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東南アジアの独裁者たちをトランプが暴走させている証拠
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/08/post-10754.php
2018年8月10日(金)17時00分 レノックス・サミュエルズ ニューズウィーク
FROM LEFT: EDGAR SU-REUTERS, ATHIT PERAWONGMETHA-REUTERS, PRING SAMRANG-REUTERS, CHAIWAT SUBPRASOM-REUTERS
<アメリカの国益を追求するだけで民主主義と人権をないがしろにする米政府の姿勢が強権指導者の悪い手本に>
ドナルド・トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩(キム・ジヨンウン)朝鮮労働党委員長を「非常に才能ある」男と褒めちぎったのはつい最近のことだが、就任間もない時期からトランプとアジアの独裁者との「相性の良さ」は際立っていた。
例えば昨年9月にトランプがホワイトハウスに招いたマレーシアのナジブ・トゥン・ラザク首相(当時)は、政敵を刑務所に入れ、メディアを弾圧し、国家の富を強奪した疑いを持たれている。その数週間後に訪米してトランプと会談したタイのプラユット・チャンオーチャー首相も、2014年の軍事クーデターで政権を奪取した元軍人だ。
さらに11月にトランプはフィリピンを訪問。人権問題で国際社会の批判を浴びるロドリゴ・ドゥテルテ大統領と「偉大な関係」を築いたと胸を張った。
民主主義に背を向ける強権指導者を大っぴらにたたえるトランプ。その姿勢はアメリカ外交の伝統から大きく逸脱している。しかも今、トランプはEU主要国やメキシコ、カナダなど同盟国相手に貿易戦争を仕掛け、伝統的な経済・軍事同盟に揺さぶりをかけている。
当局者によれば、こうした動きはトランプ政権の「原則的な現実主義」、つまりイデオロギーは二の次で、相手国がアメリカの国益に資するか否かを冷徹に判断する現実的な外交の一環だという。ニッキー・ヘイリー米国連大使が言うように、トランプ政権はアメリカの利益のために「必要な相手であれば誰とでも付き合う」のだ。
それでは人権も民主主義の理念も守れないと、トランプの姿勢を危ぶむ向きもある。今や東南アジアの独裁政権はアメリカの介入や制裁を恐れずに、自国民を好きなだけ抑圧できると、国際刑事裁判所の訴訟を手掛ける人権派の弁護士マイケル・カーナバスは本誌に語った。アジアの独裁者は「トランプのおかげで大胆になり、やりたい放題、言いたい放題だ」。
なかでも人権派が最も警戒する要注意人物は「アジアのトランプ」とも呼ばれるドゥテルテ。2016年の就任後は「麻薬撲滅戦争」の名の下に警察と軍隊、自警団まで駆り出して、麻薬の密売人や常用者を殺害させた。
■「偽ニュース賞」に賛同
人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ドゥテルテの麻薬戦争でこれまでに少なくとも1万2000人が死亡したと推定している。バラク・オバマ前米大統領がフィリピンの「超法規的な殺害」を批判すると、ドゥテルテはオバマを「売春婦の息子」と罵った。
オバマと違って、トランプは会談中にドゥテルテが報道陣をスパイ呼ばわりするとクスクス笑う始末。だが、これは笑いごとではない。米NGO「ジャーナリスト保護委員会」によると、フィリピンでは86年以降、少なくとも177人の報道関係者が殺されている。ドゥテルテも「くそったれ」のジャーナリストなら「殺したっていい」と言い放った。
ドゥテルテは昨年2月、麻薬戦争批判の急先鋒であるレイラ・デリマ上院議員を麻薬密売の容疑で逮捕させた。フィリピンの警察は、米麻薬取締局(DEA)がデリマを麻薬密売組織の頭目と特定したと主張している。今も収監されているデリマは米大使館に無実を訴える嘆願書を送ったが、「いまだに公式な返事はない」と、本誌に語った。「米政府は私の状況など気にも留めていないようだ」
カンボジアのフン・セン首相は85年の就任以来、徐々に独裁色を強めてきた。昨年は独立系英字紙カンボジア・デイリーを閉鎖に追い込こみ、今年5月には独立系英字紙のプノンペン・ポストも自分の息がかかった人物に買収させた。国際人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルは「カンボジアの報道の自由が失われた」と嘆いた。
フン・センが次に取り掛かったのは野党つぶしだ。カンボジアの最高裁判所は昨年11月、外国の勢力と共謀して国家転覆を企てたとして、最大野党のカンボジア救国党に解散を命じた。7月末に実施される総選挙では、フン・セン率いる与党カンボジア人民党が圧勝する見通しだ。
フン・センはトランプの就任前から弾圧を行っていた。しかしトランプがFBIは自分の陣営にスパイを送り込んだとか、ロバート・ムラー特別検察官率いるロシア疑惑の捜査は「魔女狩り」だなどと、根拠のない発言を重ねたため、フン・センの暴走に拍車が掛かったと、カーナバスはみる。「トランプがアメリカの選挙で不正があったと主張しているのに、米政府はカンボジアの選挙プロセスを批判できるだろうか」
実際、フン・センはトランプの言動に注目し、トランプ流に学んでいるようだ。トランプが政権に批判的なメディアに「フェイクニュース賞」を贈ると発言すると、フン・センはすぐさまよいアイデアだとたたえた。
【参考記事】独裁国家カンボジア「もう援助いらない」の背後にあの独裁国家
■トランプ節の大合唱
タイのプラユット首相はクーデター後何度も総選挙の実施を先送りしてきた。今は来年2〜5月に実施すると言っているが、この約束も守られる保証はない。昨年10月の訪米時には、プラユットのほうからトランプに民政移管のために選挙を行うと持ち掛けたが、トランプはその問題には関心を示さず、投資と貿易の話をしたがったという。
トランプは意図的に独裁者をあおっているのではなく、米政府が伝統的に重視してきた民主主義と人権をないがしろにすることで、彼らを増長させる結果になっているとの見方もある。「意図的な戦略や政策ではない」と語るのは、オーストラリアのマッコーリー大学のベーツ・ギル教授(専門はアジア太平洋安全保障研究)だ。「トランプの不作為により、悪かった状況がさらに悪化している」
マレーシアのナジブ前首相は昨年の訪米時、政府系ファンドの資金流用疑惑で米司法省の捜査対象になっていた。だがトランプはその問題には触れず、マレーシアがアメリカのインフラ整備事業に多額の投資をすることに感謝した。
汚職疑惑で有権者の信任を失ったナジブは今年5月の総選挙で敗れ、政権の座を追われた。選挙戦中、野党がこの問題を取り上げると、ナジブは「フェイクニュースだ」と叫んで批判を抑え込んだ。さらにはフェイクニュースの発信者に最高6年の役を科す法律までつくった。
タイの首都バンコク在住の元米外交官は匿名を条件に、トランプはアジアの独裁者の「悪いお手本」になっていると指摘した。「今や彼らはこぞってトランプ節をまねている」
[2018年8月14日&21日号掲載]
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