さよなら香港 2019年9月11日 田中 宇1997年に英国の植民地から中国に返還された香港では、英国が中国(中共)への嫌がらせとして、返還直前(95年)にそれまで全くやっていなかった民主的な政治体制(民選議会)を新設し、中共が返還後の民主体制の換骨奪胎を試みると、米英が「中国は香港の民主や人権を弾圧している」と非難することが繰り返されてきた。香港は、米英の中国敵視策の道具として使われてきた。2014年に中共が香港の選挙制度を改悪したときは「雨傘運動」の大規模デモが起きた。今年、香港で逮捕された容疑者を中国に送致できるようにする「1国2制度」の換骨奪胎としての刑事手続きの改悪が試みられたのを受け、再び大規模なデモが起きている。 英国は、自分が香港を支配していた時には民主体制など全くやっていなかった。冷戦後(隠れ多極主義・隠れ親中国である)米国からの要請で、香港を中国に返還せねばならなくなったので、中共を苦しめるために、維持が困難な(英国自身でさえ宗主国だった時には断固拒否していた)民主体制を「(負の)置き土産」「最後っ屁」として残した。 英国は、インド植民地の独立に際してはインドとパキスタンが永久に対立する構図を最後っ屁として残し、印パを永遠に苦しめている。日独は戦後、永遠の対米従属(米国覇権の黒幕である英国への従属)を強いられている。人類のほとんどは、これらの英国による極悪な策略・善悪歪曲・歴史捏造の存在にすら気づかず、英国は良いイメージを維持している。そもそも英国は、悪名高き阿片戦争で香港を中国から奪って植民地した(当時はまだ英国が人類の善悪観を不正に操作できる洗脳技術を持つ前だった)が、それは香港問題を考える欧米日の人々の頭の中にない。 米英覇権を運営する上層部(米英諜報界)が、冷戦構造・中国敵視を好む英国・軍産複合体と、親中国・覇権放棄的な隠れ多極主義との長い暗闘の構造であるというのが私の見立てだが、米英の対中国政策もこの暗闘の構図の中にある。50年代に中国を朝鮮戦争に巻き込んで米国の敵に仕立てたり、89年に天安門事件を引き起こして冷戦後の「人権外交」の構図の中で中国を制裁対象の「極悪」に仕立てたのは、軍産英側の策略だ。英国から中国に香港を返還させたのは多極側の策略だが、返還前に香港を付け焼き刃の民主体制に転換して中共に「1国2制度」を約束させたのは軍産英側の策だ。 (人権外交の終わり) 英国で世界支配を担当しているのは、スパイ操作に長けた諜報界(MI6)だ。英国は香港返還時、返還後の香港で中共を困らせる民主化要求の反政府運動を扇動・先導するスパイ網を設置したはずだ。雨傘運動や、今年の大規模デモなど、返還後の香港での民主化運動の指導層の中に英国系のスパイがいて先導している可能性はある。だが英国はそうした介入を隠然とやっているので「証拠」がない。 (米国が英国を無力化する必要性) 隠然系の英国と対照的に、香港(など世界中の民主化運動)に対して露骨で目立つ介入をやっているのが米国の諜報界だ。米国は、世界中の反米諸国の民主化運動をテコ入れするため、冷戦末期の80年代から「民主主義基金」(NED)を国務省傘下に作り、NEDがテコ入れする各国の民主化運動組織に、ジョージ・ソロスら資本家が作ったNGOが活動資金を出してきた。NEDは2014年にウクライナで親ロシア政権を倒す民主化要求の反政府運動をテコ入れして政権転覆に成功して以来、世界各国で反政府運動を支援して政権転覆につなげる「カラー革命」を展開している。 (The Anglo-American Origins Of Color Revolutions) (ウクライナ民主主義の戦いのウソ) 2014年の雨傘運動で指導者となり、今年の大規模デモでも指導者をしている若手活動家の黄之鋒(ヨシュア・ウォン)や羅冠聡(ネイサン・ロー)らは、NEDやその仲間のNGO(フリーダムハウスなど)から支援を受けたり、表彰されたりしている。今年のデモに際し、在香港の米国の領事が、黄之鋒ら運動側の指導層と何度も会っている。米議会では、中共が香港の運動を弾圧したら中国を経済制裁する法案が提出され、中国敵視の軍産系議員たちが超党派でこの法案を支持している。香港の運動はすっかり米国の中国敵視策にされている。黄之鋒ら自身にその気がなくても「中共を政権転覆するための米国(軍産)の策略に協力している傀儡」と見なされてしまう。「香港の反政府運動は、中共の政権転覆を狙った米国のカラー革命の策動だ」という見方が「陰謀論」でなく「正しい」ことになってしまう。 (HK "What The Hell Is Happening In Hong Kong?") 米英諜報界に、イラク戦争を強行したブッシュ政権中枢のネオコンなど、軍産英のふりをして敵視戦略を過激に稚拙にやって意図的に失敗させて、米英覇権を浪費して多極化に結びつける隠れ多極主義の策略があることを、私はよく指摘してきたが、カラー革命はこの構図の中に入っている。香港の民主化要求運動が、米国に支援扇動されたものであるという色彩がなければ、中共は危機感をあまり持たず、香港の運動にある程度譲歩して宥和する余地があった。だが香港の運動が、中国の政権転覆を目的とした米国によるカラー革命の一つなのだということになると、中共は警戒感を強める。中国大陸の世論は「香港の運動は米国のスパイがやっている売国運動だ」と思う傾向を強め、中共が香港の運動を弾圧することを歓迎する。米国が香港の運動を支援してカラー革命に仕立ててしまうことは、香港側にとって自滅的であり、とても迷惑なことである。 (Hong Kong a priority for U.S. Senate Democrats, leader says) ▼トランプが香港運動の自滅を扇動している? 今年6月から続いてきた香港の反政府(反中国)デモは、運動開始のきっかけとなった「逃亡犯条例」を香港政府が9月4日に正式撤回した後、デモの参加者が減って下火になりつつある。反政府デモの指導者たちは、送致法の撤回以外にも警察改革などいくつかの要求を掲げており、このまま反政府運動が下火になるのをいやがり、米欧諸国の政府に頼んで中国を「人権侵害」「民主主義無視」などと非難してもらい、それをテコに香港の運動を再燃しようとしている。これがまた、香港の運動が「米英の傀儡」とみなされる傾向に拍車をかけてしまっている。 (HK Hong Kong Protesters Flood Streets to Call for U.S. Support) (Hong Kong Protesters Urge Trump To "Liberate" City In March On US Consulate) 日々のデモ行進では「中国をやっつけて香港を『解放』してほしい」とトランプ米大統領に頼むスローガンやプラカードを掲げ、米国旗を振り、米国歌を歌いながら香港の米国領事館前を通ったりしている。米国でトランプ支持者がかぶっている「米国を再び偉大にしよう(MAGA)!」と書いた赤い野球帽とそっくりな、「香港を再び偉大にしよう」と書いた赤帽をデモ参加者たちがかぶっている。少し前には、旧宗主国である英国の国旗も振られていた。 (Protesters wear ‘Make Hong Kong Great Again’ hats to ask Donald Trump for help) (Hong Kong Riot Police Fire Tear Gas After Thousands Beg Trump For Help) 香港人たちのこの行為は、中国に対して厳しい態度をとるトランプや英国に助けてもらいたい、ということだろうが、政治運動として自滅的だ。香港の反政府運動の成功には、香港だけでなく隣接する中国大陸の人々の広範な支持を得ることが必要だ。中国大陸の人々は、トランプに困らされている。トランプが中国の対米輸出品に懲罰的な高関税をかけて米中貿易戦争を引き起こし、中国は経済難だ。大陸はトランプと戦っているのに、香港はトランプに頼んで中国に圧力をかけてもらおうとしている。香港人は、阿片戦争以来中国を苦しめ、香港を植民地支配してきた英国にまで「中国を非難してくれ」と頼んでいる。大陸から見ると、香港は売国奴そのものだ。大陸の世論は、香港人を支持するどころか逆に怒っている。 (What Is the US Role in the Hong Kong Protests?) (Hong Kong risks catastrophe in China-US proxy battle, Global Times chief warns) 中共としては、大陸の人々が香港の反政府運動を支持し始めると脅威だが、今のように香港人が売国奴な言動をしてくれている限り怖くない。香港人の売国奴な行動は、中共が「懲罰」として、香港に付与してきた経済特権を剥奪する口実を与えてしまう。すでに中共は8月「広東省の深センに(これまで香港が持っていた)経済面の特権を与えることにした(香港はもう見捨てる)」と発表している。これを聞いて焦ったのは香港人だけだ。大陸人たちは「ざまあみろ」と思っている。 (Beijing unveils detailed reform plan to make Shenzhen model city for China and the world) (Beijing's Secret Plan B: Converting Shenzhen Into The New Hong Kong) 180年前阿片戦争から1994年の返還まで英国の植民地だった香港は、社会主義の中国大陸と、資本主義の外界をつなぐ「仲買人」「中国貿易の玄関」であり、返還後も中国政府は、返還前の英国との協定に基づき、政治経済の両面で、香港に特別な地位を与えてきた。国際社会で中国の優勢と英国の劣勢が加速するなか、香港人が中共に報復されるような売国奴な言動をとり、中共が香港の特別な地位を奪っていくと、深セン、上海など中国大陸のライバル諸都市に経済権益が流出し、香港は経済的に没落してしまう。香港人は全く馬鹿なことをしている。 香港人がトランプに助けを求めたのも間抜けだ。トランプは「中国政府は香港に関してうまくやっている」とツイートしており、香港の反政府運動を支持していない。米国で今年の香港の反政府運動を支持しているのは、トランプを敵視する民主党と、共和党内でトランプと対立するミット・ロムニーらである。香港人がトランプに頼んでも無視されるだけだ。 (Romney: ‘Critical for us to stand with the people of Hong Kong’) もともとトランプは覇権放棄・隠れ多極主義の一環として「隠れ親中国」だ。トランプは、貿易戦争を仕掛けて中国を経済面の対米依存から強制的に脱却させ、今後いずれ米国側(米欧日)が金融バブルの大崩壊を引き起こして米国覇権が崩れても、中国とその関連の非米諸国(ロシアやBRICS、一帯一路の諸国など)の側が連鎖崩壊せず、米国崩壊後の世界経済を中国が率いていける多極型の「新世界秩序」を作ろうとしている。香港の運動は、こうした多極化の流れを逆流させようとする動きの一つだ。その意味で、英国や軍産が香港の運動をテコ入れするのは自然だ。中共が香港の運動を弾圧しやすい状況をトランプが作るのも自然だ。 大統領就任から3年近くがすぎ、トランプは軍産の母体である米諜報界をかなり牛耳っている。トランプが米諜報界を動かして、香港の運動を支援するふりをして潰すことは十分に可能だ。もしかするとトランプは、香港のデモ参加者たちが米英の国旗を振り回したり「香港版MAGA帽」をかぶるように仕向けることで、中国が香港の運動を弾圧しやすい状況を作ってやっているのかもしれない。特にデモ隊にMAGA帽をかぶせるあたり、諧謔味にあふれるトランプらしいやり方で面白い。(軍産うっかり傀儡のくそまじめで小役人な今の日本人には面白さが理解できないだろうが) 可能性は減っているものの、今後、香港の運動が暴徒化して手がつけられなくなり、中国軍が香港に越境(侵攻)して運動を弾圧し「第2天安門事件」が誘発されるかもしれない。運動家は、それを誘発することで、米欧が中国を非難制裁し、中国包囲網が強化されることを望んでいるのかもしれない。しかし、もし「第2天安門事件」が誘発されても、世界から中国に対する非難は、89年の天安門事件時に比べ、はるかに弱いものになる。最近の2ー3年で中国は大きく国際台頭しており、日本など多くの国々が中国と対立したくないと思っている。 今回の香港の運動は「中共の勝ち・香港と軍産英の負け」で終わるだろう。この決着は、台湾やウイグルやチベットなど、中国の周縁部で米英軍産に支援されつつ中共に楯突いてきた諸地域の運動にマイナスの影響を与える。中共に楯突いても米欧からの支援を得られない新事態が表出しつつある。すでに、台湾(中華民国)を支持する国々は減り続けているし、「同じトルコ系民族」としてウイグル人の分離独立運動を支援してきたトルコは近年、米欧から距離を置き中露に接近するのと同時に、ウイグル運動を支援しなくなっている。 トランプの台頭によって米英諜報界の「軍産つぶし」が進み、カラー革命やテロ戦争の構図自体が消失していく傾向にある。軍産の親玉である英国は、トランプの盟友であるボリス・ジョンソンによって破壊されつつある。「さよなら香港、さよならカラー革命」。軍産のプロパガンダを軽信している人々には理解できないだろうが、それは人類にとって、歓迎すべき「良いこと」である。戦争や、政権転覆による国家破壊が行われなくなっていく。 http://tanakanews.com/190911hongkong.php さよなら香港、その後 2019年9月17日 田中 宇
この記事は「さよなら香港」の関連です。 案内してくれる人がいて、9月14ー15日に香港に行った。前回の記事「さよなら香港」は、旅行の前の下調べ的なものとして書いた。私が香港で見た主なものは、9月14日の午後2ー3時ごろに発生した九龍湾の淘大商場(Amoy Plaza)での「愛国派」の集会とその後の「民主派(反政府派)」との乱闘・警察隊による介入・取り締まり、9月14日の夕方に香港島・中環の愛丁堡広場で開かれた中学生ら若者たちの民主派側の集会、9月15日の正午から英国領事館前で民主派が開いた集会、9月15日の午後2場ごろから香港島・銅鑼湾の繁華街で民主派が開いた集会とデモ、などだ。 これらを見て私が考えた分析は、(1)愛国派と民主派がなぜ対立するか。その構造。(2)民主派と英米との関係。英米とくに米国の黒幕性。その分析の延長として、中共や香港財界は黒幕でないのか。(3)今回のような運動と、香港自体が今後、どうなっていくのか。経済面の分析。(4)今後についての政治面の分析。民主体制や民主化は、中国(香港、台湾)にとって何なのか。などだ。 今年6月から続いている今回の香港の「送致法(逃亡犯条例)反対」の市民運動(反政府派の運動)は当初、香港市民に広範な支持を得ていたようだ。香港の市民運動は、1997年の香港返還前に中国が英国に約束した返還後の香港の民主的な自治体制(1国2制度)を、中国政府(中共)その傘下の香港政府が十分に守っていないという批判に基づいて行われている。2014年の雨傘運動は、中共が返還時に英国に約束した香港の選挙制度の民主化を進めず換骨奪胎したことに反対して行われた。今年の送致法反対運動は、英国式の香港の法体系と中共の法体系が違うもの(だから1国2制度)なのに、その違いを無視して、大陸から逃げて香港に入り込んで捕まった容疑者を、香港の法律で裁くのでなく、大陸に移送・送致して中共の法律で裁けるようにする新体制が1国2制度の理念に反しているので撤回せよという主張だ。中共が、返還時に約束した香港の政治体制の改革を履行せず、なし崩しに中共の都合の良いように変形・換骨奪胎されていくことへの市民の不満があった。 当初、香港市民の多くが民主派を支持していた。だが、中共が譲歩せず運動が膠着すると、民主派の中の過激派が、地下鉄の駅や行政機関の建物などへの破壊行動を拡大し、駅に停車中の地下鉄のドアが閉まらないようにしたり、大通りをふさぐなど、鉄道や道路、空港の機能を意図的に麻痺させる作戦を展開するようになった。これは、香港政府や中共に政策転換を促す効果がないどころか、香港市民の生活や経済活動を妨害することにしかならず、多くの市民が市民運動に対して失望する状態を生んだ。2004年の「雨傘運動」の後半にも、反政府派は同様の破壊や妨害を展開し、市民に失望を与え、運動として失敗した。民主派(もしくはその黒幕)は、同じ失敗を繰り返している。「馬鹿」というより意図的で、裏がある感じがする。 9月4日に、今回の反対運動の根幹に位置していた「送致法」を香港政府が棚上げ・撤回した。民主派としては「運動の成功・勝利」であるはずだった。しかし民主派は「香港政府と中共の決定は遅すぎる」などと言いつつ勝利も成功も宣言せず、それまで掲げていた5項目の要求(五大要求)の残りの4つがすべて解決されるまでは反政府運動を続けると言っている。5項目は(1)送致法の撤回、(2)民主派に対する香港警察の残虐な弾圧について調査する独立委員会の設置、(3)逮捕されている活動家たちの釈放、(4)政府側が民主派を「暴徒」と決めつけたことの撤回、(5)香港議会と行政長官の選出方法に関する完全な普通選挙制の導入。の5つだ。(1)は9月4日に成就し、(2)から(4)までも実行可能だと中共権力者の習近平が9月3日の演説で示唆している。問題は(5)だ。これは、14年の雨傘運動を引き起こした問題でもあり、未解決だ。 (Xi Jinping's Recent Speech Indicates How Beijing Plans To Handle Hong Kong Protests) 香港の議会は直接選挙制が導入されている(半数は職能団体ごとの代表)。行政長官についても、返還時の中英交渉の結果、返還後に直接選挙制を導入することになっていたが、各種の業界団体などの代表ら1200人からなる選挙委員会が2ー3人の候補者を選出し、その中から一般市民の有権者が投票で行政長官を選出する制度のままで、直接選挙制になっていない。選挙委員会は実質的に中共の代弁者で構成され、中共が選んだ2ー3人の候補の中からしか行政長官を選べない仕組みだ。反中共な民主派人士は立候補できない(宗教委員会が許可した者しか立候補できないリベラル妨害のイランの「イスラム共和制」と似ている)。香港返還後、この制度を変える変えないでもめ続けており、雨傘運動もその流れの中で起きた。中共は、しばらくこの限定民主制を続けたいと考えている。つまり(5)が解決される見通しはない。(5)だけが残ると、今年の運動は、失敗した14年の雨傘運動の延長になる。あれをまたやるのか?、という話になる。 9月4日の香港政府の送致法の棚上げにより、今年の運動は当初の成果をあげた。中共が拒否する選挙制度の改革は困難だと香港市民の多くが感じている。ならば今回はこのへんで満足しておけばいいのでないか。そう人々が思い始め、私が香港を訪れた9月14ー15日には、前の週より集会やデモの参加者が減り続ける状態が起きていた。だが、民主派の中の熱心な人々は「このへんで」とは考えず、参加者が少なくなった分、過激化する傾向を持ち始めていた。 9月14日に数百人の中学生らが中環に集まった集会は穏やかで、過激な感じがほとんどなかった。「学校当局の反対を押し切ってここに来ました」という生徒の発言や、運動を支持する教師の発言が続いた。(中華民国=台湾の旗を掲げた人が入ってきて私は一旦ぎょっとした。集会場の隣は人民解放軍の香港の本部だ。だが、こうしたことは珍しくないようだ。返還前、中華民国は香港に拠点を持っていた)。中環の学生集会と対照的に、15日午後の銅鑼湾の繁華街での集会とデモは、一部の民主派の若者が道路封鎖や破壊活動を展開し、警察隊と衝突した。私は帰りの飛行機の時間との関係で15時までしか現場にいられず、暴徒化はその後に起きた。銅鑼湾の集会は数千人規模(報道では5千人)で、最盛期の7ー8月の集会が20万人近く(反政府派の発表では百万人以上)集まったのと比べ、参加者が大幅に減っている。 多くの市民から見て、この辺で終わりにした方が良いのに、熱心な民主派たちはあきらめがつかず暴徒化している。この現象は、多くの市民が民主派を敵視する状況を生み出していた。民主派は、自分たちを敵視する人々を「中共の回し者」と呼んでいた。たしかに民主派敵視(愛国派)の人々は中共の国旗を振り、集会で中共の国家を斉唱することが多い(民主派が自作の「願栄光帰香港」を歌うのに対抗している)。民主派には理想主義っぽい若者が多く、民主派敵視派には保守派っぽい下町風おっさんオバハンが多い。しかし、革新vs保守(保守が親共産党。欧米流リベラル主義vs中国流似非共産主義)というよりも、民主派敵視の根底にあるものは、民主派が交通機関や役所などに対して破壊・妨害活動を展開することに対する怒りだ。 中共は、扇動やプロパガンダ戦略を好む秘密結社型の共産党なので、民主派敵視の人々を扇動する策があることは容易に想像がつく。14日の午後に淘大商場で行われた民主派敵視の集会では、手回しよく小さな中共の国旗が多数用意され、参加者に配布されていた。しかし、15日に民主派が開いた英国領事館前の集会では、手回しよく英国の国旗が配布されていた。その後の銅鑼湾の民主派の集会でも、参加者が掲げるための印刷されたプラカードが配布されていた。手回しのよい扇動策は両者とも同じだ。 少し前にネット上で流布された動画として、地下鉄の車内で愛国派が民主派を殴っている場面のものがある。これは実は、駅に停車中の地下鉄のドアが閉まらないようにする運行妨害を展開した民主派のメンバーに対し、乗客の一部が怒ってやめさせようとして喧嘩になった事件の動画の中で、愛国派とレッテル貼りされた乗客が民主派を殴っている場面だけを切り取って「中共支持の極悪な愛国派が、無抵抗の民主派を殴っている」という説明をつけてネットで配布したものだ。うっかり軍産傀儡の日本人なんか、こういうのを嬉々として軽信する(万歳・糞)。プロパガンダ戦略では、民主派の方が上手だ。 14日午後の淘大商場の愛国派の集会は、民主派が少し前に同じ場所で開いた集会への報復だ。3日前、このショッピングモールで民主派の集会があり、そこに通りがかった愛国派の教員が民主派に批判的な態度をとった(民主派が「願栄光帰香港」を歌っているときに対抗して一人で中国国歌を歌った)ため殴られた。この光景は動画でネットで拡散された。14日の民主派敵視の集会は、殴った民主派を非難し、殴られた教員、李先生を支持する集会だった。そこに民主派がやってきて批判的な態度をとり、喧嘩が発生し、警官隊が呼ばれた。民主派は、自分たちを弾圧する香港警察を強く嫌い、民主派の集会では警察非難のコールが何度も繰り返される。民主派を嫌う愛国派は、これに対抗して自分たちの集会で「警察ガンバレ」「警察支持」のコールを繰り返す。淘大商場の愛国派の集会では、中国国歌が歌われ「香港ガンバレ」のほかに「中国ガンバレ」もコールされた。無数の五星紅旗が振られる中での警察隊のショッピングモールへの入場は、1949年に中国の村に入場する人民解放軍さながらだった。 「アイラブ警察」の水色のTシャツを着た市民の集団が町を歩き、民主派の主張がたくさん貼られた「レノン壁」を、街頭の美化活動と称して掃除(貼った紙をどんどんはがす)し始めると、近くにいる民主派が「言論の自由に対する妨害活動」とみなして「掃除」を止めようとして殴り合いの喧嘩になる。愛国派は「体を張って街頭美化をやった」と言い、民主派は「体を張って言論の自由を守った」と言う。14日には、市街地の各所にある「レノン壁」の前での喧嘩が2件起きた。「レノン壁」は、ビートルズのジョンレノン(=イマジン)にあやかってつけた名前だ。民主派の大多数は暴力反対の穏健派だが、多数派である穏健派の存在は、この対立構造の中ですっ飛ばされている。民主派を嫌う人のすべてが中共支持なわけでもないだろうが、そういう存在もすっ飛ばされている。 (Hong Kong protests: skirmishes and fist fights across the city as rival camps clash but day passes without scenes of major violence) 主流的な運動が下火になるほど、民主派内の過激派による破壊行為や、両派の両極端どうしの喧嘩・乱闘が目立つようになる。破壊行為が繰り返されるほど、全体的に民主派全体の印象が悪くなって民主派への支持が減り、その反動で中共に対する容認が増える。民主派は、敵である中共の力を強めてしまっている。 ここまで「(1)愛国派と民主派がなぜ対立するか。その構造」について書いた。「愛国派」は、正確には「民主派敵視派」だ。日本の「右派」が「左翼敵視派」であるのと似ている。次は「(2)民主派と英米との関係。英米とくに米国の黒幕性。その分析の延長として、中共や香港財界は黒幕でないのか」について書く。 今年の香港の民主派の運動の特徴の一つは、英国や米国に助けを求めていることだ。私の滞在中の9月15日の昼には、香港島の英国領事館の前に数百人(千人近く?)の民主派の人々が集まり、英国旗や植民地時代の英領香港の旗を振りながら「(中共が英国に約束した)1国2制度は死んだ(だから英国は中共を制裁すべきだ)」「英国は香港に戻ってきてくれ(再支配してくれ)」「(香港人が持つ)在外英国旅券(BNO)で英国に住めるようにしてくれ」「女王万歳」などとコールし続けた。領事館から係員が出てくることはなかった。愛国派からの敵対行動はなかった。 (ひとりの中年女性が通りがかりに否定的な発言をしたらしく、民主派から怒鳴られていたが、女性はそのまま立ち去った。彼女の声は大きくなく、聞き取れなかった。敵対行動とか野次でなく「つぶやき」だ。20人ほどいたマスコミが、少し離れた場所で彼女を囲んでマイクを突きつけコメントをもらっていた。笑) 中共や、中国ナショナリズムの歴史観は、英国を「中国に阿片戦争を仕掛けて香港を奪い取り、他の列強と謀って中国を分割しようとした極悪な帝国」と位置づけている。そんな極悪な英国に「香港に戻ってきて再び植民地にしてくれ」と言わんばかりの懇願を集団で行う香港の民主派は、愛国側から見ると、まさに「売国奴」である。中国大陸の人々に香港の民主化を支持してもらおうと思ったら、こんなことをすべきでない。馬鹿そのものだ。 15日のその後の銅鑼湾での民主派の集会には、大きな米国の星条旗を10枚ぐらい掲げた一群の人々がやってきた。私がいた場所から離れていたので、彼らの詳細はわからない。この日、民主派の行動があったのは英国領事館の前だけであり、米国領事館前では何も行われていない。星条旗の人々は、米国領事館前から流れてきたのではない。この集会で米国旗を掲げる目的でやってきた感じだ。英国旗も振られていたが、一つだけだった。そっちは英国領事館前から移動してきたのかもしれない(銅鑼湾まで約1キロ)。民主派は、前の週末には米国領事館前にも行っていたが、その後、行かなくなった。なぜなのか。前週は米国領事館に行ったので今週は英国領事館に行くか、という話か??。 米国の領事は、民主派の指導者たちに何度か会っている。前の記事に書いたが、黄之鋒ら民主派の指導者たちは、米国務省傘下の機関(NED)から支持・支援されてきた。米国は、香港の反中共的な民主化要求運動を「カラー革命」の一つとして支持している。米国が香港の民主派を支持するほど、大陸の人々は香港の民主派を「売国的な米国の傀儡」と見なすようになり、中共に有利な状況が強くなる。米国の香港民主派支持は、中国を敵視するふりをして強化する「隠れ多極主義策」の一つとして行われている。 私が邪推したのは、米国領事館が民主派に対し「米国旗は振ってほしいが、領事館前に集まるのはここでなく英国に行ってほしい」と依頼・誘導したのでないか、ということだ。トランプの米国は隠れ多極主義的な中国敵視を続けているが、英国は近年、台頭する中国にすり寄っている。トランプら隠れ多極主義者たちは、米国覇権の黒幕だった英国が、多極化とともに中国にすり寄って中国の覇権戦略に影響を与えたり隠然と妨害したりするのを邪魔したい。だから、香港の米領事館は、民主派を米国でなく英国の領事館前に行かせ、英国に「中国にすり寄らないで敵視してくれ」とコールさせ、香港民主派がまるで英国(英米)の傀儡であるかのような印象をばらまきたいのでないか、という考察だ。 (米国が英国を無力化する必要性) 私が香港を訪れた1週間前には「トランプに頼んで中国を成敗してもらおう」という感じの民主派の動きもあったが、それは続かず、私の訪問時には、ほとんどそれが感じられなかった(トランプの顔を印刷したシャツを着ている民主派がいた程度)。米政界で香港の民主派を支持しているのは、民主党やマクロ・ルビオといったトランプ敵視派で、彼らから香港民主派に「トランプを持ち上げるな」と苦情が入ったのかもしれない。香港民主派は、いろいろ(笑)である。馬鹿にされて当然だ。 この話の延長として、中共や香港財界は香港の民主派や愛国派の黒幕でないのか、も考える。中共は、愛国派の拡大を喜んでいるだろう。しかし、愛国派の拡大は、民主派の戦略の失敗によって起きている。中共が、民主派を失策に誘導したとか??。香港民主派が、米国の諜報界(軍産、米民主党主流派)と親しくしていることから考えて、民主派が中共の傀儡でもあるという「二重スパイ」的な可能性は低い。むしろ、米諜報界の中にいる隠れ多極主義勢力が、香港民主派を動かして中国の得になる事態を作り出した可能性の方が高い。 香港では返還後、中国大陸からの人々の流入があり、住宅の家賃が10年間で3倍になった。香港市民の重大な経済問題として、家賃や住宅価格の急騰がある。この問題をどれだけ解決できたかで、これまでの行政長官に対する人気度に差が出ている。民主派が香港市民のために貢献する組織なら、住宅問題の解決を5大要求に入れるべきだった。香港では、貧富格差の拡大や、教育の問題も議論されている。これらも5大要求に入れるべきだ。しかし民主派は、これらを基本主張の中に入れていない。なぜか。もし香港財界が民主派に影響力を持っているなら「住宅問題や貧富格差に言及するな」と誘導しているはずだ。香港財界の最大の勢力は、土地を独占している不動産屋である。民主派が、不動産屋を非難する住宅問題、財界を非難する貧富格差問題を大きな要求に入れていないことからは、民主派の黒幕として財界がいるのでないかという疑惑が生まれる。 このあと(3)今回のような運動と、香港自体が今後、どうなっていくのか。経済面の分析。(4)今後についての政治面の分析。民主体制や民主化は、中国(香港、台湾)にとって何なのか。を書こうと思っていたのだが、すでに長くなってしまったので簡単に書く。(3)は、金融で食ってきた都市である香港が、リーマン危機後の米国中心の国際金融システムのひどいバブル膨張から今後きたるべき崩壊への過程の中で、世界(米国側)の資金を中国に流す機能がしだいに不必要・バブル崩壊していくのと同期して、ライバルの製造業主導都市である隣の中共側の深センに負けていくことが不可避なことを書こうとした。私の「さよなら香港」の考え方の基本はそこにある。 製造業(実体経済)よりも金融業(バブル)の方が利幅が大きかった従来、NYロンドンに次いで世界第3位の金融都市である香港は、深センなど「製造業側」を馬鹿にしていた。だが米国の金融バブル崩壊が間近な中、今回の(間抜けな)反対運動を機に、中共は、香港の機能が不必要であるとみなす好機ととらえ、香港を没落させて代わりに深センを重視する姿勢を取り始めている。世界の金融が、従来のドル単独覇権体制から、SDR的な多極型に転換していくことが予測される中、人民元が基軸通貨の一つになると、中国の製造業は、資金調達を上海での人民元建ての起債など中国国内でできるようになり、香港は要らなくなる。「今はバブルじゃないし崩壊なんてしない。ドル基軸は永遠だ。QE万歳」と軽信している何とか経済新聞の愛読者には理解不能だろうが、香港の民主化(中国敵視)運動はタイミングとして全く自滅的である。 (4)は、天安門事件や台湾の民主化、香港返還以来の、中国地域の民主化の問題が、すべて米英による覇権延命策としての「民主化していない米英の敵性諸国を、民主化扇動によって政権転覆する戦略」の一環として起きている点を書こうとした。「民主化」は、米英が中国を攻撃・弱体化するための戦略である。人類全体として、民主主義の政治体制が人々の生活を良くするものであると軽々に断言して良いものであるかどうか自体がまず疑問だが、それを軽々に断言してしまうとして、その上で、今の中国が、米英の敵視戦略の一環である民主化要求扇動策に乗って、政治体制を民主化することが良いことかどうかという話になると「イラクやシリアやリビアみたいになりたくなければ、米英に求められた民主化などしない方が良い」ということになる。中国や香港が民主化するなら、米国の巨大なバブルが崩壊し、米英覇権体制が完全に崩れた後で始めるのが良い。米英覇権がつぶれた後なら、民主派が米英諜報界の傀儡になって国を亡ぼすこともなくなり、今よりずっと安心して民主化を進められる。いま「民主化」を求める人は、基本的に米英覇権の「うっかり傀儡」である(日本人の大多数など)。 その上で、さらに考察せねばならないのは「中国人」が気質的に民主主義の政治体制に向いてないのでないかという疑念だ。選挙を経ない独裁より、民意を背景にして選出された権力者の方が、強い政治力を持てる。政治力=金儲けの力である。そのように考えない「節度ある」民族、日本人や欧米人は、民主主義をやっても大丈夫だが、カネに対して「無節操」な民族性を持つ中国人は、民主主義をやるとすぐ個人独裁制に化けたりして国を自滅させるのでないか、という懸念がある。この懸念が払拭されない限り、今の一党独裁の方がましかもしれない。中国人は、自分たちの特質について、よく考えた方が良い。日本としては、中国を勝手に自滅させりゃええやん、という考えもあるが、逆に、中国人が民主主義を体得して米欧に批判されない存在になった時、日本は相対的に二流三流に戻ることにもなる。 この間、ボルトン解任について途中まで書いたが完成せず香港に行かねばならなかったし、サウジの製油所空爆についても書いていない。取材に行くと、ほかのテーマを書く時間がなくなるので嫌だ。今回は、誘われたので行ってしまった。現場主義は、本人が楽しいだけだ。賛美に値しない。 http://tanakanews.com/190917hongkong.htm
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