ほぼ定着している「ロシアは犯罪国家」という認識トランプ・プーチン会談が欧米で大炎上した理由 2018.7.20(金) 黒井 文太郎 プーチン大統領、トランプ氏をベタ褒め 「資質があり物事に精通」 フィンランドの首都ヘルシンキで、米ロ首脳会談後に共同記者会見に臨むドナルド・トランプ米大統領(左)とロシアのウラジーミル・プーチン大統領(2018年7月16日撮影)。(c)AFP PHOTO / Yuri KADOBNOV〔AFPBB News〕 7月16日、トランプ大統領とプーチン大統領がフィンランドで会談し、その後に共同記者会見に臨むと、欧米の政界や主要メディアの間でトランプ批判が一斉に沸き起こり大炎上した。特にアメリカでは、これまでトランプ大統領に批判的だったメディアだけでなく、トランプ支持だった右派メディアや共和党のキーマンまでが批判を繰り返している。 ・「米ロ会談でトランプ批判噴出、身内から失望の声」 (ウォールストリート・ジャーナル日本版、7月17日) ・「米ロ首脳会談、トランプ氏は介入疑惑で批判封印 国内から反発」 (ロイター、7月17日) ・「FOXニュースのホストでさえトランプ批判」 (ワシントンポスト、7月17日) ・アーノルド・シュワルツェネッガー「プーチンの隣のトランプは、ちっぽけなふやけたヌードルのようだった」 (ニューズウイーク、7月17日) それに対して、日本のメディアはほぼ淡々と短い時間・記事で報じただけだった。欧米と日本では、関心の高さに大きな差が出たわけだ。 これは、この問題が欧米では「大問題」と捉えられているのに対して、日本ではそうでもないことの表れだ。もちろん当事者感覚の違いはあるが、それだけではない。欧米ではトランプ大統領の「裏切り」とまで評されることがあるのに対して、日本では「またいつものトランプ大統領の失言」といった印象に留まっている。 暴走キャラのトランプ大統領でも許されない発言 今回のトランプ大統領の発言で、欧米社会で最も反感を買ったのは、2016年の米大統領選挙におけるロシアの不正介入に関するものだった。犯人であるプーチン大統領はもちろん全面否定したのだが、そのプーチン大統領の発言をトランプ大統領が批判もせずに全面肯定したのだ。 ロシアの不正介入があったことは、米司法当局や情報当局が綿密な調査から断定している。トランプ大統領が「自国の捜査当局より、プーチン大統領を信用する発言を行った」と批判されたのは当然のことだ。 トランプ大統領としては、ロシアと自陣営が秘密裏に共謀したという、いわゆるロシア・ゲート疑惑はもちろんだが、ロシアの選挙介入で自分が当選させてもらったとの批判も耐え難い。自分を正当化することが最優先のトランプ大統領が、ついホンネで安易にそうした行為に出てしまったのだろう。 だが、アメリカでは「アメリカ・ファースト政策」ではなく、「ミー・ファースト政策」「トランプ・ファースト政策」などと呼んで批判する声もあがっている。結局、トランプ大統領は厳しい批判の声を受けて、帰国後の7月17日、(あの発言は)「ロシアがやったと考えない理由が分からない」と言うべきところを、ついうっかり「ロシアがやったと考える理由が分からない」と言い間違えただけだと釈明。ロシアの選挙介入を断定した米情報機関の結論を「全面的に信用し、受け入れている」と表明し、フィンランドでの発言を訂正した。 「言い間違え」との苦しい弁解だが、それでも自らへの批判にはムキになって逆切れすることも多いトランプ大統領が、今回はすんなり方向転換したというのは、おそらく米政府内の側近からも発言撤回への強い進言が多く寄せられたものと推測される。 ただし、翌18日には今度は「ロシアがなお米国を標的にしているか?」との質問に「ノー」と答え、また物議をかもしている。ロシアの肩を持ちたいホンネが、つい抑えきれないのだろう(その後、ホワイトハウスのサンダース報道官が「大統領は、質問に答えないという意味でノーと発言」と火消しに回っている)。 いずれにせよ、これだけの批判が炎上したということは、いくら暴走キャラのトランプ大統領でも、一連の発言は「毎度のことで、仕方がないな」というレベルではスルーされないということだ。 それは単に「自国の部下より外国を信用した」という問題に留まらない。「犯罪行為を行っているロシアの欺瞞に乗せられた」ことへの批判が根底にある。アメリカの政界やメディアの間では、「ロシアは少なくとも対外的には数々の悪事を行っている犯罪国家であり、その主張は欺瞞にほかならない」という共通認識があり、前提とされている。だからこそ、自らの保身のためにそんなロシアに同調したトランプ大統領の言動は、売国的行為として炎上レベルで断罪されるのだ。 欧米では「ロシアは犯罪国家」がほぼ共通認識へ 筆者は、各国の情報機関の動向を研究する立場から、ロシアの数々の工作活動を追っているのだが、このような「現在のロシアは犯罪国家」というファクト(事実)に対する認識度の違いが、欧米と日本の今回の関心の差に繋がっているようにも感じる。 今回のトランプ発言問題だけでなく、ロシア関連全般に言えることだが、欧米と日本では、主要メディアの論調でも、政府のスタンスでも、「現在のロシアは犯罪国家」という事実への認識に大きな乖離がある。欧米では、プーチン政権が西側の民主主義陣営に挑戦して「新冷戦」が始まっており、そのためには手段を選ばないロシアがもはや犯罪国家と呼べる邪悪な存在になってきたことに対する警戒感が高まっているのに対し、日本ではそう認識する人はまだ多くない。 顕著なのは、報道の量に大きな差があることだ。米露首脳会談に先立つ7月13日には、ロシアの選挙介入を捜査するモラー特別検察官がロシア情報機関「軍参謀本部情報総局」(GRU)要員12人を起訴したが、欧米主要メディアはそのニュースをかなり大きく扱っている。というか、この件に限らず、一連の米大統領選へのロシアの不正介入問題に関しては、我彼の報道の分量は雲泥の差と言っていい。 米大統領選以外でも、ロシアがフェイク情報を駆使してイギリスのEU離脱運動やスペイン・カタルーニャの分離独立運動、欧州各国の選挙戦、移民排斥運動、人種差別、宗教・宗派対立、銃規制反対運動などを水面下で操作し、西側社会の分断を図っていたことも既に分かっている。欧米では、ロシアのフェイク情報工作の影響下にある一部の左派や極右の親ロシア勢力を除き、大方は「ロシアが不正なフェイク情報工作で、民主制度の弱点を突いている」ことはよく理解されつつある。 フェイク情報工作だけではない。神経剤「ノビチョク」を使って英国内で元ロシア諜報員の暗殺を試みるなど、ロシアの犯罪国家ぶりはもう常識のようなものだろう。 ロシアはこの6〜7月、かなり力を入れてサッカーW杯の運営を行い、自国が、平和を求めて世界とともにある普通の国家だとのイメージを内外に強くアピールしたが、そのW杯の最中にも、ウクライナやシリアでの不当な軍事介入を続けた。とくにシリアでは、まさにW杯の陰で大規模な空爆をシリアの一般住民に加え、多数の死傷者と避難民を生み出した。明白な戦争犯罪である。 もちろん欧米でも多くの人がW杯にだけ関心があり、開催地ロシアの政権の戦争犯罪や人権侵害について全員が興味を持っているわけではないだろうが、少なくとも「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントンポスト」「CNN」「ロイター」「BBC」「ガーディアン」などのメディアでは、こうしたロシアの犯罪は詳しく報じられ、読者・視聴者に伝えられている。 ウクライナ東部でも、ロシア軍が関与する戦闘が実は継続している。そもそもウクライナ紛争では、ロシアがクリミアを軍事力で侵略して併合したことが、欧米でロシアが犯罪国家と見なされる最大の要因でもあるのだが、ロシア側はそれをどこまでも詭弁によって正当化しようとしている。ちなみにこの7月17日は、2014年にウクライナ東部でマレーシア航空機が撃墜される事件が発生してから4周年にあたる。同事件については、国際的な調査で、ロシア軍の対空ミサイルが使用されたことが明らかになっているのだが、ロシアはいまだにそれを認めず「ウクライナ戦闘機によるものだ」などのフェイク情報を流し続けている。 日本の報道に欠けているロシアについての前提 このように、プーチン政権下の現在のロシアが犯罪国家化していることは、欧米ではほぼ共通認識になってきている。それはさまざまな調査報道によって証明された事実であり、「視点によって見え方が違う」などという話ではない。 だが、日本ではそうした報道自体が少なく、その事実を知らない人も多い。今回、トランプ大統領がプーチン大統領の欺瞞の「言い分」を肯定したことに対して、欧米と日本で反応の温度差が大きく違っている理由の1つも、やはりそこにあるのだろう。 今回のトランプ発言の炎上についての日本の報道解説をみると、「米露の駆け引き」と「トランプ大統領をめぐる米国内事情」からの解説が主流だが、最も重要な「プーチン政権の犯罪ぶり」の説明が欠けているものが多い。これが大前提として説明されなければ、問題点の本質を認識することは困難だろう。この問題は「A陣営とB陣営の綱引き」というような話ではなく、片方の陣営が「犯罪国家」であり、その主張が「欺瞞」であることが問題なのだ。 そして、問題の本質が認識されないと、関心もあまり持たれず、報道も少なくなる。報道が不足すれば、当然ながら認識は低いままの悪循環だ。 その認識の低さは、日本政府の対ロシア外交にも影響している。犯罪国家ロシアに対し、日本政府は、相手が返すつもりもない北方領土の問題や、相手が考えてもいない対中国での連携などで勝手に希望的観測で期待を膨らませ、プーチン政権に一方的に媚びる外交を続けている。希望的観測に拘泥して分析を誤るのは、日本政府の情報分析能力の問題だが、誤った対ロシア政策を続ける前に、まず「現在のロシアは犯罪国家」という認識をきちんと直視すべきだろう。
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