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「拷問したのか?」と元CIA工作員の本誌コラムニストに聞いた
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/06/cia-17.php
2018年6月5日(火)18時18分 小暮聡子(本誌記者) ニューズウィーク
写真はイメージです innovatedcaptures-iStock.
<9.11後の「拷問施設」の責任者だった人物がCIA長官に就任したが、本誌に寄稿するグレン・カールは、まさに現役時代に「強化尋問プログラム」に関わった人物。何があったのか、誰がやったのか、そしてブッシュは知っていたのか>
「諜報機関」というのはその性質上、そのミッションも活動要員も秘密のベールにくるまれ、詳細が表舞台に出てくることは稀だ。
しかし9.11テロ後、ブッシュ政権下のCIA(米中央情報局)がキューバのグアンタナモ米軍基地でテロ容疑者に対して「水責め」など拷問に等しい「強化尋問プログラム」を行っていた事実が明るみに出ると、米諜報機関のイメージは地に落ちた。
水責めは、傾斜した板に足を上にして容疑者を固定し、鼻と口に水を注ぎ続けて溺死寸前の状態に追い込む尋問方法だ。2014年の米上院情報委員会が発表した報告書によれば、こうした手法が有効だった事例はほとんどないにもかかわらず、CIAは国際テロ組織アルカイダの大物幹部ハリド・シェイク・モハメドに水責めによる尋問を15セッションも行っていた(1回のセッションで繰り返し水責めに遭わされる)。
2年前からニューズウィーク日本版のコラムニストを務めているグレン・カールは、ブッシュ政権が主導した「対テロ戦争」時に、現役CIA工作員として「強化尋問プログラム」に関わった人物だ。
しかし、これまでにカールが本誌に寄稿してきたコラムにはそのような行為を正当化する主張は見当たらず、どちらかというと(ドナルド・トランプ大統領に対する批判を見ても)リベラル寄りに思われる。
何より、アメリカのニューイングランド地方に住んでいるというカールとの度重なるメールを通して見えてくるのは、理知的で礼儀正しく、人間関係を大切にする極めて紳士的な性格だ。拷問に手を染めるような要素は見て取れない。
そのカールが、5月中旬に来日した。経歴とのギャップに興味をもち、ずっと会いたかった「元CIA工作員」に、インタビューを申し込んだ。想像していた人物像と寸分たがわない柔らかさをまとって現れたカールは、「やっと会えたね」と笑みを見せ、西日が差す明るい編集部の一室で2時間近くにわたって質問に答えてくれた。
カールは、「強化尋問プログラム」にどう関与したのか。最高司令官である大統領には絶対服従が基本という政府組織の中で、上司から自分の信念に反する任務を「忖度せよ(=実行せよ)」と言い渡されたとき、どう動いたのか。
2007年に退職するまで国外を拠点とする工作員として23年間働き、最後のポストは米国家情報会議の情報分析官(多国籍テロ担当)としてテロや国際犯罪、麻薬問題の戦略的分析を行っていたというカールに、話を聞いた。
◇ ◇ ◇
――情報分析官として携わった実際の仕事について教えてほしい。2011年発売の著書『尋問官』(未邦訳)で、9.11テロ後に容疑者に対する尋問を指揮した経験について書いている。
2001年に9.11が起き、02年のあるとき、私は翌日から数カ月間国外に行けるかとボスに尋ねられた。君にとってもCIAにとっても、国にとっても重要な任務だと。詳細についての話はなかったが、任務を受けると回答すると、ある人物から詳細について話があると言われた。
そこでその人物から話を聞くと、「CIAはある人物を拘束した。君の任務は、この人物に『どんな手を使ってでも』口を割らせることだ。了解したか」と言われた。これを聞いて、私は心底驚いた。
「我々はそんな手段は採らない」と言うと、「いや、今は採るんだ」と返された。そこで私は、「そんなことをするには、少なくとも大統領からの直接指令が必要だ」と言い返した。「それならもうある」と言われたが、私にはそれさえどうでもいいことだった。大統領はそんな指示をすることを許されていないからだ。
「何か容認できない事態が起きたらどうするのか」と聞いたら、「その場を去ればいい」と。「何かが起きたとしても、君は何も見ていない。見ていないということは、何も起こらなかったということだ」と言われた。
私は、そんなことは狂っているし、間違っていると思った。「(捕虜への人道的な取り扱いを定めた)ジュネーブ条約はどうなるんだ」と聞いたら、答えは「君はどちらの旗に仕えているのか」だった。私は「何てことだ! 違法行為を命じるなんて」と思った。これが、私が尋問プログラムに関わるようになった経緯だ。
本誌コラムニストのグレン・カール Satoko Kogure-Newsweek Japan
――つまり、ジョージ・W・ブッシュ大統領は何が行われているのかを知っていたということか。
もちろんだ。
――ブッシュ自身が指示を出したのか。その指示は、具体的にはどこから来ていたのか。
重要な質問だ。それについては議論があったが、私は指示が出た現場にはいなかったから、直接的には知らない。
何が起きたのかというと、情報を取るために拘束者に圧力をかけろと言われたCIA幹部は、副大統領に話をしに行き、我々は法的な指導がなければ何もしないと伝えた。副大統領は、それはもちろんだと言って司法省に話を持っていき、何が合法なのかという指導書を書いてほしいと言った。
こうして書かれたのが、「ユー・メモ」(ブッシュ政権の法律顧問ジョン・ユーによるもの)とか「拷問メモ」と呼ばれている有名な文書だ。そこに書かれた本質的な内容とは、「殺しさえしなければ拷問ではない」ということだった。クレイジーだろう? 狂っている。これが、尋問プログラムの指導書になったのだ。
――その指導書は、ブッシュによって承認されたのか。
大統領署名を求めてブッシュの元に回されると、ブッシュは正しい疑問を呈した。つまり、「司法省はこれを承認したのか」と。「イエス」という答えを聞いて、ブッシュは署名をした。
――司法省が承認したのであれば、合法ということになるのか。
この尋問プログラムを擁護する人たちに言わせれば、イエスだ。我々は違法行為を行ったことはない、と。司法省という政府機関は何が合法かを決める場所であり、その司法省がOKだと言えば、我々は法を犯してはいないのだと。
それに対して、私やほかの人たちは「それは違う。明らかにそうではないと書いてある法律がいくつも存在する」と言ってきた。
アメリカ合衆国憲法は残虐で非人道的な扱いを禁じているし、アメリカは何が拷問かを規定している拷問等禁止条約に署名している。ジュネーブ条約を起草して署名しているし、アメリカの軍事司法法典も何が拷問かを規定している。これら全てが、何が合法で何が違法かを制定している。
さらに、大統領が司法省のメモに署名をしたからといって、それが何百年もの歴史をもつ法律を無効にするわけではない。法を制定するのは議会であって、大統領ではない。このメモの擁護者たちは、大統領が承認すれば合法だと言うが、それは間違っている。
■何人が水責めを実行し、何人が水責めをされたのか
――「拷問」を命じられるまで、あなたはそれをする訓練を受けたことがあったのか。
いい質問だが、答えはノーだ。CIAには「尋問官」などいなかったし、私の職務である情報分析官と尋問官は全く別の専門だ。
尋問プログラムが始まってから、CIAは尋問を専門としない人たちが連日連夜、尋問をするのはおかしいという至極真っ当なことに気付き、正式な訓練コースを取り入れることになった。そのときには、私はもう尋問プログラムからは離れていたが。
――あなた自身は「水責め」をやったのか。
いいや、私はそうしたことは一切やっていない。私はそれが何かさえ知らなかったから、やりようがない。私が受けた「指令」は、「クリエイティブになれ。そして、拘束者に圧力をかけろ」ということだった。
私はこの指令を、自分の意志でこう解釈した。私は彼に何もしないのだ、と。私は、彼と話をしただけだ。
その拘束者とは、何週間も話をしていた。彼は完全なる潔白ではなかったが、私は彼に好感を持つようになっていった。アメリカとは全く別の世界から来ていたその彼は、根本的には善人だったが、アメリカが容認できないことをした。だが、彼はテロリストではなかった。彼は8年間拘束された後に釈放された。
【参考記事】元CIA諜報員が明かす、ロシアに取り込まれたトランプと日本の命運(グレン・カール講演録)
――あなたの指揮系統外で、水責めをされた拘束者はいたのか。
水責めをされた拘束者はいる。
――その現場を目撃したことはあるか。
ない。そうした現場は複数存在していたが、私自身は見たことがない。
――拷問に反対したのはあなただけだったのか。
いいや。私の同僚のうち多くの人は私と同じくらい動揺していた。だが、ある組織の歯車がいちど動き始めると、それを止めるのは非常に難しい。
――何人くらいの人が水責めを実行し、何人くらいが水責めをされたのか。
どちらの人数も正確には把握していないが、水責めされたのはおそらく数十人で、やったほうはそれより多いのではないかと思う。私が数カ月でほかの職員と交代したように、やる側は入れ替わっていることを考えると、やったほうが多いのではないかと想像する。
――あなたの同僚が水責めを実行していたとしたら、彼や彼女は法を犯したと思うか。
もちろんだ。
――やった、という人と話したことはあるか。
同僚のうち何人かを知っている。
――彼らの心情はどのようなものなのか。
誰もが、立派な行動を取ろうと最善を尽くしている。指令について、別々の人がそれぞれ違った行動を取る。
私はあの指令は狂っていて、そうであることは明白で、間違っている、だからやらないと思った。私にとっては自明のことだったが、大統領からの指令で司法省に承認されたのであれば合法だから、やらなければならない、という人もいた。
――水責めを実行した人たちは後悔しているか。
彼らの心情を代弁することはできないが、後悔している人もいるし、していない人もいると思う。
――あなたは指揮系統の真ん中にいたわけだが、あなたが受けた拷問の指令を部下に命じた場合、それはあなた自身が出した指令になるのか。
私は指揮系統で言うともっと下のほうになると思うが(笑)、私の任務は、ある特定の拘束者についての情報チームを率いることだった。私は上司から、どんな手を使ってでもこの拘束者の口を割らせろ、クリエイティブなれ、圧力をかけろと言われた。
具体的に何をしろ、という指令はなかったが、指令なのにあえて具体性を欠いていること自体が、犯罪行為であることの証しだ。
■拷問した日本兵を絞首刑にしたアメリカは矛盾している
――(水責めを容認する発言をした)トランプ大統領の拷問や水責めについての立場をどう思うか。
水責めは犯罪だ。(もし命じたとしたら)彼は戦争犯罪人になる。
――ブッシュは戦争犯罪人だと思うか。
拷問を指令し承認した指導者は戦争犯罪人だという、説得力のある主張はできるだろう。
――昨日の(東京での)講演会であなたは、アメリカは戦時中に日本兵が水責めなどの拷問を行ったとして、戦犯裁判で有罪にしたと語っていた。
そのとおり。有罪にして、彼らを絞首刑にした。
――アメリカのこうした矛盾した態度をどう思うか。
アメリカの立場がいかに偽善的であるかを証明している。アメリカが拷問に反対という立場を覆したのか、あるいは偽善的な行動を取っているのか、そのどちらかであることの証しだ。それによって、自国の価値を自分たちの手で貶めている。
もし以前にアメリカが拷問は戦争犯罪だとして誰かを絞首刑にしていたとしたら、今それをやった人物を正当化することはできない。アメリカは戦後の戦犯裁判で、たとえ上官の指令があったとしても、その指令は国際法に違反していると判断した。つまり、指令に従っていただけだ、というのは抗弁としては有効ではないということだ。
それまでのアメリカの国際法に対する一貫した立場に鑑みれば、アメリカは(拷問を行ったことによって)法を犯したことになる。アメリカ自身がこうした国際法を起草してきたのに、それを軽視した。
――アメリカは国際刑事裁判所のメンバー国になっていないし、国際法それ自体に、法的拘束力はないのでは。
法的拘束力はある。国際法と国家の主権、という複雑な議論になってきたが、アメリカはこれまで、そしておそらく現在も、国際法の擁護者だ。拷問については強固な反対者であり、拷問の定義についても進歩的な規定をしてきた。
国内的にも拷問とは何かについて積極的に規定し違法化してきたし、アメリカで拷問というのは常に違法だったのだ。9.11後のアメリカが、これまでの態度に対して矛盾している。
――ブッシュがやったことが例外的だったということか。
まさにそうだ。アメリカが国際法に従わないこともあるが、それは稀で、根本的には国際法に乗っ取って動いてきた。例外的なケースは全体から見ると少ないほうだ。尋問プログラムというのはCIAの任務として例外だったというより、アメリカがやったこととして例外だった。
私は、まさか自分が母国の拷問について反対の声を上げることになるとは思いもしなかった。拷問というのは外国の問題であって、自国の問題になるとは思わなかった。非常に残念なことだ。アメリカは、そのあるべき姿を裏切っているのだから。
私の発言を表面的に捉える人たちは私が自国に敵対的だと考えるが、実際には全く逆で、私にとっては愛国的な行為にほかならない。自国が間違いを犯したと認めることは国家の名誉を傷つけることにはならないし、間違いを認めないことこそ、名誉を傷つける行為だ。
自分たちが犯した間違いを認めれば、それを正すことができる。できるのだから、やらなければならない。これが、私が尋問プログラムに関与し始めたころから言ってきたことだ。
◇ ◇ ◇
インタビューを終え、カールが日本を離れたまさに直後、ジーナ・ハスペルが女性として初のCIA長官に就任した。ハスペルは、「強化尋問プログラム」を行っていた施設の責任者だったとされる人物だ。冒頭のアルカイダ幹部も、ハスペルの施設で水責めにあったと言われている。
そのハスペルの長官就任を、ハスペルと「同期」だったというカールはどう見るのか。
本誌6/12号(6月5日発売)「元CIA工作員の告白」特集では、カールがハスペル長官就任に際して寄稿した記事のほか、カールへの別のインタビュー記事(スパイの勧誘方法や「スパイ天国」日本の実態を聞いた)、第2次大戦後間もない時期のニューズウィーク英語版東京支局長とCIAのただならぬ関係、そしてCIAの「女スパイ」たちの素顔に迫る記事を掲載。
「上官」から道義的に許されない行為を指示された場合、自分はどうするのか。
こういうケースは、戦時中だけでなく現代社会でもあり得るだろう。ある組織の指揮系統の一員として「指令に従っていただけ、というのは抗弁としては有効ではない」――という、カールの言葉は重い。
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