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2024年5月5日 18時05分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/325246
北海道の公共空間で「イランカラㇷ゚テ」(「こんにちは」に相当)などのアイヌ語のあいさつが一般化し、それ以外のアイヌ語表記も広がりを見せる。ただ、どこまでアイヌ民族の自己決定権の保障につながっているか。アイヌ語の使用を阻む根本原因は何か。改めて考えた。(木原育子)
◆明治以降、凍結状態に
4月中旬、札幌市の北海道大キャンパス。「アイヌ シサㇺ ウレㇱパ ウコピㇼカレ ウㇱ」と書かれた事務局前に立った。
一体どんな意味か。アイヌ民族でもある、北海道大の北原モコットゥナㇱ教授が説明してくれた。シサㇺは「和人」、ウレㇱパは「協力して生活する」、ウコピㇼカレは「共同で良くする」、最後のウㇱは「場所」を意味するのだという。
訳したのは、同大に2022年度に新設された「アイヌ共生推進本部」のこと。「アイヌ語の使用は明治以降に凍結状態にされたため、新しい言葉は造語する必要がある」と北原教授が説明する。
◆北大キャンパス内から浸透、拡大させていく
キャンパス内では、北原教授や学内の研究者らが協力してアイヌ語への翻訳を進め、今年1月からは構内の循環バスでアイヌ語でのアナウンスを始めるなど、アイヌ語表記や耳への浸透を広げている。
そもそもアイヌ語は近代以降、同化政策の一環で話す機会が奪われ、09年には国連教育科学文化機関(ユネスコ)によって「極めて深刻な消滅の危機にある」と指摘された言語だ。
◆「会話できる」アイヌ民族はわずか0.7%
北海道が17年にアイヌ民族を対象にして行った調査では、アイヌ語で「会話ができる」と回答したのはわずか0.7%。一方で「積極的に覚えたい」「機会があれば覚えたい」は60.4%に上った。
「アイヌ語は大学の授業や各地のアイヌ語教室など、依然特別な場でしか学習できない。アイヌ語復興は、アイヌ語を公共空間で用いることが第一歩」と北原教授は語る。
◆先住民族の言語の公用語化、世界では進んでいるが
国も、13年に自治体や学術機関などとともに協議会を設置。「イランカラㇷ゚テ」キャンペーンと銘打ち、アイヌ語普及を進めてきた。18年からは、北原教授が発案し、国が後押しする形で、アイヌ民族が多く暮らす日高地域を走る道南バスで、全国初のアイヌ語の車内放送を実現させた。
停留所をアイヌ語に翻訳した平取町教育委員会職員の関根健司さん(52)は「言語は文化の根源。言語に触れることはその民族の文化に触れることそのもので、多くの人に学びを深めてもらえたら」と語る。
世界では、先住民族の言語を公用語にする取り組みは進むが、アイヌ語や沖縄の琉球語を公用化する動きは極めて乏しい。
◆マジョリティーの日本語至上主義を変えないと
何が阻んでいるのか。前出の北原教授は「アイヌ語の使用拡大は、マジョリティーがそのことを許容することが必須だ」と和人側の問題だとする。「日本語や日本的価値観のみを至上のものとしてきた近代以降の思想を変えなければ、アイヌ語の教育機会を整えても、内面化した劣等視やトラウマのために、アイヌ語を使おうとする人は増えないだろう」とし、「先住民族は他の場所からやってきたわけではなく、のみ込まれた状態。アイヌ民族の権利は保障されないで、共生という言葉だけが独り歩きしている」と続ける。
アイヌ語表記だけでいいのか。恵泉女学園大の上村英明名誉教授は「空港や車内放送などの公共の場で、先住民族の言葉を多用するのは、先住民族とともにあるような良いイメージを与えるが、ある種の文化盗用でもある。特にアイヌ民族の権利問題の実態とかけ離れている点が懸念される」と指摘。「表面上のアイヌ語表記だけでなく、権利回復を抜本的に議論する機会にするべきだ」と話した。
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