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ベーシックインカムは社会保障費を極小にする為の新自由主義的な制度
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/632.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 9 月 19 日 20:31:20: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 新自由主義を放置すると中間階層が転落してマルクスの預言した階級社会になる理由 投稿者 中川隆 日時 2019 年 4 月 16 日 11:09:23)


2019年9月19日

ベーシックインカムは社会保障費を極小にする為の新自由主義的な制度


MMTの就業保障プログラム VS ベーシックインカム
From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授
https://38news.jp/economy/14615

現代貨幣理論(MMT)を体系的に論じたランダル・レイ氏の『MMT現代貨幣理論入門』には、政府が雇用の安定と貧困の解決を目的として提供する「就業保障プログラム(JGP)」というアイデアがやや詳しく紹介されています。

これは簡単に言えば、政府自らが最低賃金を決めて労働者を雇い入れ、不況時に失業者が増大しないようにするシステムです。

政府の提供する仕事は、インフラの整備や社会福祉事業など、公共性の高いものが中心となるでしょう。

しかしそれだけではなく、ふだん民間が行なっているさまざまなプロジェクトについても、不況時には政府もタッチして、失業者に就業機会を提供することになります。

世界恐慌時代のニューディール政策がそのモデルの一つです。

こういうと、いわゆる「小さな政府」論者は、すぐクラウディングアウト(金利高騰による民間需要の圧迫)を心配するでしょう。

しかしJGPはあくまでその時々の最低賃金で雇用することが条件ですから、もし少しでも景気が回復して、それよりも高い賃金で雇う企業が現れれば、労働者はそちらに自動的に移っていきます。

そしてまた景気が悪化すれば、政府が財政支出を行なって、失業者を吸収するわけです。

いわばJGPは、景気循環の波をできるだけ抑えて完全雇用の実現を目指すための労働者のプールなのです。

このアイデアは、いくつかの点で優れている、と筆者は思います。

レイ氏の説明に従って、その利点を挙げてみましょう。

一つは、このアイデアが、「小さな政府」がよいのか「大きな政府」がよいのかといったイデオロギー的な対立の不毛さから自由な、柔軟なシステムだという点です。

JGPの雇用は、景気後退時に増加し、景気拡大時に縮小します。

景気過熱時にはインフレ圧力を弱め、不況時にはデフレ圧力を弱めます。

つまり景気後退時には、「大きな政府」になり、景気拡大時には「小さな政府」になるわけです。

その意味で、アメリカで言えば、民主党だけではなく共和党にも受け入れられる要素を持っています。

また、これは政府が直接雇用しますから、医療、育児、社会保障、病気休暇など、きちんと整った福利厚生とセットになっています。

ここに属する労働者は、パートタイム労働や季節労働を含め、その期間、一種の公務員になるわけですね。

次に最低賃金ですから、民間の雇用者は、これより少しでも高い賃金を支払えば労働者を引き抜くことができるので、雇用者どうしの低賃金競争を制限することができます。

また一般企業は、福利厚生や労働条件の面でも、少なくともこのプログラムと同程度の水準を提示しなければならなくなります。

ブラックな扱いを受けている労働者は、そこから逃れてJGPを選択することができるわけです。

為替レートとの関係ではどうでしょうか。

貧困層に所得をもたらすと、消費が増え、その結果輸入が増えるので、輸入物価が上昇して通貨安となり、インフレが加速することを心配する向きもあるでしょう。

しかしこの心配は、フィリップス曲線を盲信した主流派経済学からくるものです。

フィリップス曲線では、失業とインフレとがトレードオフの関係になりますから、一国の経済の安定のためには、ある程度の失業やむなしという考え方になります。

しかしレイ氏はこれに対して、次のように答えます。

《物価と為替レートの安定を達成するための主要な政策手段として貧困と失業を利用することに対しては、強い倫理上の反対論がある。》

また、《むしろ、就業保障プログラムは国内外における通貨価値に(最低賃金という――引用者注)土台を提供するがゆえに安定させ、実際にはマクロ経済の安定性を高める》

《為替レートへの圧力が万一強まって、それを最小化したいのであれば、国は貿易政策、輸入代替政策、ぜいたく税、資本規制、金利政策、取引高税などを依然として利用することができる》

つまり、貿易赤字の増加を解決するために、貧困層や失業者にすべての負担を押し付けるのはおかしいということですね。

このアイデアに対しては、このほか二つの批判があるようです。

一つは、政府の雇用の増減の幅が大きくなりすぎて、制御不能になるのではないかというもの。

不況時に多くの雇用を創出したのに、好況になったらそれがみんな民間の雇用に流れてしまうのでは、多くのプロジェクトを中止しなくてはならなくなるのではないか。

これはもっともな心配です。

しかし、アメリカでは、労働者プールにおける雇用の一般的な増減幅は、好況時の800万人から不況時の1200万人までの400万人と推定されており、好況時でもほとんどのプロジェクトが継続できるように、労働者プールに十分な数の労働者を確保しておくことは可能であろうと、レイ氏は述べています。

もう一つは、例によって「財源」をどうするのかという議論です。

政府が福利厚生とセットで賃金を払って労働者を直接雇用するとすれば、当然、相当の財政出動を覚悟しなくてはならないからです。

しかし、MMTをよく知る人なら、この議論は「うんざり」でしょう。

というのも、MMTは、自国通貨を発行できる国では、財源を税収に求めることを認めていないからです。

原則としてインフレ率以外に財政支出には制約がなく、債務の累積によって財政破綻することはありえないというのがMMTの最も重要な指摘です。

債務残高は、過去の財政支出のうち、税金で取り戻せなかった分の記録に過ぎず、それはそっくり民間の貯蓄になっています。

また、税の機能は、歳出を賄う点にあるのではありません。

それは、国民経済を安定化(インフレ、デフレのコントロール)させること、所得の再分配によって極端な格差をなくすこと、自国通貨納税によって一国の経済活動に信用をもたらすこと、公共性を害する経済活動を処罰することの四つです。

さらに進んで、中央政府は、中央銀行の準備預金口座に必要金額を電子記録として書きつけるだけで財政支出が可能となるので(つまり貨幣の創造)、MMTでは、利払いを伴う国債の発行すら、あまり思わしくないとされています。

国債とは、準備預金口座に書き込むことの代替機能に過ぎないのです。

「ザイゲン、ザイゲン」と騒ぐ人たち(ほとんどの行政関係者、政治家、エコノミスト、マスコミがこれに当たりますが)は、これらのことをまったく理解していないのです。

さて、MMTの就業保障プログラムとは別に、ベーシックインカムというアイデアが一部で盛んに議論されています。

これは、個人単位で、全国民に一定額を支給するというものです。

働いている人も働いていない人も、子どもも高齢者も、富裕層も貧困層も、ハンディのある人もない人も、一律同じ金額が支給されます。

政府が、生活できるだけの最低保障をするから、あとは自由に生活設計をしろというわけですね。

この考えはどうでしょうか。

メリットとして、貧困対策、少子化対策、地方の活性化(地方のほうが物価が安いので)、多様な生き方の実現、非正規雇用問題の緩和、社会保障制度の簡素化、行政コストの削減、などが挙げられていますが、どれも説得力がありません。

まず、真剣に貧困対策を考えるなら、富裕層にも支給するというアイデアはおかしいですし、子どもにも支給されれば結婚や出産へのハードルが外されるというもっともらしい理屈は、これまでの子ども手当などの対策が一向に効果を上げていないことで反証済みです。

地方の活性化は、インフラの整備というポジティブな政策によってこそ実現するので、物価が安いぶんだけ活性化につながるなどというのは、なんとも屁理屈めいています。

物価の安さは、同時に生産活動の沈滞をも表しています。

また、多様な生き方といえば聞こえはいいですが、引きこもりやニートもその一つということになりますから、そういう生き方を助長してしまうでしょう。

非正規雇用やワーキングプアの問題は、デフレのために雇用者が人件費を削減する動機から出ているので、デフレを前提とした上で、ベーシックインカムがその緩和に役立つという発想は、本末転倒です。

支給された金額が消費に使われずに貯金されてしまったら、デフレ脱却はいっそう遠のくでしょう。

社会保障制度の簡素化と行政コストの削減。じつを言えば、これがベーシックインカムという発想が出てくる本音の部分をあらわしています。

というのは、このアイデアは、もともと社会保障を極小にせよという新自由主義的な考え(小さな政府)から来ていて、高齢者、障碍者、病者など、特殊条件を抱えた人々に対するきめ細かな対応をやめて一本化してしまえばよいという粗雑な発想に基づいています(左派系の人たちは、一応社会保障制度との抱き合わせを主張しているようですが)。

ミルトン・フリードマンの「ヘリコプター・マネー」と共通していますね。

貧困? 失業? カネをばらまきゃいいじゃないか、というわけです。

じっさいフリードマンは、「負の所得税」という言い方で、ベーシックインカムとよく似たことを提案しています。

それぞれに特別な条件を抱えていて、ベーシックインカムではとても足りないという人はどうすればいいのでしょうか。

新自由主義得意の、「あとは自己責任で」というのでしょうか。

また、行政コスト云々については、MMTがそれを心配する必要がないことを証明してしまったのですから、何らメリットにはなりません。

ベーシックインカムのメリットとして、ブラック企業の抑止効果を唱える人もいるようですが、おいおい、それは反対だろう、と言いたいですね。

「お前は最低限食っていけるんだから、ウチじゃあ、そんなに給料出す必要はねえ。それでも働きてえなら、こんだけの仕事をいついつまでにこなせ」と考えるのが、ふつうの雇用者心理ではないでしょうか。

このアイデアの最もまずい点は、人々の勤労意欲を殺ぐことです。

楽をしたがるのが人性というもの。

もし働かなくても最低生活が保障されるなら、好き好んでつらい労働に従事する人はいなくなるでしょう。

ローマ時代末期の「パンとサーカス」と同じような状態が出現します。

筆者は、楽をすることが道徳的によくない(「働かざるものは食うべからず」)と言いたいのではありません。

働かなくても食っていけるのなら、多くの人が生産現場から手を引き、当然、社会全体の生産力、生産性は低下します。

つまりかえって貧困化が進み、亡国への道を早めるでしょう。

MMTの提唱する就業保障プログラムと、ベーシックインカムとの決定的な違いは、前者が必ず政府による雇用を条件としているのに対して、後者が、働くか働かないかを問題にしていない点です。

もちろん、どれか一つの政策に固執する必要はないので、状況に応じて、複合的に組み合わせて用いることは可能であり、それを許容する寛容さを持ち合わせることは大事なことです。

たとえば、給付型奨学金制度などは、ベーシックインカムの部分的な適用と見なすことができますから、大いに推奨されるべきでしょう。

ただ、思想として見た場合、どちらが優れているかといえば、就労を条件とするJGPのほうが、人間的自由の獲得の条件としてやはり立ち勝っていると言えるでしょう。

ベーシックインカムは、かつて救貧のために方法を見出せなかった時代の、富裕層による上からの慈善事業の現代ヴァージョンです。

もし誰もが勤労の対価を受け取り、それによって社会に参加しているという実感を抱けるなら、それが結果的に一人一人の誇りを維持する一番の早道と言えるのではないでしょうか。

昔の偉い思想家も、次のように述べています。

《各人が自分の欲求を満たすという主観的な動機にもとづいておこなった労働の投与が、全体としては、たがいに他人の欲求をも満たす相互依存の生産機構を作り出す。これは、「共同の財産」である。もしそういう共同の財産のネットワークが市民社会にきちんと整っているなら、それによって、だれもが自分の労働を通じて社会から一人前であるとして承認される。それは、慈善や憐憫に頼るような奴隷的なあり方とはちがった、人間的な自立と自由とを実感できる道である。》(ヘーゲル『法哲学講義』――ただし一部筆者改訂)

《「人生の要訣はただ働くにあり」》(福沢諭吉『民間経済録』)
https://38news.jp/economy/14615  

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コメント
1. 中川隆[-10978] koaQ7Jey 2020年10月07日 23:48:10 : jtp6VypvpQ : a1FaSjRBSkN5U0E=[13] 報告
竹中平蔵はなぜ「ベーシック・インカム」を言い出したのか? [三橋TV第298回] 三橋貴明・saya
2020/10/07





2. 中川隆[-9532] koaQ7Jey 2020年11月29日 14:27:38 : 0dW5WXdb4g : aVBMMHpYRUt5V0E=[13] 報告

 COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)を口実にして社会を収容所化する政策が世界規模で進められているが、収容所化が進むと人びとの移動制限は強化され、団結しにくい状況が作り出され、監視システムも強力になり、経済活動は麻痺して人びとは安定した収入源を奪われる。教育を受ける権利はすでに奪われはじめている。必然的に健康保険や年金の仕組みも破綻するだろう。

 ベイシック・インカムを主張する人もいるようだが、これは支配者から被支配者へカネを流す仕組みであり、富が支配者へ集中することを前提にしている。家畜が餌を要求しているようなものだ。収容所化は人びとを家畜にする政策だとも言えるだろう。

 COVID-19を利用して資本主義を大々的に「リセット」するべきだとWEF(世界経済フォーラム)を創設した​クラウス・シュワブは主張​したが、そのリセットとは社会の収容所化であり、人びとの家畜化だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011290001/

3. 中川隆[-7020] koaQ7Jey 2021年2月28日 09:40:51 : 1vS4Oaq6as : UVJJTWxKQ3EwUUU=[12] 報告
「一億総生活保護」化!?ベーシックインカム導入で危惧される未来とは
2021/02/28


的場昭弘氏(左)と、白井聡氏(右)

 いま、貧困や経済格差の問題を解決する方法として、国が全国民に一律で必要最低限の生活費を給付する「ベーシックインカム」が注目されています。その実現可能性は、どのくらいあるのでしょうか? 『いまこそ「社会主義」』(朝日新聞出版)の共著者である的場昭弘さんと、『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社)の著者である白井聡さんに聞きました。(※本記事は、朝日カルチャーセンター主催で2020年11月に行われた対談講座「マルクスとプルードンから考える未来」の内容の一部を加筆・編集したものです)

■ベーシックインカムは、企業のためのもの?

――ベーシックインカム論は、労働者が資本から自由になる道でしょうか? それとも、国民が国家に取り込まれる道でしょうか?

的場:ベーシックインカムというのは、もともとは資本主義的な発想の中から出てきた概念です。資本主義経済では、消費者にたくさん消費してもらわないと、企業活動を継続することができません。つまり、消費者である国民の所得の保障を国家がすることで、企業活動が滞りなく行えるようにしましょうというのが、ベーシックインカム論の背景にあるもともとの考え方です。

 一つの近未来として、企業活動がどんどん自動化されていって、いわばロボット化して、多くの労働者が働かなくてもよくなった状況を考えてみましょう。そうすると、仕事を失った労働者は賃金をもらうことができませんから、積極的な消費が行われなくなります。そこで、消費を行ってもらうための方策のひとつとして、ベーシックインカムが出てきます。

 このベーシックインカムの実現を考えるにあたってポイントになるのは、国家が国民にあまねくお金を配るための原資をどうやってつくるか、ということです。企業活動が滞りなく行えるようにするという目的に照らせば、企業に税金をかけるというのが合理的となります。その税金を原資にして、国家が労働者にお金を与えて、消費してもらうということです。

 ベーシックインカムを受給するとは、いわば、そうやって消費のために動かされていく世界に生きるということです。そもそも、ベーシックインカムという考え方のおおもとには、労働者が自らの労働権をしっかり行使して、その対価として得られるべき所得を得て生きていくという発想がありません。本当にそれでいいのかという、難しい問題を考えなくてはなりません。

 政治家の中にはベーシックインカム論を立ち上げようとする人たちもいますが、いまひとつ説明しきれない理由は、いったい誰が何のためにベーシックインカムをやろうとするのかということが明確にされていないからではないでしょうか。

■ベーシックインカムは、人間を不幸にする?

白井:質問された方も2つの可能性があると思っておられるようですが、私も基本的にはその2つの可能性があるだろうと思います。

 ですが、少なくとも、現時点で仮にベーシックインカムが導入されるとするならば、たぶん精神的にネガティブな影響が広がる結果にしかならないじゃないかなという気がします。いうなれば、国民一億総生活保護者化するっていう感じになっちゃうのではないかと。

 生活保護という制度に関してはさまざまな問題というのが指摘をされていますが、私がここで問題にしたいのは、不正受給が起きるかもしれないなどといったことではありません。ベーシックインカムは、それをもらいながら暮らすことで、「何もしなくていいんだろう。医療費タダだしな。あー、なんて安楽で、充実もしているな。本当にこれが最高の生き方だ」と思える人がどれほどいるのだろうかという、根本的な問題をはらんでいると思います。

 たぶん、そんな人はほぼいないと思うんです。それが、人間のある種、社会的本能ということなのではないかと思います。

 ベーシックインカムをもらうとは、いわば、「自分が社会に対して何も与えることができていない」と思いながら、社会から一方的に受け取っているという状態です。もちろん実際には、本人が気付いていないだけで、何かしら社会に与えているのかもしれません。でもとにかく、「与えていない」と思わされる状態で、一方的に給付を受けるという状況が、人間はすごく不愉快、不本意なことなんだろうと思います。だから心がすさみやすいという問題を抱えているのではないでしょうか。

 労働は、人間という存在にとって極めて本質的なものであり、人間らしくあるための条件でもあると思います。生活保護受給者が陥っている精神的苦境はこれが満たされないことに端を発している。ベーシックインカムとして労働をしないでお金だけもらえるとなると、こうした生活保護受給者の精神的苦境が全国民的に広がっていくっていうことが起きるんじゃないのかなということを、私は危惧しています。

的場:結局、労働は、所得とは関係なく存在しているものでもあるということですね。労働は、人間と人間をつなぐものでもある。つまり、労働を抜きにしたら人間関係がなくなるということが言えると思います。

 それに、国家からお金を受け取るということは、まあ、国家によってまさに飼いならされてしまうという危険性をはらんでいるとも言えます。ベーシックインカムは、すごくおもしろいアイデアだと思います。ただ、実施するには、さまざまな工夫が必要であるということは間違いないですね。

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E4%B8%80%E5%84%84%E7%B7%8F%E7%94%9F%E6%B4%BB%E4%BF%9D%E8%AD%B7-%E5%8C%96-%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%A0%E5%B0%8E%E5%85%A5%E3%81%A7%E5%8D%B1%E6%83%A7%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%A8%E3%81%AF/ar-BB1e4UFC?ocid=msedgntp

4. 中川隆[-10534] koaQ7Jey 2024年5月22日 23:25:16 : h2Vl2RW0jM : Tkw2b1dkcHUxcUk=[2] 報告
【労働なき奴隷制度】ベーシックインカムを実際に導入したフィンランドの悲惨な末路【岡田斗司夫 / サイコパスおじさん / 人生相談 / 切り抜き】
おかだぬき夫の超解説【岡田斗司夫切り抜き】2024/05/16
https://www.youtube.com/watch?v=LPN0ZNn3Ykk

00:00 ダイジェスト
00:21 ベーシックインカム制度とは
08:26 ベーシックインカム制度が導入されたら…
17:46 ベーシックインカム制度の実験結果

大西つねき :正しいベーシックインカム
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/765.html

ベーシックインカムは社会保障費を極小にする為の新自由主義的な制度
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/632.html

5. 中川隆[-8493] koaQ7Jey 2024年11月15日 06:38:00 : EtqdtDeGhU : a3lUYlJEWHFVcmM=[10] 報告
<■208行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
ディープ・ステートとは何か?

保守や右翼がディープステートと呼んでいるのは欧米の資本家階級の事なのですが、保守や右翼の人はマルクス経済学の用語を非常に嫌うので、わざわざ陰謀論的な言葉を使っているのです:

資本主義はすぐに階級社会になって行き詰まる。
資本主義は自国だけでは階級ができた段階で内需が壊滅し恐慌になって行き詰る。
それで需要を求めて植民地を作り、植民地人から搾取して生き延びるしかなくなる。

シュワブは資本主義のリセットをすると言っているのだが、資本主義はすでに行き詰まっている。一国ではすぐに行き詰まり、早い段階で国外での略奪に活路を求めた。これが帝国主義だが、侵略を「グローバル化」しても早晩行き詰まる。1970年代から金融操作で誤魔化してきたが、21世紀へ入った頃には限界。新たなシステムを築かなければならないくなっている。そこでのリセットだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202104080001/


▲△▽▼


茂木誠 _ トランプの真の敵/ディープ・ステートとは何か?
もぎせかチャンネル 2024/11/10
https://www.youtube.com/watch?v=lvLBGm4GvyA&t=87s


ジェイソン・モーガン _ トランプの敵、DS(ディープステート)の正体とは? 【※陰謀論ではありません】
藤井聡チャンネル『表現者クライテリオン』2024/11/11
https://www.youtube.com/watch?v=Gg6FaxTYvYs


ディープステートは誰なのか?もはやその存在はバレ始めている!(及川幸久×石田和靖)
【越境3.0チャンネル】石田和靖 2024/10/16
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16874514

ディープステート(ネオコン)とは? ミアシャイマー vs 伊藤貫 - YouTube
「ミアシャイマー」の思想・ネオリアリズムの国際政治学
https://www.youtube.com/watch?v=2VIupJG07UM&t=275s

ディープステートとは何か
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/416.html

ディープステートとかいう馬渕睦夫のアホ陰謀論
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/623.html

ディープステート(ネオコン)とは? ミアシャイマー vs 伊藤貫 - YouTube
「ミアシャイマー」の思想・ネオリアリズムの国際政治学
https://www.youtube.com/watch?v=2VIupJG07UM&t=275s

何が違うのか!? 古典派(伊藤貫) vs ネオリアリスト(ミアシャイマー・ウォルツ) (情緒vs論理、陰謀論vs社会科学) - YouTube
「ミアシャイマー」の思想・ネオリアリズムの国際政治学
https://www.youtube.com/watch?v=ROZP1v146jM


2023-10-31
チャンネル名から伊藤貫氏の名前を外した理由
https://uipkmwvubg9azym.hateblo.jp/entry/2023/10/31/095631


「ミアシャイマー」の思想・ネオリアリズムの国際政治学 - YouTube
https://www.youtube.com/@Mearsheimernishibesusumu/videos


「ミアシャイマー」の思想・ネオリアリズムの国際政治学(YouTube)のブログ
リアリスト学派の国際政治学による日本の外交・国防、国際情勢の分析
https://uipkmwvubg9azym.hateblo.jp/archive


2023-10-31
チャンネル名から伊藤貫氏の名前を外した理由
https://uipkmwvubg9azym.hateblo.jp/entry/2023/10/31/095631

チャンネル名から伊藤氏の名前を外すことになりました。
外した理由は二つあります。

一つ目の理由は、伊藤氏の国際政治学のパラダイム(学派)と、このチャンネルが正しいと考えているパラダイムが違うからです。
このチャンネルは国際政治学のネオリアリズム(攻撃的リアリズム・防御的リアリズム・新古典的リアリズム)という学派が正しいと考えていますが(※この3つのどれが正しいという決めつけはしていません)、伊藤氏のパラダイムは古典的リアリズムです。
そして、このパラダイムが違うと、国際政治に対する分析の結果も、未来予測も違ったものになります。

この二つの違いを簡単に説明すると、ネオリアリズムは、基本的に国際政治の構造によって、国際政治は左右されると考えるのですが、古典的リアリズムは、構造ではなく、その国の性質(例えば、支配欲が強い など)に左右されると考えます。
例えて言えば、地動説と天動説のように、ネオリアリズムと古典的リアリズムは、根本的に違います。
また、国際政治学界での一般的な評価としては、1979年にケネスウォルツが「国際政治の理論」という本を発表し、構造的現実主義の理論(ネオリアリズム)を発表してから、初めて国際政治学は社会科学の域に入ったとされています。
またネオリアリズム以外の学派(リベラル制度主義、コンストラクティビズム)も、ウォルツのネオリアリズムをたたき台にして理論構築しており、古典的リアリズムは学術的には過去の遺物(信憑性のない理論)として葬り去られたという形になっています。
このような経緯を踏まえて考えても、このチャンネルは、ネオリアリズムが正しいと考えています。
具体的な学者としては、ケネスウォルツ、ミアシャイマー、スティーブンウォルト、クリストファーレインなどです。

伊藤氏は、ウォルツなどのネオリアリストの名前を出すことがよくありますが、「支配欲で国際政治は動く」と度々発言しています。
また、それ以外にも、伊藤氏は、過去、「雑誌 表現者」において、「ネオリアリズムと古典的リアリズムを区別していない」と発言していたり、ミアシャイマーを古典派のモーゲンソーと同じ分類に入れるという内容の論考を表現者で発表しています。
これらから考えると、伊藤氏のパラダイムはネオリアリズムではく、古典的リアリズムだというのが客観的な評価です。
伊藤氏のパラダイムは、新古典的現実主義であるという反論があるかもしれませんが、新古典的リアリズムは、安全保障をベースに国家は動くと考えているので、支配欲で国家は動くという伊藤氏とは根本的に違います。

ネオリアリズムと古典派の未来予測の違いについて言えば、例えば、伊藤氏は、「アメリカは中国と戦争まではせずに、あっさり東アジアを見捨てる(投資家が反対するからというのも理由としてあげられている)」と度々発言していますが、ミアシャイマーは、「東アジアの覇権をめぐって、アメリカは中国との戦争も辞さない」という考えなので、まったく予測が違うということになります。
このように予測が異なるのは、古典派は支配欲で国家は動くと考えていますが、ネオリアリズムでは、安全保障を第一にして国家は動くと考えているからです。

二つ目の理由は、伊藤氏が「ディープステート」、「資本家が米外交を支配している」、「ウクライナ戦争はアメリカが企画して、意図的に起こした」など、陰謀論者的発言をしばしば行っているからです。
伊藤氏のこれらの発言をネオリアリズムの学者たちは支持していません。
たとえば、ウォルト教授は、Foreign Policy誌に「DSというようなもの存在しない」という内容の論文を出していたり、ミアシャイマー教授も、「外交を動かしているのは、資本家ではなく、外交エリートたち」という発言をしていて、伊藤氏の言うような陰謀論は否定しています。
このような両者の考え方の違いは、一つ目の理由で説明した両者の根本的な考え方の違い(国家は支配欲で動くのか、安全保障で動くのか)から生まれます。

先ほど、古典派の理論は学術的に見て、非科学的と評価されていると説明しましたが、陰謀論も古典派と同じような思考に基づいたものなので、陰謀論も非科学的という評価になります。

この点についての詳細はケネスウォルツの国際政治の理論を読んでいただきたいのですが、陰謀論も古典的リアリズムも、理論が帰納的であるということです。国際政治はシステムからの影響を無視できない以上、理論は帰納的ではなく、演繹的・体系的なものでなければならないということです。


いわゆる陰謀論は、古典派が全盛だった時代に流行した過去の遺物です。
悪い国が戦争を始めるなどと考える古典派は陰謀論と非常に相性がいいです。

それ以外に、核戦略論についても、伊藤氏は80年代の知識を根拠にしていると発言されていますが、核戦略論は、ここ数十年で大きく変化しており、80年代の知識では正確な分析ができなくなっています。
例えば、核があるから米中は戦争できないという伊藤氏の主張は、現在の核戦略論では否定されています。なぜなら、戦術核において、この数十年で大きな技術革新があり、核兵器の持つ意味合いが80年代とは変化しているからです。

また、伊藤氏は核の傘は嘘と発言されていますが、ミアシャイマーも含め、他のネオリアリストの学者の中で、核の傘を否定している人は一人もいません。
つまり、「核の傘は嘘ではない」ということです。

このチャンネルでは、ある時点まで、「伊藤氏はネオリアリズムに基づいて、国際政治分析をしている」と思っていたのですが、そうではないということに気が付いて、伊藤氏からの伝聞ではなく、自ら国際政治学について一から学び直す必要があると考えました。
そして、このチャンネルでは、去年の終盤から半年程度動画制作を休止して、チャンネルページの投稿欄を利用して、ウォルツの「国際政治の理論」を毎日引用しながら、チャンネルメンバーと一緒に理解していくという作業をしました。
この本は、現在の国際政治学の基本書に位置付けられていて、必読文献になっています。
まだ投稿はそのまま残しているので、チャンネルメンバーになれば誰でも閲覧できます。


www.youtube.com

このチャンネルで過去に作った動画の中には、ネオリアリズムから見ると正しくない内容のものがあります。
そのために、非公開にした動画もありますが、一部が間違っている動画ついては、今後、カットなどの作業が必要だと考えています。

ウォルツの国際政治の理論の日本語版が出たのが、2010年で、まだ10年余しか経過していません。

このことは、ネオリアリズムが日本ではまだ十分に理解されていないということを意味します。
日本で、古典的リアリズムや陰謀論のような非科学的にものを信じている人がまだまだたくさんいるのは、(科学的な)ネオリアリズムについてまだ理解が不十分であることも原因の一つではないかと思います。
また日本の国際政治学者の大多数は、コンストラクティビズムか、リベラル制度主義に属する人たちなのですが、ウクライナ戦争や中国の台頭について、これらの学派は、予測に失敗したので、「国際政治学は信用できない」という間違ったイメージが広がってしまっていることも、陰謀論が流行してしまう原因の一つではないかと思っています。
ネオリアリズムは、ウクライナ戦争の発生リスクや中国の台頭について正確に予測していました。そして、陰謀論と違い、学術的に検証されているものなので、信憑性が確保されています。

とは言っても、伊藤氏のことを全く支持していないという訳ではなく、伊藤氏の哲学の領域での発言については傾聴に値するものがあると考えているので、今後も、教育論などで伊藤氏の発言を取り上げさせていただくことはあると思っています。
しかし、伊藤氏の名前をチャンネルに入れると、陰謀論や古典的リアリズムを支持しているという誤解を与えてしまうため、やむを得ず外すことにしました。

これをお読みの方のほとんどは、伊藤氏の国際政治分析は正しいと考えていらっしゃると思いますが、一度、ウォルツの「国際政治の理論」を読まれてみて、伊藤氏の考え方(古典的リアリズム)との違いを確認されてみたらいかがでしょうか

私がここでいくら説明しても、納得していただくのは難しいと思うからです。
私も、伊藤氏が絶対に正しいと考えていた時は、伊藤氏に対する批判は全て間違いだと思っていたので、その時の自分のことを思い出すと、皆さんが、これを読んで納得するとは思えません。
今から思うと、一種の洗脳状態であったと思います。

私が間違えてしまったのは、「伊藤氏は、ウォルツやミアシャイマーの考え方を正確に伝えてくれているから、彼らの本は読む必要がない」と思い込んでいたことです。

この本を読んでみて、伊藤氏の国際政治分析はネオリアリズムではなく、古典的リアリズムに基づいたものであることが分かりました。

だから、ご自身で国際政治の理論を最後まで読まれて、自ら納得するというプロセスが必要だと思います。
この本は、今の国際政治学の枠組み(土台)を説明しているので、この本の内容を理解できていないと、他の国際政治の理論(この本を土台にして、防御的リアリズム・攻撃的リアリズム・新古典的リアリズムが生まれている)は理解できないです。
ネオリアリズムはリベラル制度主義などと違って、理想や願望を理論に組み込んでいないので、真実性を感じられると思います。
そして、ネオリアリズムを理解した上で、陰謀論と比較すれば、陰謀論がどれほど非科学的な話なのかが分かるでしょう。
ウォルツもこの本の中で、陰謀論を批判しています。
陰謀論を信じている人は、雷が神の仕業だと考えていた原始時代の人と同じです。
原始人は、科学的知識がないから、雷を神の仕業だとしか思えませんでした。
ネオリアリズムを学ばれれば、今まで陰謀論だと思っていたことが、思い込みに過ぎなかったことが分かるでしょう。

今後、国際政治分析については、ミアシャイマーらのネオリアリストの学者の見解を論拠にして動画制作をしていく予定です。
ネオリアリズムの学者の間でも(対中政策などで)論争もあり、ミアシャイマーに対する批判もあるので、それも紹介していく予定です。
https://uipkmwvubg9azym.hateblo.jp/entry/2023/10/31/095631

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