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ジャマル・カショーギの行方不明事件はサウジ支配層の脆弱性を示している
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201810090002/
2018.10.10 櫻井ジャーナル
トルコにあるサウジアラビア領事館へ入り、まま行方不明になったジャマル・カショーギはロッキード事件でも登場したサウジアラビアの富豪、アドナン・カショーギの一族に属していると伝えられている。
ロッキード事件に登場することでもわかるように、アドナンはCIAと緊密な関係にあり、父親はサウジアラビア国王だったイブン・サウドの主治医。アドナンの甥にあたるドディ・ファイードはウェールズ公妃ダイアナの恋人として有名だ。ファイードとダイアナは1997年8月31日に自動車事故で死亡した。
アドナンは1980年代に入るとフィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領から金塊の処理への協力を依頼されるが、その情報はCIAに伝えられ、1986年2月のアメリカ軍によるマルコス拉致につながる。この拉致を指揮したのはネオコンのポール・ウォルフォウィッツと言われているが、アドナン・カショーギも関係したようだ。
当時、フィリピン国内では反マルコスの運動が高まっていたが、その原因のひとつはマルコスのライバルだったベニグノ・アキノが1983年8月にマニラ国際空港で射殺されたことにある。このアキノへはNEDを通じてCIAのカネが流れ込んでいた。
こうした背景を持つジャマル・カショーギはサウジアラビアの奴隷制を支持、ダーイッシュ(イスラム国、IS、ISIS、ISILとも表記)による斬首も賞賛している。その人脈にバンダル・ビン・スルタンが含まれていることを考えると当然だ。
本ブログでは繰り返し書いてきたが、アル・カイダとはロビン・クック元英外相が指摘していたように、CIAの訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル。何らかのプロジェクトができると、このファイルからメンバーがピックアップされ、そのグループを中心に戦闘集団が編成されてきたと見られている。
ジャマル・カショーギの「行方不明事件」はサウジアラビアの権力抗争の結果であり、その背後にはネオコン系シオニストとネタニヤフ系シオニストの対立がある。サウジアラビアの支配システムが揺らいでいるのだが、このサウジアラビアはアメリカの支配システムを支えてきたペトロダラーの守護神。この守護神が倒れるとアメリカの支配システムも倒れる可能性がある。
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