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(回答先: 太平洋戦争 投稿者 中川隆 日時 2019 年 12 月 23 日 00:40:24)
中島貞夫 あゝ同期の桜 (東映 1967年)
監督:中島貞夫
脚本:須崎勝彌、中島貞夫
原作:海軍飛行予備学生第14期会編『あゝ同期の桜・帰らざる青春の手記』(毎日新聞社刊)
音楽:鏑木創
撮影:赤塚滋
配給:東映
公開:1967年6月3日
キャスト
白鳥少尉:松方弘樹
半沢少尉:千葉真一
南条少尉:夏八木勲
不破少尉:蟹江敬三
由井少尉:村井国夫
藤井少尉:島田景一郎
福島少尉:沢登護
島田少尉:五十嵐義弘
滝:金光満樹
白鳥礼子:藤純子
南条則子:佐久間良子
夕子:三島ゆり子
大沼上曹:山本麟一
風間大尉:脇中昭夫
土井中尉:小沢昭一
通信科教員:川浪公次郎
松本上飛曹:宮城幸生
石川一飛曹:名護屋一
軍医:波多野博
大岡大尉:小池朝雄
A少尉:結城哲也
B少尉:野口泉
片倉参謀:高橋昌也
松田大佐:天津敏
久保大尉:唐沢民賢
菊池二飛曹:宮土尚治
白鳥仙蔵:石山健二郎
白鳥貞子:三益愛子
花田一水:西村晃
間宮軍医長:天知茂
千田少尉:穂高稔
剣持大尉:高倉健
陣之内大尉:鶴田浩二
海軍飛行予備学生第十四期会編の『あゝ同期の桜・かえらざる青春の手記』を原作に、若き学徒兵の遺書・遺稿・日記・手記を完全映画化。日本の敗色が濃厚となってきた頃、定められた死を目前とした若者たちの苦悩と誇りに満ちた短い青春を神風特攻隊の全貌とともに描いた[3][4]。
日本ではテレビドラマが放映されている期間中の1967年6月3日に公開。本作は『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』『あゝ予科練』と並ぶ『東映戦記映画三部作』の1作目と位置付けられている[5]。
当時東映は岡田茂京都撮影所所長(のち、社長)が仕掛けた任侠映画など、不良性感度の高い映画で当てていたが、その任侠映画のプロデューサー・俊藤浩滋が中島貞夫に「どや、これ」と『あゝ同期の桜』の遺稿集を差し出した[3][6]。中島は『あゝ同期の桜』の手記を書いた一人である和田稔の妹と同級生で、高校時代の休学中に手紙を渡されたことがあり、この遺稿集に特別な思いがあり映画化を熱望した[3][6]。
しかし東映本社では、「戦争映画なんていまさらそんなもの」と、けんもほろろで、大川博社長も猛反対したが、中島と俊藤は、かつて周囲の猛反対を押し切って『日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声』を製作した岡田所長に頼めばできると考え懇願に行ったら、岡田所長の政治力によって製作が決定した[3][6][7][8]。
脚本は14期飛行学生だった須崎勝彌と中島貞夫の共同執筆[3]。14期飛行予備学生だった鶴田浩二や松方弘樹・千葉真一・高倉健らオールスターキャスト[3]。
映画は完成したが、各部署から編集で「ここを切れ、あそこを切れ」という声が多数出た。大川社長からは「反戦的過ぎる」とラストシーンまで削れと命令された。ラストシーンは中島の閃いた渾身の場面であった。「もう監督辞める」と駄々をこねたが岡田所長に説得され「ラストシーンだけは残して下さい。あとはどこを切ってもいいです」と言う妥協案を提示し、岡田所長の深夜に及ぶ説得によってラストシーンだけは残ったという[3][6]。映画は予想に反して大ヒットした[3]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/あゝ同期の桜
- 「私たちがいま生きているのは特攻隊のおかげ」とかいう妄想 中川隆 2020/1/12 15:41:03
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