中距離ミサイルを保有する国が米ロ以外に拡大したことが理由でした。中国、エジプト、インド、イラン、イスラエル、北朝鮮、韓国、パキスタン、サウジアラビア、シリア、イエメン――。米ロだけが条約を守ってもしかたがない環境が訪れたという認識です。
こうした経緯を経て、ロシアはSSC8の配備に取り組みました。
振り返ると、ロシアの方がINF廃棄条約の遵守に消極的だったのですね。中距離核戦力への依存度を高めてきた。
川上:ロシアにはロシアの事情があったと思います。冷戦終了後、EU(欧州連合)やNATO(北大西洋条約機構)が旧東欧諸国やバルト3国にまで勢力を拡大。ロシアは、かつて優勢を維持していた通常兵器による兵力も劣勢に陥った。西側のようにミサイル防衛システムを開発しようにも予算と技術が足りない。中距離核戦力で補うしかなかったのです。さらにロシアが配備したINFは米本土には直接届かないものであるという、いわゆるグレーゾーンにあるとの認識もあったのでしょう。
日本にも中距離核戦力を配備?
今後の展開をどう読みますか。
川上:核兵器の軍拡競争が始まる公算が大です。米国は欧州にSSC8に対抗する地上配備型の中距離核戦力を配備するでしょう。これはNATO諸国を米側につなぎとめる効果を持ちます。
トランプ大統領はINF廃棄条約の破棄に言及しただけで、ロシアに通告したわけではありません。まだ脅しの段階です。したがって、ロシアがSSC8の配備を取りやめる可能性も残ります。でも、その可能性は決して大きくはないでしょう。
ロシアは西側が配備を進めるミサイル防衛システムを強く懸念しており、これに対抗する手段を確保しておきたい。日本も導入を決めたイージス・アショアについて「(その気になれば)核弾頭を積んだトマホークを装備できるのでINF廃棄条約違反」と主張しています。
米国は、在日米軍基地にも中距離核を配備できるよう日本に求める可能性が浮上するでしょう。先ほど申し上げたように、中国のA2ADに対抗するためです。中国が配備する中距離弾道ミサイルは、日本国内にある米軍基地のほとんどを射程に収めています。もし、これらを発射したら米国は核兵器で報復する、と示すことで抑止が可能になります。
トランプ政権は2月に「核態勢の見直し(NPR)」を発表して、オバマ時代の核戦略を転換。「通常兵器による攻撃や大規模なサイバー攻撃を受けた場合の報復にも核使用を排除しない」としました。この新方針を実行に移すことになるわけですね。
川上:はい、そうなります。トランプ政権がこのような軍拡競争に向かうのは、かつてのネオコンが政権内で力を増していることが原因かもしれません。ネオコンは米国の防衛産業と密接な関係を築いています。ボルトン大統領補佐官はネオコンの一人です。イラク戦争の時には、米国内の世論工作に従事しました。
ネオコンが発言力を増し軍備増強の方向に進むと、米国の軍事産業の雇用が拡大します。この意味では、トランプ大統領の政策は一貫性があるのかもしれません。
ただし、中国はイラクやアフガニスタンとは比べ物にならないほど強大な国です。米国のネオコン勢力が中国を敵視し、防衛産業の利益を図る動きを強めるとしたら、日本がどこまでそれに付き合うかは難しい問題です。
北朝鮮による日米離間を阻止する
この提案は、日本にとっては望ましい面もあります。北朝鮮による日米離間策を排除できるからです。核を巡る交渉を進める中で米国は、北朝鮮によるICBM(大陸間弾道ミサイル)保有を許すことはないものの、核兵器の事実上の保有を認めてしまう可能性があります。米本土に核の脅威が及ばないからです。
この時、北朝鮮に中距離弾道ミサイルが残れば、日本に対する核の脅威はなくなりません。これは日本にとって最悪のシナリオです。特に、米国が北朝鮮と、北の核廃棄を曖昧にしたまま和解した場合、米国による核抑止が日本に効かなくなるというデカップリングが起こる可能性があります。
ただし、米国が、北朝鮮を射程に収める中距離核戦力を日本に配備すれば、北朝鮮による日本への核攻撃を抑止することができます。
もちろん、これは非核三原則の第3の原則「持ち込ませない」の見直しを伴います。国民の理解を得るのは容易ではないでしょう。
現在も、核兵器を搭載する米国の潜水艦が日本への核の傘を提供しているといわれています。
川上:米国はどこに核兵器を配備しているかに言及しない方針です。核搭載潜水艦は西太平洋にいるかもしれませんが、いないかもしれません。これに対して、日本の陸上に配備すれば、北朝鮮や中国に対して抑止力を明示的に示すことができます。
米国が日本を含む東アジアに中距離核戦力を配備すると、北朝鮮に核の廃棄を求めづらくなるのではありませんか。
川上:期待するのは、米国と北朝鮮に、中国とロシアを加えた4カ国で核兵器の軍備管理と軍縮が進むことです。
軍備管理には軍備を減らすことだけでなく、増やすことも含みます。米国が日本に中距離核戦力を配備することで、まず、東アジアにおける中距離核戦力レベルでの北朝鮮の核と米国の核のバランスをイーブンにすることができます。現在は北朝鮮に有利な状態にある。イーブンにしたうえで、核軍縮を進めるのです。その時には、ロシアと中国も呼んで4カ国で進める。
バラク・オバマ大統領(当時)が「核なき世界」を提唱していた時、実は、こうした経過で進める核軍縮を狙っていたのだと思います。オバマ政権下でも、使用不可になった核弾頭を整備して使用可能にする措置を進めていましたから。
冷戦の最前線に置かれたドイツとこれからの日本の類似点
お話を伺っていると、これから日本が直面するかもしれない状況が、80年代のドイツとかぶります。
ソ連は西欧を射程に収める中距離核ミサイル「SS20」を配備。これは西欧諸国の脅威となるものの米本土には届かない。ソ連による欧米離間を懸念する西欧諸国は、中距離核戦力を欧州に配備するよう米国に働きかけました。米国はこれに応えて巡航ミサイル「パーシングII」を配備した。この措置が抑止力となり、INF廃棄条約の締結とその後の冷戦終結につながりました。
川上:まさにそうですね。
ただし、東アジアで日本が受ける脅威は、それ以上に広範です。中国と北朝鮮が核兵器を保有。加えて、ロシアがSSC8を極東地域に配備する可能性も出てくるでしょう。
かつて、INF廃棄条約の調印と前後して、ソ連が極東にSS20を配備する計画が持ち上がりました。これを恐れた中曽根康弘首相(当時)がロナルド・レーガン大統領(同)を説得。レーガン大統領がソ連と交渉し、この動きを抑えたことがありました。今回も、そうした説得や交渉が可能になる保証はありません。
INF廃棄条約が破棄され、ロシアがSSC8を極東に配備すると日本は、冷戦期に欧州の最前線を担ったドイツと同じ思いをすることになります。
川上:そうですね。
当時のドイツはこの脅威に対抗すべく、米国と核シェアリングする道を選びました。日本にもその選択肢がなくはありません(参考記事「米安保戦略を読む、実は中ロと宥和するサイン」)。
長期的視点に立つと、中国が強大となり、米国との間で「ツキディデスの罠」が起こりうる状況に至った。短期的には、トランプ氏が大統領となり、ネオコンに連なる人々を周囲に配した。これらが重なって今の状況が生まれた。そして、日本には非核三原則の見直しを迫られる可能性が生じるわけですね。
川上:おっしゃるとおりです。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/102500167/?ST=print
核廃棄条約破棄はプーチン政権の痛手に
核軍拡競争で米国に対抗できず
解析ロシア
2018年10月26日(金)
池田 元博
米国のトランプ大統領がロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約を破棄する意向を示した。ロシアによる条約違反がその理由という。実際に条約が破棄されるようならロシアも大手を振って開発・配備に取り組めるわけだが、プーチン政権は内心では穏やかではないようだ。
1987年12月に中距離核戦力(INF)廃棄条約に調印したソ連のゴルバチョフ書記長(当時)とレーガン米大統領(当時)(写真:AP/アフロ)
トランプ米大統領によるINF廃棄条約破棄の表明を最も嘆いているのは、この人かもしれない。
「軍拡競争に終止符を打ち、核兵器の廃棄を始めたことは極めて重要な決定であり、我々の偉大な勝利となった」――。ゴルバチョフ元ソ連大統領はロシアの通信社を通じてさっそくコメントを出し、「条約の破棄は決して認めてはならない」とクギをさした。
INF廃棄条約はソ連時代の1987年に米ソが締結し、翌1988年に発効した。条約に調印したのは米国のレーガン大統領と、当のソ連のゴルバチョフ書記長(いずれも当時)だった。
それに先立つ1970〜1980年代は、東西冷戦のまっただ中。米ソは激しい核軍拡競争を続けていた。とくにソ連は北大西洋条約機構(NATO)への対抗策として、核弾頭を搭載する短・中距離弾道ミサイル「SS-20」(ピオネール)、「SS-23」(オカ)を配備。一方の米国も「パーシング2」ミサイルを西独など西欧各地に配備して対抗し、欧州を舞台に米ソの対立が先鋭化していた。
こうした軍事的な緊張を緩和すべく、米ソはレーガン政権の発足直後からINF削減交渉に着手するが、話し合いは難航した。ようやく局面が変わったのはゴルバチョフ氏がソ連共産党書記長に就任(1985年)してからだ。
両首脳は1986年のアイスランドのレイキャビクでの会談で突っ込んで討議した。この会談は決裂に終わったものの、ゴルバチョフ氏の初めての米国訪問となった1987年12月、ワシントンで開いた首脳会談でINF廃棄条約の調印にこぎ着けた。
「歴史の教科書に残るようにしましょう」と調印時にゴルバチョフ氏が述べたように、条約は極めて画期的だった。双方が射程500〜5500kmの核弾頭搭載可能な短・中距離の地上配備の弾道、巡航ミサイルを発効から3年以内に全廃すると規定。欧州の緊張緩和と東西冷戦の終結、さらには米ソの核軍縮に向けた大きな一歩となった。
ちなみに米ソは1991年6月までに条約義務を履行し、「SS-20」や「SS-23」、「パーシング2」は廃棄された。破壊された兵器システムは米国が846基、ソ連が1846基に上ったという。
中間選挙前に支持層へアピール
トランプ大統領は今回、条約調印から30年以上が経ったとはいえ、核軍備管理の要石ともいえる歴史的な条約にクレームをつけたわけだ。大統領は「我々は条約を守っているのに、ロシアは違う」と指摘。ロシアや中国が核弾頭搭載可能な中距離ミサイルの開発をやめない限り、「我々も作らざるを得ない」と述べ、対抗して中距離核戦力の開発・増強に動く構えも示した。
米大統領のこのタイミングでの強硬発言は、11月6日に迫った米中間選挙をにらんだとの見方が根強い。また、米ロ間に限定されるINF廃棄条約の枠外で、着々と中距離核戦力を開発し配備する中国をけん制するのが真の狙いではないかとの見方も出ている。
現に米国のボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)はロシアのコメルサント紙とのインタビューで、ロシアが条約違反したと非難するとともに、「(INF廃棄条約に加わっていない)中国やイラン、北朝鮮が条約に違反する方法によって軍事的な潜在力を高めている」と言明。世界で米国だけが条約を順守しているという状況は「受け入れられない」と述べている。
とくに中国に関して、ボルトン補佐官は「現在では中国の保有するすべての弾道ミサイルのうち、3分の1から半分はINF廃棄条約に抵触している」と分析した。従って15年ほど前であれば、米ロの2国間条約を中国なども加えた多国間の条約に衣替えすることも可能だったかもしれないが、今や中国の政権が「半分以上の自国の弾道ミサイルを廃棄するというのは全くもって非現実的だ」と強調した。
中国が条約に抵触する核兵器を廃棄するのは非現実的なうえ、条約に加わっている肝心のロシアも“条約破り”によって開発・配備した兵器を廃棄する可能性が「ゼロ」である以上、トランプ大統領が条約破棄の意向を撤回することはほとんどない、というのがボルトン補佐官の見立てだ。
トランプ大統領はこれまでも度々、とっぴな言動で世界を騒がせてきた。今回もトランプ流の唐突な発言で世界の核軍縮の流れを逆行させたと受け止められがちだが、INF廃棄条約を巡るロシアへの不満は、オバマ前政権時代から米国内に根強くあった。
とくに米政府やNATO幹部はかねて、ロシアが開発し欧州向けに実戦配備した新型の地上発射型巡航ミサイル「9M729」(SSC-8)がINF廃棄条約に違反するとして厳しく非難してきた。
トランプ政権下でも「射程が500kmを超える9M729は条約違反」として、ロシアへの警告を続けてきた。米国務省は2017年12月にはINF廃棄条約調印から30年の節目に合わせた声明を発表。「ロシアの条約違反」を改めて非難するとともに、今後のロシアの対応次第では米国も対抗措置として、地上発射型の中距離弾道ミサイルの研究開発に乗り出す考えを示していた。
対するロシアは「条約違反ではない」とことあるごとに反論してきた。ただし、明確な証拠は示していない。他方でロシアは、米国が欧州で進めるミサイル防衛(MD)計画の一環として、2016年にルーマニア南部で運用を始めた地上配備型の迎撃ミサイル発射基地などをやり玉に挙げる。「迎撃ミサイルの代わりに短・中距離の弾道、巡航ミサイルを簡単に装備できる」(プーチン大統領)として、INF廃棄条約に違反しているのは米国のほうだと非難してきたのだ。
軍拡競争に身構えるプーチン大統領
米国にはかつてブッシュ政権下の2001年末、米ソが1972年に締結した弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの離脱を一方的に宣言した“前科”もある。米国は弾道ミサイルの迎撃を目的としたミサイルシステムの開発を厳しく制限した同条約がMD計画の障害になると主張。条約は2002年に失効した。
プーチン大統領はこのため、米国がロシアのINF廃棄条約違反を提起するのは「いずれ自らが一方的な条約廃棄を表明するための情報・宣伝工作だ」などと非難。ロシアは米国と違って「国際安全保障の要である主要な軍縮条約から脱退することはない」と断言していた。
INF廃棄条約を巡っては、プーチン大統領が過去の“秘話”を明かしたことがある。2017年10月、内外の有識者らを集めてソチで開かれた国際会議「バルダイ・クラブ」の討議に登壇した時のことだ。
ソ連が条約に従って短・中距離ミサイルの廃棄を進めていた当時、ミサイル開発の設計責任者が「これは祖国に対する裏切りだ」として、抗議の自殺をしてしまったというのだ。大統領はこれを「歴史の悲劇」と称した。
その上でプーチン大統領は、米国がINF廃棄条約からの脱退を求めるようなら「ロシアは瞬時に、かつ鏡のように(同様の措置で)対抗する」と警告していた。今回、トランプ氏が条約破棄の意向を示したことで、それがいよいよ現実のものとなりつつあるわけだ。
仮にINF廃棄条約が失効すれば、ロシアも「9M729」の配備問題などで欧米の批判を浴びることもなくなり、新型の兵器開発もしやすくなる。核弾頭搭載可能な短・中距離弾道ミサイルは欧米のみならず、軍事力を急拡大する中国に対する安全保障の面でも有効となる。このため条約が失効したほうがロシアにとって有利になるとの見方もある。
ただし、米国との新たな軍拡競争の予兆に危機感を募らせているのがプーチン政権の本音ではないだろうか。
仮にINF廃棄条約が失効するようだと、米ロが2010年に調印した新戦略兵器削減条約(新START)にも負の影響を与えかねないからだ。両国が配備する戦略核弾頭数を大幅に制限した同条約は2021年に有効期限が切れる。ロシアは5年間の効力延長を主張するが、かねて「悪い合意」と批判的なトランプ大統領が新STARTの延長に応じず、失効する恐れがある。そうなれば米ロの核管理体制はほぼ野放しの状態になってしまう。
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米ロは世界の核弾頭の9割以上を保有する。ロシアは核戦力では米国に比肩するとはいえ、経済規模は米国の10分の1にも満たない。ただでさえ既存の核兵器の維持・管理に膨大な予算がかかるのに、冷戦期のように核開発競争が再燃すれば、今のロシアの国力ではとても太刀打ちできない。米ロは11月にパリで首脳会談を開く見通しとなったが、自らの政権の最終章を迎えているプーチン大統領にとって、米国との核軍備管理をめぐる駆け引きは極めて頭の痛い懸案になりそうだ。
このコラムについて
解析ロシア
世界で今、もっとも影響力のある政治家は誰か。米フォーブス誌の評価もさることながら、真っ先に浮かぶのはやはりプーチン大統領だろう。2000年に大統領に就任して以降、「プーチンのロシア」は大きな存在感を内外に示している。だが、その権威主義的な体制ゆえに、ロシアの実態は逆に見えにくくなったとの指摘もある。日本経済新聞の編集委員がロシアにまつわる様々な出来事を大胆に深読みし、解析していく。
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