これは「貿易戦争」か? エコノミストの賛否二分中国は米国が「経済史上で最大の貿易戦争」を開始したと言うが、米国は一連の関税を違う形で表現する傾向にある By Josh Zumbrun 2018 年 8 月 10 日 13:40 JST 米国の新たな関税は今年、ますます多くの物や国を巻き込み、脅威から現実へと変わっている。だがエコノミストの見解は依然分かれている。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が民間のエコノミストを対象に行った調査では、これまでに講じられた措置は「貿易戦争」だとの回答と、そこまで達していないとの回答がちょうど半々だった。 中国は米国が「経済史上で最大の貿易戦争」を開始したと言うが、米国は一連の関税を違う形で表現する傾向にある。ホワイトハウス当局者は「貿易戦争」という言葉を避け、その代わりに貿易議論の最中だと述べることもある。ドナルド・トランプ政権は貿易戦争という言葉を使う時、仕掛けたのは中国だとし、米国は安全保障と知的財産を守っているだけだと説明してきた。トランプ氏は「貿易戦争は良いものだ。そして簡単に勝てる」と話したことがある。欧州連合(EU)は「貿易戦争」への言及を避けてきた。 どう呼ぶかはさておき、これまでに起きたことを順に並べてみよう。米国は洗濯機と太陽光パネルに関税を発動した。中国はソルガムに関税を設けた。米国はほぼ全ての輸入鉄鋼・アルミニウムに関税を課した。EU、メキシコ、カナダ、中国のほか、トルコのような比較的小さい国でさえ同様の報復をした。米国は知的財産についての懸念を理由に、中国からの輸入品340億ドル相当に関税を発動した。中国は同日のうちに米国からの輸入品340億ドル相当への関税を導入した。米中政府は今月、さらに160億ドル相当の輸入品への関税を発動する見通しだ。 オックスフォード・エコノミクスのグレゴリー・ダコ氏は「この段階では意味論は重要ではない。これが貿易戦争でないとしても、簡単にそうなり得る」と述べた。 大半のエコノミストは今後1年で関税の水準が上昇すると考えている。現在、複数の追加的な引き上げを正当化するプロセスが進行中だ。米国は世界を対象にした自動車および自動車部品関税もちらつかせてきたほか、中国からの輸入品2000億ドル相当への追加関税も検討している。そして中国は、米国からの輸入品さらに600億ドル相当への関税で対応するかもしれない。 米国が課す関税は1年後に上昇しているか ?Source: WSJ Survey of Economists 上昇している60.8%変わっていない15.7%低下している23.6%上昇しているx60.8%
米国は外国からの投資の審査も強化しており、ウラン関税を導入する可能性もある。それに、北米自由貿易協定(NAFTA)に何が起きるかは不明だ。 「貿易戦争」議論に決着をつけるため、WSJは月間調査で「米国は『貿易戦争』の最中にあると思うか」と尋ねた。エコノミストや経済学者48人からの回答のうち、貿易戦争中だと答えたのはちょうど半数の24人だった。 「いいえ」と答えた残り24人からは別の言葉が挙げられた。6人は、この時点では「貿易の小競り合い(skirmish)」と呼ぶことを提案した。4人は「貿易摩擦(tensions)」、2人は「貿易闘争(battle)」、2人は「貿易紛争(dispute)」と表現した。 (調査対象には、呼び方はともかく「貿易○○」から直接の影響を受ける企業や業界のエコノミストが多かった) 以下は、「貿易戦争」かどうかを問う質問に対する回答の一部 *いいえ。「今回の報復合戦はむしろ政治・経済に動かされている交渉術の色合いが濃い」ジム・メイル氏、サム・カーン氏(ACTリサーチ) *はい。「生産コストを押し上げ、設備投資を阻止し、サプライチェーンを混乱させ、アウトソーシングを促し、インフレをあおっているのなら貿易戦争だ。現在は全ての項目が当てはまる」バーナード・バウモール氏(エコノミック・アウトルック・グループ) *いいえ。「社内で議論はあるが、私たちはこの状況を貿易紛争と呼んでいる。貿易戦争という言葉は、最終的に世界的リセッション(景気後退)につながる本格的な状態にエスカレートした時にとっておく」ポール・モーティマ=リー氏(BNPパリバ) *はい。「私は貿易戦争だと思うが、動きは遅い。そして為替市場に広がる恐れがある」スコット・アンダーソン氏(バンク・オブ・ザ・ウエスト) *いいえ。「まだ小競り合いの段階にあり、EUとは停戦の兆しがある。だが中国との貿易戦争はもっと可能性が高そうだ」ダイアン・スウォンク氏(グラント・ソーントン) *はい。「米国は中国との貿易戦争にある」ジェイ・ブライソン氏(ウェルズ・ファーゴ) *いいえ。「そうだとすれば、株価はずっと低いだろう」ジョセフ・ラボーニャ氏(ナティクシス) *はい。「中国は激しい戦いがなければ都合の良い慣行をやめそうにない。中国との貿易闘争は深刻な結果を生みかねないが、必要な戦いだ」ラッセル・プライス氏(アメリプライズ・ファイナンシャル) *いいえ。「貿易の取っ組み合いだ。ぬかるみにはまり、素手で殴り合っている。多少のかすり傷はあるが、まだパンチは決まっていない」ガナー・ブリックス氏、エイミー・クルーズ・カッツ氏(エキファックス) *はい。「合意には程遠い」ジョエル・ナロフ氏(ナロフ・エコノミック・アドバイザーズ) 関連記事 • 米中貿易摩擦、網にかかったのは米水産業界 • 関税の最大の敗者は? 輸出入の切れない関係
中国の自動車販売失速、投資家は注意を
吉利のSUV「リンク」 By Jacky Wong 2018 年 8 月 10 日 08:16 JST ――WSJの人気コラム「ハード・オン・ザ・ストリート」 *** 世界最大の自動車市場の失速が鮮明だ。中国国内の自動車メーカーも減速する公算が大きい。 中国乗用車協会(CPCA)が発表した7月の自動車販売台数は前年同月比5.5%減少し、2カ月連続のマイナスとなった。1-5月期は5.3%増だった。 CPCAの信頼度が高い訳ではないが、減速は他のデータからも明らかだ。バーンスタインによると、6月の新車向け保険契約件数は前年同月比10.5%減と大幅な落ち込みとなった。メーカー各社の販売データも低調だ。長城汽車(グレート・ウォール・モーター)が今週発表した7月の販売台数は前年同月比21%減。 通商政策を巡る米中の応酬が激しさを増しているが、販売低迷の原因はおそらく国内に起因するだろう。中国当局が進めるシャドーバンキング(影の銀行)に対する締め付けだ。中国消費者は車購入でローンの依存を強めており、金融環境の引き締まりは自動車メーカーにとっては販売の足かせとなる。価格帯が低・中程度の市場をターゲットとする現地メーカーへの打撃がとりわけ大きいようだ。高めの車には手が出ない層は、一般的な借り入れ手段以外から購入資金を手当てする傾向が強いためだ。 足元で、ネットを介して個人の資金を融通する「ピア・ツー・ピア(P2P)金融」の破綻が相次いでいることも、地方都市で自動車販売を押し下げているようだ。一方で、BMWやメルセデスなど高級車の販売状況は相対的に良好だ。富裕層はメーカー系列の金融会社や銀行から融資を得ることができる。 中国自動車メーカーの株価は、この先の暗い見通しをすでに織り込んでいる。長城汽車と広州汽車集団の株価は年初来およそ半減している。中国勢で最も勢いのある吉利汽車控股(ジーリー・オートモービル)は37%値下がり。それでも依然として、バリュエーションは競合勢のおよそ2倍の水準だが、その開きは正当化される。同社の7月の自動車販売台数は32%増だった。 だがその吉利も減速している。1-6月期は44%の伸びを記録していた。その原動力となったのが、昨年終盤に投入したスポーツ用多目的車(SUV)「リンク(Lynk)」だ。これはスウェーデンの高級車メーカー、ボルボ・カーとの合弁が製造を担当しており、吉利の自社ブランドよりも高めの価格設定となっている。 だが、海外の大手自動車メーカーも近く、現地提携先との合弁を通じて、リンクと同等またはこれを下回る価格で新型SUVを相次いで販売する構えで、リンクは激しい競争にさらされそうだ。しかも、リンクの合弁による吉利の収益への貢献度は低いかもしれない。吉利は利益とロイヤルティーをボルボ・カーと共有する必要がある。 リンクを除くと、吉利の7月の販売台数は18.5%増と、2016年以来の低い伸びにとどまる。吉利で最も高額なSUV「博越(BOYUE)」の販売台数は11%減少した。販売台数の伸びはより廉価な車種によるものだが、収益の押し上げ効果は限られそうだ。吉利でさえ、業界全体の落ち込みに無縁ではいられないのだ。
米中貿易摩擦、網にかかったのは米水産業界 米国で水揚げされてから中国に輸出され、加工後に米企業が輸入する水産物は推定9億ドルに上る 米国が検討する対中追加関税の対象品目には、ティラピアからマグロまで数十種の魚が含まれている
SIMON SIMARD FOR THE WALL STREET JOURNAL By Heather Haddon and Jesse Newman | Photographs by Simon Simard 2018 年 8 月 10 日 10:46 JST
中国からの輸入品に対する米国の追加関税リストは、元々は米国産の主要産品にも結果的に打撃を及ぼす可能性がある。それは魚だ。 トランプ政権は先月、中国からの輸入品2000億ドル(約22兆2000億円)相当に対する10%の追加関税を課す方針を示した。その対象品目の中には、ティラピアからマグロまで数十種の魚が含まれている。この追加関税の税率は25%に引き上げられる可能性があり、最終的には米通商当局によって9月に決定される。 米国で水揚げされた後に中国に輸出され、切り身などに加工されてから米企業が輸入する水産物は、9億ドルに上ると推定されている。 かつて米農務省で主任エコノミストを務めていたジョゼフ・グラウバー氏は、加工後に米国に再輸入される魚のような産品について「外国で付加価値が付けられているが、基本的には米国産品だ」と指摘。検討されている関税は、漁業者から消費者まで水産物サプライチェーン全般にわたり、利益を圧迫したり、価格を上昇させたりする可能性があると述べている。 米国の水産団体によれば、加工作業のため中国に魚を輸出する慣行は、過去20年間に拡大してきた。米国内の加工工場が、高コストや労働力不足などに直面する一方、中国では国内の大規模な養殖漁業を支えるため、より低コストの工場が次々に誕生してきた。 これにより、中国は米国向け水産物の最大の供給国となった。市場調査会社アーナーバリーによると、昨年の中国の米国向け水産物出荷量は13億ポンドで、2位インドの2倍となっている。 米国産水産物が他国を標的とした輸入関税の影響を受けることは、世界のサプライチェーンがいかに複雑につながっているかを浮き彫りにする。例えば、アラスカ南東部で漁獲されるピンクサーモンは現地の工場で頭を切り落とし、はらわたを抜いて冷凍にした後、コンテナ船で中国に出荷される。中国に到着すると、切り身やサーモンバーガーなどに加工され、米国を含め世界向けに輸出される。 アラスカの調査会社マクドウェル・グループのエコノミスト、ギャレット・エブリッジ氏によれば、中国に送られるアラスカ産水産物の半分以上は加工されて再輸出される。シタビラメなどの場合は最大95%が再輸出されるという。漁業はアラスカ州で最大の雇用を抱える産業の一つで、約6万人が従事している。また、アラスカ州の漁獲量は米国全体の60%を占めているという。 一方、メキシコ湾岸の一部水産業者は、最新の対中関税に水産物を含めるよう政府に働き掛けていた。漁業団体「南部エビ連合(SSA)」は5月にトランプ政権に書簡を送り、中国産の養殖魚は抗生物質を使っていることが多いと指摘するとともに、不当な安値で輸出されSSAを圧迫していると訴えた。 米通商代表部(USTR)の報道官は、関税発動に当たっては一般から意見を聴取し、「中国の有害な行動を変えさせるべく圧力を強められるよう品目を選定した」と述べた。 水産物輸入業者スレード・ゴートンの加工施設 PHOTOS: SIMON SIMARD FOR THE WALL STREET JOURNAL 全米海洋大気局(NOAA)によると、米国は自国の天然漁業だけでは国内需要を満たすことができず、水産物消費量の80%を輸入に頼っている。中国からの再輸入に依存している米国の水産業者は今、ビジネスを失うのではないかと身構えている。関税が課されれば水産物の販売が減少し、小規模な家族経営の漁業者だけでなく、大規模な水産物加工業者、さらには漁網や船舶エンジンなど関連製品を販売する無数の業者に打撃を与える恐れがある。 魚介類販売業は利益率の低いビジネスであるため、価格上昇分をレストランや食料品店などの顧客に転嫁する必要がある。そうすると、消費者向けの価格も上がる公算が大きい。 ニュースレター購読 ボストンに本拠を置く水産物輸入業者スレード・ゴートンのキム・ゴートン最高経営責任者(CEO)は、卸売価格の潜在的な値上げに言及し、「1ポンド当たり25から50セントを転嫁するというのは至難の業だ」と話した。同社は米国で水揚げされたタラやサケなどを中国から再輸入している。輸入業者の一部は、関税が実際に発動された場合に備えて、中国の供給業者と価格交渉をしているという。 水産物は、既に食肉など他のタンパク質源よりも平均価格が高くなっており、価格上昇の打撃を受けやすい傾向がある。ニールセン・トータル・ビューのデータによると、今年6月までの1年間の水産物平均価格は1パッケージ当たり7.22ドルと、前年の6.77ドルから上昇した。ニールセンによると同期間の食肉平均価格は、1パッケージ当たり3.54ドルだった。 シカゴに本拠を置く中堅卸売業者、フォーチュン・フィッシュ&グルメのショーン・オスカンレイン社長は、「当社が水産物価格を10%上げれば、顧客が受け入れないだろう」と話す。同社は中国から年間約33万ポンドのイカやティラピア、ズワイガニなどを輸入している。同社長は、検討されている関税を回避するため、中国の輸出業者に前倒しで注文していると述べる。 水産物輸入業者スレード・ゴートンの従業員 水産物輸入業者スレード・ゴートンの従業員 PHOTO: SIMON SIMARD FOR THE WALL STREET JOURNAL 水産物とは対照的に、食肉価格は供給増によって下がっている。連邦統計によると、食肉価格は2015年から6%近く下落しており、牛肉と子牛肉は5%下がっている。 米国の水産業界の一部は、中国が7月に米国製品340億ドル相当に報復関税を課したことで打撃を受けている。関税負担の少ないカナダの供給業者に一部のバイヤーがシフトしたからだ。 例えば、メーン州アランデルでステファニー・ナドー氏が経営するロブスター卸売会社は、年間売上高3000万ドルの30%強を中国に依存しているが、関税が実施されて以降は受注が停滞したと言う。 ナドー氏は「25%の関税を課されていないカナダに対抗して、米国産ロブスターを売れるような魔法はない」と述べた。海外市場向けのロブスターは現在、水槽のなかにいるという。 検討されている関税は水産物サプライチェーン全般に影響を及ぼす 関連記事 中国、対米報復関税で方針転換 原油は対象外に 関税の最大の敗者は? 輸出入の切れない関係 米中関税合戦、最大の打撃はどこに?
米シニア世代の苦境、備えなく人生終盤に
老後の財務状況、前の世代より悪化するのは戦後初
債務や医療費、高齢の親の支援などがのしかかるシニア世代 THE WALL STREET JOURNAL By Heather Gillers, Anne Tergesen and Leslie Scism 2018 年 8 月 10 日 09:14 JST 更新 いま引退年齢に差しかかっている米国人は、前の世代よりも悪化した財務状況に直面する。ハリー・トルーマン元大統領の時代以降、こうした事態に陥るのは初めてのことだ。 人生の円熟期を迎えようとするシニア世代。だが社会保障や年金基金の給付金を含めた彼らの収入の中央値はここ何年も横ばいのままだ。1950年代以降は増え続けるのが当然だった。 一方で平均債務水準は高い。子供たちの教育ローンを返済している場合も多い。年老いた親の面倒を見るため、貯蓄を少しずつ取り崩してもいる。確定拠出年金(401k)がもたらす収入は微々たるものだ。2人世帯の場合、支給額の中央値は年間8000ドル(約88万円)にも満たない。 ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の分析によると、世帯主が55〜70歳の家庭では、引退後も生活水準を維持できる資金のない世帯が40%以上あることが判明した。約1500万世帯がこれに相当する。 影響は幅広い層に及ぶ。先月発表された新しい国勢調査データによると、ベビーブーマー世代の引退が急増し、その結果、より少ない若年労働者が高齢者層を支えることになる。 70歳を過ぎても仕事をやめない人や、単純労働を引き受ける高齢者が今後は増えるだろう。子供の資金援助に頼らざるを得ないため、若い世代をも苦しめることになる。 企業は彼らの豊富な経験に頼る一方で、引退時期を延ばすことによる問題に取り組まなければならない。つまり、健康面の衰えに伴うコストを負担し、高齢労働者に再教育を施すことが必要になる。 米国全体で見れば、引退後の収入不足は公的資金が大量につぎ込まれる前兆となる。特にシニアが課税対象の支出を減らし、当局が高齢者への公的扶助費を増やすと決めればなおさらだ。 米シニア世代の苦境、備えなく人生終盤に 「この世代は自力で乗り切るしかない」。ボストン大学退職研究センターのアリシア・マンネル所長はこう話す。引退後の生活水準に関しては同センターの推定値および国勢調査データに基づいてWSJが判断した。 アイオワ州在住のクレッグ・ウィットマイヤーさん(56)は以前、安定した老後のために自分が正しいことをしていると考えていた。ベビーブーマー世代の多くも同様だ。彼は20代で401kに加入した。だが34歳で離婚。このとき全額を引き出した。再び積み立て始めたが、5年後に失業。また全額を引き出したという。 ウィットマイヤーさんの老後資金は現在10万ドルを若干超える程度。娘の学費ローンが9万2000ドル残っている。自分はいつ引退できるのか、あるいは引退してよいのかどうか分からないと語る。自分の親世代が置かれた立場とは正反対だ。元消防士と元教師の父母は、年金受給が保証されている。「老後の蓄えなど一度も心配したことがない」 こうした見通しは、高齢者の経済的安定が改善され続けた数十年来の状況を一変させる。戦後しばらくは、社会保障に加えて、政府や企業から確定給付年金が支給されることで、数百万人の収入が保証されていた。経済成長に伴って賃金も上昇した。多くの人は親世代よりも良い財務状況で老後を迎えることができた。 そんな時代は終わった。ベビーブーマーは401kなどで老後資金を自己責任で運用するよう促された初の世代だ。その結果、投資判断でミスした人、十分資金がたまらなかった人、様子見でスタートが遅れた人などが続出した。 以下に考えるべきポイントを挙げよう。 ・非営利(NPO)調査機関アーバン・インスティテュートがWSJの依頼で国勢調査データを分析した。それによると、55〜69歳の米国人の個人所得中央値は2000年から横ばい状態。1950年にデータを取り始めてから一度もなかったことだ。一方、25〜54歳の個人所得中央値は、ピーク時の2000年を下回るが、ここ数年は徐々に持ち直している。若い世代はまだ老後の貯蓄プランを見直す時間がある。 ・ボストン大学退職研究センターが算出した最新の数字によると、401kに加入する世帯で55〜64歳の働き手が1人以上いる場合、2016年時点の年金積立残高(税制優遇あり)の中央値は13万5000ドル。例えば62歳と65歳の夫婦が今日引退したら、年金受給額は月額600ドル前後となる。 ・無党派のNPO公共政策調査機関、従業員福利厚生研究所(EBRI)によると、世帯主が55歳以上の家庭で何らかの負債を抱える比率はこの20年余りで徐々に高まり、1992年の54%から2016年は68%になった。 ・ニューヨーク連銀のインフレ調整後データによると、2017年の60〜69歳の負債総額は約2兆ドル。1人当たり負債額は2004年より11%増加した。2017年の自動車ローン残高は1680億ドルで、1人当たりのローン残高は2004年より25%増。2017年の学生ローン残高は2004年の6倍を超えている。 「不足」世代 経済状況と人口動態のダブルパンチにより、米国のシニア層は借金をため込む一方、それを返すための資金は先細りするばかりだ。 未払いの請求書を一つ一つ調べるマコード夫妻
妻のリンダさんが服用する医薬品類 玄関先のポーチでくつろぐマコード夫妻 PHOTOS: COOPER NEILL FOR THE WALL STREET JOURNAL 長く続いた低金利時代を背景に、ベビーブーマー世代は高騰する住居費や医療費、学費を借金でまかない続けた。低金利は彼らの生活の「安全装置」にも影を落とした。債券利回り低下を受け、多くの保険会社が、将来の生活費の助けとなる貯蓄型生命保険や介護保険の保険料を引き上げたからだ。財政状況の厳しい自治体が年金カットを検討する中、公務員の一部は不安にかられたまま生活している。 平均寿命が延びたのに加え、教育費が高騰したことで、50代〜60代は成人した子供と年老いた親族の両方を支えることになった。一部はプロの介護者の手を借りねばならないだろう。だがその担い手は不足し、知人などに依頼していた昔に比べて費用が高くつく。 それに輪をかけるのが医療費の負担だ。カイザー家族財団によると、平均的な労働者が払う個人健康保険の保険料は1999年から281%増の1213ドルとなった。この間のインフレ率は47%だ。EBRIが1518人の労働者を対象に昨年6月に実施した調査では、前年より医療費が増えたという答えが半数近くに上った。その結果、4分の1以上が老後の蓄えを取り崩し、半数近くがそれ以外の貯蓄を減らしたという。 カイザー家族財団によると、大手企業のうち退職者医療保険を提供している比率は4分の1にとどまる。メディケアの資格要件を満たすまでの期間をカバーするものだ。1999年には40%が提供していた。メディケアの保険料や公的制度でカバーされない費用を払うために、社会保障受給金から支出することが増えているという。2013年には平均月額1115ドルの受給金のうち41%が医療支出に充てられた。この比率は年々上昇傾向にあるとカイザー家族財団は指摘する。 関連記事 米国の高齢化加速、2035年には老若逆転へ 高齢化する米ベビーブーマー、その厳しい末路 年金生活者が変える米国の居住マップ
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