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米国で急増する白人至上主義者の暴力
2018/12/10
斎藤 彰 (ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)
(iStock.com/flySnow/Purestock)
今世紀に入りユダヤ人、黒人、イスラム教徒などに対する白人過激グループによる暴力やテロがアメリカで急増しつつある。だが、州警察やFBI(連邦捜局)による白人を対象とした摘発、捜査は後手に回り、主要メディアの厳しい批判の的になっている。
アメリカ大都市での犯罪といえば、前世期までは「黒人」に原因が着せられることが大半だった。とくに筆者が米国留学中だった1960年代以降、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、デトロイト、アトランタ、ボストンなどの主要都市では、連日のように黒人暴動、商店焼き討ち、白人襲撃・レイブ事件などのニュースがテレビ、新聞で大々的に報じられ、犯行に及んだ黒人たちの検挙があいついだ。全米でも最大規模の終身刑刑務所として知られるサンフランシスコ郊外の「サンクエンティン・プリズン」を見学したことがあったが、服務者の8割近くが黒人だったことに衝撃を受けた記憶がある。
11月、レイシストによる銃乱射の現場となった米ピッツバーグユダヤ教礼拝所(AP/AFLO)
ところが、21世紀に入り、「黒人暴動」のニュースを茶の間のテレビ画面で見ることは皆無に近い状態となった。
事実、FBI調査データ「Uniform Crime Reporting Program」によると、たとえば2008年の殺人件数は、ミネアポリスで67%、シアトルで47%、ニューヨークで31%、ロサンゼルスで17%とそれぞれ顕著な減少となり、とくに黒人街での発生件数の激減ぶりが目立った。
その後も減少傾向が続いている。
1960年代のピーク時には凶弾に倒れたニューヨークの犠牲者は毎年2000人以上だったが、2014年には328人となり、その後さらに減ってきている。ワシントンDC、フィラデルフィア、ピッツバーグなどの黒人人口が大半を占める他の都市でも同様だ。
このような黒人凶悪犯罪の減少理由については(1)警察当局による取り締まり体制が強化されてきた(2)着実な経済成長により雇用機会が拡大した(3)黒人社会における自己啓発意欲・社会意識の向上―などが指摘されている。
「プアホワイト」
これと対照的なのが、白人犯罪だ。とくに「プア・ホワイト」(白人貧困層)過激グループによるユダヤ人、黒人、ヒスパニックなどに対する憎悪をむき出しにした“ヘイト・クライム”が今世紀初頭から急増し始めている。
毎年、世界中で発生するテロ事件の追跡調査組織として定評のある米メリーランド大学「グローバル・テロリズム・データベース」によると、昨年1年間に世界中で起きたテロ件数は1万1000件で2014年と比較して7000件程度減少した。しかし、米国では増加の一途をたどっており、10年前には6件に過ぎなかったテロが、昨年には65件にも達した。犠牲者数も増加している。
そして65件のうち、37件が白人過激グループによるもので、残りは11件が左翼過激派、7件がイスラム過激組織、その他となっている。
白人至上主義者
テロ以外の白人至上主義者による個別の殺害事件も急増傾向にある。
全米ユダヤ人差別監視組織として知られる「Anti-Defamation League」(略称ADL)のデータによると、2008年から2017年にかけて発生した殺害事件の犠牲者のうち、白人至上主義者による犯行が71%を占めた。これに対し、イスラム過激グループによるものは26%だった。これら白人による犯行件数は2013年当時の3倍以上にも激増しているという。
ここ数年の白人至上主義者の犯行で全米の話題となった事件としては、2015年6月、南部サウスカロライナ州チャールストンの教会で、聖書研究に集う敬虔な黒人キリスト教信者たちに白人至上主義者の青年がけん銃を乱射、男女9人を射殺した惨事がある。この事件では、逮捕された青年はアメリカ社会における白人以外の存在を認めず、日頃からヒトラーを崇拝するほどの思想の持ち主だった。
同様に昨年8月には、バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義者やネオ・ナチを唱導する極右グループが集会を開き、これらの不穏な動きを警戒する市民グループとの間で激しい衝突や小競り合いが起きる事件があった。その際、群衆の中に白人の乗った車が突入、市警察の発表によると、1人が死亡、最低35人が重軽傷を負う騒ぎとなり、同州のテリー・マコーリフ知事が「非常事態」宣言する事態に発展した。
さらに今年に入り、10月、ペンシルバニア州ピッツバーグのユダヤ人教会で礼拝中だったユダヤ信者たちに向けて、乱入した白人至上主義者の男が「ユダヤ人ども、くたばれ!」などと叫びながら銃を乱射、中にいた信徒のうち最低11人が死亡、直後にかけつけた警官4人も銃弾を浴びるという、アメリカのユダヤ人を標的とした犯罪としては最悪のヘイト・クライムが発生した。
警察の調べによると、逮捕された犯人ロバート・バウワーズ(46)はふだんから、白人至上主義者たちの支持するウェブサイト「Gab」(後に閉鎖)を通じて、ユダヤ人を誹謗・中傷する書き込みをしていたほか、最近では、全米でも大きな話題となったホンジュラスからアメリカをめざす「移住集団」についても敵意をむき出しにしていたという。
トランプ大統領との関係性
問題はなぜこのように、近年とくに1昨年ごろから白人過激派グループや個人による銃撃などの犯罪が急増してきたか、にある。果たして、大統領選挙期間中からイスラム教徒やヒスパニックといったマイノリティに対し差別的発言やツイッター発信を繰り返してきたトランプ大統領の登場と何らかの因果関係があるのかどうか―。
最近、その可能性を示唆する興味深い研究論文が目にとまった。米プリンストン大学および英ワーウィック大学の二人の学者による『アメリカを再び憎悪の国にするのか―トランプの下のツイッターとヘイト・クライム(Making America Hate Again? Twitter and Hate Crime Under Trump)』と題する論評がそれだ(2018年3月28日付け)。
それによると、二人は2016年大統領選の前後から活発化したトランプ氏の人種差別発言の中でもとくにイスラム教徒およびラテン・アメリカ人を誹謗したツイッター発信時期、回数及びその内容と、FBIが公表してきたこれまでの「ヘイト・クライム・データ」を基に相関関係を詳細に分析した。その結果、以下のような事実が浮かび上がった:
イスラム教徒および中南米系アメリカ人を標的にしたヘイト・クライムは、トランプ氏が彼らを非難中傷するツイッター書き込みを始めた直後から目立ち始めた
ヘイト・クライムの発生場所はプア・ホワイトが多い中西部の「ラスト・ベルト(さびついた工業地帯)」といった特定地域に限定されず、むしろツイッター利用人口の割合が高い諸州に広がっている
このうちとくにイスラム教徒を狙った犯罪は、トランプ氏の選挙戦開始前まではほとんど皆無に近い状態だったが、選挙期間中の遊説やツイッタ―、当選後のイスラム諸国からの入国制限措置などが大きく報道されるに及んで急増した
トランプ以前の歴代政権時代までは、ツイッター利用人口の多い地域でヘイト・クライムが指摘されるケースはきわめてまれだったが、トランプ政権の登場とともに、これらの地域の犯罪が明らかに増えた
こうしたことから、全体としてソーシャル・メディアと政治の結びつきが鮮明となったトランプ政権の下で、ツイッターなどに刺激されたヘイト・クライムが顕在化した
さらに問題なのは、このように過去数年の間に、テロやヘイト・クライムが激増しつつあるにもかかわらず、犯行の主役としてクローズアップされてきた白人過激派、白人至上主義組織に対する捜査当局の内偵や摘発が立ち遅れている点だ。
民間調査機関スティムソン・センターの最近の調査報告によると、2002年から2017年にかけて米国内で発生したテロのうち、イスラム過激派の犯行による犠牲者は100人だったのに対し、白人至上主義グループによる犯行の犠牲者は387人にも達している。ところが、地元警察、FBIなどによるこれら白人過激活動家の取り締まりや犯行に至る以前の予防的情報収集はほとんど行われておらず、また、犯行があったとしても見逃されるケースも少なくないという。
この点について、 ニューヨークタイムズ・マガジンの特集記事(2018年11月3日付け)は「これまでFBIを中心とした連邦政府レベルおよび各州レベルでの対テロ対策は、国内外のイスラム過激派および黒人グループに重点を置いた捜査が主体となってきた。白人グループによる犯罪は関心の対象外だった。この結果、白人たちのヘイト・クライムを増長させてきた」と指摘。
マイノリティになりつつある白人
さらにこうした傾向を裏付ける証拠として、去る10月、ローゼンシュタイン司法副長官が公表した最新の「FBI犯罪レポート」によると、2016年の1年間にFBIに報告されたあらゆる犯罪に関し、白人過激グループの犯行による「ヘイト・クライム」にまったく触れなかった捜査機関が全体の88%にも上っていた事実を挙げている。このため、同副長官は各捜査機関からの報告の信ぴょう性について、洗い直しに着手しているという。
昨年発表された国勢調査局「National Population Projections」によると、アメリカ社会全体における白人人口は、白人以外の人種と比較して相対的に減少傾向にあり、このペースが続くと、2045年までに過半数を割る見通しという。また、これと関連して、白人至上主義の全国組織として知られる「Unite the Right」のジェイスン・ケスラー代表は「われわれ白人は、自分たちの手で作った国で早いスピードでマイノリティになりつつある」とコメントするなど、危機意識を募らせつつある。
今後、地方警察やFBIなどの捜査機関がよほど本腰を入れて取り締まりに乗り出さない限り、こうした白人のヘイト・クライムはますますエスカレートすることになる。
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/14736
- 2年前にも反ムハンマド派の拉致未遂、根っこにサウド王家の権力闘争 うまき 2018/12/10 20:14:52
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