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2024年4月29日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/324122?rct=tokuhou
埼玉県南部に約2000人が暮らすクルド人が、差別や偏見をあおるヘイトスピーチの標的になっている。生活習慣の違いなどによる摩擦はこれまでもあったが、クルド人も日本に溶け込むため努力をしてきた。ヘイトはこの一年、SNS(交流サイト)上で急激に拡散。クルド人の生活にも影響を及ぼし始めている。(森本智之)
◆埼玉県南部に約2000人が暮らす
「日本から出ていけ犯罪者」「なぜ日本で暮らしているんだ」。スマートフォンから男の罵声が響く。クルド人の男性(33)が、埼玉県内で自身が経営する飲食店にかかってくる嫌がらせ電話の録音を聞かせてくれた。
「一日中ひっきりなしにかかってくることもある」。店の営業中に男に押しかけられ、「出て行け」と怒鳴られたこともある。身を守るため、電話は録音するようになり、防犯カメラも取り付けた。
クルド人は独自の言語や文化を持つ民族で、中東のトルコやシリア、イラン、イラクにまたがって居住する。「国を持たない最大の民族」と呼ばれるが、各国で差別や弾圧を受けてきた。国連の推計では、2011年から10年間に世界各国で、トルコから迫害されたクルド人約5万人が難民認定された。日本では東京に近い埼玉県南部に1990年代からトルコ国籍のクルド人が暮らすようになったといわれ、現在は蕨、川口両市周辺に約2000人が住むとされる。
「これまでも日本人との間にトラブルがなかったわけではないが、現在の状況は明らかに質が異なる」。地元の支援団体「在日クルド人と共に」の温井立央代表理事は話す。これまでのトラブルとは、アパートでの騒音や、ゴミの出し方などだ。車を改造して大きな音を立てて走ったり、夜にコンビニの前などで集まっておしゃべりする様子を怖がられることもあった。
◆「トルコも地震が多い、日本人への恩返し」
これに対し、クルド人の有志らは日本に溶け込もうと努力してきた。建物の解体業で働くクルド人が多いことから、東日本大震災(2011年)や熊本地震(16年)の際には、がれき撤去などのボランティアに駆けつけた。今年正月に発生した能登半島地震でも、現地で2度炊き出しを行っている。
男性も中心になって参加した。「トルコも地震が多いけど、いつも日本人が助けに来てくれる。恩返しのつもり」と話す。
日本の生活ルールを教え、共生を進めるために、有志が蕨駅前などで夜の巡回やゴミ拾いも定期的に続けている。
様子が変わったのは昨年春ごろだ。SNSを中心にクルド人へのヘイトスピーチが目立ち始めた。
◆日本で難民申請が認められたクルド人はわずか1人
理由ははっきりしないが、当時は、難民認定の申請中でも強制送還を可能にする改正入管難民法が国会で審議されていた。日本で難民申請が認められたクルド人はこれまでわずか1人だけ。不認定となり、在留資格がないまま苦しい生活を送る人も多くおり、報道などで取り上げられることが増えていた。
さらに昨年7月、川口市内でクルド人が別のクルド人を切りつける事件が発生。搬送先の病院に仲間ら100人が集まる騒ぎがあり、ヘイトは増幅された。
飲食店経営の男性はトルコから迫害を逃れて13歳で来日した。「間違ったことをする仲間には声を掛け合って注意してきた。日本人は優しく、私は日本に来て良かったと思う。だけど最近は落ち込むことが多い」とこぼした。
◆トルコ政府の「テロ支援者」指定は鵜呑みにできない
もう一つ、ヘイトが増加するきっかけが昨年11月に起きた。トルコ政府がクルド人団体「日本クルド文化協会」(川口市)と幹部6人を「テロ組織支援者」と名指しし、トルコ国内での資産を凍結したのだ。
だが、トルコ政府の主張をうのみにするのは早計だ。英国内務省の2020年の報告書によると、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのトルコ担当者は「クルド問題について政府を批判すると、その批判はテロリストのプロパガンダ容疑で人々を起訴するのに利用される可能性がある」などと証言。ヒューマン・ライツ・ウオッチの同年の報告書もこう記す。「トルコにおける司法に対する行政の支配及び政治的影響により、裁判所は現政権が政敵と見なす個人及び集団を拘束して有罪判決を下すようになった」
日本のクルド難民弁護団は一連の報告書を踏まえ、資産凍結を根拠に在日クルド人を危険視する発言に反論する声明を今年3月に出した。大橋毅弁護士は「トルコでは、テロ対策の名目でクルド人の弾圧が行われている。協会はテロに関係していないし、トルコ政府から『テロ支援者』と名指しされているということは、政治弾圧を受けていることにほかならない」と述べつつ、戸惑いも漏らした。「これまで、こうした対応を迫られるようなクルド人への差別発言を日本で経験したことはなかった」
クルド人支援者の男性は「ヘイトデモは増えている」と話す。今月28日にも、蕨市で排外主義的な主張を繰り広げる団体がデモを実施。これに対し、差別的な言動を批判する市民も集まり抗議した。男性は「(ヘイトスピーチに全国で初めて罰則を設けた)川崎市の差別禁止条例の影響などで川崎で活動できなくなった人たちが、埼玉に来るようになっている」とする。
◆ヘイトの多くは、地元の人ではない
「在日クルド人と共に」の温井氏も「ヘイトをしている多くの人は地元の人ではない」とみる。団体の事務所にもこの1年、嫌がらせの電話がかかってくるようになった。何人かに尋ねたところ、関西や東海地方などの人だった。病院での騒動や資産凍結など目立つ動きがあると、それを利用するように電話は増えるという。
日本クルド文化協会のワッカス・チョーラク事務局長も「ヘイトを垂れ流している大半の人は、顔も分からない、名前も知らない、一部のネット右翼」とみるが、「うそを放っておけば信じてしまう人が出てくる。既に大きな影響が出ている」と警戒する。
その一端が見えたのが今年3月、さいたま市の秋ケ瀬公園で開かれた、クルド人の伝統的な春祭りネウロズだった。公園の管理事務所に「クルド人に会場を貸すな」といった内容の電話やファクスが寄せられ、公園側は当初、「安全を担保できない」と使用を認めない方針を示していた。
◆ヘイトから逆に、支援の輪に加わる日本人も
文化協会などとともに抗議した温井氏は「あのまま開催できなければ、ヘイトに屈してしまうところだった。大変でも、一つ一つ声を上げていかなければいけない」と決意する。
予断を許さない状況が続くが、ヘイトが激しくなってから逆に支援の輪に加わる日本人も出てきている。温井氏らの団体が毎週日曜日に開くクルド人への日本語教室。教えるのは大学生や会社員ら日本人ボランティアだ。「ネットの情報だけじゃなく、直(じか)に会って話してみたい」と、この1年で加わる人が増えた。
記者も取材を続けるうちそんな人に出会った。26日、クルド人が行う夜の巡回に初めて参加した地元の30代の女性はこう話した。「15年間暮らして、クルドの人に嫌な思いをさせられたことはない。友人の中にはSNSを信じてしまった人もいるが、日本人に理解してもらおうと地道に努力しているクルドの人たちがいることを知ってほしい」
◆デスクメモ
2018年の入管難民法改正で外国人労働者受け入れを拡大したはずの日本で、続くヘイト。安い労働力としか考えず、人権を二の次にしてきた政府の姿勢が背景ににじむ。「日本人は優しく、日本に来て良かった」という人たちに、分断ではなく共生のメッセージで応えるべきだ。(本)
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