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(回答先: 米国で急増する白人至上主義者の暴力 投稿者 うまき 日時 2018 年 12 月 10 日 20:12:57)
中東を読み解く
2年前にも反ムハンマド派の拉致未遂、根っこにサウド王家の権力闘争
2018/12/07
佐々木伸 (星槎大学大学院教授)
(Tim E White/Gettyimages)
サウジアラビアの反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害事件は追及するトルコ側の手詰まり感が露呈される一方、疑惑の中心人物であるムハンマド皇太子は最近のG20サミットに出席するなど逃げ切りを図っている。殺害事件の背景にはサウド王家の凄まじい権力闘争があり、根は深い。
王宮内に盗聴器
サウジ王室事情に精通するデービッド・イグナチオス氏が最近の米紙ワシントン・ポストで明らかにしたところなどによると、サウド王家の権力闘争は2つの強力な派閥の対立だ。一方はサルマン現国王と息子のムハンマド皇太子のサルマン一派であり、他方はアブドラ前国王派だ。
対立が激化し始めたのはアブドラ前国王が死去した2015年1月。前国王は1年前から肺がんを患い、当時はリヤドのVIP病院で死の床にあった。前国王が死去した時、息子たちや侍従長らは権力を少しでも長く維持し、蓄えた一派の巨額な闇資金を隠すため、皇太子だったサルマン現国王にさえ嘘をつき、死去の事実を隠そうとした。
この時のアブドラ一派の行動に激怒したサルマン氏は国王就任と同時にアブドラ派の排斥に着手。アブドラ前国王の息子であるツルキ、ミシャール両王子をそれぞれ、リヤド州知事、メッカ州知事の要職から更迭した。同時に息子であるムハンマド王子を国防相に抜擢、数か月後に副皇太子に据えるなど後継者のレールを敷いた。
両派の対立は激しさを増し、アブドラ派は王宮内の灰皿など各所に無数の盗聴器を仕掛け、有力王子たちの電話も盗聴。数十メートル以内なら電話番号を特定できる中国製の装置まで購入した。サルマン派には今回の殺害事件で解任されたカハタニ元王室顧問が食い込み、抗争で疑心暗鬼になっていたムハンマド王子にクーデターが企てられているなどと陰謀論を吹き込んだ。
白昼の拉致未遂
大金持ちの投資家としても知られるアブドラ前国王の息子、ツルキ王子の側近のビジネスマン、オバイド氏は2016年8月25日午後、中国側と投資案件を話し合うため王子の名代として私有機で北京に着いた。しかし、航空機から降りた時、40人もの中国の私服警官に囲まれ拘束された。中国で9月に開催予定だったG20を狙うテロ支援者という容疑だった。
オバイド氏は拷問のような長時間の調べを受けた後、釈放された。中国側の説明によると、同氏の航空機が到着する5分前にサウジ本国から中国治安当局に連絡があり、テロ支援者が行くので、逮捕し、強制送還するよう要請があったのだという。送還のための航空機も用意されてあった。
オバイド氏はそれまでサウジ情報庁の幹部から帰国するよう再三、電話連絡を受けていたが、ボスのツルキ王子に相談の上、無視していた。中国側は「あなたは権力闘争にすっかりはまっている」と警告したという。サウジ側はオバイド氏が宿泊していたホテルに工作員の一団を送り込んだ。その頃、オバイド氏はツルキ王子所有のエアバス機で避難先のスイスに向かっていた。
この2年前のエピソードはカショギ氏のケースと驚くほど酷似している。ムハンマド皇太子に敵対する人物に帰国するよう説得を試み、上手くいかないことが分かると、力ずくで拉致しようというものだ。カショギ氏は殺害され、オバイド氏は生き残った。
ムハンマド皇太子はこの失敗に激怒し、オバイド氏を帰国させる責任者だった情報総合庁の副長官を解任し、アハメド・アシリ将軍を新副長官に就けた。アシリ副長官はカショギ氏殺害事件のそもそもの作戦を命じた人物である。皇太子が拉致計画にいかに深く関わっていたかが分かるだろう。
2つの派閥の権力闘争は2017年11月頂点に達する。ムハンマド皇太子がツルキ王子や王族、企業家ら有力者200人を汚職の名目で一斉に逮捕、リヤドの高級ホテル「リッツカールトン」に幽閉するという“クーデター”を決行したのだ。ツルキ王子は今も、拘束されたままだ。この“クーデター”はトランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問が皇太子を訪ね、密談してからわずか1週間後のことだった。
トルコが側近2人に逮捕状
アシリ副長官とカハタニ王室顧問はカショギ氏殺害事件後に解任されたが、起訴はされていない。カハタニ氏は米国が制裁を課した17人には含まれているが、アシリ将軍は含まれていない。
こうした中、トルコの裁判所は12月5日、事件に関与したとして、カハタニ元王室顧問とアシリ将軍に逮捕状を出した。しかし、サウジが2人をトルコ側に引き渡す可能性は皆無だ。トルコ側はカショギ氏の殺害時の状況や、容疑者の特定など情報を小出しにしながらサウジに圧力を掛けてきたが、情報も弾切れ状態で、撃ち尽くした感がある。
またトルコは国際的調査の必要性を主張し、これにはフランスのマクロン大統領や国連の人権担当高等弁務官らが強く支持しているが、皇太子の後ろ盾であるトランプ大統領は皇太子の関与を裏付ける「確定的な証拠」がない、と幕引きの構えを変えていない。
しかし、カショギ氏の遺体の所在など多くの謎が残されたままで、ムハンマド皇太子に対する容疑も深まる一方だ。最近新たに明るみに出たのは、殺害事件が起こった頃、皇太子とカハタニ氏が11回に及ぶ交信をしていたことを米中央情報局は(CIA)が傍受していたというもの。
内容までは明らかになっていないが、米議会上院の秘密会でハスペルCIA長官から事情を聴取した共和党のコーカー上院外交委員長は「皇太子が仮に陪審員の前に立てば、30分で有罪の評決となるだろう」と言明。トランプ大統領とは反対に、CIAや米議会は皇太子が殺害を命じたとの感触を強めていることが鮮明になっている。
当の皇太子は事件が終わったことを誇示するかのように、ブエノスアイレスで開かれたG20サミットに出席し、国際舞台への復帰を図った。予定されていたトランプ大統領との会談は実現せず、各国首脳からよそよそしい対応をされたものの、ロシアのプーチン大統領とは固い握手を交わした。ウクライナ艦船拿捕事件で孤立するプーチン氏とははぐれ者同士の握手に見えた。
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/14717
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