【第11回】 2018年9月11日 安井明彦 :みずほ総合研究所調査本部 欧米調査部長 トランプ大統領の支持率が不気味なほど安定しているのはなぜか 超党派協力の夢を阻む「教会から疎外された人々」の正体 トランプ大統領の支持率安定が、超党派の夢を阻む? ジョン・マケイン上院議員の死去により、米国では党派を超えた協力関係があった時代への憧憬が高まった。現実には、トランプ大統領を支持する白人労働者が米国の分断を深刻化させている Photo by Keiko Hiromi マケイン上院議員死去で感じる 「トランプ分断」の深刻さ 米国では、8月25日に亡くなったジョン・マケイン上院議員の告別式が、9月1日に首都ワシントンのワシントン大聖堂で行われた。告別式には党派を超えた多くの参列者が集まった。 マケイン議員の告別式は、そう遠くない昔の米国では、党派を超えた友情が珍しくなかったことを雄弁に示していた。告別式では、共和党のジョージ・W・ブッシュ、民主党のバラク・オバマという2人の元大統領が、相次いで弔辞を述べた。 言うまでもなく、ブッシュ元大統領は2000年大統領選挙の予備選挙、オバマ元大統領は2016年の大統領選挙で、マケイン議員と戦った間柄である。かつての政敵であり、所属政党も違う2人の政治家を、マケイン議員は同じ演台に立たせてみせた。インターネットでは、参列しているブッシュ元大統領が、横に座っていたオバマ元大統領のミシェル夫人に、こっそりキャンディを手渡す映像が拡散し、微笑ましい話題を提供している。 民主党から無所属に転じたジョン・リーバーマン元上院議員は、2008年の大統領選挙に出馬したマケイン議員から、所属政党が違うにもかかわらず、副大統領候補に登用する構想を持ちかけられた経験談を披露した。「党派が違うのに?」とリーバーマン元議員は不審がったが、マケイン議員は「それが大事なんだ」と超党派協力の必要性を力説したという。 幸福な融和の構図を描いたかに見えるマケイン議員の告別式は、深い断絶の存在を浮き立たせる出来事でもあった。複数の元大統領が参列するなかで、現職のドナルド・トランプ大統領は、招待者リストに含まれなかった。トランプ大統領とその支持者たちは、ワシントン大聖堂とは別の「教会」に籠っていたようなものだ。厳粛ながらも温かな告別式とはかけ離れた世界が、今の米国には確かに存在している。 不気味なほど安定している トンンプ大統領の支持率 マケイン議員が融和の象徴であるとすれば、トランプ大統領は分断の象徴である。その証拠が、不気味なまでに安定的に推移する支持率である。さまざまな騒動が起きる割には、トランプ大統領の支持率は、おおよそ30%台半ばから40%台半ばのあいだに収まっている。 実際に、トランプ大統領の支持率は、過去の大統領と比べても、極端に動きが少ない(図)。「強く支持する」と回答してきた20〜30%の熱心な支持者の存在によって、支持率の底割れは避けられている。その一方で、40〜50%はトランプ大統領に「強く反対する」と答え続けており、ここから支持率が上昇する余地は少ない。勢い、少数ながら熱心な支持者にかけるのが、トランプ大統領の政治手法になっている。 (資料)ギャラップ社調査により、みずほ総合研究所作成 拡大画像表示 熱心な支持者は、何があってもトランプ大統領を信じ続けているようだ。8月後半の米国では、いつもは高視聴率をたたき出すFOXニュースの視聴率が、不自然に低い日があった。トランプ大統領の元側近たちが、裁判で有罪評決を受けたり、有罪を認める答弁を行ったりしたと報じられた日である。トランプ支持者はFOXニュースを見る傾向が強いが、大統領にとって都合が悪いニュースが多かった日には、テレビに目もくれなかったようだ。
かつてトランプ大統領は、「私が(ニューヨークの)5番街の真ん中で誰かを銃で撃ったとしても、票を失いはしないだろう」と述べたことがある。確かに熱心な支持者たちは、どこまでもトランプ大統領についていくのかもしれない。 なぜそこまでトランプ大統領を支持し続けるのか。米アトランティック誌は、熱心なトランプ支持者の集まりを、教会に代わるコミュニティとして捉え直す記事を掲載している。 アトランティック誌が描き出すトランプ大統領の政治集会は、大統領による攻撃的な言動や、陰惨な現実描写が多いにもかかわらず、そこに集まった聴衆は、極めて明るい雰囲気に包まれている。支持者の仲間意識が生み出す高揚感は、さながら教会での礼拝のようだという。 実は、これは単なる比喩ではない。トランプ支持者のコミュニティには、実際に教会の代役を果たしている側面がある。トランプ大統領の熱心な支持者は、教会から疎遠になった人たちと一致するからだ。 トランプ大統領の支持者の中核は、労働者階層の白人だと言われる。米国では統計上の制約から、社会階層を教育水準で代替して分析する場合が多いが、近年の米国では、学歴によって教会に通う頻度に大きな差が生まれている。 1970年代以降では、労働者階層と見なされる大卒未満の白人が教会に通う頻度は、大卒以上の白人の2倍以上の速度で減少しているという。現状では、大卒以上の白人では3割程度が「滅多に教会に足を運ばない」と答えている一方で、大卒未満の白人では同様の回答が約半数に達している。 どうやら労働者階層の白人は、教会に集うコミュニティに対し、疎外感を感じているようだ。労働者階層の白人にすれば、教会に集うのは教えを守って成功してきた人たちであり、もはや自分たちが仲間入りできるコミュニティではない。 疎外感を覚える労働者階級が 集まる「教会」のような場所 製造業の不振などを背景に、労働者階層の白人の雇用は不安定になっている。そうした暮らしの現実は、教会が唱えてきた勤勉の価値観とは合致しない。また、経済的な苦境は、離婚などの生活の破綻を招きやすい。その点でも、労働者階層の白人は、教会に居心地の悪さを感じるようになっているという。実際に、同じ労働者階層の白人においても、教会に通う頻度が低い人たちでは、離婚や家計の困窮、さらには薬物などへの依存を経験する割合が高い。 教会の側も、労働者階層の白人が多いコミュニティに力を入れるのは難しくなっている。成長の余地が少ない地域では、教会の活動を支えるだけの資金的な余裕が乏しい。労働者階層の白人が教会から離れれば、その教会の経営は難しくなる。教会の活動が縮小すれば、ますます労働者階層の白人は教会から縁遠くなる。まさに悪循環である。 トランプ大統領の支持者は、「忘れられた人々」と形容されることが多い。労働者階層の白人たちは、教会からも「忘れられた人々」になりつつあった。伝統的に教会は、単なる信仰の場ではなく、地域のコミュニティの中心としての役割を果たしてきた。心の拠り所を失った人たちに、教会に代わる居場所を提供してくれたのが、トランプ支持者のコミュニティだった。 宗教色の後退が分断に拍車 様変わりするコミュニティの姿 かつての米国では、政治から宗教色が後退すれば、世論の分断は和らぐと考えられてきた。同性婚や妊娠中絶のような争点では、信仰の有無が対立軸と重なりがちだったからである。 ところが実際には、宗教色の後退は、従来とは異なった論点で、世論の分断を深める結果をもたらしている。教会から疎遠になった人々には、同性婚などの宗教と重なりやすい論点ではなく、人種や国籍といった世俗的な論点で、意見を先鋭化させる傾向があるからだ。実際に米国では、同じ宗教の信者でも、教会活動への参加の度合いが低下するほど、移民に対する意見が厳しくなることが確認されている。 移民に厳しいトランプ大統領の政策は、「トランプの教会」に集うコミュニティの思いを代弁しているのかもしれない。日常生活から教会の影が薄れるのと同時に、対立を諌める訓話を聞いたり、多少なりとも人種間の交流を行ったりする機会は失われた。教会から足が遠のいた人々は、宗教の教えにコミュニティの絆をみつけられなくなったからこそ、人種などの世俗的な観点で仲間意識を強めている可能性がある。 マケイン議員の葬儀を終えた米国では、11月の議会中間選挙に向けた党派間の論戦が熱を帯び始めた。熱狂的な支持者に活路を託すトランプ大統領は、ひたすら自らの教会で語り続ける。 思い返せば、今では融和の象徴とされるマケイン議員も、2008年の大統領選挙では、攻撃的な言動で知られるサラ・ペイリン元アラスカ州知事を副大統領候補に選び、今につながる分断への道筋を開いた側面がある。ワシントン大聖堂を包み込んだ党派を超えた協力への期待は、夏の終わりのはかない夢に過ぎないようだ。 (みずほ総合研究所調査本部 欧米調査部長 安井明彦)
海野素央の Love Trumps Hate モンタナ州まで行って直撃「Qアノンの正体」とは? 2018/09/11 海野素央 (明治大学教授、心理学博士) 筆者が参加したモンタナ州ビリングスでの集会(AFP/AFLO) 今回のテーマは「Qアノンの正体」です。Qアノンはトランプ政権内の情報を匿名掲示板4chanと8chanに、昨年10月28日から投稿をしている謎の人物です。
ドナルド・トランプ米大統領は9月6日、北西部モンタナ州ビリングスで支持者を集めて集会を開きました。トランプ大統領がモンタナ州を訪問するのは、7月に続いて2回目です。 本稿では、同州のトランプ集会に参加したQアノンの投稿内容に共感する人々である「Qフォロアー」を対象に現地ヒアリング調査を実施しましたので、彼らの声を紹介しましょう。 支持者を指さすトランフ?米大統領(モンタナ州ヒ?リンク?ス筆者撮影) Qアノンは誰だ? Qの字句が印刷されたTシャツを着用している白人のマーク・ニューマンさん(65)は、非常に親しみやすく開放的な性格で、快くインタビューに応じてくれました。率直に言ってしまえば、陰謀論者Qアノンの陰湿さとかけ離れた印象を与えます。彼は、Qアノンについて次のように語りました。
マーク・ニューマンさん(右)とリサ・レイさん(米モンタナ州ビリングス筆者撮影) Q. あなたはQアノンのフォロアーですか?
A. そうです。私はQアノンを信じています。Qアノンは真実を拡散しています。 Q. Qアノンの正体をご存知ですか? A. Qアノンは1人ではありません。米国家安全保障局(NSA)の中にあるグループです。メンバーは約10人だと思います。彼らはトランプのために働いていています。トランプは彼らとコーディネートしています。 Q. Qアノンはロシアに関して投稿をしていますか? A. プーチン(露大統領)はグローバル主義者に反対だと言っています。プーチンはトランプと同じ立場をとっています。 Qアノンの存在意義 ニューマンさんとお揃いのQアノンを支持するTシャツを着ているリサ・レイさん(59)も、フレンドリーな性格でした。レイさんはQアノンに関して以下のように述べました。 Q. Qアノンはあなたにとってどのような存在ですか? A. Qアノンは「正義」です。私たちの「希望」です。それに対して、メディアはうそつきでです。 Q. Qアノンは何を遂行しようとしているのですか? A. グローバル主義者は悪者です。彼らは国境をなくそうとしています。国境を失えば不法移民が入ってきて米国らしさが失われてしまいます。Qアノンは、不法移民に反対です。米国社会における「法と秩序」を回復しようとしています。環太平洋経済連携協定(TPP)と北米自由貿易協定(NAFTA)にも反対です。Qアノンとトランプには共通の信念があります。 Q. Qアノンのフォロアーの合言葉である「白ウサギを追え」について説明をしてくれますか。 A. 白ウサギが真実を発見してくれます。白ウサギを追えば、真実の巣穴に私たちを導いてくれます。 Q. トランプ大統領が昨年、米軍の幹部と配偶者をホワイトハウスに招待したとき、記者団に対して「嵐の前の静けさ」と語りました。メディアは北朝鮮に対する牽制だと解釈しましたが、Qフォロアーはトランプ大統領から異なったメッセージを受け取ったそうですね。 A. グローバル主義者や米連邦捜査局(FBI)を攻撃するという意味です。 Qアノンと北朝鮮 Qアノンのフォロアーであるキム・スカルトンさん(64)は、Qアノンを冷静に分析していました。 キム・スカルトンさん(米モンタナ州ビリングス筆者撮影) Q. Qアノンについて説明をしてくれますか?
A. Qアノンの哲学は、人々を教育することです。Qアノンは、人々が真実を知る糸口を与えてくれます。 Q. ではQアノンはどのようにして人々を教育しているのですか? A. Qアノンは人々に「どのぐらい深く真実を探求しましたか」と問いかけています。真実を見つけ出すことはとても苦痛な作業です。 Q. Qアノンとトランプ大統領はどのような関係ですか? A. トランプは、私たちとコミュニケーションをとる道具として、Qアノンを使っています。メディアは真実を語らないからです。トランプはQチームと関係があります。 Q. Qアノンが投稿を続ける目的は何ですか? A. トランプを米中央情報局(CIA)、FBI、米司法省から守るためです。CIA、FBI、司法省はトランプと対立しています。 Q. Qアノンはモラー特別検察官について投稿をしていますか? A. Qアノンは、モラー特別検察官が中間選挙に関わらないと言っています。ロシアの中間選挙に対する干渉もないと言及しています。中間選挙では外国政府が投票マシーンに介入することはなく、正直な選挙になると投稿しています。 Q. Qアノンは北朝鮮についてコメントをしていますか? A. 金一族はCIAの支配から解放されたと、Qアノンは投稿しています。トランプ大統領が金一族とCIAの関係を断ったのです。Qアノンは、金一族はCIAから自由になって幸せだと言っています。CIAは北朝鮮から麻薬を輸入していました。QアノンはCIAを悪者だと考えています。 Qアノンとトランプ Qアノンが投稿を始めた昨年10月から投稿内容をフォローしているサーラ・スナイダーさん(37)は、静かな口調で次のように語りました。 サーラ・スナイダーさん(米モンタナ州ビリングス筆者撮影) Q. Qアノンとホワイトハウスは関係がありますか?
A. 多いにあります。Qアノンは大統領専用機内から写した写真を8chanに投稿しています。しかも、ホワイトハウスで行われた復活祭に登場した縫いぐるみのウサギは、イースター・バニー(復活祭のウサギ)ではありませんでした。メガネをかけて、ポケットがついている白ウサギです。「不思議の国のアリス」に出てくる白ウサギです。 Q. Qアノンとトランプ大統領とは関係がありますか? A. Qアノンとトランプの関係を示すストーリーを紹介しましょう。Qアノンをまったく信じていないある人物が、トランプに「最高(Tippy Top)と言わせてみろ」とQアノンに投稿したのです。「もしトランプがその言葉を使ったら、Qアノンを信じてやる」と言ったんです。ホワイトハウスでの復活祭のイベントに参加したトランプは、バルコニーから短いスピーチを行いました。その中でTippy Topという言葉を使って「ホワイトハウスを最高の状態に保っている」と語ったのです。私はQアノンはトランプととても近い関係にあると信じています。 Qフォロアーに対するトランプの対応 レイさんはインタビューが終わると、周りを気遣いながら「トランプ支持者はQのTシャツを着たがりません。頭がおかしいと思われるのが嫌だからです」と小声で語りました。確かに、集会に参加したトランプ支持者は、圧倒的にトランプ支持のTシャツを着用していました。 スカルトンさんは、トランプ大統領のスタッフからQの字句が印刷されたTシャツを脱ぐように強要され、会場に入る前に赤色のポロシャツに着替えていました。会場の外にできたトランプグッズの店では、QのTシャツは販売されていませんでした。恐らくQアノンのフォロアーが7月下旬から8月のトランプ集会にQのTシャツを着用して登場し、メディアの間で話題になったからでしょう。 結局、トランプ大統領のスタッフは、ネット上ではQアノンの力を借りながらも、集会では有権者がトランプ大統領と陰謀のイメージを結びつけないように細心の注意を払っていることが、現地の集会に参加して明らかになりました。 ▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。 logo Copyright c 1997-2016 Wedge Rights Reserved
|