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2023年5月31日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/253460
健康保険証とマイナンバーカードを一体化した「マイナ保険証」。別人の情報が表示されたり、不具合で全額払いを余儀なくされるトラブルが報告されているが、そもそもマイナ保険証を使ったオンライン資格確認にも疑問が。事実上、NTTの光ファイバー通信の独占状態な一方、導入が難航するケースも少なくなく、医療機関側の不満も強いからだ。拙速なマイナ保険証化への反対世論も強まる中、政府がかたくなに推進する背景に、利権のにおいはないのか。(山田祐一郎、岸本拓也)
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◆「NTT光回線以外の選択肢がなかった」
マイナンバーカードと一体化された健康保険証のオンライン資格確認が今年4月に義務化された。その「オンライン」部分たる回線はほぼ、NTT光回線の一択となっている。だがそれが、医療機関の現場で困惑を広げている。
「もともとは光回線を入れられない建物だったが、何とか工事してもらった」。東京都江戸川区で歯科医院を開く扇山隆さん(57)は昨年12月のシステム導入時の苦労をこう語る。もともと医院では、電話線を使用した「ISDN」を利用。2024年1月にISDNはサービスが終了するが、建物との位置関係などの理由で以前から業者に「光回線を引くのは難しい」と言われていたという。
「オンライン資格確認の義務化では当初は光回線以外を考えた」というが、「システム業者から『オンライン資格確認は原則、NTT光回線でないと』と言われ、それ以外の選択肢がなかった」と振り返る。国は導入に際し補助金を出しているが、全部はまかなえず、自己負担分が出た。
4月以降、同院で顔認証付きカードリーダーを利用した資格確認は全体の1.2%。全国で健康保険証とマイナカードとのひも付けの際の誤入力が判明して以降は「結局は紙の保険証で確認せざるを得ない。システム自体の信用がなくなった」とあきれる。
北九州市小倉区で100年以上続く歯科医院の院長を務める杉山正隆さん(61)は、システムを申し込んでいるがまだ導入完了していない。現在、NTT以外の光回線を使用しているといい、「回線がシステムに適合しているか調査が必要で、料金は15〜30分で2万円以上かかると言われた。すべてが決められた回線や高い価格で進められており、ぼったくりでは。本当に導入するべきなのか悩んでいる」と不信感を募らせる。
◆他社の光回線でもNTT関連企業がほぼ必須
オンライン資格確認システムにはNTT東日本、西日本のフレッツ光の「IPv6(最新のインターネット通信規格)」というオプションの契約が必要だが、他社の光回線を契約している場合でも利用することは可能だ。この場合、別に機器を設置したり、ネットワークサービス契約を結んで月額数千円の利用料を支払う必要がある。これらのサービスを提供するのもほぼNTTの関連企業だ。
対象となる医療機関や薬局は計20万以上。「NTTが独占的にシェアを握っている。NTT光回線以外でも可能ではあるが、接続が難しかったり、スムーズでなかったりして結局、NTTの回線に変えているケースもあると聞く」と話すのは、東京保険医協会の岩田俊・広報部長。「回線自体が不安定で医療に持ち込むには疑問があるのに、あいまいなまま一気に進んでいる」とマイナ保険証やオンライン資格確認義務化に突き進む一連の政府の姿勢を危ぶむ。
「医療機関の要望ではないのに、NTTが提供している回線を使い、それがないと保険証の確認ができない。資格確認システムは大量の患者データを収集する回線を敷設するのが目的であり、NTTに医療の金を持っていくという政府による一時的な企業救済でしかない」
◆必要な技術を提供できる企業がNTTだった?
それにしてもなぜ、オンライン資格確認の通信回線の提供は、NTTが独占的な状況になっているのか。
オンライン資格確認の通信回線について議論した昨年8月の厚生労働省の審議会で、医療介護連携政策課の水谷忠由課長は、セキュリティー面を理由に挙げてこう説明した。「悪意のある第三者からの攻撃による情報漏えいがないようにするため、オンライン資格確認で用いる医療機関等のネットワーク回線は、基本的には(IPv6を前提とする)IP-VPN方式、すなわち通信事業者が独自に保有する閉域のネットワークを原則とした」。この技術を提供できる主な企業がNTT東西だったという。
改めて厚労省の担当者に聞くと、「通信事業各社に技術的な要件であるIP-VPNを提供できるか聞き取りしたところ、できると答えたのが、NTTをはじめとする事業者だった。(KDDIなどを)排除したわけではない」と話す。
◆NTTと言えば…接待攻勢や大規模通信障害が問題に
ただ、こうした説明をうのみにできない状況もある。気になるのがNTTグループと中央省庁との密接ぶりだ。オンライン資格確認の所管は厚労省ながら、NTTグループは、マイナンバーカードの基盤をつくっている主要企業体の一つで、マイナンバー政策を進める総務省やデジタル庁とも関係が近い。近年では、同省やデジタル庁の幹部らにNTTが接待を繰り返していたことが問題となった。
また、総務省所管でマイナンバー事業の中核を担う「地方公共団体情報システム機構(J-LIS)」に社員を出向させているNTTグループをはじめとする各社が、14〜20年度に機構が発注したマイナンバー関連事業の約8割に当たる1140億円を受注していたことも本紙の取材で判明している。
こうした官民接近の疑わしさの一方で、肝心のNTTの通信インフラとしての能力にも疑わしさが残る。NTT東西とも4月に、光回線のネットサービスなどで大規模な通信障害を起こし、総務省から行政指導を受けたからだ。さらにNTT西は、指導を受けた直後にも大阪府と兵庫県の一部エリアで固定電話が利用しづらい障害を起こした。
もし、こうした通信障害が起きた場合、従来の保険証が廃止されマイナ保険証しか持っていなければ、オンライン資格確認ができなくなり、「全額請求」されかねない。現実に、医師らでつくる全国保険医団体連合会(保団連)の調査では、登録データの不備などで、マイナ保険証しか持たない初診の患者が「無効」と表示されたことを理由に「いったん10割負担」を請求されたケースが204件起きている。
厚労省の担当者は「初診でなければ、以前の受診情報で本人確認を取れるので10割を請求されることは考えにくいが、まったく初診の場合は、医療機関の判断となる。基本的には紙の保険証の紛失時と同じ扱い」と、いったん全額請求される可能性はあると話す。
◆不具合連発だけでなく、官民癒着はないのか
不具合やトラブルを繰り返すマイナカード事業に見え隠れする官民癒着の懸念がぬぐえぬまま、政府は31日にも参院地方創生・デジタル特別委員会で、健康保険証の廃止を含めたマイナンバー法関連改正案を通そうとしている。
ジャーナリストの青木理氏は、こうした状況を日本全体の地盤沈下と重ねて、こう危ぶむ。「五輪や給付金事業もそうだが、ここ30年で日本の大企業が競争力を失っていく中で、公金にたかる構図が浮き彫りになった。資本家や政治家ら既得権者が沈んでいく船の配分争いをしている。マイナンバー事業はその象徴的な例に見える。国民は不要なものを押しつけられ、そのつけを払わされている」
◆デスクメモ
官公庁の入館証、学校の登下校管理、オンラインでの銀行取引やショッピング…政府の掲げるマイナカード利用は生活のあらゆる場面に及び、セキュリティーも重要だ。となると、オンライン資格確認にかかわる「独占」だけで済むとは思えない。そしてその利権は巨大なものになる。(歩)
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