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沖縄出身のりゅうちぇるが「慰霊の日」に向け語っていた戦争、米軍基地への強い思い
http://lite-ra.com/2018/06/post-4084.html
2018.06.23 りゅうちぇるが慰霊の日に戦争、米軍基地への思いを リテラ
沖縄県公式ホームページより
沖縄戦から73年──本日6月23日、沖縄は「慰霊の日」を迎えた。最後の激戦地となった糸満市摩文仁の沖縄平和祈念堂では、翁長雄志知事や安倍首相が出席のもと、沖縄全戦没者追悼式がおこなわれる。
そんななか、あの沖縄出身タレントが、この慰霊の日に合わせて平和へのメッセージを発信した。独特のキャラクターで一躍人気者となった、りゅうちぇるだ。
それは、朝日新聞の西部・大阪版に6月18日付で掲載されたインタビューでのこと(21日付でデジタル版にも掲載)。このインタビューでりゅうちぇるは、自身のルーツと沖縄への思いを、初めて踏み込んだかたちで語っているのだ。
「沖縄では若い子もおじい、おばあから戦争当時の話をよく聞きます。10代だった僕の父方のおばあは「アメリカに捕まるくらいなら、爆弾で死のう」と言って集団自決しようとする群れから、1人だけ逃げて生き残ったそうです」
住民を巻き込んだ戦闘は残酷を極め、死亡した民間人は約10万人、県民の約4人に1人が亡くなったといわれる沖縄戦だが、なかでも多発した住民の集団自決は、強制的な集団死に追い込まれたというべきもので、沖縄戦のむごさを象徴している。そんな苛烈な状況を生き抜いた祖母の記憶を、りゅうちぇるは引き継いでいるのだ。
その祖母は戦後、「戦争中に日本に来た米兵」と結婚。りゅうちぇるの父が生まれたが、その後、祖父と祖母は離婚。祖父はアメリカに帰ったのだという。「戦争は人を変えてしまう。皆が皆悪い人じゃないし、皆が皆いい人でもない」──。おばあはそう語っていたとりゅうちぇるは振り返り、「(おばあは)米兵や祖父を悪く言いませんでした」と言う。
沖縄では多くの人が戦争を抜きでは語れない人生を抱えている。だが、それは戦争体験者だけのものではない。米軍基地という、危険と隣り合わせの現実がそこにはあるからだ。りゅうちぇるは基地問題についても語っていた。
「今も米軍基地があるから、戦争を身近に感じます。宜野湾市にあった自宅前には普天間飛行場があり、ヘリコプターや飛行機が爆音を響かせて飛行するのは当たり前の光景でした」
この「当たり前」は現在進行形の話であり、その上、騒音にくわえて“墜落”“落下物”の恐怖にも晒されている。ご存じ通り、名護市沿岸でのオスプレイの墜落や東村高江でのCH53Eの不時着・炎上をはじめ、米軍機の事故が相次いで起こっているが、昨年12月には普天間基地近くの緑ケ丘保育園の屋根に「US」などと書かれたプラスチック製のCH53Eの装置カバーが落下するという事故が発生。その事件事故からわずか6日後には、普天間第二小学校の校庭にCH53Eのコックピットの窓枠が落下した。当然ながら沖縄県は小学校上空の飛行中止を求めたが、日本政府はまったくの他人事で、結局、日米間で「学校の上空飛行を最大限可能な限り避ける」という曖昧な合意をしてしまう。
その「可能な限り」などという合意が何の効力もないことは明らかだ。実際、事故後も米軍機は学校付近を飛行し続け、事故から約1カ月後、普天間第二小でヘリの接近を想定した避難訓練がおこなわれたまさにその日にも、米軍は学校上空を飛行。普天間第二小では米軍機が上空に接近すると児童を校庭から校舎へ避難させるという対応をとっているが、その避難回数は、校庭使用を再開した今年2月から6月8日までになんと527回にも上っている(琉球新報6月13日付)。
その上、今月21日には、名護市の農作業小屋の中から銃弾のようなものや弾痕が発見された。ちょうど米軍のキャンプ・シュワブ内の訓練場では18日から実弾訓練がおこなわれており、基地からの流弾である可能性も考えられるのだ。
いつ、空から鉄の塊が落ち、地上で銃弾に当たるかもしれないという不安に脅かされる日常──。そのなかで、りゅうちぇるもまた生活を送ってきた。りゅうちぇるは、こんな体験をインタビューで語っている。
■りゅうちぇるが体験していた米軍ヘリの落下事故「その光景は忘れられない」
「危険と隣り合わせだと感じたのは、2004年に米軍ヘリが沖縄国際大(同市)に墜落した時です。僕は当時小学校3年生。友だちと本屋を出て、タコライス屋に入ろうとした時でした。ヘリが上空で旋回するのを眺めていたら、急に止まって、垂直に落ちたのです。その光景は忘れられません」
幼い少年だったりゅうちぇるが体験した恐怖は、いかばかりだったろう。この事故では幸い死者は出なかったが、それは奇跡のような偶然が重なった結果でしかない。
しかも、沖縄が隣り合わせなのは、米軍による事故だけではない。2016年には沖縄県うるま市で米軍属の男による女性死体遺棄事件が起こったが、こうした米軍による犯罪、とりわけ女性を狙った性暴力犯罪は後を絶たない。現に、りゅうちぇるが生まれたのは1995年。沖縄で小学生の女児が複数の米兵に拉致・暴行された事件が起こった年だ。あれから、沖縄の状況は何も変わっていない。あのとき米軍は日米地位協定を盾に容疑者の身柄引き渡しを拒否したが、その不平等極まりない地位協定をいまなお日本政府は温存させつづけている。
「今も米軍基地があるから、戦争を身近に感じます」というりゅうちぇるの言葉はけっして大袈裟なものではなく、沖縄の現実を映し出した言葉だ。そして、戦争で「捨て石」にされた沖縄では、いまも政府が基地を押し付け、事故や事件には関心を示さず、辺野古や高江で基地に反対する人びとを弾圧するという暴挙が繰り返されている。
いまだ、戦中と地つづきにある沖縄。だからこそ、沖縄戦で犠牲となった人びとを悼む「慰霊の日」は、沖縄だけではなく、この国にとってとても重要な日なのだ。
りゅうちぇるは「慰霊の日は、沖縄のことをめちゃくちゃ熱心に考える一日です」「今も慰霊の日の正午には「うーとーとー」します」と述べている。「うーとーとー」とは「手を合わせて祈る」こと。実際、りゅうちぇるは毎年のように、6月23日になるとTwitterで「うーとーとーする日」「きちんとうーとーとーしたよ」などとつぶやいてきた。
そして、2015年のこの日、りゅうちぇるはこうも投稿している。
〈沖縄県民だけでなく1人でも多くの全国民が、戦争のない、差別のない、平和な世界を願いましょう〉
今回、りゅうちぇるが新聞のインタビューで語ったことは、少しでも沖縄の過去といまの現実を広く知ってほしいという思いがあってのことだろう。りゅうちぇるとともに〈戦争のない、差別のない、平和な世界〉を願いつつ、きょうという日を、いま現在、沖縄が置かれている現状に心を寄せる日にしたい。
(編集部)
りゅうちぇるさん「沖縄を熱心に考える一日」 慰霊の日
https://digital.asahi.com/articles/ASL6C64PCL6CUBFE002.html
2018年6月21日19時45分 朝日新聞
慰霊の日やおばあ、平和などについて話すりゅうちぇるさん=東京都渋谷区、池永牧子撮影
動画→https://digital.asahi.com/articles/ASL6C64PCL6CUBFE002.html
太平洋戦争で激しい地上戦が展開された沖縄で、旧日本軍の組織的戦闘が終わったとされる23日の「慰霊の日」が近づいてきた。沖縄出身のタレントりゅうちぇるさん(22)にとっては、今も特別な日だ。自身のルーツや体験も踏まえた思いとは。
高校卒業まで沖縄で育ちました。沖縄では若い子もおじい、おばあから戦争当時の話をよく聞きます。10代だった僕の父方のおばあは「アメリカに捕まるくらいなら、爆弾で死のう」と言って集団自決しようとする群れから、1人だけ逃げて生き残ったそうです。
今も米軍基地があるから、戦争を身近に感じます。宜野湾市にあった自宅前には普天間飛行場があり、ヘリコプターや飛行機が爆音を響かせて飛行するのは当たり前の光景でした。
危険と隣り合わせだと感じたのは、2004年に米軍ヘリが沖縄国際大(同市)に墜落した時です。僕は当時小学校3年生。友だちと本屋を出て、タコライス屋に入ろうとした時でした。ヘリが上空で旋回するのを眺めていたら、急に止まって、垂直に落ちたのです。その光景は忘れられません。
会ったことはありませんが、僕の祖父は戦争中に日本に来た米兵です。戦後沖縄でおばあと出会い、父が生まれました。離婚して米国に帰国したそうですが、おばあは「戦争は人を変えてしまう。皆が皆悪い人じゃないし、皆が皆いい人でもない」と、米兵や祖父を悪く言いませんでした。
米兵が問題を起こすと「出ていけ」という人もいますが、米兵皆が悪いわけじゃないと思う。だけど、戦争で傷ついている人もいるから「出ていけ」という気持ちもわかります。
慰霊の日は、沖縄のことをめちゃくちゃ熱心に考える一日です。14年に上京してからも、慰霊の日は忘れてはいけないと思い、3年前、ツイッターに「慰霊の日、平和を願い『うーとーとー』をします」と投稿しました。沖縄の言葉で「手を合わせて祈る」という意味です。今も慰霊の日の正午には「うーとーとー」します。
沖縄には悲しみにもまれた歴史があるけれど、ポジティブに明日へ向かう力があります。もっと沖縄のことを知ってほしいから、SNSでずっと発信し続けたいと思っています。(聞き手・逸見那由子)
◇
りゅうちぇる 1995年生まれ。読者モデルの傍ら、テレビのバラエティー番組などに出演。2月には歌手デビューした。読者モデルぺこさん(22)と2016年末に結婚。2月にぺこさんの妊娠を発表した。
沖縄出身のりゅうちぇるが「慰霊の日」に向け語っていた戦争、米軍基地への強い思い https://t.co/eIOwFvi1JW
— litera (@litera_web) 2018年6月23日
すばらしい
— 高崎大史@沖縄県平和委員会 (@daishi1113) 2018年6月23日
沖縄出身のりゅうちぇるが
「慰霊の日」に向け語っていた戦争、米軍基地への強い思い https://t.co/EUhTmZJwWP @litera_webさんから
元記事の方がインパクトあったけど、関連情報があるのと、元記事をもっと広める意義のあるという意味でまあまあよい記事。----沖縄出身のりゅうちぇるが「慰霊の日」に向け語っていた戦争、米軍基地への強い思い https://t.co/mgLzu9DM4g @litera_webさんから
— drkfortest (@drkfortest) 2018年6月23日
りゅうちぇるの素直な言葉が若い人の心に真っ直ぐに届きますように。−−−沖縄出身のりゅうちぇるが「慰霊の日」に向け語っていた戦争、米軍基地への強い思い https://t.co/NkjC22Zyhz @litera_webさんから
— Spica@肉球新党 (@YasukoKakuani) 2018年6月23日
太平洋戦争で旧日本軍の組織的戦闘が終わったとされる23日の「慰霊の日」が近づいてきた。沖縄出身のタレントりゅうちぇるさん(22)にとっては、今も特別な日で正午には手をあわせて祈るそうです。おばあや自身の体験、思いを聞きました。 https://t.co/gmdXYGDa31 pic.twitter.com/PCglTpeq0N
— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) 2018年6月21日
みなさま、動画付きがこちらに。https://t.co/MoGhQusgTt
— 谷津憲郎 (@yatsu_n) 2018年6月21日
6月23日は沖縄の慰霊の日です。この日だけじゃなく、本土に暮らす一人として、沖縄に押しつけているものを考え続けたいと思っています。
— 水野 梓 (@mizunoazusa11) 2018年6月21日
りゅうちぇるさんは、ヘリ墜落の光景が忘れられないと言います。ぜひ読んでいただきたいです。
https://t.co/aEN2g3SW5k
6月23日は慰霊の日。73年前沖縄戦が終結。すでに国民の大半が戦争を知らない。私たちが平和を考える時、戦争について本気で(自分のこととして)感じる感性が必要だと思う。若い世代が平和について発信する意味はとても大きい。もう一つ、その言葉に傾ける耳も必要。 https://t.co/uPTrzlPvSo
— miyako (@miyakot2) 2018年6月21日
りゅうちぇるさん「僕の父方のおばあは、アメリカに捕まるくらいなら爆弾で死のうと集団自決しようとする群れから、1人だけ逃げて生き残ったそうです。祖父は戦争中に日本に来た米兵です。戦後沖縄でおばあと出会い、父が生まれました」
— 盛田隆二『焼け跡のハイヒール』祥伝社 (@product1954) 2018年6月23日
◆「沖縄を熱心に考える一日」慰霊の日https://t.co/ExuY9vCHQJ
https://t.co/ZzrJhRjWwv
— 毬谷友子 (@mariyatomoko) 2018年6月22日
今も米軍基地があるから、戦争を身近に感じます。宜野湾市にあった自宅前には普天間飛行場があり、ヘリコプターや飛行機が爆音を響かせて飛行するのは当たり前の光景でした。〜抜粋
りゅうちぇるさん「沖縄を熱心に考える一日」 慰霊の日:朝日新聞デジタル https://t.co/ZzrJhRjWwv沖縄には悲しみにもまれた歴史があるけれど、ポジティブに明日へ向かう力があります。もっと沖縄のことを知ってほしいから、SNSでずっと発信し続けたいと思っています。 ・抜粋
— 毬谷友子 (@mariyatomoko) 2018年6月21日
りゅうちぇるさん
— 民青新聞 (@minseishinbun) 2018年6月23日
「 #慰霊の日 は、沖縄のことをめちゃくちゃ熱心に考える一日です。3年前、ツイッターに「慰霊の日、平和を願い『うーとーとー』をします」と投稿しました。沖縄の言葉で「手を合わせて祈る」という意味。今も慰霊の日の正午には「うーとーとー」します」https://t.co/c8smgGAx4G
太平洋戦争で激しい地上戦が展開された沖縄で、旧日本軍の組織的戦闘が終わったとされる23日の「慰霊の日」が近づいてきた!!
— 昭和おやじ 【安倍政権を打倒せよ】 (@syouwaoyaji) 2018年6月22日
りゅうちぇるさん「沖縄を熱心に考える一日」 慰霊の日
https://t.co/yxRlosJvnt
太平洋戦争で旧日本軍の組織的戦闘が終わったとされる23日の「慰霊の日」が近づいてきた。沖縄出身のタレントりゅうちぇるさん(22)にとっては、今も特別な日で正午には手をあわせて祈るそうです。おばあや自身の体験、思いを聞きました。https://t.co/5IUUT9dlEQ pic.twitter.com/d7HAJUV60G
— 朝日新聞(asahi shimbun) (@asahi) 2018年6月22日
もうすぐお子さんも生まれるんだっけか〜 素敵なお父さんになりそうだなぁりゅうちぇる☺️ https://t.co/ZJVLsf96nA
— あやきち母ちゃんとおにぎりさん🍙 (@aya_kichi_kichi) 2018年6月21日
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